努力が報われるとは限らないし、方向をミスれば目も当てられない
「オレ、つよくなるんだ!がんばって、がんばって、つよくなる!」
と、言われましても。
何でこういう話に、なったんだっけ?
下らない。
本当に、下らない話だった、気がする。
「おまえ、出てけよ!」
「ヤだ!イヤだもん!」
「あってない!それじゃあ、あってない!おまえ!あってない!」
「いたい!いーたーい!かみのけえ!ひっぱらないでえ!」
「ぶーす!ぶすぶすぶすぶすぶすぶぶぶぶぶ」
「ここはいつも!おれたちが!つかうんだよ!それと、こういうの、おんなのこがもってちゃ、いけないんだよ!」
「かーえーしーてー!わたしの!それえ、わーたーしーのー!ボールはー!みんなのものー!」
「うるさいー!『キィー!キィー!ワタシノー!ミンナノー!』うるさいこいつー!」
ギャハギャハ笑う、その集団は、
それはもう、怖かった。
年長者。
そこに居る中で、唯一の6年生だったそいつは、
体格も大きく、こちらの言葉も聞かない。
悪魔とか、怪物とか、そういう類でなく、
暴力とか、破壊そのもの。
今となっては、狭い部屋で威張り散らす、小さな男の子でしかない。
でも、入ったばかりの閉じた世界じゃ、
災害のように見えたのだ。
自分に襲い掛かって来ないよう、祈りながら、遠巻きに、目も合わせないようにして、ひたすら過ぎ去るのを待つ。
俺も確か、そうしてた。
近くに居る先生に言っても、あまり意味が無い。
それどころか、彼らも怖がっているように見えた。
主犯格が、何かの装置?小さなリモコン?のような物を振り回し、「いってやろ!いってやろ!」と叫ぶと、それだけで誰もが、彼に謝り始める。
だから彼の周りには、好き勝手したい乱暴者が集まったし、彼に何かされるのが怖くて、誰も親に言いつけたり出来なかった。
大人が彼を止められないのを、みんな知っていた。
だから、親に言っても変わらない、としか思えなかったし、親や先生が彼に謝りながら、誰が告げ口したのか伝えて、嵐の矛先が自分に向いて、という破滅の未来が、リアリティを帯びて想像出来た。
そう言えば母さんは、保護者の中に、やたらと声が大きくて、威張り散らしている奴がいる、みたいな事を言って、プリプリ怒っていた。
「かわいそうな部分があるのは分かるよ?大変だろうとも思う。でも、それで他より偉くなるわけじゃないし、なんなら余計に嫌われるのに」、そんな事を、言ってた気がする。
もしかしたら彼は、その声が大きい人の子、だったのかもしれない。
まあ、そういうわけで、今も昔も臆病者な俺は、いつものように、見つからないように、彼らから離れている、そのつもりだった。
でも、段々と、それも怖くなってきた。
彼らが今攻撃しているのが、家族ぐるみで仲の良い、よく見知った女の子だったから。
この時は男女の別とかも、はっきり分かってない頃で、彼女に抱いていたのも、親愛の情、というのが近かった気がする。
どっちにせよ俺は、その子に嫌われるのがイヤで、
休みの日にだって、いつも会っていた彼女に、
「どうしてたすけてくれなかったの?」、
そう言われると思うと、ガッカリされると思うと、
なんだか恐ろしくなって、
「や、や、やめろ、よ……」
我ながら、無謀な事をしたものである。
「なんだよ!」
「やめろよ」
「なんだよ!!」
「やめろよ!」
「でてけよ!」
「でーてーけーよー!」
「でーてーけー!」
「やめろよおおおお!!」
あーもう罵り合いの体すら成してないよ。
どっちが大声出せるかのゲリラのど自慢大会の後、どっちからともなく腕を振り回しまくって、もみくちゃの滅茶苦茶だ。
あの子はもっと大声で泣くし、俺はすぐにボコボコにされて押え込まれるし、彼らは互いに腕がぶつかったぶつかってないで、別の喧嘩を始めるし、散々だ。
俺はこの時、何も出来ずに、すぐにジタバタするのにも疲れて、一緒に泣いてただけだ。
少し後になって、勇気を出した別の子が、親に相談したらしい。
