147.やっていい事とダメな事がある part1
「おい」
その一言だけで、彼を知る同門のメンバー達は、様子がおかしい事に気付いた。
彼の目も、トーンも、尋常でないと分かり、何があったか、それを探ろうと、しかしどのように触れたものかと、数刻の間を置いて勘考した。
賢明である。
「あ、な、な、なん、すかあ!?なんすかセンパイ!その態度お!?」
惜しむらくは、彼らが解を出す前に、この場で唯一賢明ではない少年が、熱り立ってしまった事。
彼は今、自分が置かれている状況を、単に名誉や立場的な窮地だと考えている。
悪事がバレる、バレない、といった、人間社会、丹本の学園内での快適さ、そういったミクロ的、可逆的な物であると。
「センパイが起きてる、っつーことは!お、俺ッチの魔法が、げ、原因じゃなかったっつーことっすよねえええ!?」
「ちょっ、」
「朱雀大路」
「あなた、少し、黙ってくれない?」
「あっっルルルルルルれぇ!?都合が悪くなったら、ダンマリですかあ!イワザルですかあ!?ど、ぉおぉぉおしてくれるんすかセンパイ!さっきの暴言、どぉぉおおおおやってセキニン取るんすかああ!?」
「朱雀大路、本当に黙れ」
「だからあ!ここで、シャーザーイーしろってえ!」
「朱雀大路、待て、おい、落ち着け」
「先生!なにヒヨってんすかあ!!ここで優しくすると、こいつらつけ上がって」
「おい、お前さ、朱雀大路、だっけ?」
「……なんすか?ヒトの名前くらい、イッパツで覚えてくださいよ。あ!ローマンってぇ、“チショー”って奴だから、そーゆーのムリぽでしたっけえ!?」
その憐れさを、
滑稽さを、
道化振りを、
察しの悪さを、
場違い感を、
どう言えば、表せるだろうか?
「お前、聞きたい事が、あるんだけど」
「はいはあい!どーぞどおおおぞおお?ローマンで寝起きな二重知能デバフセンパイに、俺ッチが、わかりやすぅぅぅく、教えてやるからさあ!」
喩えるなら、そう、
論破や弁論と名の付いた、揚げ足取りや煽り合いで、常々大立ち回りを演じる負け知らずが、
「センパイは何が分からなくなっちゃったんでちゅか~??俺ッチに教えて欲しいでちゅ~!」
ある日勝負を挑まれ、コテンパンに言い負かしてやろうと、
二つ返事の勇み足で了承し、
「ドライフラワー」
「……え、とお?」
「あっただろ?ドライフラワー。お前、どうした?」
本番直前に拳銃を手渡されてから、
何でもアリのデスマッチと気付いたような。
「俺の部屋に、あったやつだよ。お前、持って行っただろ?」
「ま、まあた別のガセネタで、ヒボーチューショーっすか!?」
「持って行った……?あ」
六本木は思い出す。
朱雀大路が、「記念品」を貰っていく、みたいな事を狩狼に喚き散らかしていた。
その場限りの脅し文句だと思っていたが、
「お前さー!もしかして、コロコロしたら歯とか集めるタイプのサイコパス?ないわー」
「“サイコパス”ってゆーより“サイコキラー”だねぃ」
「マジ信じらんない……」
「自分から証拠を残すのかよ……バカかテメエは」
「だ、だから違えって言ってんだろうが——」
「そっか」
朱雀大路は、ビクリとそちらを見た。
死人の眼のように、虹彩が黒ずむ程に広くなった瞳孔。
それが不自然な程に揺れていないと、彼はやっとそのキナ臭さを嗅ぎ取ったが、
「お前が」
遅かった。
「やっぱり」
出入り口に新たに一人。「みんな!」朱雀大路も知る、特指クラスのランク7、そのもう一人。「みんな!ススム君を止めて!」彼女がその場に緊迫感を持ち込み、
「おまえが」
「う」
それと同時に、そいつが一歩、彼の方へ踏んだ事で、
朱雀大路の中で、景色が変わった。
「うぅう、」
一寸先も見通せない闇の中、
彼以外にはそいつだけ。
「ぅぅうううう、」
そいつの手が、彼に伸ばされる。
「おまえ」
「ぅ、ぅ、ぅぉぉお……」
これは、彼の尊厳の為の戦いでなく、
「お ま え が」
彼の命の為の戦いだ。
「うぉおおわああアアアアアーッ!!」
彼は自身の以てる全霊を籠めて目の前のナニカを殴り飛ばした!
