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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第四章:途方もない先を目指しての一歩は、やたらと重いし火傷しがち

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80.羨むべきか、憐れむべきか part1

〈“焔は灰撒き葉上に舞いカット・カカット・カラ・カット”。火気厳禁、だ〉


 完全詠唱成立。

 葉と葉が咬み合いこすり上げられる。

 電光の域にすら達した火飛沫(しぶき)がバチバチと散り、大地をサーモンピンクに染め上げる程に強く燃え上がる!

 360°全域の土が噴火の如く吹き飛び、そこから地を抉る蛇火へびが這い進む!

 弾丸に並ぶ程のスピードで延焼するそれは、ナイトライダーを、

 否!

 その背後、

 羽衣はごろもに守られた二人を襲う!


〈貴様がどれだけ強大でも、今の貴様はその少年を基点としている!そいつを殺せば、お前も自動的にこの場から消えるという寸法だ!〉


 反響し、どこから発されたか判らぬ声の中、


 第一波、

 津波のように土石混じりの火焔が押し寄せ、そこにある全てを呑む!

 続く第二第三第四第五!

 見る者の網膜すら焼き潰すような眩さ!

 ローズは自身の魔法が、衣の表面を岩石海岸のように削っていくのを知覚している!


 そしてこの、高密度の魔力の中で、

 彼の本体は、幾本幾重の、火柱ひばしらの背後。

 根を動かすことで、在所不定!

 敵はまず彼を探し出さなければならず、

 見つけたとして攻撃が届かない!

 動けば火が付き、

 二人を守るきぬが、赫々《かくかく》たる一撫でに見舞われれば、

 其処そこからも出火する!

 

 幾重にも押し寄せる波を濡れずに突破し、大海から一房の珊瑚を拾い上げる。

〈そんな事が、可能だと言うのなら——〉


〈照々《テラテラ》と、風情も無い物で、私の前を、埋めますか?〉


 ………?

 止まった。

 いや、

  まるで深海を、

   掻き歩むが如く、

    あまねく鈍く、

     重くなった。


〈不遜な景観ですね。頭が高いです〉

〈ぐ、ご、〉


 勿論、

 ローズ自身も、


〈ごぼぉおおーー!?〉


 いや、

 ローズを構成する物質は重くなり、

 けれど彼のコアは、

 魔力攻撃に強い抵抗力を持つその部分は、

 鈍化を免れて、



 ()()()()()()()()()()()



 エネルギーの発散が停止した為に炎舞はお開きとなり、背の高い幹も軒並み地に伏せられ、何方どちらを見ても遠くまで届く裸地らちの上で、ローズの本体は今自滅の危機に瀕していた!


〈ぐ、お、ぐおおお…!?〉

〈随分、見晴らしが、くなりました。これでようやく、及第点、ですね〉


 彼女の左手が、前に差し伸べられ、人差し指が地を差していた。

 

〈き、きぃさ、まぁぁぁああ……!〉

〈あれ、如何どうしたのです?そんな所で、横臥おうがして。不敬ですよ?姿勢を正しなさい?〉

〈ほぉざあけえええ…!〉


 枝も葉も、地中へとうずめられていく。

 彼の体だけが、重くなっている…!

 

〈けれど、ような趣向も、良い経験に成るやも、しれませんよ?〉

〈な、に、を…!?〉

〈そのハラワタを、己の肉で、潰してみては?〉


——陸の鯨みたいに。


 最後の一言では、笑っていなかった。

 ローズは自らに向けられた、彼女の興味関心が、みるみるうちに失われるのを、肌で感じて恐怖した。

 恐怖。

 どうしてそんなに怖れるのか。

 それが分からぬまま、敵愾心てきがいしんだけで抵抗を続ける…!



