127.いつも通りの夢、その筈が
「あ、カンナ」
「今晩は」
はいはい、夢の中ですね。
気持ち良く寝付けたから、これはカット出来るかと思ってたんだけど、そんな事はなかった。
「今日も、あの…その……いつもの、あれ?」
まだ一度も成功していない、体内魔法陣実験。
俺の脳が持つ数十分——現実では1秒にも満たない——の間、ひたすら窒息と肉体破壊を続けるので、正直ちょっと、いやかなりやりたくない。
インフルエンザの予防接種だって、もっと刺される方に配慮してるものだ。
「ええ、ですから、ススムくんに配慮して、私の肌に、触らせてあげています」
「アメとムチが両極端なんだよ!“ととのう”どころか不健康になってる気分なんだけど」
「あれ。つまり、私の腕に挟まれる事が、『極上の飴』であると、認めるのですね?」
「しまった口が滑った!」
これじゃあ俺が欲しがってるみたいじゃん!
言っとくけど、やらなくていいなら、俺は絶対にやらないからな!強くなるのに必要だから、やってるんだぞ!?
「と、言う話は置いておき、本日は、また少し違った興趣を、用意しています」
300円くらいの良いアイスの蓋を開ける、夏服カンナ。
「え、ああ、そう……いや、待て、前もそう言って、結局あの地獄だったんだ。もう騙されんぞ?」
「信用の、無い事で」
「信用って、積み上げないといけないからね?カンナって、賽の石積みみたいに、気が向くと蹴り崩すじゃん」
「そうでしたっけ?」
そうでーす。
「とまれ、ともあれ、今夜の私は、優しい方ですよ?」
「当社比で?」
「あんまり執拗いようですと、その分、優しさが萎んで行く、やも?」
「はいすいません黙って聞きます」
正座しました。
何でも言ってください。アイスも箱買いさせて頂きます。
という姿勢の俺を、くすりと見下ろして、
「ススムくん。あなたは、この度の校内大会について、どの様に認識していますか?」
なんか急に、再確認めいた、今更な事を問われた。
「『どう』って、そりゃあ、カンナにガッカリされたくないし、強くなるチャンスだし、シャン先生の立場にも係わるし、全力で挑まなきゃいけないって、そう思ってるよ?相手はあの明胤生なんだから、一筋縄じゃ行かないだろうし」
「十点減点です」
「ナンデ!?」
え、今の以上の模範解答は無かったと思うけど!?
「重要な視点が、抜けています」
「んええ…?」
「この大会で、立場が危ぶまれるのは、パンチャ・シャン、だけに限った話ですか?」
「えっと……いや、そうじゃない、よな?生徒を育てられてるって、それが示せないと、教室担当を下ろされる、って話だったし」
「その通り。これは、単に生徒同士で、自身の成長を実感し、強者を鑑賞する、それだけの催事ではありません」
内々での立場に加えて、外から有力な来客まで招いている。
その結果が、学園内、更には丹本内、或いはディーパー内での、勢力図を動かす事になる。
子どものお遊びに留まらない、権力争いの顔も持つ戦。
「さて、仮にあなたが、教室を持つ職員だとして、対戦相手に勝ち目が無さそうに見えたなら、どうしますか?」
そんなの、言うまでもなく、
「それを生徒に共有して、少しでも勝てるように、相手を出し抜く妙案を考えたりとか、当日ギリギリまで強くなれるよう鍛えたりとか……そうするよな?」
「三角、ですね。花丸は、差し上げられません」
「あれ、違う?」
彼女の言おうとしている事を、まだ分かれていない。
「恐らくあなたは、“明胤学園”、それを神聖視し過ぎています」
「いや、カンナから見ると詰まらないと思うけど、明胤って、丹本国内ではかなり——」
「そうではなく」
目の前にしゃがんだ彼女に、
「彼らは、あなたが見て来た“世間”や“社会”と、殆ど何も、変わりありませんよ?」
そう言われて、
どうしてか、何か落とし物をした、そんな感覚があった。
「目の前に盤を用意すれば、それに則って興じて呉れる、と、あなたは思っている」
「けれど」、
けれども、
「彼らは、あなたを攻撃する、学園外の者達と同じ。換言すれば、“人間”です。人間が、勝利を収めんとする際に、一々持ち駒を、盤上に留まらせておくと、本気で思われますか?」
「人、間……」
絶対に勝ちたいなら、
なんとしても成功したいなら、
どうあったって滅ぼしたいなら、
人間は、どうする?
