169.「絶対安静」、という文字からは縁遠いなここ… part2
「アータ達!ノックの音が聞こえないわけ!?もう勝手に入るわヨ!」
と、新たな訪問者。
後頭部へギザギザに尖がったヘアスタイルの筋肉漢。
なんと辺泥先輩だ。
「お邪魔するわよん」
「楽しそうねぇ?混ざってもいいかしらぁ」
「………ドモデス……」
他のパーティーメンバーの方々も居る。
………どんどこ賑やかになるな。これほんとに他の部屋への迷惑になったりしない?
と、肩まで伸びるロングヘアーな男子生徒、和邇さんの、捨てられた仔犬のような視線と、ぶつかってしまった。
「……気まずい………」
俺はそっと目を逸らした。
女性ばかり——辺泥先輩の性別は考えない物とする——のパーティーの中で、紅一点ならぬ黒一点。
心中察するに余りあるが、どうする事もできない。
南無………。
「って言うか皆さん、次の試合の作戦会議は?」
「メンバー全員、出場メンバーから外れたのヨ。さっき顔合わせだけ済ませてきたワ」
「え!?総取っ換えですか!?」
パーティーメンバー登録が、最大12人までのルールだから、俺達との試合で出なかった6人で、もう一つ別の決勝級パーティーを作れるという事で、
層が……!
八志教室の層が厚い…!
「ま、元々あのガキんちょとイイ感じにベストマッチなメンバー、っていう選別基準だったしネ?あのコが辞退するんなら、アタシ達も暇を出されるってワケ」
「エカトさんが、辞退、したんですか?」
「アータがそれ言うわけェ?随分と手酷くやってくれたらしいじゃない?」
その節は大変反省しております。
カッとなってやりました。
「ガチで効いてて草」というヤツでした。
「ごめんなさい……」
「アーラ、アタシは責めてないわヨ?ディーパーって、そういう世界だもの。恨みっこナシ!って行きたい所だけど」
「け、けど?」
そこで辺泥先輩が、「ホラ、いつまでそこに隠れてるつもり?」、と戸口に向かって呼ぶと、この一室の人口密度を、更に高めに来た二人が姿を現す。
その一人は、
「え、エカト、さん……」
不機嫌丸出し、目を合わせようともしない、明胤学園生徒会総長、パラスケヴィ・エカトその人だった。
彼女はその場で、上履きの爪先で床を叩いていたが、
「さあ、エカトさん。私も付いていますので」
「わ、分かってるしぃ。今から入ろうと思ってたし。ってかぁ、ざこセンセが居るからって、別に何とも思わないし」
引率役らしい壱先生にそっと背を押され、俺の居るベッドに近付いて来た。
「………」
「………」
和邇さん、今こそ決めゼリフをお願いします。
口を尖らせたエカトさんが、その状態から何もしてくれません。バグですか?
「エカトさん」
「分かってるって!今言おうとしてたんだから!ざこセンセーは引っ込んでてよ!」
彼女は壱先生に歯を剥いて見せた後、俺へと向き直り、
「ゴメン……」
「え?」
「ご!め!ん!な!さ!い!一発で聴き取ってよ!失礼だと思わないわけー!?」
「あ、うん、俺も、思いっきり殴っちゃって……」
「うぐっ、そ、そうじゃなくってぇ、」
「うん?」
「エカトさん。言葉足らずでキチンと伝わっていませんよ」
「うううううう」
腹の前で、右手を弄っていた左手、その握る力を強めて、
「だからぁ!その、アンタの事とか、アンタの仲間の事とか、バカにして、ヒドい事言ったの、謝る!試合中の攻撃はルールの中だけど、それでもイライラして、言っちゃいけない事言っちゃった…、から……」
ガチ泣き秒読みみたいに、顔をくしゃくしゃにして、どんどん声が上擦って、
ちょ、これ、俺なんて言えばいいんだ?
「ごめん」も変だし、「そうだね」は嫌味だし、「そんな事ないよ」と言うべきでもないし………
ああ、泣いちゃう!泣いちゃうから!嗚咽の「お」の字が口の形に出ちゃってるから!
