148.ヤハー!快気祝いでーす!
12時少し前。
いつもの第15号棟。
いつもの議論用席順。
「えー、というわけで、ご心配をお掛けしましたー!」
取り敢えず初手謝罪である。
「本当だよ!」
「カミっち復活おめでとー!イェーイ!」
「おめー」
「おめー……」
「心配はしていないが呆れはしたぞ寝坊助チビ!」
「ニークト様の下僕としてなってないッス!」
「迂闊過ぎるわよ。次の対戦相手を人数有利でホイホイ部屋に通さないでしょう?普通」
返す言葉もございません。
「いやー、向こうから積極的に触って来たから、この人は俺に好意的なのかな?とか安心しちゃったんだよね」
「お前の基準はそこなのか」
「触れば手懐けられる………矢張り犬かしら?」
「『やはり』って、やっぱり先輩、俺の事犬だと思ってました?」
「カミっちぃ、それを掘り下げると、傷つく事になるぜぃ?」
「え、なして?」
「あんたがワンコだってのは、あーしらの中じゃジョーシキなんだわ」
「うそぉ!?」
みんなを見回すと全員から頷かれた。
ど、どうして、そんな認識に?
全く心当たりが無いぞ?
「ススム君、ナデナデしたら懐いてくれるってこと?」
「そうは言ってないね」
「そうなんだ。じゃあこれから一杯スキンシップしていくね?」
「あの、ミヨちゃん?冗談だよね?」
「良いから良いから」
「や、ちょ、目がコワ、やめ…!や~め~!」
両手で頭を揉みくちゃにされた。
別に髪型をセットしてるわけでもないから、良いっちゃ良い、って言うか最高の気分ではあるんだけど、
なんか、こう、幸福感で眠くなってくると言うか………
「こういうところだよねぃ」
「こういうところね」
「こういうところッスね」
「僕のトコにー……加わるー……?」
「魔法強化の為に同級生を取り込もうとするのはやめろ、狩狼」
「ジョーク……」
ハッ!一瞬召されていた。
さてはミヨちゃん、眩惑魔法の使い手でもあるのか?
(((そんなわけがないでしょう…)))
「にしても、カミっちにあんな一面があったとはねぃ」
「あれはちょっと、びっくりしちゃったよね」
「え?何が?」
「マジかお前……!?」
「ほぼ無意識だったって事…?結構危ない子なのね……」
せ、先輩方、なんで引き気味なんですか……?
「だってー……、カミスムー……、ビッグバンテラおこサンシャインヴィーナスバベルキレキレマスター、だったじゃん…?」
「ごめんごめんまってごめんほんとうにわかんない」
「『おこだったじゃん』、っつってる」
「今の長さでそんだけしか言ってないの!?」
圧縮だけではないのか……。
ギャル語は奥が深い。
「ススム君、凄い剣幕で会場に向かっちゃったから、驚いちゃったよ」
「あー、その事ね?確かに、俺があんなに“泥棒”って物に対して、沸点が低いとは、思わなかったなあ…」
自分でも知らない場所に、地雷が埋まっていた。
別に、話し合いが落ち着いてから、取り返せば良い物なのに、なんであんなに取り乱したんだろう?
そりゃ「盗み」は悪い事だし、しっかり罰を受けるべきだと思うけど、やってる人を見ても怒るより先に、恐怖が来そうな気がしてたんだけど。
因みにドライフラワーは、しっかり返還して貰いました。当たり前ですね?
「どうでもいい!お前が謎に怒り狂っていたお蔭で、助かった!朱雀大路が錯乱して、話し合いが一気にこちらの有利となったからな!」
「あの時のニクっち先輩「『ニクっち』言うな!」、『カミっちが起きて来るかも~』、みたいな出たとこ勝負じゃないと、押し切れそうになかったですからねぃ~」
「あなたが売り言葉に買い言葉でとんでもない事を言い始めた時は、どうなる事かと思ったわよ?」
「仕方がないだろ!先生が来るまであの場を引っ張るには、ああでも言うしか無かったんだ!劣勢の時は、考えればバレる小さな偽りより、考えないでも分かる大胆な嘘を当然のように通す方がよく効く!」
「で、カミザがマジで起きたと。あん時の朱雀大路の顔見た?バクワラだったわ」
「ざまあ~…」
俺が前後も後先も無い状態で殴り込んだあの時、みんなは相手方との腹の探り合いをしていたらしい。そこに不正の証拠となり得る俺が現れた事で、朱雀大路君が大慌てで口封じに掛かり、結果現行犯になってしまった。
事前の手口は鮮やかなのに、肝心なところでうっかりさんである。
「交渉はニークト先輩が?」
「その通りだ!オレサマが丁々発止の大激論を——」
「つっても、途中までノリドの台本だしぃ。こいつはどんだけ無理筋でも顔デカいから、喋らせとけー、みたいな?」
「乗研先輩が?」
「脅迫文を書かせたら、右に出る者は居ないわね」
いつもですが、それ褒めてます?
「で、その大活躍の乗研先輩は?」
「おい!最大の功労者はオレサマだぞ!」
「そうッス!“アカガメ・ハデヤツメ”ッス!」
「“崇め奉れ”だ八守ィ!」
「それッス!」
「私はKをサイコロステーキにしてやったわ!」
「分かった分かりましたから!乗研先輩は!?」
「なーんか、旧いお友達が来たらしーよー?」
「あれの友人なんて、きっと碌な人物じゃないわね」
そんな断定口調で言わなくても……。
いや、確かにね?
