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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第六章:身内ノリの腕試し大会、ってだけじゃなかったりする

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149.け、煙たい部屋ですね…

「思ったより、元気そーじゃねーか」

「何をどう想定してたらそう見えるんだよ。死んでるとでも思ってたか?」

「当然、社交辞令ってヤツだ。ガキ相手に大人げねー事やってるウド野郎をヒニクってんだよ」

「そうかよ」


 乗研竜二は、喫煙所の灰皿で、紙巻き煙草を押し消して、新しく咥えた一本に火を付け、


「おい、気が利かねーな?俺のにもくれよ、火」

「わざと無視したに決まってんだろうが。俺はテメエのママじゃねえんだよ」


 そう言いながら彼女に、有名ブランドのライターを投げ渡した。

 「銘柄は相変わらずだってのに、これは良いの使ってんのかよ」、そう言いながら、

 入学時からの腐れ縁である、吾妻漆は苦笑した。


「うるせえな。取締役様がどうしてまた、わざわざ学び舎なんぞにお越し下さったんだよ?暇なのか?母校を懐かしむような性格じゃねえだろ」

「見物だよ。あの、パラパラスケベとか()ー」

「パラスケヴィ・エカト?」

「それだ。ダンジョンの名前と混ざった」

「『スケベ』なんていう名前のダンジョンはえよ」

「『パラパラ』の方だ。『スケベ』は『スケベ』だろーがよ」

「だから間違ってんだよ。仮にも女子に『スケベ』だとか言うなよ。今だと問題になんぞ?」

「仮にも女子“が”『スケベ』って言ってる事にプレミアを感じろよ」

「『女子』って歳かガサツ女」

「『高校生』って歳でもねーだろサバ読み野郎」


 ここまで挨拶のようなものであり、

 それが済むと、途端に会話が止まってしまった。

 憎まれ口なら100も1000も出て来るが、

 言いたい事は年月を経て、それ以上に積もっている。

 だけど地層みたいに、新たに降って来る言葉に埋もれ、

 内奥に何があったか、分からなくなっていく。

 何かデカい天変地異でも起きて、断層が露出でもしない限り、見つける事は困難に思えた。


「……すんのか?」


 くゆる煙を見上げながら、吾妻が辛うじて発掘できたのは、その問いだった。


「……何をだよ、客体がえんだよ」

「卒業だよ。それ以外に、お前がやらなきゃいけねー事なんて、ーだろーが」


 「とっとと卒業しろよ」、そう言って乗研の安銘柄を、一本箱から失敬する吾妻。

 外行き用の葉巻とは違う、粗製濫造が肺を雑にいぶす。


「マッジー…。お前、この味から成長しねーなー」

「良いだろうがよ。俺の勝手だ」

「どっちが?」

「どっちもだ。卒業だとか言って、社会に加わんのも俺が俺の意思で決める。ついでに言やあ、酒と煙草なんて、化学薬品の刺激がウケてるだけで、どいつもこいつもマズい事には変わらねえだろうが」

「そうかねー?」

「ああ、変わらねえさ。何も変わらねえ。テメエのケツくらいテメエで拭くさ」

「んじゃー、なんでまた、大会に出たりなんかした?しかもKポジだぞKポジ。社会復帰の意思のーヤツのやる事とは思えねーよ」

「どう思おうが、それこそテメエの勝手だがな」


 彼はそこで、ニコチン巻き寿司をもう一度口にして、白い毒を吐く。

 吾妻はその間、何を言うでもなく、次の言葉を慎重に待った。

 茶化せば茶化すほど、彼の本心から、遠のいて行きそうだったから。


 かつてなら、こんな時にも遠慮なく、馬鹿な軽口を叩き合えたと言うのに、

 大人になったせいか、暫く会わなかったせいか、

 随分臆病になったものだと、そう自嘲する。


「まだ、ケツを拭けてねえって、そう思った」

「そいつはなんともフケツ、って?」

「下らねえよ」

「全くだ」


 白けたギャグ一つで、少しでも空気が弛緩したのは、

 誰かが安心したからか。


「ま、世の中にゃケツを拭けねえ、拭かねえ奴らも居る。オムツを履いて、垂れ流したそばから、キモチワリイってそこらに捨てる。そうと知って、自分で拭かねえと決めてんのに、キレイ好きみてーな顔をしてる分、要介護のボケとは比べモンにならねえレベルで、最低な連中だ」


