145.おい part3
「……ギャンバーですよ?しかも明胤学園主催の、実戦で生き残る為の訓練としての。攻撃される事は、彼も承知の上では?」
「しかしお前程の使い手が、未だ中等部課程に居る彼を、過剰なまでに痛めつけたのは、果たして『訓練』の範疇と言えるだろうか?」
「ちょっと…?」
そこで我慢ならなかったのは、意外にも、穏やかな気性を持つ狩狼。
「ろくぴを人質にしたん、そっち…!マジありえない…!」
「人質戦法を取られ、それを破る為に奇襲した、それは良い、そこまでなら何も問題は無い。だが、ランク7のディーパーともあろう者が、3つも学年が下の生徒に対し、必要ではない傷を負わせた。医療班が駆け付けた際、彼の背からは骨が露出していたのだぞ?ショックによる心停止も有り得る重傷だ。
これは、立派な“虐め”、リンチ問題。ルカイオス本家の名を穢しかねない、不祥事ではないのかね?」
「それは、そいつが…!」
「慎みたまえ。私は幼稚な水掛け論ではなく、理による議論をしているのだ。語気を荒げれば話を聞いて貰える、などという優しい場ではない」
「狩狼、座れ」
「でも…!」
「ムー子、あーしの為に怒ってくれてるのは分かるから、チルろ?ほら、深呼吸しよ?」
「……うん…、ごめん……」
沈静化したのを見て、ニークトは問う。
「それで、何を仰りたいのですか?私を脅迫しようと?」
「何を馬鹿な。彼は、お前の感情任せの行動によって、深く傷ついた。だからこそ、お前達に、一つだけ協力して欲しい、というだけだ」
「と、言いますと?」
「彼は今、恐怖で魔法が使えない。フラッシュバックが起こってしまうようだ」
「明胤の宝である生徒が、その将来を殺されてしまうかもしれない」、目を伏せ大いに嘆いて見せる。
「そこで彼の中にある、お前達への恐怖を、何とかして取り除きたい。では、どうすればいいか?最も有効なのは、信賞必罰を一目瞭然とし、理不尽な暴力から、自分が守られている事を、心から実感させる事」
「そこでだ」、彼はバインダーから、一枚の用紙を取り出して、彼らの間に置かれた机に乗せた。
「校内大会の、棄権届けだ」
次の試合は不戦敗とし、パーティーメンバー全員で、勝負を投げ捨てる事を、約束させる一枚。
「代表として、お前の名前で署名しろ。ニークト=悟迅・ルカイオス。言うまでもなく、直筆で、だ」
「ルカイオス」という名が持つ意味、それを拘束力として、逆利用する。
彼が一度そこに記名すれば、取り消す事など、この場の誰にも出来ない。
「やってくれるな?彼が魔法を、“その能力”を、取り戻す為に」
棗が横で、「アチャー」とでも言うように、呆れた顔をしながら、右手で額を押さえている。
此処で言う、「朱雀大路三七三が魔法を使えない」、とは、「日魅在進を起こす事が出来ない」、という意味だ。
彼に掛けられた何らかの暗示は、複雑かつ深い物であり、無理に解除しようとすると、重篤な精神・脳機能障害を、発症させる危険もある。
「明胤の養護教諭でも、解除は困難」、その自信があるからこそ、こんな条件を突き付けて来た。
未来を担う生徒の身を案じる言葉を吐きながら、
その手で別の生徒の頭に銃口を突き付けている。
「どうかね?」
ボールが、ニークトの側に回って来た。
「お前達の、次の試合が始まる前に、いや、手続きを円滑に進める為、今ここで決めろ。それであれば、運営にも迷惑が掛からない」
特指クラス6人から睨まれ、柳に風といった表情の枢衍。
「バカっすね」
朱雀大路が、勝ち誇る。
「あのローマンの為に、本気になり過ぎっすよ。だから足下見られるんす。もっとキョーミないフリしてれば」「朱雀大路?」「はいはい傷心中でーす。サクランしてヘンな事言いましたー。キブンをガイしてごめんなさーい」
やっている事が下らない、その自覚はあるのだろう。演技に熱が入っていない。
しかし、教室持ち職員が保証し、本人にそう一点張られたら、生徒の側から言い募ったとしても、覆せない。
ニークトは言葉に詰まる「そうか。じゃあオレサマの方で勝手に調べさせて貰うぞ」事も無く、そう言って席を立ちかける。
「えっ」
「ふあっ?」
「ちょっ」
「ん?」
「アララッ?」
「おい?」
「ぶっふぉッ!」
枢衍や朱雀大路どころか、特指側からも困惑の声が上がる。
棗などは、盛大に吹き出して、そのまま笑い出し始めた。
「ちょいちょいニクっち先輩。カミっち見捨てるのはナシですよ~?」
「『ニクっち』やめろ!それに誰が見捨てると言った!」
「このクソ共との交渉を放棄するってのは、そういう事だろうが」
「ここに居る、俺以外の全員、何か勘違いしているようだがな」
「オレサマは交渉させてやってる側だ!」、声高々《こわたかだか》に言ってのけるニークト。
「はあ……」、コメントに困るその他。
「おい朱雀大路!」
「ヒッ、な、なんすか!?」
「やめたまえルカイオス!」
「お前もだ枢衍霜浯!」
「な、『お前』…!?」
「オレサマは、お前達に最後の慈悲を見せてやっている!挽回のチャンスをやろうという、最大の優しさを見せるオレサマに対し、お前らは何だ?」
「い、言ってる意味が分かんねえよ!」
「だったら『馬鹿』はお前だあー!いいか?よく聞け——」
——日魅在進は、必ず自力で甦る!
