122.大正義で大本命
「一人で来るたあ、いけねえなあ!」
「なメやがっテる」
KとRが揃った、耐久戦の準備万端なその陣営に、
「すぐに後悔する事になるでい!」
「オわっテる」
「ああ…いやだわ、そんなの……」
立ち向かう彼女は、頭痛を堪えるように、頭を片手で押さえていた。
「おい!もう後悔するんでぃ?」
「わらエる」
「あら、ごめんなさいね?」
彼女、ジュリー・ド・トロワは、レイピアを鞘から抜き放ち、簡易詠唱を済ませてから、言ってやる。
「あなた達を見ていると、あの脂ぎった貴族や汚らしい不良が、実は知的だったのかもしれない、なんて思ってしまって……。そんな気の迷いを起こした自分に、落ち込んでいただけよ?」
「何の話でぃ!?」
「いみふ」
「気にしないで?」
「これから敗けるあなた達には、関係ない事だから」、そう言って重心を前に傾けた彼女の足下から、淡黄色の奔流が爆ぜ昇った。
「やありぃ!楽勝でぃ!」
「ざっコい!」
「悪いけどよぉ?俺っちが王様なのは、こうやって離れたテメエに攻撃を当てる、ってえ事も出来るからよ!ジュリー・ド・トロワ、恐るるに足らずってなあ!」
完全詠唱は、既に終わっている。
その能力は、言うなれば「地雷原を作る魔法」、とでも言うべきか。
一定範囲のフィールドに広がり、指定した地点から、数百度にも及ぶ液体を噴出させる。
が、水温が100℃を超えながらも、気化しない為には、相応の圧力が居る。
実はこの魔法、避けられないよう捕らえる筒状の牢獄、上から降り注ぐ滝による水圧、下からの常軌を逸した熱湯、その三つによる攻撃なのだ。
どの程度の範囲を、どの程度の熱さで、どの程度長く攻撃するか。それは籠められた魔力によって決まり、魔法全体からどれだけの魔力を配分するかは、発動する度に使い手が決める。
人間相手に広い範囲を吹き飛ばす、といった無駄遣いも無い。
接近戦は言うに及ばず、魔法によって中距離戦闘にも秀でた人材。
ディーパーにとって、というより、一般的に“攻撃”とは、「距離が近い」ほど強く、精密になる。空気抵抗や命中までの時間差を考えれば、当たり前だ。
そういう意味で、「相手を近づかせない」、そういうコンセプトを選べる彼が、Kポジションに立たされているのは、一つの選択肢として、理に適っていた。
が、
「ふーん?確かに、結構便利そうね」
「「ナヌッ!?」」
ジュリー・ド・トロワ、健在。
「ど、どうなってるんでい!?確かに俺っちは、てめえを障壁の中に捕らえて…!?」
「障壁?ああ、あの地面に使われてる物質を吸い上げて、薄く延ばして強化してから立てただけの、幕片の事?」
「やるのなら、多重にするか、鉄で壁を作りなさい?」、と、力技での脱獄を、瞬時に済ませた女は嘯く。
「お、お見事なお手並みでぃ!だけどよ!今のは俺っちが魔力配分をミスっただけでぃ!そんでもって、次は壁を厚くした上で、てめえが踏んだ所から、瞬時に発動するように調整すりゃあいい!そうしたらよおおお?てめえ、俺っちに近づけすらしねえよなああ!?」
「たエがたきヲたエ!」
「ああ、やめて…」
トロワは首を振り、それを見た彼ら二人は、得意げに湧き上がってしまうが、
「私の中で、あのクソむさい男共が、どんどん相対評価を上げてしまうわ…。本当に、やめて」
冷め付いた彼女は、てんで動じない。
だが、
「ちぃぃぃ!てめえ、ここで落ちろや!」
「……オわらセトく?」
「おう、やっちめえな!」
彼らもまた、その態度に構わない。
それはRへ下す、攻撃命令。
元より、睨み合うだけで終わるつもりはない。
全体として人数不利なこの状況。
Qを待ちながらも、局地的に見れば有利を取れているこの時に、敵の最高戦力を倒し切る。それを逃す手は無い。
「っシー………」
Rは左手前、右手を後ろに、両手で長い筒を作り、トロワに向けたそれを覗きながら、
「3っつ。いケソう」
右の親指から順に3本立てて、
「“赤く長く執念深い”」
完全詠唱、そして、
「くっ…?なに、これ…?」
トロワの両肩と、右脚。
その三箇所に、重石が乗ったような、圧力が掛かる。
「う、ん……?」
脚を見下ろすと、脹脛あたりに、紅檜皮の瘤らしき物が粘着して、そこから伸びた髪、或いは根が、地に食い込んで繋がっている。
「魔法、攻撃……呪いに、近い…?けれど何が、トリガー……?」
「てめえ、ここ来るまでに、葉やら枝やら根っ子やら、踏ンづけただろ」
Kが、勝ち誇る。
「それも、地雷…?けれど、魔力なんて、踏んでない……」
「それ自体は、単なる葉やら枝やら根っ子やら、でぃ」
「だけどよ、だけどもよお?」、カードを裏返し、タネも仕掛けも開く。
認識の共有によって、魔法効果を、拘束を強める為に。
「こいつの簡易詠唱、“赤念”は、好き勝手動く自律型でぃ」
その精霊が目を付けた物を、奪ったり壊したりしてはならない。
彼女が踏み折ったのは、ただの枝切れ。
けれども精霊のお気に入り。
「オまエは、3」
「10の内、3でぃ。だから第一段階は、耐えられたみてぃだがな」
それはつまり、“次”があるという事。
「トまらないなら」
トロワにしがみつく精霊達の髪が、彼女の前方の地へと伸びて、
「オボレさセる」
Kの魔法の範囲内に、引っ張り込もうとする!
