90.とうとう公式勢力が来た part1
遂に来たか、という納得と、
まさか本当にこうなるとは、という驚き、
二つともがあった。
「どうでしょう?考えては、頂けないでしょうか…?」
「ちょっと、前のめり過ぎです。すいません。彼は結論を急ぎ過ぎるきらいがありまして」
「は、はあ……」
破顔しながら腰を低く、しかしガツガツ前に出る、日焼けしたおじさんと、落ち着き払って慎重に、けれど真っ直ぐな目を持つおにいさん。二人組だった。
「何分急な申し出になります。この場でお決め頂くのも難しいでしょう」
「正直に言えば、そうですね…、すいません……」
明胤学園中央棟第5応接室。
寡黙で細身、年配の長髪女性——教頭である瀬史先生立ち会いの下、俺は二人掛けのソファに座り、対面の二人と話していた。
いや、単なる話し合いではない。
一種の交渉、スカウトだ。
つい、30分程前。
アプリで呼び出された俺は、この部屋の戸を叩き、中から許しが出たのでビビりながら、もとい、用心深く入室した。
その時にはもう、その3人は揃っていた。
スーツ姿の来客二人が、それぞれ立ち上がり、一礼してきたので、こちらも返す。
教頭に「日魅在君はこちらに」と促されるまま、とりあえず座った。
日魅在だけに、上座に………分かったカンナ、俺が悪かった、曜日を間違えて出されたゴミを見る目をやめてくれ、トラウマになる。
「初めまして」
「あ、どうも、初めまして…」
「私共は、こういった者でございまして」
二人から同時に名刺を出され、作法とか分かんないから、とりあえず無難にペコペコしながら、一人ずつ受け取っておく。
若い方が桑方胡吾さん、年配の方が天王寺四さんだ。
そして彼らの所属は、「『次世代娯楽育成事務所“UWA”』?」、名前だけでは、何の事やら分からない。
桑方さんは、そこの代表。では天王寺さんは?と言えば、
「改めて宣言するのも、何やら汗顔の至りと申しますか…」
「いえ、あの…桑方さんは、すいません、無知なもんで、あまり知らなかったんですけど、天王寺さんの方は、流石に知ってます。ファン、って言うとなんかヘンですけど」
天王寺四。
世界でも数少ない、“居住区”の外で活躍する、ローマンの一人。
苦しみ抜きながら独りで学を身に着け、諦めない姿勢で真摯に方々駆け回り、毒も唾も吐かれながら蜘蛛の糸のような伝手を掴み、それを活かして見事に名を上げて見せた、立志伝中の人物。
「漏魔症患者の自主独立」、「“当たり前”の世の中」を掲げ、ローマンの雇用を生み出したり、国や教育機関へ働きかけたりしている人である。
例えばソフトウェアを制作し、販売してみる、その為の教育や訓練を受けさせる、それに必要な資金を有志に募る。
後天的漏魔症の人の中には、元々専門的職業に就いていた人も居る。彼らを教師役として、ローマンコミュニティ内に、職業訓練制度のような物を作る。
と、あの手この手で、既存の経済活動に、ローマンを食いこませようとしている人だ。
漏魔症差別に苦しむ人の、駆け込み寺になるようなカウンセリング施設を、全居住区に設置するべき、みたいな主張もしている。
“UWA”というのも、そうした連携組織の内の一つ、なのだろう。
彼らの活動は、今はまだ一部の地域、限られたごく少数を相手とした改革であり、どういったシステムにするかの構築段階。実験的に行われている事でしかない。俺のように、対象外の居住区民までは、その恩恵は何も届いていない。
しかし、数十年単位で見れば、社会の仕組みを変えられるかもしれない。少なくとも、前進は出来ている。
無視されるか嫌われるローマンの、社会への影響力が首の皮一枚で繋がっているのは、
こういう人が居るから。そして、この人こそ、ローマンでも他者を助けるだけの力を持っている、ヒーローの一人である。
俺の、「自分の食い扶持を、ローシに頼らないで得られるようになりたい」、という思想の元は、この人とにーちゃんが大半を占めている、というのも否定できない。
何と言うか、「待ってるだけじゃダメだ!俺からも行動を起こして、潮流とか風潮とかにするんだ!」とか、「そうしたら、やがて天王寺さんにも知れて、彼らが仲間に迎えてくれる筈!」とか、「ローマン救済運動を広げて、未来を変える、その一助になれる!」みたいな、大それた事を考えてた時期が、あるにはあったのだ。
まあ、潜行者も配信者も大変過ぎて、割とすぐに夢なんて見てられないくらい、日々に追われるようになっていたのだけど。自分一人の生活を成立させる事すら、命懸けでないと不可能で、初志なんて簡単にすっ飛んでいた。
で、とどのつまりが配信者ですらいられなくなって、脱法ダンジョンカメラマン化しているのだから、世話がない。カンナと会えなければ、厨二病起点で死ぬ勘違い野郎になっていた。
俺の黒歴史の一つである。
「単刀直入に言います。日魅在進君。私達の所属配信者になりませんか?」
そういう背景があったので、その提案には、何よりまず肝を潰した。
俺のかつてのイタイ妄想が、現実化したみたいな展開だった。




