84.配信者程度では、プロに嘘を通せない
『実は、一つだけ、気になる事があるんです』
白取〇鶙は、日魅在進の証言映像記録を、再度見返していた。
『ほお!気になること、ですか?』
『はい、僕のスマホって、回収されてます?』
『されていますとも。ええ、こちらで、確かに』
『それで…、あ、いや、それじゃなくても、僕のXnetのアカウントに入ればいいのか。とにかく、DMが届いたんです。あ、あの日、詠訵が配信してる時にです』
思い出し方から見て、記憶を辿って言葉を繋ぐ、その行程には、嘘が無いように見える。
『DM?と言いますと、アカウント間で密かにやり取りする為の、非公開の?』
『そうです』
『内容は?』
『詠訵を死なせたくなきゃ、目を離すなー、みたいな』
『ほお?嫌がらせや悪戯にしては、妙な文言です。言及されてるのは、詠訵さんであるのに、貴方に届く、とは』
『ええ、僕もそう思って…』
その後は、判明している通りの事が続いた。
胸騒ぎを覚えた彼は矢も楯もたまらず、万一を考えて同じダンジョンに潜る。
潜行途中で配信を点けていたのだが、なんとillモンスターが、詠訵三四を襲撃してきた。
彼は助太刀に入り、応戦し、
『変異Z型が、自爆して、次に目が覚めたら、このベッドの上でした』
最後っ屁によって、瀕死の重傷を負った彼は、詠訵三四の魔法によって治療され、そのまま彼女に運ばれ、2人揃って救助された。
事実関係に矛盾は無い。
配信が途絶してから、彼らが移動を開始するまで、10分以上が経っている事も、詠訵三四の口から、「最初は私も気絶してました」、そう説明を受けている。
が、ここで飲み下せぬ問題が出て来る。
『しかしそれでは、イリーガルを操る何者かが存在し、貴方を誘き出した、そう考える事もできてしまいますねえ?』
『はい、あのDMが偶然とかでないんなら、そうなんだと思います』
『その通り。しかし、何故?貴方は、イリーガルの力すら使役する者から、どうして、狙われたのでしょうか?』
日魅在進は、そこで数秒、無言で俯いた後、
『考えたんですけど』
『どうぞ』
『結局、僕が、目立ち過ぎたのが、原因だと思うんです』
『……と、言うと?』
少年はこちらを、
白取の頭部のカメラを真っ直ぐに見つめ、
『あの、なんでしたっけ、“可惜夜”?あのイリーガルと会って、それで死にかけて、頭の中で変なスイッチでも、入ったんですかね?自分で言うのもなんですけど、それからずっと、今までなかったような発見とか戦い方とか、してるじゃないですか』
『それは、認めざるを得ない所ですね。ええ、素晴らしい成果です』
『イリーガルの力を使える何者か、人なのか新種のモンスターなのか知らないですけど、とにかくそういうのが居たとして、僕の事を見たら、どう思います?』
『……成程、“可惜夜”から、何か力の片鱗を奪った、或いは受け取った、そう判断された、と?』
『「そういう可能性がある」、っていう事が既に、問題なのかもしれません。彼らは自分達の力の強力さを知っていて、その中でもあのイリーガルの力は、別格扱いされてるのかも』
『考えられる話ですねぇ。ええ、そんな存在が居たとして、貴方を脅威と感じても、不思議ではありません』
『僕が思い付くのは、これくらい、ですけど……』
『いえいえ、貴重なご意見、ありがとうございました』
実際、面白く、そして説得力のある見解だ。
知能を持ったイリーガル。
記録されるのを避ける奴らの行動が、習性ではなく、智恵だったとしたら?
世界には、星の数程の神秘の記憶、記録がある。
ダンジョン出現前から続く物もあれば、牲歴開始以降が発祥の物も、多数存在する。
それらはダンジョンの外の物語で、故にダンジョンそのものに形を与えたり、或いは魔法によるものだと考えられてきた。
が、中には、イリーガルモンスターを指すのではないか、という学説もあるにはある。
ダンジョンの歴史は2000年以上。
イリーガルを解明する誰かが現れる、或いは、モンスターそのものに知能が芽生えるには、充分な時間、と言えるのかもしれない。
特にW型以降の個体は、明らかに単なる本能以上の、何かを持っている。それが発達した突然変異個体が発生し得る、と考える事も出来るだろうか?
