86.争奪戦だオラアアアア!
時間は、少しだけ戻される。
「まだか!まだかな!まだなのか!
お報せ 持たせて まだ俟たせ!」
「落ち着きの無い奴っちゃのう……」
ドーム状の暗室、列する座席。
機械と玉座、道化と女王。
彼らは報告を待っている。
分かり切った結果を聞く為に。
「ススム君、苦しんだかな?悲しんだかな?憎んだかな?」
「さあて!はてさて!内心は未知!
火偏に ローズに かかってる!」
「奴なら無駄に苦しめる事も無かろう。何が起こったかも分からず、意識が失せて仕舞じゃ」
「そうなるといいな。そうだったらいいな」
少年は、ただ祈る。
今は彼に、安らぎを、と。
「そろそろ!きっと!終わる頃!
それでは……」
そこで、
詞が、止まった。
「む、なんじゃジェスター?どうした?ローズから何か」
「エンプレス!!」
道化がその場で、機械の球体部で、
玉乗りのようにピョコピョコ走り、グルグルグルと激しく回す。
「エンプレス!ローズが!ローズがあ!」
「なんじゃ!何が起こった!?」
ピタリ、
道化もボールも静止する。
そこから光が投射され、
玉座の眼前、
床の上に像を結ぶ。
それは、
「ろ、ローズ…!」
苦悶に身を捩る、赤みがかった黒草。
『え、エンプレス…!エンbzzzzプレggggg』
「何があった!オヌシともあろう者が!如何なる由じゃ!?」
『右、眼,,,,,,,,,だ…、恐ろろろろろろしい……』
「右眼?右眼じゃと?」
『あそこに!に!に!奴GGGGGGが!あのなあかああああああにいいいいいい』
「奴とは?奴とは何を指す!?」
『“可惜夜”だ!奴は右眼の中に!ほぼ完全な状態で!』
プツン。
切れた。
消えた。
思念は、
途絶えた。
息を整えた女王は、
「“火鬼”、オヌシの存在は、必ずや、世の終わりまで語り継ぐ…!」
玉座を降り、床を撫で、
逝ってしまった同胞を弔い、
そして、
「どういう事じゃ?たかがローマンの小童に、あれが?完全に?」
彼の上位者が、何を考えているのか、まるで分からない。
だからこそ、この後の行動が読めない。
関わりのない場所で、浮いてくれているだけなら、それでいい。
しかし、若し仮に、戦局に介入してくる事があれば?
その時、“彼女”が立つのは、何方側なのか?
「ジェスター!ここに居らん馬鹿共にも伝えよ!」
「……なんと?」
「極東!丹ノ本に集え!」
やるべき事は、明らかだ。
「ローマン、“カミザススム”の右眼を奪う!あれをこちら側に吸収出来るなら良し!最悪彼奴等の手に渡る前に潰せれば御の字じゃ!」
「あの小童が焦点になるぞ!」、
号令によって、
新たな戦争が始まる。
今度の戦場は、
丹本、
丁都、
明胤学園だ。
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その者は、
たった今、目覚めた。
長い間、夢を見ていた気がする。
そこには、“己”が無く、
他が思う故の、自身が在った。
そうやって、認識によって形成された“我”が、
今、形を持っていた。
不思議な感覚だ。
「自分」とは、こういう物なのか。
自他とは、こうやって、分けるのか。
そうして、境界の外を感じると、
そこに、二つ。
自分と似た、“他”があった。
「お早う、妹ちゃん。良い朝でしょ?」
同じような力を持ち、同じような波長を発する。
だから、音は音のまま分からずとも、意思は伝わった。
「きみに身体を用意してるよ?仮初の名前も、帰る場所も、ね」
名前?帰る、場所?
「きみは、やっと生まれる事が出来た。おめでとう。もう誰も、きみを忘れないね」
生まれる?
奇怪な言い分だ。
彼女は、死んだから、そして、消えたから、こんな姿になったのに。
「じきに、分かるようになるよ。今は、寝惚けているだけ。頭がクリアになったら、色々な事を話そうね。わたしらが何者で、どうやって生きて、何と戦っているのか——」
そこに、もう一つ。
“同じ”だ。
羽を持ったもう一個が、降りて来た。
「やあトリ君、ご苦労だったね!わたしの読みもピシャリ!だったし。いやーあれを処理するなら、本体が出て来ると思ったんだよねー。わたしらが目を付けた事を教えてあげたら、思った以上に焦って行動に出てくれたし。ああ勿論、この子が誕生出来たのは、きみらのお蔭でも——」
「キャメル、良い知らせと悪い知らせがある。そして、今お前が見ているのが、良い知らせだ」
「………出来れば、悪い知らせから、先に聞きたかったなあー?」
変わった。
発する波が、
鋭利に、
獰猛に。
「俺達は、敵を、殺していない。見ていただけだった」
「………つまり?」
「右眼だ。カミザススムの右眼に、パーツの揃った“彼女”が入っていた」
色。
飴色の、波。
いや、光?
知らせを受けたそいつから、溢れ出る意志。
「へ、えぇぇぇぇ~………?」
「決死の覚悟であれを求めねばならんのは、どうやら我々も同じだ」
「……“カミザぁススムぅ”………丹本、丁都、明胤、学園………」
また、変わった。
今度は、泡立つように、膨らんで弾ける。
「それは、いや、それも、良い知らせ、かもしれないね」
「そう、思うか?」
「うん、うんうん、良い盤面だ!来てる、これは来てる!一手も二手も、わたしらが先んじてる!」
喜色、なのか。
嬉しい、のだろうか。
「カン君に、色々お願いしなきゃね!ロー君!トリ君!忙しくなるから、覚悟してね?」
「まずは、お引越しだ」、
そう言ったそいつは、
彼女の方を見て、
「あ、ごめん。勿論、きみも一緒だから。だって——」
——わたしらは、家族だからね?
沸き立つ力はそのままに、
友好を示すように笑った。




