146.信じろ part1
エレベーターが起動し、
地下階から誰かを運んで来る。
俺はどこかへ歩き去ろうとする膝下を、舗装された地面に釘打つように止めて、
汗でぐちゃぐちゃな掌を、ポケットから出したり入れたりして、
他のどこかに逃がしたくなる視線を、顔ごと前へ固定して、
食道を戻り出そうな異物感を、何度も呑み込み狭めようとして、
待つ。
今上がってるのが、俺の待ち人じゃなければいいのに、という考えが頭を占める。
そうすれば、もう少しだけ、先延ばしになる。
俺が苦しい思いをしながら、罪の重さに打ちのめされる、
それまでに、
あとちょっとだけ、執行猶予が付く。
でも、いつかは、その時が来る。
どんなに逃げても、遅かれ早かれ、絶対に追い着いて来るものがある。
俺が罰を受けるのは、決まった事だから。
ポーン。
エレベーターが、地上階に着いた。
資材や機材の搬入にも使えるらしい、大きな種類。
それが厳めしく開き、中には、
「あ………」
「……お前、まだ居たのか、ローマン」
「……チッ………」
みんなが居た。
時間が来た。
どうやら、“今”らしい。
今此処が、俺を吊るす刑場だ。
「…なんのつもりだ?言っただろ?お前は用済みだ」
「……あの」
「キッショ。何?なんなん?とっとと消えろし」
「……あの」
「聞こえないぞ雑魚め!お前のその顔を見ていると気分が悪くなるんだ!何か言うなら早くしろ!喋らないなら——」
「あの!」
用意してた言葉は、全部何処かに飛んでった。
「ごめんなさい!」
芸の無い奴だ。
気の利いた、感動的な一言でも、言えないものだろうか。
「何に、謝ってるのかな?」
ミヨちゃんは、平熱平常。
俺に目を向けてすらいないと、その声が言っている。
「私達、謝って欲しいわけじゃないんだよね。別に誠意とか良いから、二度と目の前に現れないで欲しいだけ」
「ごめんなさい。オレ、その、なんでみんなを怒らせてるのか、何に謝れば良いのか、それも分からなくて、そこから、ごめんなさい」
「そうなんだ?うん、分かった。じゃあね、バイバイ」
「行こー……」
「だから!」
勝手な話だけど、
「だから!オレの何が、みんなをそんな、厭にさせたのか、それを教えてほしい!」
そうしないといけない。
俺だけ楽しくて、でも、みんなはそうじゃなかった。
友達と呼んだ人に、一方的に苦痛だけ押し付けて、相手が起こったら逃げるなんて、そんなのアンフェアだ。
「どうして私達が、そんな事をしなければいけないわけ?」
「こちとら、関わるだけで、もう胸が悪くなるのにさ~。それは、勝手が過ぎるんじゃないかねぃ?」
「ごめんなさい。でも、オレが何も分かってないからこそ、他の誰かを、これ以上お、オレのせいで、無意識に怒らせちゃう、って事を、防ぎたくて……」
「だーかーらー?それはそっちの都合っしょ?」
「どけ!時間の無駄だ!」
「今まで!」
自分にみっともなさ、厚かましさが、嫌いだ。
でも、こうでもしないと、
また、やってしまう。
成長すると、誓うなら、
カンナに、そう約束するなら、
このままじゃ、いけないんだ。
どんなに見下げ果てられて、失望され続けても、
「良くなる事」を、やめてはいけない。
だから、
「今までみんなが我慢してきた!言えなかった事!ぜんぶ、ぜんぶ今、言ってよ!」
「はあ?」
「きっと溜めてきて、ストレスになってたと思う!オレにぶつけて良い!ちがう、ちがくて、ぶつけて欲しいです!」
泣くな。
泣くなよ、バカ。
泣くくらいなら、もっと気を付けてれば良かったんだ。
人に掛ける迷惑に鈍感なせいで、こんな事になってるんじゃないか。
「今まで、オレに言いたくて、でも触れないようにしてくれてた事を、何でも、思いつく限り、お、オレで発散して、ください!」
「フン、そんな事をしても、考えを改めたりはしないぞ?」
「それでも!それでもいい!オレの事を、もう嫌いなままでいいから!」
「単に、生理的に無理、ってだけなんだけどなあ?」
「そういう話でもいいし、だけど、きっとそれだけじゃないと思うんだ!」