「よしよし」
その頭に、ポンと乗せられる掌。
「よく頑張りました。偉いですね、エカトさん」
「う、うるさい!」
隣に屈んで目線を合わせ、仏頂面を溶かし、これまで見せなかった笑顔を浮かべる彼を見て、
彼女はその手を伝雷の如き速さで払いのけてしまう。
「えらそーなの!ざーこ!ざこセンセー!アタシが本気なら!センセーなんてイチコロだから!ゆーこと聞くのも、今だけだから!」
「はい、そうですね」
「笑うな!ざこ!きもい!イーッだ!……だけど、今回は、今!回!は!………アリガト……」
どうやら、緊張状態は脱したようだった。
「ウフフフ、エラいわねぇ、エカトちゅわぁん」
「こっちでお姉さん達とお話しましょん」
「わ!こら!おまえら!ザコのクセに!」
魔素の下では最強でも、外では普通の小学生女子。
そんな彼女を、ゆるふわショートの雲日根さんと、ボリューミーなヘアスタイルのシエラ先輩が挟み込み、連行していく。
「キャー!カワイイー!」
「そーちょー!触っていいですかー?」
「もう触ってるじゃん!お金取るから!」
「うんうん、しっかりしてるねー?」
「ちょ、コイツら遠慮ナシ!?ちょっと、トロワとかいう女!助け、」
「あなた達、もっと遊んであげなさい?」
「ふぜけ、ゼッタイ面白がってるでむががが」
なんかトロワ先輩の取り巻きも参加して、揉みくちゃにされている。
「すいません、日魅在さん。この度はご迷惑を」
「あ、いえいえいいえいえ……」
桃色空間に脳をやられそうになってた俺に、壱先生が表情筋を不動状態に戻してから、頭を下げた。
「彼女は、その、色々と難しい子でして、慎重に接するあまり、少し放任が過ぎてしまいました。私からも改めて注意しておきますので、今回はこれでご勘弁願えると…」
「本当に、万事オッケーですから。僕もちょっと熱くなり過ぎて、暴言も出ちゃってましたし、今はあまり怒ってませんので。僕もトクシのみんなも、弱くなんてなくて、それぞれに強みや譲れない思いがあるって、彼女にも分かって頂ければそれで——」
「そうじゃないのヨ」
一部始終を見守っていた辺泥先輩からの、注釈が入る。
「彼女ね?懐いてた先生が、“理事長室”で場の空気に逆らってまで、リスクしかない編入生を熱心に推してたのを見て、ヤキモチ焼いちゃったのヨ。自分にはあんまり構ってくれないのにー、って。難しい年頃よネ」
「「そうなんですか?」」
え、
なんでそこで壱先生も驚くんです?
把握してなかったんですか?
「しかしそういう事なら、私からその先生に話を通す事も吝かではありませんね。差し支えなければ、どの先生かお伺いしても宜しいでしょうか?お話を聞いた限りですと、数人に絞れますが………」
「え?うん?………え?」
あえ?「どの先生」?
いや初等部主任……彼女に一番近い教師……えゑ?
「これよ。この朴念仁がこんな風なのがイケナイのヨ」
「………今何となく理解しました。好意に鈍感な人相手だと、感謝を伝えるのも大変そうですね」
(((くふっ)))
「そうなのよネー……」
「何です?どういう意味ですか?」
「自分で考えなさい、って意味ヨ」
生徒から慕われてる自覚が無いっていうのも、困った先生だね……。
と俺が呆れていたら、何か視線を感じた。
目を向けると、何故か頬を膨らましているミヨちゃんと、その後ろで袖を使って、笑みを漏らさないよう苦心してるカンナ。二人とも、周囲にそうと気付かれないように、さりげなく顔を見合わせている。
何だその顔?
可愛過ぎてこっちが逆ギレしそうになるんだけど?
「な、何かな?」
「べっつにぃー?」
(((くふふ、折角ですので、くっくっ、減点しましょう…ふふふふ………)))
いや折角って何?
採点基準がどんどん不透明化していってるよ?
「今日のススム君は、試合中は100点満点だったのに、試合後は合計でマイナス2万点だね!」
そしてまさかの、カンナよりミヨちゃんの方が採点がシビアだと判明。
上限に対して下限が底無し過ぎるだろ!?
解せぬぅ!
その後は無事に異常無しと診断され、エカトさんからは「プロト」呼びのお許しが出て、晴れて自由の身になった。
まあ俺の内心は、「晴れて」とは行かないんだけれども。
さあて、最終結果は「準決勝敗退」なわけだが、
俺の首の皮、まだちゃんとくっ付いているのだろうか?
………ど、どっちも有り得るから何も分からん……。
「箔が付いた」って言い切れない……。
どうせならバッサリ「無理だ」って言えるくらいだったら、心も軽かったよ………!




