121.「狙撃戦」、って言葉程お上品じゃない
芳しくない。
いや、劣勢である。
格下狩りのデブに2人持っていかれて、更に自分の居場所すら、透けてしまった。
たった2発、それだけで、射出地点を割り出されるとは…。
既に配置換えは済んだが、時間を使い過ぎたし、こっちからホイホイ撃てない、それを分からされてしまった。
何が優先か。
端末で確認すると、他の味方のポイントはまだ、減っていない。
今からならまだ、巻き返せる。
ニークトがローマンやトロワに合流する前に、味方の援護を——
——ふーっ、待て待て落ち着け俺ー…。
ローマンはあのボンボンが瞬殺する。
トロワ相手でも、2対1なら暫くは持つ。
ニークトがどちらかに着く頃には、ボンボンが自由になっているから、2対1と1対1、それか、3対2の構図になっている。
敵は押せ押せだが、逆に言えば、攻めに意識が持っていかれる。
——俺がやるべきは、QやRを焦って撃って、向こうのBに位置バレする危険を冒す事か?違えだろー?
彼の強みは、隠匿能力だ。
接着と、分離。
様々な物質を、付け外し出来る。
欠点は、生成能力ではないので、魔力以外にも、何か元々存在する物質を、要する事。
利点は、彼が纏うのが、彼の魔法で作られた物質でない事。
作られた物質は、どこかで魔力を漏らしてしまう。ダンジョン内の構造物だって、ちょくちょく微量の魔力を垂れ流し、それが逆に隠れ潜むモンスターにとって、カモフラージュになったりする。
このフィールドも、何らかのダンジョンから採れたコアの魔力と、無数かつ複雑に組まれた多角星型魔法陣によって、生成されているものだ。その中で、他とは違う色の魔力を漏らしてしまえば、どこに居るかは丸分かりとなる。
が、彼の場合、既に在った物質を、自身に接着する事で、身体を隠している。
こうなると、漏れる魔力のほとんどが、コア由来の物。実に細かい話をすれば、全くのゼロというわけではないが、自身の魔力漏出が、無くなったも同然となる。
光でも、魔力でも、見えにくくなるのだ。
そして、“分離”。
接着する際、彼の魔法は、磁石が鉄を引き寄せるように、離れた物を吸い込んでしまう。吸着、と言うのがより適確だろうか。
そこで彼は、「なら逆もイケるのでは?」、と考えた。
磁力の反発のように、弾く形で分離できるのでは、と。
「本来はくっ付く筈の無い物を、無理矢理固定している。それを解放した時、反動で射出できる」、そういう理屈を捏ねて、試した所、
出来てしまった。
一つの“深化”の形だった。
彼は土を固めて作った、砲弾、いや、砲丸を投げる。
途中で後尾部分の粒子を“分離”させ、加速したり、側面を“分離”させ、軌道を変えたり、簡易誘導弾のように使う事が出来るのだ。
先程は工夫無しで直線に撃ってしまい、それ故に即座に位置を暴かれた。
しかし投げ方を工夫すれば、元を辿る時間を稼げる。
敵の手が彼に届く前に、何発か一方的に撃ち込める。
——最低でもB、出来ればK。向こうの壁が薄いうちに、やっとくべき、だよな…?
敵のK、詠訵三四の魔法は、防御に優れる。
隠れては遠隔攻撃を繰り返す彼にとって、一番居て欲しくないのが、自身と同じ遠距離要員。
ならば、能力の詳細は分からないものの、Bから抜いて行くのがベター。
——狩狼家、だっけ?悪いけど、俺の能力に撃ち返すなんて、出来っこないから。
無線でKに、敵陣潜入の許可を取る。
魔力探知を澄ましながら、一本ずつ、木から木へ。
自分が魔力隠蔽を得意とするのもあって、索敵も磨きをかけてきた。Pの経験もある。ある程度接近すれば、先に発見できるのは彼だ。
だからまた、一本分先に進んで、
「…!」
足音。
軽い。
魔力。
小さい。
その場に止まり、息を潜め、自分の後ろから、つまり、自陣側からやって来る、魔力の正体を探る。
狼。
いや、眷属の方だ。
数を増やし、人海戦術で探しているのか。
しかし、眷属程度では、ますます彼の発見確率が低くなるばかりで……
——………?なんだ、あれ?
混じる、異物。
一定周期で、ベージュらしく見える波が、口元から放たれる。
上から目を凝らして、狼の歯に、ストラップのような物が、引っ掛かっているのを見つける。あれが発信源。
縫いぐるみ?
タヌキ頭の、人形?
次の瞬間、
狼がその場で遠吠えを一つ。
——なんだ!?
気付かれた。
いや、そんな筈は無い。
そんな筈は「?」おかしい、人形は、どこにやった?
頭上から、あの特徴的な魔力。狼が真下に居る手前、動く事が出来ない彼は、落ちて来た物を頭で受け取る。
恐らく、さっきのタヌキ「ぬああっ!?」突き刺さった!
何が、何に?
鋭角の魔学的物質が、彼に!
「は——」
諸問題が一度忘れられ、
——速過ぎんだろ!?