「は」
「はあ?」とも「はい?」とも「ハハハ」とも、
彼は口から出せなかった。
全員がそうだ。
いきなり何を言い出すのかと、ギョッとして彼を見ていた。
「い、いや、俺ッチの魔法は、そんなにヤワじゃ——」
「奴に常識が通用すると思うな?何度、不可能を可能にしてきたと思ってるんだ!」
「そ、それは別の話で」「本当にそうか?本当に、出来ないと、思うのかあ!?」「そ、そんなん」「日魅在進に、お前の想像が及ぶと思うな!」
考える間を与えず畳み掛けるニークト!
「ここでお前がオレサマの救いの手を取らずに、そこで奴が目を覚まして、お前から攻撃されたと証言したらどうなると思う!?」
「ば、バレてるわけないっす!あ、じゃなくて、仮に!仮にそうだとして、見破れるわけないっすよ!」
「どうだかなあ!?魔力の感知と操作において、奴はこの場の誰もを凌駕する!仕掛けられた時は気付かなくても、効力を発揮された瞬間なら、奴が何かを感じ取るかもしれない!そして次にお前の魔力を見た時、記憶の中の物と一致してしまったら、その時お前はどうなるんだあ!?」
「そ、そんなの、調査する側が信じるわけが——」
「ルカイオスが選んだ調査機関が、“一定の説得力を持つ仮説”を検証する!それはもう徹底的に、奴の体内と部屋の両方から、その話と合致する痕跡という痕跡を探し回ってやる!」
「あ、あ……」
「その時お前の隣に居る御大層な教職員殿は、お前をどうすると思う?『何も問題は無かった』とも、『うちの生徒とは関係ない』とも、言えなくなった時、そいつはどう動く?鳥頭を振ってよく考えろ!」
朱雀大路が枢衍を、
目的の為なら手段を選ばない、合理主義の権化を見る。
例えば、
それがどんなに大事な持ち物でも、
捨てる必要があれば——
「お、起きるわけがない…、起きるわけがないっす…!」
「賭けてみるか?お前の人生を、明胤卒業生か、全ディーパーの敵かに二分する、デカいギャンブルになるぞ?」
「そ、そんな…」
「惑わされるな朱雀大路。ハッタリだ」
「で、でも先生、でも……」
「今ならまだ、俺達に協力して、自分の手で奴を起こして、問題を無かった事にする、という手があるぞ?」
「違う違う違うちがう」
「朱雀大路!全て詐術だ!お前が日魅在進を起こせばこいつらの勝ちだ!お前にそうして欲しいんだ!だから口から出任せでお前を騙そうとしている!お前が必要な証拠だ!」
「オレサマはどっちでもいいんだがなあ?」
「うるせえ!うるせえぞ!オマエラ、イーカゲンな事言うんじゃねえ!あんなビョーニンフゼーに、俺ッチの魔法が破れるわけねえだろうがよおおお!」
「あ、あなた、どういう事……?」
「『言質は取った』ってかあ!?そんなモン、なんの効力もねえんだよ!俺ッチは今サクランしてんだからなああ!」
「お前……どうやって……!」
「ノリドおおお!話し理解出来てるウウウ!?俺ッチの魔法に便乗した、オマエなら分かってんだろおおがよおおお!」
「馬鹿な…!?」
「本人の同意を得て、潜在意識の最深部まで掌握した俺ッチの魔法が、破れるわけ……あん?」
「馬鹿な」と、ニークトは言った。
何が?
こいつにとって、そんなに意外な事を言ったか?
こんな反論も想定していなかったのか?
分からなくなった朱雀大路は、
余裕ぶるべく、
いつものおふざけの“ノリ”で、
小ボケを挟もうと、
「んだよお?俺ッチの後ろに誰か——」
振り返った先に、
開いた出入り口があって、
男子生徒が、
目を開き、
無表情で、
立っていた。
「………」
朱雀大路が、正常な思考を取り戻す前に、
「おい」
日魅在進の顔をしたそいつは、
そういう言葉に聞こえる音を発した。