「何故?あなたが私達の、何を理解しているの?」
「分かってない、んだと思う。だからこんな事になったんだって」
でも、これだけは分かる。
「みんな、理由もないのに、人を攻撃するような、そんな人じゃない!」
信じるんだ。
みんなは、敵じゃない。
だから、オレを排除するのは、何かワケがあるはずなんだ。
「好意的に見えたであろう、他の人はともかく、私はいつも、あなたが嫌いだと言ってるでしょ?」
「だけど、そんな奴でも、トロワ先輩は、追い出そうとは、しませんでした!」
実力が無い人、嫌いな人が、意見を出したり、命令してきたり、それが嫌だと言っていたんだ。
力づくでオレを黙らせたり、教室に来る事を拒否したりも、しなかった。
それに、先輩は、あの授業以来、自分の中の好き嫌いと、正直に向き合うようにしていた。
自分が嫌いというだけじゃ、人を動かす理由にはならない、そう言って歩み寄ろうとしてくれていた。
その努力を、オレは見て来た。
それでも、他の人よりオレが嫌いで、オレだけ受け入れられなかったのは、
オレを消そうとしたのは、
普通じゃない原因が、オレの側にあるからだ。
オレが、何かを、先輩にしてしまったからだ。
「他、の、みんなだって、そう、です…!ただ、自分が、イヤ、ってだけじゃ、糾弾じゃなくて、中傷になるって、そう思うような、そ、そんな人達、だから……!」
言えなかっただけで、
今も、優しさや、気遣いで、遠慮しているだけで、
オレの行動や、選択について、
きっと、「間違っている」と、そう思える事が、あったのだろう。
みんな、理由が、理屈が、信条があって、
だから、オレを、切り離そうとしてる。
少なくとも、ここに居るみんなは、
憂さ晴らしだけで、こんな事をしない。
そう、信じれる。
信じていいって、思える。
「聞かせて、ほしいんだ…!」
どうして、学園に来る事まで、禁じようとしたのか。
オレが退学した方が良い、そう言うのは何故か。
弱いと言うなら、何が足りてないのか、どうなって欲しいのか。
「ぜんぶ、オレは…!」
ブレザーの裾を、力いっぱい握る。
力んでいないと、今にも言語を失ってしまいそうだから。
「お、お、オレ、は、」
瞬きを繰り返して涙を飛ばして、
行く手に吐しゃ物が落ちていたのを見つけたような目のみんなを、
それでも、ちょっとした反応とか、仕草とか、
そこから得られる物を、取りこぼさないように、
神経という神経を逆立たせて、
「みんなと、話し、たくて——」
と、
いつの間にか、
薄く細長い何かが、手の中にあるのに気付いた。
それは、手に巻き付いていた。
布?
オレは目だけを下に、手元に向ける。
それは、
「リボン?」
でも、端が無い。
どこから伸びているのか、先を辿って目線を上げると、
「ススム君?」
女の子が、大きな目を丸々と開いて、こっちを見ていた。
右手が、温かくて柔らかくて、心地の良いリズムを刻む、そんな物に包まれている。
「ス、スム、君?」
ミヨちゃんだ。
オレの事、視界に入れたくないくらい、嫌いになっても、
それでも、そんなに心配そうに、名前を呼んでくれるの?
「ススム君!」
そこで、おかしな事を知る。
オレの右手は、彼女の両手で隠されて、今感じているのは、彼女の体温で、
オレは、
俺は、
真っ白なシーツから身を起こし、
「あ、あれ?」
何も分からないままに、急に変わった景色を、脳に取り込もうとして、
「すすむくん!!!」
ワッと泣き出して首元に抱き付いて来たミヨちゃんのお蔭で、
オーバーフローが加速した。
「え?ん、んえ?んあえ??????」
あ、あったまる、んだけど、
いや、その、また、なんですが、
袖の無い腕が首に擦れたり、程よくサラサラな髪が頬を撫でたり、彼女の項が鼻のすぐ下にあったりしても、
また、堪能するどころじゃ、ないんですが。
怖いと温いと心配とカワイイと疑問とキレイとドキドキと、
波状攻撃だ。
心拍のテンポだけが、どんどんと上がって行く。
「????????」
あ、頭が、
頭がおかしくなる~………。