「それは……」
これまで、どうして来た?
「いや、でも」
「と、この辺り、でしょうかね?」
「え?な、何が?」
まだ時間はあるだろうに、カンナは説教を切り上げた。
「私から云える事は、全て云いました」
あとはあなた次第、
彼女がそう言った、次の瞬間、
目の前が、パッ、と明るくなって、
空間が、ボウッ、と照熱くなって、
「うわっ!」
飛び起きた。
朝だ。
いつも通りの起床時間。
走りに行かないと。
「あれ?」
昨夜の夢は、あれで終わりだったのか?
カンナにしては、手ぬるい気がする。
そう思って、聞こうとしてみても、彼女は姿を現さない。
また、思わせぶりな事を言ってから突き放し、焦る俺を楽しんでるのかな?
そう思った俺は、まずはルーティンを熟そうと、ジョギング用のウェアに着替えた。
昨日と同じように、いつもの教室で集合する。
今日は安定性を重視して、訅和さんをメンバーに入れる予定。
「ようし、それじゃあ行ってこい!」
シャン先生に一人ずつ背を叩かれ、
地下アリーナの出入り口へと向かう。
エレベーターで降りた後に、更衣室に入ろうとして、
「おい、ローマン」
ニークト先輩から、呼び止められた。
「お前は、ここで待機だ」
え?
「………」
いや、
えっと、
「せ、先輩?」
「メンバーは、お前を除いた6人で行く。これ以降、それは変わらない。変えるつもりもない」
「そ、それは、」
「そして可能なら、火曜から通常の授業にも来るな。目障りだ」
「あ、えっと、」
「どうして?」、という言葉が、出て来ない。
言いたいのに、
それを言って、確かめたいのに、
出るのは、
汗と、
泡みたいな、
弾けて消える、
声の端だけ。
言いたくない、
本当は、言いたくない。
ハッキリしてしまうから。
「今までお前と、何度か戦場を共にし、改めて分かった」
だけど、言い渡す方は、そこで容赦などしてくれなくて、
「お前は、俺達に不要だ」
俺が恐れてた言葉が、
一字一句違わず、
返って来た。
「あ………」
「ま、そうよね。いい加減、全員の共通認識になる頃合いだと、思ってたわ?」
「あ、でも……」
「三都葉との相性は良かったから、それで試しに使ってみたが、それでも、予想を超えるような事は、何も起こらなかったな」
「ローマンだし、そんなもんっしょ?ワンポイント起用以外、ムリムリ」
「ねー…、はよ行こー……?」
「そういうわけだから、もう要らないって事だよー。って言うか、私達みーんな、そういう空気を出して、自分から辞退するように促してたの、分からんかー。鈍いねぃ?」
「あ、いや、でも………」
俺はそこで、
愚かにも、
浅ましくも、
その人の事を、
目で探していて、
「………何?」
彼女はいつもの、あの輝く笑顔で、
「分かったら、そのキモい目で見るの、もうやめてね?ローマン君」
俺の、醜く汚い部分を、
衆目の前に突き出して、断罪した。
「ご、ごめ」「あー、スッキリしたー。私から好かれてるとか、勘違いしてたのか知らなかったけど、ずっと馴れ馴れしかったよね?ニタニタ嫌らしい目で見られて、生理的に、ゾワゾワしたんだよね?思ったより、弱っちくて、使えなかったし」
「あ、おれ、」「ああ、全然いーよ?もう、済んだ事だし、あなたが人の不快に鈍感なの、この数ヶ月で、嫌と言う程分かったから」
「おれ、は………」
——付きまとわれるの迷惑なの!分からない!?
——空気読んでよ!デリカシー無いの!?
——迷惑なの!分からない!?
——迷惑なの!
——迷惑
迷惑。
おれは、
また、
何度も、
おんなじ事を、
「じゃ、もう帰ってて良いよ?あ、でも、授業出ないと退学かあ……。あれ?よく考えたら、ローマン君にとって、その方が良いんじゃない?変に天狗にならないし、みんなに迷惑も掛けないんだから」
「………」
口だけは、動いた。
喉は震えて、思うように動かない。
肺も心臓も、死んだように静かだった。
結局、俺は何も言えなかった。
気付いた頃には、試合が始まっていて、
俺の居ない“トクシ”が、圧倒的優勢だった。
俺は、
彼らからも、
試合内容からも、
人の眼からも逃げたくて、
意識が半分無いような、夢遊状態で、
エレベーターの「上昇」スイッチを押した。




