132.尋常に……とでも言うと思ったか! part3
「各員、手筈通りに」
枢衍教室のエース、棗五黄。
意外なロール宣言にも、顔色を変えなかった彼女は、このパーティーの精神的支柱であり、優秀な司令官でもあった。
凛としたその声は、楽勝を前提とした戦いを前でも、各々の意識を引き締める。
彼らがこの役目を任されたのも、教師や国の方針に忠実で、18歳を目前としながら仕事人の風格がある、そんな彼女の能力を見ての事だろう。
少なくとも、明胤学園の中においては、彼女は大人達を相手取って、「対等な交渉相手」としての地位を確立していた。
「例の合図は?」
『来ていません。どうやらこちらの、予想の範疇です』
「うん、そうか」
元チャンピオン、パンチャ・シャンの失脚工作。
幾つもの策が不発に終わり、実力行使が必要となった際、最後の最後に保険として、彼らを試合で打ち負かす役。
「配置完了。行動開始」
彼らの使命が、総仕上げに入る。
『いつでも行けるっすよ』
「うん。そろそろか」
Bポジション、朱雀大路の言葉に頷いて、棗は能力の使用を解禁。
「やってくれ」
『喜んで!』
まずNポジション、亢宿勻が、アリーナの中間地点にある、背の高いビルの屋上に陣取る。右の薬指を立て、左掌の上に伸びた右肘を置いて構え、
『射撃、開始します!“萌竜”!』
萌黄色の魔法弾が射出され、ビルの一つ、5階建ての中間辺りに着弾。
『どんどん行きます!“萌竜”!“萌竜”!“萌竜”!』
連打。
連発。
頭に叩き込んだ地形から、最適な設置場所を割り出し、そこに正確に命中させていく。
『設営完了!完全詠唱許可願います!』
「よーしよし。いい狙いだ。でも、まだだ」
落ち着いて中性的な声の棗は、盛るパーティーメンバーを、と言うより部下を一度宥め、敵の動きを待つ。
「うん、どうだ?相手方は、排除に動いたか?」
『いいえ!恐らく当てずっぽうな遠隔攻撃だと勘違いしてます!』
「ふーん…?」
昨日の試合、相手の能力を完全把握していたように見えたが、あれは詠訵辺りの功績だったか。
「どんな感じだ?そろそろ流石に、彼らも陣形らしきものくらい、組める頃合いだろ?」
『ええっと………あ、居ました!前めに一人、多分トロワさ……ごほん、ではなく、Nですね!』
「思った通り、彼女が突出したか」
ジュリー・ド・トロワ。
元の教室でもワンマン気質だったと聞く。
K以上の裁量が与えられたN。
それに慣れ切ってしまっている為に、一歩外に、別のパーティーに入ってしまえば、彼女から足並みが乱れてしまう。
それを補うパーツとして、カミザススムは矢張り大きかった。
「うん、極めて狙い通りだ。出し惜しみはナシで行こう。まずは向こうで単体最強と言える彼女を孤立させ、6人全員で当たりに行く」
『って事は?』
「その通り、朱雀大路、準備を。亢宿、完全詠唱許可。センスはお前に任せる」
『任されました!』
「お前にとっては、トロワとの再戦には思い入れがあるだろうが」
『いいえ!パーティーの勝利が優先です!』
小気味よく言い切った彼は、両の薬指を立て、小指側の側面をピタリと接させ、
『“萌緑黄色満面東竜”!』
先程の魔法弾頭の着弾点から、萌黄色に染まった樹木が、天に昇る竜の如く爆発生長し、枝と根によって敵エリアを区分けに別つ!
「朱雀大路、いいぞ」
『待ってましたっす!“熒惑にて経国成る”!』
両の中指を立て、拳同士がくっ付く程に近づけ、交差させた彼の完全詠唱!
サーモンピンクの炎が伸び亘る樹上を伝い、翼を広げる不死鳥のように染め上げる!