学童どころか、小学校にとっても外部と言える大人達へ、その問題が知れ渡り、何かしらのやり取りがあって、彼は学校を移る事になった。
俺はそれまで、あの子が取られた玩具を取り返すべく、毎度毎度飽きもせず、勝てもしない戦いに、何も考えないで突っ込んでいただけだった。
今なら分かる。
あの子に見られてたから、諦める、という事が出来なかったのだ。
気が小さいくせに、ええかっこしいなガキである。
それとも、気が小さいから、なのだろうか。
平和が訪れた後も、俺は親から言われて、学童に通わなくなった。
その子と二人だけで、遊ぶようになった。
特別な友達みたいで、それ自体は楽しかった覚えがある。
そんな中で、将来どんな人間になりたいか、話した事があった。
幼心にも、自分がクソの役にも立ってなかった事を、何となく感じていた。玩具だって、大人達伝てに戻って来たんだし。
悔しかった俺は、言い訳混じりに、こう言った。
「オレ、つよくなるんだ!がんばって、がんばって、つよくなる!」
「だから、つぎは、おれがまもる」、なんて。
馬鹿なガキだ。
心からそう思う。
勇気を出して、一歩踏み出せた、そう思っているんだろう。
酷い勘違いだった。
お前がやった事は、怖い事から逃げただけだ。
お前がこれからやる事も、全部が全部、同じ事だ。
「だったら、そのときは、わたし、すすむの、およめさんになる!」
おいガキ、ちゃんと聞いとけよ?
「その時は」、「お前が強くなった時は」、だ。
役立たずのお前なんて、誰も見ちゃくれないぞ?
思い出の中の、良い感じの約束に、甘えるな?
お前が弱いまんまで、何のプラスにもならないで、愛して貰えるわけがないだろ?
教えてやる。
お前はこの1年くらい後、世界最弱の嫌われ者の、仲間入りをする。
だけどお前は、それでも寝惚けてる。
一丁前に、心の何処かで、明るい未来を、カッコイイ自分になれる将来を、信じてる。
だから、あの子に寄りかかるなんて、浅ましい真似が出来る。
自分がみんなから疎まれて、憎まれて、ヘドロや糞便、病原菌と同じ扱いなのに、彼女に無遠慮に近づくんだ。お前がお前を、何も分かってないくせに、「それでも彼女は分かってくれてる」なんて、その子の気持ちも考えないで粘着して、
「付きまとわれるの迷惑なの!分からない!?空気読んでよ!デリカシー無いの!?」
ほらな?
何も言えないだろ?
俺は自分が頑張ってさえいれば、それで良いと思ってた。
でも違う。
そういう話じゃない。
俺はこうなってしまった時点で、誰かに接近する事自体が、迷惑を掛ける事となるんだ。
身体中から、毒やら汚物やら悪臭やらを垂れ流す。
「触っても手に付かないよ」と言われても、そんな奴には近付きたくないし、それに触ってる人にも同様だ。
考えれば、分かるだろうに。
何も出来ない、ゼロだった俺は、
居るだけで害悪な、マイナスに成り下がった。
それに、その時になって、ようやく気が付いた。
彼が学校を出て行く、少し前、
母さんは俺を抱きしめながら、こう言った。
「ごめんね。もっと早く気付いてやれれば…!よく頑張った…!ススムは私の誇り…!よく頑張ったね…!」
違うんだ、母さん。
オレ、何も出来なかったんだ。
何も、してなかったんだ。
オレじゃあ、あの子を、助けられなかったんだ。
オレは、
本当は、
「よく出来ました」
温もりが、引いていく。
夕焼け空の下、
黒い影に抱かれていた。
「あなたは、面白いですね」
静かで、つるつるすべすべしてる。
氷のように、刃のように。
「私が思っていた、それ以上に」
だけど、優しく暖めてくれる。
相反する二つに挟まれ、心地良い。
「上出来ですよ?これからも、頑張りなさい」
ああ、そうか。
熱くなってるのは、
俺の体の方か。
内側で、
トクトク、ドクドクって、
歓喜した血が、
巡っているから。
それが解ったあたりで、
俺は深みに落ちてしまった。