興味が尽きない、是非とも一晩でも二晩でも、同門と語り明かしたいテーマだ。
だが、今はもっと、別の問題に目を向けなければ。
「どう、思います?」
彼は隣で、湯呑を片手に寛ぎながら映像を見ていた、その男に訊く。
「どう?『どう』、とは?聞いておくが、こいつが嘘を吐いているのは、分かるよな?」
「……すみませんが、私はそちらには疎いんですよねえ。漠然としか、不自然さを感じられませんでした」
「それはお前が、言語化出来ていないだけだ。少し訓練を受けた奴なら、誰でも分かる」
内心を言葉として引き出す事は出来ずとも、
隠し事の有無くらいは見通せる。
「まず、一人称だ」、日魅在進のプロファイルを見ながら、男は指摘する。
「こいつの日常での一人称は『俺』、事実、映像でも途中まではそうだ」
だが、それが変化するタイミングがある。
「イリーガルとの遭遇について、意見を述べる為、こいつの方に主導権が渡された時、『僕』に変わった。配信上での一人称と同じ、言い換えればこいつは、何か本音を隠した、『外行き』のテンションに切り替わった、という事になる」
「ふむ、しかし、フォーマルな場所・場面ではそうなる、というだけかもしれませんよ?途中から、心構えを、変えたのかも」
「そこで問題になるのは」男は映像を巻き戻し、「ここだ」再生する。
『あの、なんでしたっけ、“可惜夜”?あのイリーガルと会って』停止。「この部分だ」
「はて、これが?」
「分からねえか?奴は目の前で、あれを見た。かつてとある男の机上の空論から生まれ、都市伝説上の存在となり、誰が見ても一度はクラッと来ちまう程に美しい。あれを、死にそうな時に、目の前で、直接見たんだ」
同じ空気も吸って、どんな臭いか、どんな温度か、どんな声か、何も挟まず、知ってしまった。
そう、常人ならば、いいや、冒険家であっても、人生で最大事にならざるを得ない出遭い。
か細い死線の上を綱渡りしながら、極上の美で殴りつけられた、などと。
たとえ忘れようとしても、脳裏に深く、深く刻まれる。
「そんな体験をしたヤツが、その時起こった事について、考えない事があると思うか?何が起こったのか、何一つ調べないとでも?あまりのショックに記憶に蓋をした?ならば、その時の事を全く覚えてない、言及されたら拒否反応を示す、って方がまだ分かる」
しかし、日魅在進は、どれでもなかった。
「口振りでは、興味無さげ。名前すら、いつもは忘れてるといった態度。しかし、しっかり何が起こったかは、憶えてやがる。その上でこの時、お前から逸らしてしまわないよう、説得力を持たせようと、意識的に自分の目線を固定している。本当に思い出せないなら、思い出そうという動きが、視線に現れる筈だ。語気に余計な力も入っているしな」
「と言う事は、彼は“可惜夜”に興味があり、それを隠そうとしている?」
「それよりも、『自分とあれとを、出来るだけ繋がりの無い存在であると、見せようとしている』、というのが正しいだろう」
距離を離そうとするその動作こそが、逆に二つの近さを示唆する。
「矢張り、彼は、あの存在から、何かを?」
「さあな、そこまでは分からん。が、あれについて、何かを隠しているのは、確からしい」
そこで今度は、男が白取に尋ねる。
「寝てる間に、密かに切り開けなかったのか?」
「探すべき物が何処にあるかも分からない状態で、刃を入れてしまうと、核心部分を破損する恐れがありますから」
「ま、そうなるわな……」
男は湯吞を置き、背を伸ばしながら席を立つ。
「暫くは泳がせるしかない。引き続き、何かあったら報せろ」
「分かりました。ええ、いいですとも」
——三都葉には大変、お世話になっておりますから。
最後の阿りには答えず、
男は暗室を後にした。




