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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第六章:身内ノリの腕試し大会、ってだけじゃなかったりする

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137.キレたし吹っ切れた

「トロワさんの所のK(キング)、凄い事考えるな!いや、それとも、別の誰かのアイディアなのか?」

 

 彼は戦場の中でも、友好的な態度を崩さなかった。

 それがまた、トロワの心胆に残る古傷を、ジクジクと疼かせた。


「あなたのパーティーこそ、随分と、陰湿な事をやってくれたじゃない……?」

「うん?ああ、朱雀大路君の能力を、僕がブースト出来る事かな?確かに、これがちゃんとシナジーになるって知った時は、結構驚いた!枢衍先生は凄い!」


 ああ、そうか。

 この馬鹿正直な男は、仲間から今回の企みを、隠されているのだ。

 確かに、非公式に魔法を使い、対戦相手を試合開始前に攻撃するなんて、彼が受け入れるわけがない。

 しんば呑み込んだとして、その悪感情を表に出さない、そんなタイプの人間ではない。

 ただ、自分の想像力が及ばない範囲については、絶望的に無神経なだけだ。

 だからパーティーメンバーが、盗聴なんてしていても、気付かないでいられる。


 そこまで考えて、トロワは自嘲する。


 それは自分もそうだったと、思い出したからだ。


 ディーパーとして強くなるのは、拍子抜けなくらい簡単な事だった。

 遅れを取っていた彼女が、直ぐに学園のトップ層に混ざり、選択教室のエースになるくらいには。


 だから、彼女より弱いディーパーを、ずっと見下していた。

 いいや、今でも、その意識はある。

 彼女が出来る事が、出来ないディーパーとは、本気で、真剣に、強くなろうとしてこなかった人間だと。

 男女の差が大き過ぎる世界から、それがほぼ無効化してしまうディーパーの一員となった彼女にとって、そこはぬるま湯のような場所だった。


 努力で全部を覆せる。

 なんて贅沢!


 だから明胤学園に選ばれて、それでも芽が出ない生徒達を、彼女は軽蔑していた。

 これまで鳴かず飛ばずだったのに、ある日急に他人と同じ事が出来るようになっただけで、仲間(ヅラ)してくるあの少年にも、苛立っていた。

 

 けれど結局そこには、

 ディーパーの世界でも、先天的素質や後天的素養などで、努力ではどうにもならない場合があるのだと、或いは努力のやり方すら身に着けられない事もあるのだと、

 その発想が足りていなかっただけだ。

 

 魔力を保てない人間が、ディーパーとして生きようなんて、

 しかもそれを広く見せびらかすなんて、

 恥ずかしくて、自分には出来ない。


 そう思った彼女は、

 ある意味で彼より弱い。

 彼女が彼の立場だったら、

 途中で折れていただろうから。


 彼はダンジョンから愛されなかった。

 それでも彼は、どういうわけか諦めなかった。


 そして、ランク6、それも御三家に名を連ねる者を、ほぼ無傷で倒してしまった。


 彼女は、想像が、及んでいなかった。

 彼女には、変なプライドがあった。


 今、亢宿を見て、

 今まで自分の中に湧いていた感情が、

 どういう物なのか漸く分かった。

 それを、認められた。


 自分は、彼らと同じように、弱かった。

 彼らは、自分と同じように、強かった。



「ねえ?これは、独り言として聞いて欲しいのだけれど」

「うん?」

 

 男だからでなく、

 自分より弱いからでなく、

 個人的な理由で、


「私は、あなたが嫌い」

「う、す、すまん。矢張り、初等部での事、気にしているよな……」

「ああ、違うわよ?」


 そんな事、どうでもいい。

 その後の事も、今は重要じゃない。


「私、これからあなたを倒すけれど、それはあなたが間違えたから、間違っているから、というわけではないわ」


 何とか理解しようと、ウンウン唸りながら考える彼に、続ける。


「私の目的にあなたが邪魔で、気に食わなくて、私がそうしたいから、これからあなたを徹底的に叩きのめすわ」

「そ、そうか……」

「ふぅ、スッキリした…」

 

 いつぶりだろうか。

 何の迷いも無く、剣を振れる気がした。

 最近は、剣への気持ちも、忘れてしまっていたのだと、そこで気付いた。


「さて、時間が無いわ。始めましょう?」

「相変わらず、自分のペースで行く人だな…」


 亢宿のぼやきを最後に、

 両者改めて、10歩程の距離で構えを取りながらの、向顔こうがん


 左の上腕に、剣身を置いているトロワを見て、

 亢宿は彼女の狙いを、何となく理解した。

 それは、何が何でも阻止しなければならない。

 トロワの側も、相手がそう考えるであろう事は、分かっていた。

 

「「………」」


 静寂。

 猥雑な戦場が、僅かの間だけ、それに包まれ、


 朱雀の炎が揺らいで、

 それを破った。


「“萌竜ロング”!」


 伸びた!

