143.これにて決着! part1
〈どうやって、ここに来た?〉
「ノンデリーチキンに伝えておけよ。『ビビったら最優先で自分の頭を隠すのが、お前の悪いクセだ』とな」
今はどちらも動けない。
一手の隙を与えれば、無数の選択肢を得てしまう相手だと、互いにそれを見通している。
狩狼と朱雀大路は脱落。すかさず医療班が回収していった。
その間にも、魔力や殺気で牽制をし合い、二人共有の架空の盤上で、何度も駒の指し合いを繰り返す。
その会話も、相手の意識を少しでも逸らそうとする、仕掛け合いの一つだった。
〈そうか。朱雀大路の奴。『敵の分断』という本文を、忘れたか〉
「ああ、オレサマ達がお前等を探す、その行動に対する守りは分厚くなっていたが、オレサマ達同士で探し合う方は、妨害が甘くなっていた」
「恐らく無意識の防御反応だ。実戦で予期せぬエラーに繋がるぞ?腰抜けにはよく言って聞かせておけ」、
ニークトの言い草に、棗は少しだけ可笑しみを感じる。
この男の場合、本気で忠告しているのだろうと、それが察せてしまうからだ。
〈それでも、狙った誰かを追跡できるとは思えないが〉
「途中から目を塞ぎ、更に狼の鎧で全身を閉じる事で、光と魔力の干渉をシャットアウトした。その上で嗅覚探知だ。初めはオレサマの中に巣食っていた数々の誤情報も、新規の供給が無くなれば存在感を薄めていく。最終的に、どれが本物の匂いなのか、それを嗅ぎ分けるくらいは、手に取るようなものだったぞ」
〈簡易的な眩惑だと、それだけでも破れるか…。そして六本木は、朱雀大路の能力に耐性を持っていたな。彼女は彼を探し出し、倒す役であると同時に、お前にとっての発信機にもなっていた、か〉
これで、ニークトが辿り着けてしまった。
あとは、
〈あの奇襲は…乗研の黄金か。吾等の欲する物、どころか、欲する風景すら見せるか〉
「欲しい物がそこに在る」、だけでなく、「誰もここに居ないで欲しい」、その願望も反映される。
大詰めに入っていた二人は、あの時周囲の警戒もしていたが、誰も居ないのがベスト、という前提が念頭にあった。
「オレサマの鎧にも、あの火は燃え移っていた。ノンデリの事だ。その全てに神経を通してはいまい」
〈そうだな。操ろうとした部分に、意識の一部を割くやり方だ。お前が燃えていても、平気な顔をしていれば、無機物か何かと判断するくらいには、粗雑な男だよ〉
「燃えている物は安全」、その先入観も彼を隠した。
後は、対処が遅れる一番の好機、狩狼への止めの瞬間を突いて、朱雀大路を強襲した。
朱雀大路は狩狼を騙す為に、その周囲の火の制御に集中し、
棗は二撃を使って追い込みながら、確実に敵を仕留めた。
ニークトに寄越す目も手も、残っていなかったのだ。
〈代償は高くついたが、分かった事もある〉
開示できるギリギリを攻めながら、それでも対手の注意を充分に逸らせていない。
そういった局面にあって、棗はそれでも勝ち筋を見ていた。
真っ直ぐと、曇りなき眼で。
〈お前達の作戦、要はお前か、六本木か、だ〉
どちらもしぶとく、朱雀大路という心臓部を突くポジション。
〈全員で前に出ている以上、安全な奴などいない。とすると、どうせなら、『こいつが失敗すれば全て御釈迦』、そう言える者にKを任せたくなるのが人情〉
チェックを掛けているのは、枢衍教室の側だ。
棗五黄という最高戦力の前に、Kポジション候補二人が、雁首揃えている。
それに片方は、ほとんど能力を失っているに等しい。
対して彼女達には、
「Kは落ちない」、
「特別指導クラスは、“彼”に近づけてすらいない」、
その確証があった。
〈朱雀大路の魔法が消えたと同時に、乗研の能力の効果範囲も縮小された〉
今、この二人を守る物は、何も無い。
〈本当に、ここまでしてやられるとは、思っていなかった〉
亢宿と朱雀大路の相生魔法を明かし、二の矢三の矢も番えていたのに、“保険”まで切る事になろうとは。
〈新人教育は、成功続きの者こそ注意、か。良い教訓になった〉
魔力的に見てあと数手で、彼女の魔法は解除される。
だが、
〈うん、次で、決める〉
「やってみろよ。ベテラン気分の新兵女」
雑談は終わり。
棗の目には、4手詰みが見えている。
〈ホラあ!〉
棗の王手!
二人同時に縦断できる袈裟斬り!
「オォッ!」
ニークトの応手!
狼鎧を纏わせ爪や牙を生やした剣身で止める!
〈そういう事も出来るのか〉
「六本木!離脱しろ!」
呼ばれた彼女は少しの硬直の後にニークトの許から跳び離れ、
「“愛卓”!」
簡易詠唱!ベージュの魔力が付近一帯を薄く巡り広がる!
「すぐにこちらの増援が来るぞ?」
〈それはお前達だけじゃない〉
仲間との繋がりによって強化される、棗の魔法。
乗研による幻術が弱まった中で、その完全詠唱が、続いているのだ。
故に、枢衍側のメンバーからも、ここが探知出来ている。
特に、あの植物が消えていないという事は——
「“萌竜”!“萌竜”!“萌竜”!」
三発!
まだ残っていたビルの上から六本木目掛けて撃たれた種子が眷属の狼達に払い落される!
姿を現す前に既に生み出していたか!
〈準備が良いな〉
「そう言うお前は今のが会心か?」
〈いや?〉
亢宿の事だ。
この場に駆け付けた時には、連絡を済ませているだろう。
彼女のその信頼を裏付けるように、木の根が緑・赤・黄・白・黒の五色に変化する。
〈遠くの彼に代わって言おう。“徳が治むる王政を”〉
先程の種子も周囲の樹木も一斉爆発!
全てが炎に、実際に敵を焼き滅ぼす火炎に変じる!
「なんだと…!?」
〈うん、五大元素思想を、知っているだろう?〉




