113.そこをなんとかどうにかこうにか part1
7月8日、月曜日。
今週末の土日、予備日として祝日の月曜日も使って、例の校内大会が始まる。
つまりあと5日。
とうとう目の前に迫ってしまった。
そんな時、
俺は何をやっているかというと、
「せ、先輩……」
「どけチビ助」
「き、聞いてくれませんか?あの、このままだと」「知らねえつってる。勝手にテメエらでやりゃあ良いじゃねえか。俺を巻き込むな」
「でもそのう……」
「なんだ…!?」
「いや!はい!あの!折角、明胤に所属してるなら、勿体ない、ような気がしましてぇ!?」
自室のドアの前。
乗研先輩が出て行こうとするのを、通せんぼしながら決死の説得の最中だった。
なんでこんな、お節介とも無謀とも言える蛮行に、手を染めているのかと言うと。
まあ、先月の一件で、彼の事をしっかり知りたくなったから、というのもあるのだが、
それ以外に、危機感、のような物に、突き動かされているのも、否めない。
話は、つい先月、授業終わりの帰り際まで遡る。
その日の俺は、どちらかと言えばゴキゲンだった。
いや、超ゴキゲンだった。
なんてったって、麗らかな陽射しが、春から夏モードに変わる頃合いだからだ。
その通り、衣替えシーズンである。
小中とそんな事気にしてられないような、サミシイ学校生活を送ってきた俺だが、今回は違う。
なんせすぐ隣に、詠訵ミヨちゃんという、最高の美少女が御座すのである。
毎日拝んでも拝み足りない彼女だが、そこに味変なんて挟まれた日には、オタクという生物は死ぬのだ。死、あるのみなのだ。
今までそのイベントを意識していなかった俺は、そんな簡単な事も忘れて、ある朝無防備に教室に入った。
嫌な胸騒ぎは、校舎に入る時からあった。
正体不明の危機感、本能的警告。
それが何なのか、
「あ、ススム君オハヨ!」
「あ、おはぁッ!?」
分かった時には、もう手遅れだった。
肌色面積が、広い……!
いつだったかの、プライベートファッションショー——あれはデートだって?そんな事実は記憶にありませんね——で、それくらいは、もう耐性が付いたかと、そう思っていた。
甘かった。
コーヒーに氷とミルクをぶち込んで混ぜ込んだ、ドリンクなのかソフトクリームなのか分からないメニューより、甘々だった。
今まで見慣れて来た服装から、ある日一部が失われる、そのギャップと開放感。
そこに、ミヨちゃんの快活さが、乗算される。
単に露出が多くなる、という話ではなかったのだ。
備えていれば、もう少し軽傷で済んだのかもしれない。
しかし、俺はそのアホヅラを、自分から、「どうぞ殴って下さい」と、差し出してしまった。
そしたら、容赦なくライフルをぶっ放された。
それに、あの時は一瞬だったが、今回は長時間これが続くのだ。
この破壊力を、連射状態。
世界最善最強の破壊兵器である。
条約で禁止するべきだ。
いや、逆か。
世界平和の為にも、今すぐ国連に布教させろ。
元気な陽光を照り返す二の腕に、ノーベル平和賞を——
「ススム君?ススム君?おーい?」
「はっ!」
しまった、良くないトリップをしてしまった。
(((覗かなければ良かったです……)))
俺の心を読んだカンナから、彼女から出る音では珍しい、疲れたような響きが感じられた。
なんか、愉快だな。
(((………)))
(ごめんなさい)
(((まだ何も言ってませんけれど?)))
(夢の中の訓練が、大盛りになる音がした)
(((良い耳ですね?)))
「またカンナちゃんとお話ししてるの…?」
「わふぅっ!?」
突然ミヨちゃんが手で筒を作り、耳元でこしょこしょ喋りかけて来て、俺は弾かれるように離れながら壁に貼り付いた。
「ススム君って、たまーに、ヘンになるよねー?」
「そ、そうかな?ボーッとしてるって事は、疲れてるのかなー、アハハハ」
「カミっちは見ていて飽きないねえ」
「あ、どうも、おはよう、訅和さん」
「やーやー」
といった事もあり、俺はその日一日、気分が良かった。
活力に溢れていた。
溢れ過ぎて、
「お前、拾い食いとかしてないだろうな、ジェットチビ?」とか、
「ウザッ、あんた今日、あーしに話し掛けんのNGな。あと次からは、ばっちいから落ちてるモン食うのやめな?」とか、
「不快指数が1割増しだから、視界から消えてくれる?一応教えておくけれど、床に落ちた食べ物は、3秒ルールなんて言わずに捨てなさい?」とか、
色々言われたけど、今日の俺には全然堪えない………
いや流石におかしいわ。
何で俺が拾い食いしてるって事になってんの?どういう共通認識?
犬か?俺は?
そういう所だけ息ピッタリなの何なんだよ?
あとトロワ先輩に関しては、1.1倍でそのレベルって事は、日頃から俺を嫌い過ぎじゃないですかね?
まあとにかく、
ルンルン気分は授業が終わるまで続き、
ミヨちゃんと訅和さんと一緒に、15号棟から出た時に気付く。
「あ、カバン忘れた」
「えぇ……?そんな事ある……?」
「カミっち、カバンに何入れてんの?」
「教科書・ノート・筆箱・財布・定期入れ………」
「全部じゃん。貴重品とかは身に着けときなー?」
「あ、でも、潜行用で、ロッカーから持ち出した物とかは、ボストンバッグとかに入れてるから…!」
「そのボストンバッグ、今日は?」
「修繕頼んどいたボディスーツを受け取りたいから、持って来てるけど…?」
「ふむふむ。どちらに?」
「……あ、置いてきてるわ」
「全部じゃん!」
「全部だね……」
全部だった。
俺は何で手ぶらで出てきてしまったんだ?
「先生珍しく残ってたし、今日は先生が鍵当番じゃない?のんびりしてると、鍵閉められちゃうかもねぃ?」
「そ、そうだな。ちょっと戻るわ!じゃあ、また明日!」
「じゃねー!」
「走れ少年!風の吹くまま赴くままに!」
「歳変わんないでしょ!」
訅和さんの小ボケにツッコミつつ、急いで来た道を戻る。
しかし、夏服ミヨちゃんの色香に惑わされ、己の全てを失ってしまうとは、
不覚……だが、本望……!
などと、まあだ浮かれ気分が、尾を引いている思考のまま、第一教室に向かう。
扉が開いているのが見えて、「しめた、先生はまだ中だ。間に合った」と喜び減速。
中に入ろうとして、
「いつまで意地を張るつもりですか?」
聞こえた声に、鼓膜がドキリと痛み、入り損ねてしまった。




