137.キレたし吹っ切れた
「トロワさんの所のK、凄い事考えるな!いや、それとも、別の誰かのアイディアなのか?」
彼は戦場の中でも、友好的な態度を崩さなかった。
それがまた、トロワの心胆に残る古傷を、ジクジクと疼かせた。
「あなたのパーティーこそ、随分と、陰湿な事をやってくれたじゃない……?」
「うん?ああ、朱雀大路君の能力を、僕がブースト出来る事かな?確かに、これがちゃんとシナジーになるって知った時は、結構驚いた!枢衍先生は凄い!」
ああ、そうか。
この馬鹿正直な男は、仲間から今回の企みを、隠されているのだ。
確かに、非公式に魔法を使い、対戦相手を試合開始前に攻撃するなんて、彼が受け入れるわけがない。
縦しんば呑み込んだとして、その悪感情を表に出さない、そんなタイプの人間ではない。
ただ、自分の想像力が及ばない範囲については、絶望的に無神経なだけだ。
だからパーティーメンバーが、盗聴なんてしていても、気付かないでいられる。
そこまで考えて、トロワは自嘲する。
それは自分もそうだったと、思い出したからだ。
ディーパーとして強くなるのは、拍子抜けなくらい簡単な事だった。
遅れを取っていた彼女が、直ぐに学園のトップ層に混ざり、選択教室のエースになるくらいには。
だから、彼女より弱いディーパーを、ずっと見下していた。
いいや、今でも、その意識はある。
彼女が出来る事が、出来ないディーパーとは、本気で、真剣に、強くなろうとしてこなかった人間だと。
男女の差が大き過ぎる世界から、それがほぼ無効化してしまうディーパーの一員となった彼女にとって、そこはぬるま湯のような場所だった。
努力で全部を覆せる。
なんて贅沢!
だから明胤学園に選ばれて、それでも芽が出ない生徒達を、彼女は軽蔑していた。
これまで鳴かず飛ばずだったのに、ある日急に他人と同じ事が出来るようになっただけで、仲間面してくるあの少年にも、苛立っていた。
けれど結局そこには、
ディーパーの世界でも、先天的素質や後天的素養などで、努力ではどうにもならない場合があるのだと、或いは努力のやり方すら身に着けられない事もあるのだと、
その発想が足りていなかっただけだ。
魔力を保てない人間が、ディーパーとして生きようなんて、
しかもそれを広く見せびらかすなんて、
恥ずかしくて、自分には出来ない。
そう思った彼女は、
ある意味で彼より弱い。
彼女が彼の立場だったら、
途中で折れていただろうから。
彼はダンジョンから愛されなかった。
それでも彼は、どういうわけか諦めなかった。
そして、ランク6、それも御三家に名を連ねる者を、ほぼ無傷で倒してしまった。
彼女は、想像が、及んでいなかった。
彼女には、変なプライドがあった。
今、亢宿を見て、
今まで自分の中に湧いていた感情が、
どういう物なのか漸く分かった。
それを、認められた。
自分は、彼らと同じように、弱かった。
彼らは、自分と同じように、強かった。
「ねえ?これは、独り言として聞いて欲しいのだけれど」
「うん?」
男だからでなく、
自分より弱いからでなく、
個人的な理由で、
「私は、あなたが嫌い」
「う、す、すまん。矢張り、初等部での事、気にしているよな……」
「ああ、違うわよ?」
そんな事、どうでもいい。
その後の事も、今は重要じゃない。
「私、これからあなたを倒すけれど、それはあなたが間違えたから、間違っているから、というわけではないわ」
何とか理解しようと、ウンウン唸りながら考える彼に、続ける。
「私の目的にあなたが邪魔で、気に食わなくて、私がそうしたいから、これからあなたを徹底的に叩きのめすわ」
「そ、そうか……」
「ふぅ、スッキリした…」
いつぶりだろうか。
何の迷いも無く、剣を振れる気がした。
最近は、剣への気持ちも、忘れてしまっていたのだと、そこで気付いた。
「さて、時間が無いわ。始めましょう?」
「相変わらず、自分のペースで行く人だな…」
亢宿のぼやきを最後に、
両者改めて、10歩程の距離で構えを取りながらの、向顔。
左の上腕に、剣身を置いているトロワを見て、
亢宿は彼女の狙いを、何となく理解した。
それは、何が何でも阻止しなければならない。
トロワの側も、相手がそう考えるであろう事は、分かっていた。
「「………」」
静寂。
猥雑な戦場が、僅かの間だけ、それに包まれ、
朱雀の炎が揺らいで、
それを破った。
「“萌竜”!」
伸びた!
