162.無茶しないと勝てないなら、無茶をするだけだ
「何をしている…?」
特設観戦室内。
カミザススムがその顔つきを変え、何かの準備に入った事を、画面越しに見ている者達も悟った。
「魔力探知を」
そこで、彼が口を開く。
「!?…り、理事長…!」
「感度を上げよ。体内の魔力を見通す程に」
明胤学園理事長の、正村十兵衛。
寡黙な重鎮には、何某かの予感があった。
「何だ?何を見せる気だ?」
「いいねぇ。I‘m interested!欲しかった所なんだ、もう、一、波乱、が」
戦闘意欲、
好奇心、
将来性への高揚、
その場の全員が、
各々の理由で、
心を躍らせ、
色めき立った。
「カミザ…?」
星宿三と共に、カミザススム残留の為の交渉と根回しをしていたパンチャ・シャンは、通りすがりに目に入ったその光景に、足を止めてしまった。
決意と共に、沸き立つマグマをこれでもかと煮詰めているような、彼の佇まいを見て。
「シャン先生、何か彼に秘策を…?」
「……いいや。俺がそれとなく示しておいた作戦は幾つかあるが、それとは違え。何か、何かもっと、とんでもない事を…」
「とんでもない?これ以上、ですか…?」
漏魔症の弱さも、
illとの遭遇頻度の前例も、
潜行者界における名家の強大さも、
行き当たる傍から覆して来た彼に、
「これ以上」の何かを、期待していいと言うのか?
「だが、カミザ、それは、大丈夫な事なのか?」
——危険があるんじゃあ、ないか?
「駄目だ日魅在先輩。それは危険過ぎる」
新跡開拓部の殊文呬迹は、“助手”の忈性良観と共に、部室でそれを見ていた。
その時二人の間で揺れていたのは、焦りである。
「おいおい…」
いつも涼しげに、又は温かく、カラリと笑う良観ですら、それを見て眉を顰めてしまう。
「そんなの全然、地中海じゃない。笑えないんじゃあ、ないかい…?」
失敗しても、優秀な、明胤最高の医療班が控えている。
それは分かる。
だが、そうだとしても、
「あまりにも、未知数過ぎるんだ…!」
彼らには、声を届かせる手段が無く、
新開部のニュービーの、安泰無事を祈るしかない。
「何を、しやがるって、いうんだ…?」
乗研竜二は、同じ教室に座り、同じ部屋で寝るその少年が、またしても自分の想像力を、凌駕する事を予感した。
「止まってる、ねぃ?」
「でも、カミザさんが、こんなに大人しいの、絶対何か裏があるッス。“ミミミンポー”ッス……」
「それは“意味深長”だよ?」、という訂正の声すら上がらない程、彼らは魅入られたように、戦いの行く末を見守っていた。
何が起こるのか、一片でも見逃さないようにと、瞬きすら禁じるように。
乗研は、少年が高みに向かって行く、その背中を見て、
けれど腹が立たなくなっていた。
ただ、彼が何を見せてくれるか、待ち侘びていた。
見せてくれると、疑っていなかった。
そして——
パラスケヴィ・エカトは、
何かスイッチが切り替わったらしい彼が、
何をしようと動き始めから潰してやろうと、
電流探知をより鋭敏に尖らせ、
「す、ぅぅぅううう……」
不可思議な反応に触れた。
「ふ、ううぅぅぅ……」
さっきまでと比べ、体内電気が弱弱しいのだ。
——肉体強化が、解除された?
あれだけの啖呵と汚言を切っておいて、降伏するような行動。
円斧から降りて、そいつに近付く一歩目は、半分程しか踏めなかった。
思いも寄らない事に、どうしたものか判断を留保したからだ。
二歩目は、決然と、一歩分以上の幅で、踏み入った。
——脳ミソが活発化してる。良い考えが湧かないか、最後の望みに賭けてるだけじゃん。
迷いは不要。
相手の場には、盤には、何も用意されていない。
手札も今捨てた。
「す、ぅぅぅううう……」
今対している男には、何も無いのだ。
「ふ、ううぅぅぅ……」
その証拠に、調息にすら、あんなに苦心している。
「す、ぅぅぅううう……」
結論を出したプロトは、雷線で円刃を手元まで引いて、
「ふ、ううぅぅぅ……」
背負うように構え、
「す、ぅぅぅううう……」
「鼻つまってんの?うるさいんだけど!」
射程内に入り次第切り断ってやろうと、
高度な肉体強化を巡らせながら地平行跳躍!