 乗研は彼らが憎かったのだと、自分の気持ちをそう解釈していた。


「だろーよ?他人に上手くケツを拭かせたり、オムツをこっそりそこらの家に不法投棄したり、そーゆーのが得意な奴が、上に行きやすいのが社会ってヤツだ」


 それだけではないと、何となく察していた吾妻は、それは言わずに相槌を打つ。


「って事は、お前もそうか?」

「俺はそーゆークソ共を蹴り払える器用さがあるってだけだ。こう見えても潔癖症だしな」

「お前が?そいつは今世紀最大の大爆笑だぜ」

「それに、俺に向かってクソなんて投げつけた日にゃ、最悪おっぬって、それが分からねー奴はいねーからな」


 不良やヤクザ者の、嗅がせる為の暴力の匂いではない。

 抑えていても溢れ出す、それだけで鼻を潰す、破壊の香味。

 彼女が言う「殺す」という文句は、物理攻撃とほぼ同格だ。


「ま、テメエはそうだろうがな」


 人間が動物である限り、生命である限り、絶対強者の彼女に、おいそれと勝負を挑めない。

 敵として会いたくないだろうし、居るだけで商売敵を委縮させる、お守りみたいにすらなれる。


 ただ、


「どんだけ強くても、そうじゃねえ奴が居るって、分かったのさ」

「何だそりゃ?」

「前までは、強い奴は、テメエみてえに、勝手に上に行くと思ってたんだよ」


 だが、世は残酷な実力主義、ではない。

 より容赦の無い、運否天賦の世界だ。

 乗研には、分かった事がある。


「あるところによ、クソの不法投棄所として人気なスポットがあって、一度そこに入っちまえば、抜け出すなんてほぼ出来ねえ」

「そうか?出来ねーイメージがあるだけだろ」

「その『イメージ』のせいで、実際に抜けても、抜けてない事にされる。どこまでもクソが付いて回るんだよ。クソ塗れだって言われりゃあ、クソが見えなくても汚く見えちまうし、そうでもねえのに臭え奴だって気がしちまう」

「それでも、本当につえー奴は、這い上がって来るぜ?」

「その『本当に』の範囲が、偶々狭まっちまった、より高尚な物を求められる世界に来ちまった、そういうツイてないだけの奴だって居るだろうが。……いや、居たんだよ」


 吾妻は乗研が、誰の話をしているか、何となく分かって来た。


「まあそーゆー不幸もあるだろうな。残念な話だが、機会均等なんて土台無理な話だぜ?

 何せ俺達おれたちゃ、一回数億、掛ける事のヤッた回数、全滅を繰り返した先に内一つが選ばれて、それでよーやくスタートだ。今の丹本じゃ、腹から這い出さえすれば、ある程度は安定軌道に乗れるが、それだって絶対じゃねー。況して中世にでも産まれてみやがれ。おぎゃーおぎゃーつって5年持ちゃー上出来よ。大抵はそこに行き着かねー。

 命ってのは不平等なもんだぜ」

「そりゃそうだ。それはどうしようもねえし、俺がケツを拭こうが拭くまいが変わらねえ。もっと別の奴に、そいつ自身のケツを拭かせねえといけねえし、俺がそいつらに、拭く事を強制出来るとも思わねえ」


 彼は、弱いから。


「だがな、」


 本当は彼自身だって、

 知らない振りをしながら、

 捨てていたのだ。


「俺は、クソを押し付けるのは、強え奴とか数の多い奴等の特権だって思ってた。それに抵抗出来る奴が上がって行って、それ以外はただクソを受けるしかねえ、って。だが違え。よええ奴が偶々、強え奴の為に用意された、高い所に立っちまったから、クソが他人の頭に降ってきちまうんだ。