「なん、です、って……?」
「これが、連携ってやつだぜぃ!」
「コンボ!」
中等部時代、模擬戦に一度も参加しなかった彼女は、その魔法能力を、ほとんどの生徒に知られていなかった。
その分の埋め合わせとして行われる、実戦潜行くらいでしか使われないその能力を、Kが見出だせたのは全くの偶々《たまたま》。
彼の「海」に関する物語と、彼女の「溺死」を含む“お話”が、パズルのように填まったのも、これまた純然たる偶然。
その結果、彼女のガンバーデビュー戦は、こんなにも華々しい初見殺しとなった。
精霊達は、それでも業を煮やして、遂に彼女の口を、その髪で塞ぎに掛かっている。
トロワは剣を突き立てて、満身の力で抵抗するが、
「いいかゲん——」
髪の全てが、Kの支配領域の内へと移り、
「——しずメ!」
筒越しにトロワを見ていたRがより一層の魔力を注ぐ!
引く力が、爆発的に大きくなる!
トロワの足が………浮いた!
「コレデ」「思った通り、任意も可能なのね?」
そこで何が起きたのか、それを処理するべく、脳が時間を求め、景色が泥の中のように、重たく進行する。
「力を籠めさせる、事が出来るのね?止めを刺そうと、その一瞬だけ、より強く」
遠近を抜いて、
トロワが眼前に迫っていた。
一歩たりとも、目に映さずに。
「エっ」メキ、
腹に、左脚。
魔法能力により、発動者の彼女自身も、精霊のお気に入りと化している。
だから被弾の直前、精霊の髪が彼女に巻き付き、守っていた。
これからトロワを、より強いしっぺ返しが襲う。
それでも、
Rの身体は浮いて、
“その範囲”から外れた地を踏む。
「しまっ」キィン。
左手が突き出すレイピアが、Kの喉に命中。
RがKの魔法によって閉じ込められ、水圧と熱水に挟まれて脱落。
迎撃しようとしたKの右腕を、レイピアを放した左手が横から襲い、「“シルファ”、だったかしら?」そこに小さなベージュの障壁が作られる。叩き出される右手、防御も無くガラ開きな身体。
刺剣をキャッチした右手が寸分違わず喉の竜胆色を再突。
血を吐いて真後ろに頭から飛び倒れる敵K。
ホイッスルのようなブザーが、3度鳴る。
試合終了。
「あなたが私と同じランク6?頭痛が何処までも酷くなるわね」
焦れた相手が、彼女を引っ張り込もうとする、その拘引力。
地面の同じ地点を二回突き、“抱懐”の効果で生まれる威力、その反作用力。
彼女が使う、高レベルな身体能力強化による、跳躍。
彼我が打つ手を全て利用して、危険地帯を一歩も掛けずに飛び越え、余勢を駆って一人蹴り出す。
彼らの行動から思った通り、Kの魔法は自動発動状態にすると、一定以上の重さが乗れば、敵味方なく発動してしまうようだ。
とは言え、その読みが外れたとしても、試合時間が数秒延びるだけだろうが。
「さて、他の人達は、不甲斐ない戦いはしていないでしょうね?」
医療班に運ばれる二人を見もせずに、トロワは端末を操作して、全員の残りポイントをチェックする。
だが彼女のパーティーは、例外を除けば、個々の強さで後れを取る事も「え?」
指差し確認で、何度も名前とポイントの表示が合っている事を確認し、
「………意外とやるのね」
呟いた彼女の揺れる瞳には、
予想だにしない結果が映った。




