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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第五章:怖れるな、その目も耳も、かっ開け

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111.更なる狂騒の足音が

「はい、私です。……はい……ええ……はい、全て順調です。ええ……、こちらの思惑通りに………はい……はい………フフ、壌弌は今頃、途方に暮れています。……はい、ご命令通り、信用取引の利益も、抜かりなく………、ご心配なく、口座はこちらでご用意させて頂いております。………はい勿論、すぐにでも洗浄させて頂きます……はい、足はつきません。………そのようです、魔力使用規制緩和の声は、順調に大きくなっています。………はい、大筋では、予定通りに。ただ、一つだけ、予定外が……、ええ、例の少年です……はい……はい、そうです。どうやら、我々が思っていた以上に、彼は計画の障害になるやも………はい、そうですね、大会の結果次第では、対処なされた方が宜しいかと……いえ、決して。こちらの領分を踏み越えるようなつもりは、御座いません。飽く迄、ご参考までに、ご注進申し上げたまでで御座います………はい、プランβ(ブラボー)を、本格的にご検討すべきかと。……はい……はい、……それでは、そちらで対処頂ける、ということで。……はい、こちらでは引き続き、潜伏を続けます。……はい、そのように報告しておきますので、……かしこまりました。それでは、また」


 SNAP(プツン)

 ………

 tap(タッ)

 taptap(タタッ)

 ring-ring(プルルルルル)-ring(ルルルル)

 ring-ring(プルルルルル)-ring(ルルルル)

 

「はい、私です。……はい、定期連絡です。……まず、先日の吸収工作の件ですが——」




—————————————————————————————————————




「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」


 廊下をドタドタ早歩く、横に広い初老の男。

 忙しない事この上ないが、彼の心中を慮ると、無理もない狼狽である。


「前代未聞だ!空前絶後だ!前人未到だ!大胆不敵だ!」


 自分でも何を言っているのか、

 分からなくなってきているのだが、

 兎にも角にも口を動かす。

 でないと頭が詰まって爆ぜる。


「どうしろって言うんだ!どういう待遇を用意しろって言うんだ!」


 相手は人間、言葉も法も持つ。

 けれどディーパー達であっても、彼らを畏れ、一歩引く。

 メタボな重役であるだけの彼が、それを前にして、平気で居られるのか?


「ここに来て数年にはなるが、こんな来賓は初めてだぞ!」


 経験値で負けぬと豪語した、

 彼でも震える一大事。

 


「この数の“チャンピオン”が一堂に会する!?

 しかも救教も、オウファやキリルも、ルカイオス本家まで代表を寄越す!?

 ふざけている!戦争になるぞ!?

 国際問題の火薬庫だ!」



 好戦的で、最強に近い彼らが、

 一室でツラを、突き合わせる。

 どういう化学反応が起こるか?

 どういう爆発が危険視されるか?


 何も、何一つ分からずに、今の彼はただ、走るしかない。

 

「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」


 滅多な事が起こらないよう、祈りを込めて床を踏み、


 肥満体型は、


 手続きと根回しに奔走していた。


 


—————————————————————————————————————




「いやあ!良い匂いだ!」

「くぅ~!潜行帰りはここいらで、何で腹を満たすのか、考えるのが至福の時間よぉ~!」

「まったくだ!」


 央華オウファ人民国、首都京京(ヂィンキン)


 ダンジョンから這い出て来た潜行夫達が、土埃に塗れた顔を拭いながら、酒と晩飯を物色していた。今が彼らの日々の中で、最も満ち足りた時間なのだ。


 昼と、夕。飯時のこの通りには、移動式屋台が立ち並び、フードコートへと様変わる。

 腹を空かせた、探窟労働者ディーパー達が、穴の奥からワラワラと。

 それはまさしく、商機であった。

 

 肉に麺に、果物、甘味。

 あらゆる物が、なんでもござれ。

 違法に陣取る物も含まれ、居なくなったり、また現れたり。


 彼らはそれを承知で、それもまた一期一会だと笑い、今日も今日とて、一夜の恋人を探して彷徨う。


 その中に、ふと、

 今日初めて見るような、トラックを改造した一台があった。

 

 見慣れなかったから、それもある。

 けれど、そこから立ち昇る焼煙しょうえんが、大気組成に溶け込んで、香ばしさが風に乗り、人々の鼻から、腹を打つ。


「おい、あれ……」

「いー匂いだなあ……。何の肉だ?」


 誘惑のままにフラフラと、彼らは吸い寄せられていく。


「や、やあ、姉ちゃん!」

「……どうも」


 煙で隠れていた店主を見て、人々はまた一度、息を呑む。


 美しい。

 

 病的なまでに白い肌。

 顔の左右に、幾つもの輪っかを作って、

 垂らす形となっている髪も、また白い。

 西洋風な面立ちに、東洋風な髪型。

 鳩の血のように、な眼。


 アルビノ、そう呼ばれる遺伝子疾患だろうか?

 ともすれば病がちな、やつれた姿と見られる特徴が、

 髪色に幾本か金糸が混じるだけで、繊細と高貴に様変わりした。


 こんな熱気の中には不釣り合いに、儚く透き通り、可憐に見えて、

 光る結晶を端から散らす、綺羅星のような純白と言えた。


 三角巾の野暮ったさも、これまた浮いている深緑のレインコートも、

 彼女の煌めきを、鈍らせる事など出来なかった。


「………食べる?」

「…え」

「買うの…?買わない…?どっち…?」

「あ、ああ!悪い悪い!一本頂こうかな!へへへへへ…!」

「ん…、どうぞ…」


 黒手袋が、肉串を一本取って、お代と交換で渡される。

 最初の一人は、彼女の顔を目に焼き付けようと、後退りしながら、串に齧り付き、


「…!?……うっ、うまい!」


 その歯が破り、舌がタレと汁で浸されると、今度は味に夢中になった。

 何の肉だろうか?

 これまで食べた、何の食感とも、舌触りとも似つかぬ、

 しかし異物の感も持たない、何か。

 食らいつくと、少しの戸惑いの後、充足感と幸福感が押し寄せ、

 数秒が経つと、「もう一噛みを」と、脳が求める。


「うまい!うまいぞコレ!」

「本当だ!なんだコレ!?」

「へー、不思議な味だなあ……!」

「今まで食べた物と比較できないのに、何故かすんなり口に馴染む……」

「興味が湧いて来た。俺にもくれ!」

「こっちにも!」

「姉ちゃん!俺にもう一本!」

「5本くれ!」

「ちょ、押すなよ!」

「………順番……」


 

 その後、トラックに積まれていた材料全てが、30分で使い切られた。

 

 明くる日も、

 そのまた次の日も、

 誰かが彼女の屋台を見つけ、

 その香りと味に人が群がり、

 瞬く間に売り切れる、

 その一連が繰り返された。


 その屋台は、暫く近隣の評判となったが、

 他の数多と同じように、ある日突然、姿を消した。


 惜しまれつつも、けれど良くある事と、

 皆はやがて、その不思議な屋台の事を、忘れていった。







 とあるウイルスの変異株によって、

 世界で感染爆発パンデミック・パニックが引き起こされるのは、

 それから暫く後の事である。

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