 自分で自分のクソを見るのも耐えられず、出したそばから見えない所に投げ込もうとする奴らが、

 他人にクソを被らせる罪悪感からも逃げたくて、心が痛まない投棄所を欲しがってる奴らが、

 世の形を決めちまっているから、だからそんな事になる」


 「別に今のままでいいや」、彼らはそう思っている。

 糞尿を被った側としては、彼らを追い落として、同じ目に合わせ、その快感から、構図を維持しようとする。


「あとは、テメエより下には誰も居ねえと、そう決めて掛かってる奴等も、遠慮無くやりがちだ。弱えから、テメエが他所様を傷つけ、追い詰めるなんて、出来ねえと思ってる奴等はな」


 無自覚無神経な迫害者達。

 世は彼らが大半を占める。


「クソ製造機なんてなあ、最悪だぜ。クソそのものの方が、流れて終わりな分まだ始末が良い」

「それを変えてやろーって、急に思い立ちやがったのか?」

「馬鹿言ってんじゃねえよ。それを変えられるような、高い所に行くには、俺は弱過ぎんだよ。雑魚だザコ。んな奴が張り切ってそこに立った所で、肥溜めの水位が高くなるのが関の山だぜ」


 けれど彼は今、魔法という才能によって、偶々少しだけ高い所に居て、

 更に下の誰かに、汚物を喰らわせているのだと、そう気付いた。


「俺が下に行くのは、出来ねえ。魔法能力と、それを管理する国が、それを許さねえ。だったらせめて、ここから下にクソを寄越さねえような、しっかりテメエの手を使って、正しく便器に流す、そういう当たり前だけでも、やろうと思った、ってだけだ」

 

 あの少年。

 大勢が生み出した負の堆積物に、生き埋めにされかけて、それでも掘り上がり、顔を出して、息を継ぐ事が出来ている、本物の強者。

 

 鼻から口から、酸鼻と醜悪と暗澹あんたんを注がれて、それにむせび泣き、絶望し、

 心を砕かれながら、天に向かって昇るという、類稀なる偉業を続ける者。


 彼が溺れそうになっている様は、乗研には腹立たしく思えた。

 それは彼を沈めようとする者達への怒りで、


 言い換えれば自分への憤懣ふんまんだった。


「俺が不貞腐れて、奴がその割を食う、ってのが、みっともなさ過ぎて、情けなくなった。言っちまえばそれで全部だよ」

「ほーん……?」


 吾妻の中での、件の少年の経済的価値が、何度目かの上方修正を受けた。


「あいつ、そんなにヤベーのか?」

「少なくとも、俺よりは強えぜ?もしかしたら、テメエより、かもな?」

「おいおい、こちとらチャンピオン様だぞ?」

「知ってるよ、成金暴力女」

「成金なのは親父だよ」

「今日来たのも、その親父殿のご命令か?」

「半分はな。パラパラ漫画とやらは、元々目を付けていたし、どー引っこ抜いてやろーかと、そう思ってたんだがよ」


 「思わぬメッケもんだ」、彼女の眼光が強くなる。


「客寄せパンダだって聞いてたんだがな?」

「同じ熊でも、グリズリーだぞ?あいつ。あれで釣られる客なんて、それこそテメエみてえなジャンキーだけだ」

「なあ、特指の奴等に、次の試合であいつを使うよう、言ってくれねーかな?」

「俺が言うまでもなく、そうなるだろうな。口では言わんが、あの教室に、奴の強さを認めねえ節穴は、所属してねえ」


 「パラスケヴィ・エカトVSカミザススム、俺イチオシのベストバウトが来るぞ」、

 彼は灰皿で紙の火を押し消して、

 立ち上がってブースの扉に手を掛ける。

 

「就職先が決まったら、俺に言えよ?」

 

 だらんと上を向いたままの吾妻から言われ、


「まだ就職出来るかも分かってねえだろうが、せっかち唯我独尊女が」

 

 数秒止まってそれだけ言って、乗研は出て行った。


「声が弾んでんのバレバレなんだよ、金メッキ留年野郎」

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