跳んだ!
亢宿は既に完全詠唱を成立させ、根をそこら中に張り巡らせている!
足下のビルからそれを飛び出させ加速しながらのスタートダッシュ!
同時にトロワの背後からも4本が襲う!避けようと後ろに下がればそちらに刺さる!
これによって剣で迎えざるを得なくなる。
その間に囲いを増やし、狭め、優位に立てる盤を作り、詰み取る。
そう見越して、
あらゆる防御、回避パターンを予測し、
全てに対応するつもりでいたその者の前で、
ジュリー・ド・トロワ、
まさかの不動。
「なんと…!?」
腕に纏った幹による打撃は左肩で受け、
身を僅かに捻る事で背中を刺す根から急所を守り、
首を傾け一本を回避し、
だが下半身は巌の如く。
そしてその、
上半身の回転が、
防具の袖で、レイピアを研磨する動作となって、
「“堅き中に抱く本懐”」
完全詠唱成立。
剣を覆うように、竜胆色で螺旋状の魔法生成物が出現。
その形状から刺突を警戒する亢宿の前で、トロワは手首をスナップさせて、
布のように、切先が解ける。
その攻撃範囲が広く、自由になる。
一秒で、
一振り、
しかしそれが幾重もの連撃へと化け、
根も、
幹も、
彼も、
アスファルトも、
千切りにされる。
「微塵切りでないあたり、本当に恐ろしいな」
亢宿は、そこでトロワへの勝利まで、完全に切り離した。
「しかも、簡易詠唱の時と同じ、傷口まで付与するのか」
これでは、勝負にならない。
攻撃を肉体強度で受けられた上で、平気な顔で強烈な一撃、否、連撃を返された。
朱雀大路の魔法を纏った根を利用して、ビルの窓から中に入り、反対から出てを繰り返し、必死で逃げる。
伸ばした先から細かく断たれる木々に震え上がりながら、
彼は戦線の離脱に全力を傾けた。
本当だったら、大人しく負けを認めたい所だが、今彼が脱落すると、自分の側の幻覚魔法の範囲が狭まり、パーティー全てに迷惑が掛かる。それは避けたかった。
「すまん!今回は君の勝ちだ!そういうわけで、逃走させて貰う!」
律儀にもそれだけ言い残し、亢宿勻は消えて行った。
後に残ったトロワは、相手の気配が消えた事を確認すると、その場に剣と片膝を突く。
「あの男…、ディーパーとしても優秀なんて、何処までもイヤミな奴……」
彼女は追わなかったのではなく、追えなかった。
アーマーの隙間を貫通して来る、高精度の魔法。
肩で受けただけで全身を衝撃で貫く、高威力の打撃。
詠唱に伴う動きによって、致命傷だけは回避した事で、彼女のポイントは辛うじて、4割程残っていた。
そうでなかったら、
重要な臓器への損傷と見なされ、
脱落も有り得ただろう。
刈り取る気で放った斬撃も、植物繊維と木のしなやかさを持った鎧で、殺し切るまでには至らなかった。
その実力は、認めざるを得ない。
勝負には勝ったが、逃げられた。
戦略的には敗北している。
「……ふふ」
けれど彼女の胸に湧き上がるのは、
晴れやかな気分だった。
「あいつ……私の余裕顔に、見事に引っ掛かって…クククッ……ビビッて逃げたわね……クックックック……」
勝てるかもしれなかった勝負を、
彼自身の手で投げ出させた、その事で満足する自分を、
彼女は受け入れた。
——ああ、私、
——結構性格悪いのね。
——全然、キレイな色をしてない。
ずっとそうだった、
別に分かっていた事だったのに、
その時初めて、
そんな自分を愛せた気がした。