一つの驚きが脳裏に打ち込まれた。
見えなかった。
魔力が近付いている、と思った時には、何なら「魔力が近」の時点で、既に刺さっていた。
「ぐうううう!?」
ポイントを半分ほど減らされた。
接着していた鎧を徹し、シールドで半減されても、ボディースーツを破り、皮膚を突くまで行っている。
重要な臓器への直撃は避けたと思うが、それも自信が無い。
衝撃を逸らそうと仰け反り、転げ落ちそうになって、慌てて右手の先の土石を分離させ、幹と掌を接着。下側には、喉を鳴らして見上げている、狼の姿。
——バレてるなあこりゃ!
そして、もう一つ、最悪な事に、
——この、魔法…!?
彼を刺した、ピンク色で、三角形が段々に重ねられた、クリスマスツリーめいたシルエットの“弾丸”。それが纏う硬い毛が後ろに流れ、掘り進むように傷口を深く、広く、悪化させる!
「けん、ぞく…!こいつも、か…!?」
恐らくこの弾丸は、生きている。着弾後に単純な、「出来るだけ喰い進め」という簡単な指令に従い、敵をより苦しめるように
ギャンバーの公式ルールでは、それ自体に別種の魔法が刻まれていたり、魔力を増幅したりするタイプの魔具は、使用が禁止されている。
つまり、本人の魔法が、素でこの威力。
ふざけている、彼は率直にそう思った。
「うおおおお!!」
左手で弾丸を殴りつけ、更に拳から土砂を分離射出し、細切れにしてやる事で、ダメージを止める。
「どこだ…!?」
何処から撃った?
体を持ち上げながら、必死に考える。
速さから言って、直線的な攻撃だったと、そう考えていい。これで曲射だと言うなら、ランク7とか8とか、そのレベルを余裕で名乗れるだろう。
なら、角度だ。
撃たれた方向は大体絞れる。
それに、動かなければ、また今のに当たってしまう。
「攻勢あるのみだろ!」
Kからの無線はない。
引き返して欲しい時には、向こうから連絡すると言っていた。ならば、足踏みをして、負けの可能性を広げるより、前進して勝ちに行くのが正解!
狼に捕まらぬよう、そして弾丸に捉えられないよう、敵の居る方向に対して、左右斜めに木々を渡る!
分離射出の反作用を使い、加速!
速度重視だ!もう隠れる意味など無い!
「何処に、何処から…!」
そこで魔力反応!
防御を厚くした左腕を翳す!
間に合った!
あとは致命傷となる前に弾丸を処理すれば、「食らえ!…!?」居ない!刺さっていない!
そうだ。
何で今、反応が間に合ったんだろう?
近付いた事で、弾速は寧ろ上がるというのに、今のは接近の経過まで見えた。
減速した?
何故?
1秒に満たない疑問の後、彼の感覚が、魔力反応が自分の脇腹に移動した事を告げ、
「なぁぁあああ!?」
咬みつかれている!
四角く広い耳、長四角の顎、犬の頭にも見えるそれが、食らい付いている!
この耳は、
もしや、
「“羽”だって、そう言うってのかい!?」
滞空、それか飛行能力があるとしたら、
こいつは、彼の能力と同じく、誘導弾として運用できるタイプ!
「これか!彼女が撃てる弾は三種類!その中の一つ!自在に飛ぶヤツ!」
そして今、彼はその処理に、一手遅れた。
そいつに密着されているという事は、敵の魔法に捕まっているという事で、
「しまっ」三撃目。
鋭角が、右腕のガードを抉り、胸に突き立つ。
衝撃で推進力を殺された彼は、落ちる先に待ち構える狼を見ながら、緩やかな時間の中で考える。
ニークトの狼が、彼に魔法の人形を投げ、射手がそれを目印にした。
つまり、ニークトは、彼を探知できていた。
——まさか、“逆”、なのか?
“爵位持ち”。
陽州の貴族家の中でも、特に“選ばれた”者達。
一つのストーリーを子々孫々まで語り継ぎ、その究明と継承をも物語の一部として、魔法能力の世代間保存、及び強化を成し遂げて来た一族の総称。
ニークトの能力は、狼の姿に変えられた、神代の人物の逸話から来ているとされる。
ルカイオス家は、そのストーリーの中に登場する「神の世界」、楽園を目指して来た。
狼の姿は、飽くまで過程だ。
そのまま狼化を進めるのではなく、逆に獣性を捨て去り、純粋な神話世界の住人へと回帰する。そういうコンセプト。
だから、狼はほぼ、見た目だけ、そう思っていた。
しかし、
ニークトは、「狼らしさ」の方向に、解釈を進めたのか?
だとすれば、嗅覚によって、視界に頼らない探知ができる。
彼の最初の潜伏場所を見つけ、眷属に臭いを辿らせ、遠吠えのような素振りで、ビーコン役の人形を投げつけた。
高貴を自称する、公爵家の落ちこぼれ。
その評価が、最後の最後まで、ニークトを見る目を曇らせてしまった。
「やられたよ、大人しく餌食になるか」
落ちながら目を瞑った彼は、クッションのような感触に受け止められ、大した痛みを伴わずに、大地に投げ出された。
ポイントは、宙に浮いた時点で、底を突いていた。
そのまま身動きがとれなくなると、受け身も取れない危険な落下になる為、手足の自由が利いていたに過ぎない。
そして地面で待つ狼が、衝撃吸収に優れた肉を、マットレス代わりとした為に、それ以上の怪我を、負う余地が無かった。
「ふざけやがって。やるなら徹底的に叩きのめせよ」
回収役の監督教諭が来るのを待つ間、
木立の向こうへ消える鈍金の毛皮を、
恨めしげに見送るしか、
彼にはする事がなかった。