「ふ、ううぅぅぅ……」
一直線に、
「す、ぅぅ——」
彼女は、
彼の身体が、
不随意反応として、
電気を飛ばすのを感じた。
肉体内で、その部分だけ、他より速く、激しく動いたかのような、
不具合的脈動。
それは、
三辺の長さが等しい、
逆三角形を通っていたと、
そう見えた。
「見えた」。
それか、「思えた」。
彼女の中で、それが曖昧なのは、
鈍ったからでなく、
「“月は欠け蝶は舞う”!」
電流を操り、電流を認識する彼女、
その目路から、彼がすっぽ抜けてしまったからで、
——どこに?
彼が動く事までは分かっていた。
しかし目を向けた先には居なかった。
移動方向を誤認した?しかしその後も完全詠唱の範囲内に居ない事は確かで、
「!?」
自らのものでない幾つかの電流!
「な、なに!?」
しかしそれは、それは何だ?
魔力炸裂が起動した?
こうも別々の場所で?
そして時折引っ掛かる筋肉稼働の為らしき電流は——
——!
「そこ!」
体ごと右に回頭。
目の前に来ていた。
が、間に合った。
不可視の魔力と言えど、電流は誤魔化せない。
完全詠唱さえしてしまえば、知られず奇襲など不可能。
彼女の手足たるライトイエローが囲む中では、
彼女にとっての意識の外など存在しない。
コイルとなった彼女の手刀の横振り、
それが撃たれる魔力的先触れに反応し、
すぐに飛び離れた、
そのスピードは中々の物。
だけれども、それだけだ。
それだけ、なのだ。
何だろう。
何故だろう。
彼を見た時、
ヘッドセットで上半分だけが隠れた彼が、
何故だか、
顔の無い化生のように見えて——
「ゴフッ、ちょこちょこしてても、アタシの前じゃ——」
「ゴフッ」?
「ゴフッ」とは、なにか?
彼女の手は、理解より前に鳩尾をまさぐる。
視線が落とされ、それは光景として、彼女の腑に打ち込まれる。
ライトイエローが束ねられた、生身相手には絶対防御を誇る鎧。
その腹部が破損、内部が露出していた。
「あ?お?お、ご、おごぼっ…!?」
それを見て、さっきから身体中を駆けていた信号が、何だったのか、
やっと、頭で分かった。
分かる事が、出来てしまった。
「い、いた、ォオ……!?」
痛み、
苦しみ、
悶え、
吐き気、
人を相手にして、感じる事など無いと思っていたもの。
膝が震えるのは、
生理的な運動か?
それとも、臆病風か?
「い、いま……!?」
何が?
抜かれた?→どうやって?→殴られた?→ありえない→でも現にこうなってる
↑ ↓
何をされた? 見せかけ?トリック?
↑ ↓
さっきのゼロ距離で?←いつ?←答えなきゃ←そうじゃなくて←とっても痛い
電子回路のように、同じ道、同じ場所を巡る思考。
その外から、一筋の電流の気配。
「見えて!」
後ろ蹴り!
「るってば!」
外したが相手からの攻撃は何も「ギャぁああぁあ!?」
脚が、
今の蹴り足が、
鎧を砕かれ、
骨が折れたと思ってしまうくらい痛い!
「こ、こんなの!こんなのただ!アタシの感覚がおかしいだけで!無駄にイタイだけで!」
苦し紛れの否定、その反証を、
彼女の頭は、さっきから目聡く見つけている。
ポイントが、減っているのだ。
2撃で、3割以上。
「うおわああああッッッ!!?」
円斧が投擲される!
「見つけられる見つけられる見つけられる!アタシの方が早いし速い!!」
敵性電流を感知し、それによってどの方向にどう動くのか予測し、雷連撃と回転円刃とで追い詰めてから殴り焼いてやる!
この中では如何なる生物も彼女の掌の上!
逃れられない!
だったら何故!
どうして!
「どうしてアタシに近付けるのぉぉおおおお!?」
三度目の至近!
周囲の雷線をも使った攻防両面八つ裂き光撃!
2本で挟み込む事で雷霆が彼を貫、かない!
追加の負傷なく姿を消され、逆に彼女の肩には新たな傷が、「こ、これは…!?」
二人の間にライトイエローが何本も跨った事で、攻撃が可視化された。
「き、切れてる…!?」
彼の拳の軌道上、そこにあった全ての雷線が、電路が、寸断されている!
間違いなく、生身で電流を切断していると、証明されてしまった!
「けど」
だけど、
「けどさあ!どうやって!?」
彼女には、分からない。
知らない事だからだ。