魔学的物質としての樹木を生成し、そこに朱雀大路の幻炎を燃え広がらせる。
これまで模擬戦やギャンバーでは温存して来た、隠し玉たる“相生攻撃”の一つである。
illモンスターの中には、“火鬼”という火を生む葉が本体とされるもの、“靏玉”という眩惑能力を持つものが存在するが、朱雀大路と亢宿が組めば、そのどちらもが可能となる。
このメンバーでどちらかのイリーガルに遭っても、余裕で勝てる、と、朱雀大路にはその自信があった。
『こちら亢宿!敵Nの分断成功!』
「うん、じゃあ、亢宿はそのまま上から狙撃を継続。朱雀大路も距離を維持。万と介冬、それと吾で——」
『!?隊長…!敵です…!それも近い…!メイン通り上、敵牛丼前…!』
「何だって?」
通信手でもある介冬武黒の言葉に反応した彼女は、建物の一つに背を付け、通りの先を覗き見る。
敵陣側の、牛丼チェーンらしき店舗——ダンジョン由来の架空の物だろう——の軒先。
居た。
空を覆う眩しい桃色を浴びながら、確かにそこに、人影が。
だが、あれは、
「どういう事だ?何故Kがここに出て来ている?いや、どうやって亢宿の観測を抜けた?」
そのシルエットと言い、後頭部にはみ出る髪型と言い、魔力の色と言い、どう見ても、乗研竜二である。
『た、隊長…!』
介冬の哀しげなハスキーボイスが、昏迷を深めて、
『ワタシ、あれ、Pに…!六本木さんに見えます…!』
「…朱雀大路、亢宿、万、見えるか?」
『俺ッチは、Rっぽく見えるっす』
『この位置からは、狩狼睦実と推定できます!』
『僕の目には、Kに見えます』
見えている物が違う、その違和感を、彼らは身に染みて知っている。
何しろ、仲間の一人が、同系統の魔法能力者だ。
「各員一時撤退。掛けられている。後ろに下がって陣を敷き直す」
〈いや、それはねえ。それは許さねえ〉
真横、路地裏から魔力反応!
「“黄倫”!」棗は簡易詠唱によって山吹色の片刃のような物を掌から生やし、切りつけながら距離を取る!
接近を許していた。
そこに来ている事を、認識出来ていなかった。
そして今、彼女が切った物——
——金の、板?
純金かと思わせる、磨き抜かれ景色を反射する、板状の黄金。
そこには今、乗研の姿があった気がしたが、しかし切り裂かれると同時に消えてしまい、確かめる術が無くなった。
「気持ちの悪い手応えだ。金属としての硬さは無いけれど、それより後ろに攻撃が通らないようになっている」
乗研竜二が使う、黄金の盾。
その輝きによる視線誘導で敵意を引き付け、どんな攻撃でも一撃までは完全に遮断する魔法、
だった、筈なのだが、
「それが全貌ではなかった?」
『隊長!囲まれています!』
『こいつら、何処から…!?』
『隊長、こちらは撤退困難です。推測ですが、方向感覚も狂わされています』
「うん、そのようだ」
間違いない。
「聞いてくれ。どうやら乗研竜二の魔法は、朱雀大路と同タイプ、幻覚系だ。そして、察するに——」
〈一言だけ〉〈教えておくぞ〉
目の前に現れた訅和交里が、炎の揺らぎと共に、ニークト=悟迅・ルカイオスに変化する。
「吾等の“小細工”が、見破られていたらしい」
〈“輝く物が全て、黄金とは限らない”〉
端末のメモ帳機能等を使って、筆談でもしたか?
盗聴の成果は、完全に忘れるべきだろう。
露骨過ぎる為に避けたが、隠しカメラも置いておくべきだったか。
〈ギラギラと一丁前に、照らしてくれたお蔭で〉〈コッチの能力の効きも〉〈良くなったわ〉
黄金の板が、
それに映る可変の像が、
増えていく。
周囲を閉じていく。
「成程、K候補として思い浮かべた事で、姿が変わる。任務を果たしたい、吾の願望を映しているか。そして、黄金の輝きによる眩惑、それが朱雀大路の魔法、迷わせる光と会わさって、増幅されている」
乗研竜二は最前線に出て来ている。
消極的Kポジションは、完全なる謀り。
誰と入れ替えた?
そしてそいつは、今何処に居る?
『お、俺ッチの魔法が、奴らとシナジーを起こしてるっす!今解除を』「いいや、それは駄目だ」『え!?』
乗研単独で、枢衍教室を全滅させられる、などとお目出度い考え方を、してくれているとは思えない。
彼だけで先行してはいまい。
こちらの攻撃と、乗研の能力を合わせる事で、見られずに懐まで潜り込む。
どれがKか悟らせない為に、全員同時に。
そういうプランだと思われる。
合体魔法の範囲外から、彼女達枢衍パーティーを全滅させるのはほぼ不可能。よって、一部の待機人員を設けている可能性は、今は無視して良い。
その状況に持って行く為、前衛も後衛も引き出そうと、特指クラスは敢えて誘いに乗って、術のど真ん中に身を投じている筈。
だが彼らも、朱雀大路と亢宿の融合魔法攻撃を、100%予測していたとは考えづらい。
幻覚能力と生成能力で、引き裂かれ迷っているのは、程度の差こそあれ、あちらも同じ、その前提で行く。
『一方的に効力を発揮されるよりは、両者共に正確な情報を掴み切れない、今の泥仕合を続けるべき、と?』
「そう、流石だ万。吾の趣味を分かっている」
つまり、こうだ。
「化かし合いだ。相手のKの位置を見究め、先に抜いた方が、この試合を制する」
『目隠しボクシングっすかあ!?』
「“保険”もある。気圧されずに行け」、
そう言いながら、
彼女は虚像の群れに対して山吹色を構え、
「何も信じるな。これより先は、味方からの通信も、疑ってかかるんだ」
完全詠唱の隙を窺い始めた。