確かに俺も、一瞬だけ、「夜露死苦」とか言ってるリーゼント軍団みたいなのを、想像したんですけどね?
「そう言えば、結局ミヨちゃんは、次の試合出れないの?」
「あ、ううん?ススム君が寝ている間に、なんとか説得したよ?次に私が出てる試合を見せて、それで納得させる事になったね」
「そ、その段階で、既にそんな約束したの?」
「みんななら絶対勝てるし、そうしたらススム君の事も解決出来るって、信じてたから」
「自分で起きちゃうとは思わなかったけどね?」、と言われたが、多分彼女のリボンが無ければ、今も眠ったままだっただろう。
あれは、外界の一切の認識を、脳に拒否させる能力らしく、
俺が起きれたのは、その力に抗っている時に、ミヨちゃんのリボンを知覚出来たからだ。彼女が呼んでくれなければ、手を掛ける場所が無く、再び深みに真っ逆さまだった。
「いやー、でも、俺も応援したかったなあ」
「後で戦闘記録を復習する事になるのだから、その時を楽しみにしていなさい?」
「それはそうなんですけど、こう、リアルタイムで盛り上がりたかった、と言うか」
「“とつばー”思考ってヤツ?」
「カミっちはスタメンだから、どの道ムリだけどねぃ」
「そうなんだよなー……」
特に、乗研先輩が戦っている所を、是非とも生で見たかった。
みんなから聞いた彼の能力も、イメージと全然違ったし、絶対面白かったと思う。
「そうだー……ニクぴー……」
「………もしかしてオレサマか?」
「最後、ろくピを庇ってたの、なにゆえー…?」
「ングフっ!?」
狩狼さんが聞くと、横に座っていた六本木さんが変な音を出した。
「ああすれば奴等は勝手に、六本木をKに置いてくれるからな」
「そうそう!デブニクにしては良い機転じゃん!」
「『デブニク』言うな!」
「ふ~ん……?」
机に顎を乗せながら、彼女は面白そうに、ニークト先輩を観察しながら、
「この前言ってたー……、女子によわよわだから、じゃないんー…?」
「おっふげふ!ムー子!?」
「ああ~、“紳士的な”ニクっち先輩は、少女と見るや護ってしまうのですなあ」
「そうッス!ニークト様はメチャンコ優しいッス!」
「やめろ八守ィ!勝手に決め付けるな!他意はない!」
「この男の性格上、有り得ない話ではないわね」
「ほほほ本人も違うつってんじゃん!そーゆーのいーから!」
「大体だな!」
先輩はそこで、苦虫を歯嚙みしながら、
「大体あの時、俺は結局、六本木を囮にして、棗の攻撃を一手分無駄にさせる決断を下した」
「守ってなどいない」、言った彼は、どこか悔しそうで、
「べ、別にあれはあーしが、『行け』っつったんだし」
六本木さんが、
「護られたとも、使われたとも、思ってないから、そこんとこヨロ」
ツンデレながらフォローするような事を言って………
………………
え?待って?
こういうのアニメとかなら見た事あるけど、
え?うそ?
「チョイチョイチョイ、オフタリサン………」
「ん?どったのカミっち?」
「ススム君?」
小声でミヨちゃんと訅和さんを呼び反転、輪の中心に背を向けた状態で、
「あの、旗が立ってない?」
内密の会議を緊急招集する。
「…立ってるね、あれは」
「立ってるねぃ」
「だよね!?え、いつ?どこで?もしかして」
「この私の調べによりますと~?さっきの試合中だというエビデンスを得ております!」
「え、マジ?ちょちょちょっと、それってさ!」
俺は慌てて自分の端末を取り出す。
「どの辺?どの辺が決定的瞬間なわけ?先にそこだけでも見たい!」
「えぇとぉ、開始から大体ー……」
「おおい!そこ3人!絶対良からぬ事やってるっしょ!?」
しまった!
テンション上がり過ぎて六本木さんに見つかった!
「ナ、ナンデモナイデスヨ……?」
「ワレワレハマジメニフクシュウヲシテイタダケデスネィ……」
「二人とも、あんまり面白がっちゃ悪いよ?」
はい、その通りです。
ミヨちゃんはいつも正しい。
と、この話題の火付け役となった人と、目が合った。
「わかるー……?」
わかる。
俺にも分かったぞ狩狼さん。
「これが、“エモい”という感情なのか……?」
「“めっかわ”……、それか“尊い”……」
「良いものですね…」
「それなー…?」
「ムー子もいー加減にしろよ?」
「さっきからお前ら何の話だ!」
「ニークト様はどうせ分からないんで少し静かにするッス!」
「八守!?」
「おいおい仲良しかお前ら。廊下まで賑やかになってるぜ?」
色々と終わらせたらしい、シャン先生が帰って来た。
その後ろから、乗研先輩も入って来る。
「あー……」
「やっと来たか待ちくたびれたぞ!席に着け!食いながら次の試合の作戦を考える!」
「……ああ、そうだな」
そうして、教師と八守君を含めた、特別指導クラス、10人全員が揃った。
別に、これまで普通の授業の時にだって、みんな居たんだけど、
何となく、「揃った」って、そう思った。
「よし!八守の買い出しでパンやら何やらが大量にある!」
「ニークト様のオゴリッス!“ゴッツァン”ッス!」
「それは……まあそれはいいか。好きなものを取って午後に備えろ!」
「むぐむぐ、やっぱり私が出るのは確定って事で良いわよね?」
「もう食ってるし……」
「テメエ、意外とギョーギ悪いよな」
「それなー……」