「や——」
——やった!
彼は自分の成長を、その手にある強さを実感する。
怖がって、動けなくて、
誰もいないのにそれでも助けを請うしかなかった頃とは、
もう違う。
あの悪夢の主を、
あっさりとその手で、折り、砕き、ぶっ壊してやった!
——お、俺ッチは、自由に
「朱雀大路ぃ!」
顔をピシャリと張られて、我に返った。
「なんて事をしてくれた!」
枢衍が、怒りと共に怒鳴る。
「だ、だって」
だって、
彼は、
“お化け”を倒しただけで、
そう言いながら彼が見下ろした先には、
数人に駆け寄られながら、詠訵三四に治療される、弱く脆いローマンが、目を回して倒れているだけ。
「お前は、お前は自分が何をやったのか——」
「枢衍先生、これはどういう事でしょうか?」
目まぐるしい混乱の中、最初に分別を取り戻したニークトが、宙に浮きかけた場を鷲掴んだ!
「こ、これは、だな……」
「身体能力強化による攻撃。彼はどうやら、魔力を使えているようですが?虚偽申告だったと、そう受け取っても?」
「い、いや、私は、魔法が使えない、と言っただけで、」
「更に!更にだ!今その男は、指定区域外での魔力使用を、我々と、あのカメラの目の前で実行しました!誤魔化せるものじゃあない!」
彼が指すのは、部屋の片隅、天井に設置された監視カメラ。
「彼が殴りつけたのは、我が特別指導クラスのメンバー、日魅在進です!彼は潜行者ですが、知っての通り漏魔症罹患者でもあり、魔素濃度が低い場所では、ほとんど魔力を使用できません!彼がやった事は、潜行者による民間人への攻撃と、何ら変わらない!」
「ま、待て、飛躍して」
「ご存知の通り、彼は先の試合で、御三家に勝る程の能力があると証明した!これからの丹本の戦力として、『明胤の宝である生徒が、その将来を殺されてしまうかもしれない』!」
彼は数分前の枢衍の弁舌を、一字も違えず引用する!
「つーか、こいつは殺人未遂だろうがよ。将来どころか、今死ぬところだったぜ?」
「そうね?その子、表だと結構普通に弱いから、今のは命を落とすのも有り得たわ」
「どうお考えか?どういったお考えで、この後、関係各位に弁明するおつもりか?貴方にとって、最適なダメージコントロールとは何か!」
「そ、そんなもの…!」
枢衍は、自分の最後の武器を、
「お前達生徒が、そんな事を要求出来ると思うな…!」
教室持ち職員としての立場を振り翳す。
「さっきから何か、心得違いをしている…!お前達は、私に要請し、意見する事はあっても、命令など以ての外だ…!」
彼は持てる全てを使って、この場を切り上げ、すぐに隠滅と根回しに向かおうとする。
「聞け、問題児共。お前達“特別指導クラス”と、“教室持ち”でも特に貢献度の高い私。二つの言い分に相違がある時、学園が、“理事長室”がどちらを重く見ると思う?」
ルカイオスを、何とかして、締め出せれば良いのだ。
学園という枠内で事を収めたならば、彼らでは枢衍を毀損出来ない。
「社会から認められた、人としての価値、その差を弁えよ。私は、お前達が何を言った所で、揺らがぬ程の実績とキャリアが——」
「おいおい、聞き捨てならねえな」
そこで、
時間切れが来た。




