160.遅延行為に全力投球してる… part3
無人の教室。
黒板を前にして、物言わず並ぶ机達。
木造校舎の中で埃を被り、かつてこの学び舎に通っていた、
生徒達がまた現れるのを、
彼らが腰掛け、耳を傾けるのを、
今か今かと待っている。
その天井が丸く刳り抜かれ、
青いリボンと、4本のそれらで作られたフリフリ衣装を身に着けた少女が、
その部分を蹴り開けて降下する。
彼女から伸びた3本が上階の何かを射そうと貫通。
その1秒後、重量に耐えかねて軋み崩れる天井部!
膨大な水量が残骸や遺物を呑み込みながら少女を潰しにかかるも、彼女の周囲にだけ壁があるように、水も瓦礫も避けて行ってしまう。
「こん!」
リボンが横薙ぎに振るわれ、蠅取り棒のように破片類を吸着。
「こぉおん!」
それで上層の水塊が、透き通るような清流だったその部分が叩かれ、
中に異物を強制含有!
〈ぅう!〉
「むくのちゃん!今補充を——」
苦しげに悶えた、世にも奇怪な水を助けようと、魔法を行使しようとした恰幅の良い少女。
彼女が立つ廊下部分に1本のリボン、その先端が固着し、
「ちょっと待ってよん!」
「待てない」
長さが縮む事で青き少女がその場に直行!
「よ!」
水を纏って両手に刃物を携えた一人に、
ステージ衣装めいた格好と両手に魔力伝導ブラスナックル、追加武装として5本のリボンを生やしたもう一人。
拳で戦っている側の方が、コンパクト、且つ華麗だった。
くるくると踊るように回りながら、
ジャブ連打、スリッピング回避、裏拳、ストレートと繋げ、
足に履いた硬いヒールで突き刺すキックを、それらの中に織り交ぜるのも忘れない。
海の戦士は武器をほとんど攻撃に使わせて貰えず、全てに水を弾く効果が付与された相手の連攻を、とにかく100%の威力で受けない事だけに専念する。
〈離れなさぁい!〉
そこに駆け付ける、いや、流れ来るのは透き通る水流!
濁流すらも引き連れ二人を呑み込み、廊下全体を満たすようなその勢いに、さしものリボン少女も物量で不利と見て別の教室に駆け込み、そこから窓を割って外に脱出!
2階から3階へと飛び移って滑り込む。
「互いが互いを修復するから、私の火力じゃ決め手に欠けるなあ……」
リボンの1本を、床へと突き刺し、
コツリコツリと踵を鳴らして歩き、
「何か大きな一撃を入れないと——」
ある地点で止まり、
「ね!」
先端で円錐を作った残り4本のリボンで真下を穿鑿!
「見えて!?」
〈リボン越しに見てたのぉ…!?〉
一度詠唱を解除して魔力を溜めるだろうタイミングで、下から床越しに攻撃しようとしていた二人を逆に襲撃!
リボンと位置エネルギー、ヒールの圧力集中効果を乗せた直下キックが水の防壁を超えて海を操る少女の肩を刺し抜く!
「えげつなくイタイわよん!」
「ごめんね!」
そこを軸とした回しローキックで頭部を打ちに行く!
と、その頭を守る水がジェット流となってその蹴撃の威を殺ぎ、
その先の清流と繋げられる!
〈足を貰ったわぁ…!〉
水の流れが繊維状に変化、締めつけて左足が脱け出すのを許さない、
「ちょっと、痛くなるけど」
と、いう攻撃だったのだが、
「我慢、だよね」
引き抜かれた。
〈あ、あら?〉
「あららら?」
彼らは目を疑った。
と言うのも、ハイヒールもソックスも、まだ水流の中だったから。
それらは、リボンの姿に戻る事で脱する。
では、中身の肉と骨は、どうやって抜け出したのか?
爪先を伸ばし、自分のリボンで自分の足を細く畳むように締め付け、
皮膚が引き剝がされる事を許容した上で、
力任せに引っ張っただけである。
自由なリボンで、清流に汚濁化攻撃を仕掛けながら、
変形した脚に、再度靴を結び、外傷が治り切るのを待たず、
相手の肩をザクザクと刺し抉る、二本足でのダンスステップを踏む。
その連穿撃が徐々に脳天へ近付いて来る!
「ああぅ!」
危機と痛鳴を聞きつけて、水と油のように清濁が混ざり合わず、しかし共存する急流がその場を洗い流す!
踊る妖精は肩から離れ、
しかし本流を回避、余波に打たれれども物ともしない。
防御を貫通された側も、母なる海の癒しの手によって、その傷口を塞いで行く。
共に、焦れていた。
詰めていながら、刺し切れない。
息の根に、あと指一本分、届かない。
相手の護りを貫ける者は、一撃で倒し切る事を求められ、
燃費で勝り生き延びる者達は、一度の油断も許されない。
渦巻く二種の激流がとぐろを巻いて、
青きリボンの少女を胃袋の範囲内に収める。
だがそこからが勝負の開始点だと、
双方の了解が済んでいた。
彼女達の決着は、
今少し先の話になる。