 跳んだ!


 亢宿は既に完全詠唱を成立させ、根をそこら中に張り巡らせている!

 足下のビルからそれを飛び出させ加速しながらのスタートダッシュ!

 同時にトロワの背後からも4本が襲う!避けようと後ろに下がればそちらに刺さる!


 これによって剣で迎えざるを得なくなる。

 その間に囲いを増やし、狭め、優位に立てるリングを作り、詰み取る。

 そう見越して、

 あらゆる防御、回避パターンを予測し、

 全てに対応するつもりでいたその者の前で、



 ジュリー・ド・トロワ、

 まさかの不動。



「なんと…!?」


 腕に纏った幹による打撃は左肩で受け、

 身を僅かに捻る事で背中を刺す根から急所を守り、

 首を傾け一本を回避し、

 

 だが下半身は巌の如く。


 そしてその、

 上半身の回転が、

 防具の袖で、レイピアを研磨する動作となって、


「“堅き中に抱く本懐キャラッド・ボーグ”」


 完全詠唱成立。

 剣を覆うように、竜胆色で螺旋状の魔法生成物が出現。

 その形状から刺突を警戒する亢宿の前で、トロワは手首をスナップさせて、


 布のように、切先がバラける。

 その攻撃範囲リーチが広く、自由になる。

 一秒で、

 一振り、

 しかしそれが幾重もの連撃へと化け、

 根も、

 幹も、

 彼も、

 アスファルトも、

 千切りにされる。


「微塵切りでないあたり、本当に恐ろしいな」


 亢宿は、そこでトロワへの勝利まで、完全に切り離した。


「しかも、簡易詠唱の時と同じ、傷口まで付与するのか」


 これでは、勝負にならない。

 攻撃を肉体強度で受けられた上で、平気な顔で強烈な一撃、否、連撃を返された。

 

 朱雀大路の魔法を纏った根を利用して、ビルの窓から中に入り、反対から出てを繰り返し、必死で逃げる。

 伸ばした先から細かく断たれる木々に震え上がりながら、

 彼は戦線の離脱に全力を傾けた。

 本当だったら、大人しく負けを認めたい所だが、今彼が脱落すると、自分の側の幻覚魔法の範囲が狭まり、パーティー全てに迷惑が掛かる。それは避けたかった。


「すまん!今回は君の勝ちだ!そういうわけで、逃走させて貰う!」


 律儀にもそれだけ言い残し、亢宿勻は消えて行った。


 後に残ったトロワは、相手の気配が消えた事を確認すると、その場に剣と片膝を突く。

 

「あの男…、ディーパーとしても優秀なんて、何処までもイヤミな奴……」


 彼女は追わなかったのではなく、追えなかった。

 アーマーの隙間を貫通して来る、高精度の魔法。

 肩で受けただけで全身を衝撃で貫く、高威力の打撃。

 詠唱に伴う動きによって、致命傷だけは回避した事で、彼女のポイントは辛うじて、4割程残っていた。


 そうでなかったら、

 重要な臓器への損傷と見なされ、

 脱落も有り得ただろう。


 刈り取る気で放った斬撃も、植物繊維と木のしなやかさを持った鎧で、殺し切るまでには至らなかった。

 

 その実力は、認めざるを得ない。

 勝負には勝ったが、逃げられた。

 戦略的には敗北している。

 

「……ふふ」


 けれど彼女の胸に湧き上がるのは、

 晴れやかな気分だった。


「あいつ……私の余裕顔に、見事に引っ掛かって…クククッ……ビビッて逃げたわね……クックックック……」

 

 勝てるかもしれなかった勝負を、

 彼自身の手で投げ出させた、その事で満足する自分を、

 彼女は受け入れた。


——ああ、私、

——結構性格悪いのね。

——全然、キレイな色をしてない。


 ずっとそうだった、

 別に分かっていた事だったのに、

 その時初めて、

 そんな自分を愛せた気がした。

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