〈……“カラカ・ンパンラ”、そう呼ばれる種がある…〉

〈………〉


 慈悲なのか、

 気が乗らないのか、

 意識を別に飛ばしているのか。

 カンナは「お喋り」を、止めようとはしない。

 その慢心が、最後の頼みの綱だった。


〈温暖な大陸で群生する、大葉植物モニロファイタ、ハナヤスリ類に近いとされる系統に属する。葉の先端が無限成長する点では、カニクサに類似するという指摘もある。地下にも茎を持ち、二又分枝(ぶんし)の特徴を示す根を有し、地中深く、そして広く伸ばし、栄養や地下水を吸い上げるしぶとさでも知られている〉

 

 その名は失われし言語で、“火精の棲み処”という意味を持つ。


〈その真骨頂は、乾季では些細な摩擦で発火点に到り火災が発生する、その生植環境で獲得した、高い耐火性、及び、擦り合わせる事でより着火の蓋然性を引き上げる為、周縁がのこぎりのように細かく波打ち、表面がやすりのようにざらつく、特殊な形状の葉部ようぶだ〉


 その葉は現地で、火打石の代用にも使われるとも言う。

 火の粉を振り撒き、周辺一帯の動植物を焼き払い、土地と水源を独占。

 風通しが良くなったその場所で胞子を飛ばし、遠くへと自らの遺伝子を撒く。


〈つまり、その植物は、火を操るのだ…!自らは火を畏れず、他を焼き尽くす…!の地に棲まう数多の動植物が、そのたった一種によって殺戮され、追い遣られた…!〉


 彼は、

 ローズは、

 その内の一つを、


〈その時も残ったのは、カラカ・ンパンラのみだった〉


 ある土地で起こった、大火災を語る。


〈しかし、契機きっかけは彼らではなかった…!〉


 曇る。

 空が薄暗いのは、さっきから変わらない。

 いいや、違う。

 太陽が、隠れた。

 天上を塞ぐのは、灰ではなく、雲だ。


〈雨雲だ!それは乾季では珍しい、恵みの到来を予感させた!〉


 高く、

 ドス黒く、

 そして厚く固まった雲。


〈しかし!実態は!かつてない凶兆だった!そうだ!かつてないほどに!〉

 

 その内部で、一条の瞬きがあり、



〈お前はその始点に立っているんだぞおおおおお!!〉


             落


           雷


             !


          !



 光と音が、ほぼ同時に一面を染め上げた!

 乃ち、そこが着弾点!

 付随しただけの音響すらも、強力な兵器と化す程の、莫大な破壊!


〈少年を守っていた貴様の衣、それは上部からの攻撃に対する備えが、最も薄かった!〉


 そこに直上からの一槌いっつい

 神々による裁きの光!

 重さなど関せず切り絶つ落撃らくげき


〈カミザススムは死んだ!お前は消滅し〉〈お悧巧りこうさんですよ、“ハチ”〉


 爆風に乗って吹いていた灰が、更なる突風に裂き散らされた。

 ローズの感覚が、彼らを再び見つける。


〈な……〉

 「なんだと?」、

 そう言いたかったが、

 それすら言葉として結べなかった。


 彼らの頭上。

 輪っかのような物が、

 いいや、あれは廻転だ。

 高速で回っている、その軌道だ。

 速過ぎる為に、ローカルによって発火し、光の帯を残しながら、巡っている。


 あれは、首輪だ。

 或いは、首枷だ。


 柔らかく蠕動ぜんどうする喉の下、頸を守っていた黒い輪だ。


F(フェルツ)…!そ、そんな——〉


 あれで、

 たったあれだけで、

 防がれたと言うのか?

 傷一つ、残さなかったというのか?


〈そんな馬鹿な話があるかああああ!!〉


 彼には誇りも理性も、恥も外聞も無かった。

 怒っていた、という表現も、まだ上等だった。


 愚図っていた。

 認めたくなくて、認めないように、

 大声を喚き、

 無かった事にしようとしていた。


 彼女は、

 ナイトライダーは、

 本気だ。



 本気であの少年に、

 カミザススムに入れ込んでいる。



 予想外へと憤ったのか、

 選ばれた者へのねたそねみか、

 満たされぬ欲の表出か、


 歯軋りのように、繊維を捻じらせ、

 ローズはただただ、不平を叫ぶ。


〈何故、貴様、単なる気紛れで、戦局を掻き回すばかりか、両勢力諸共吹き飛びかねん地雷を、何てことのないように放り置くなど、責任は、責任を果たせえええ!!おかしいだろう!?世界最強の力を持つ貴様が、何故秩序を齎そうとしない!我々の血で血を洗う闘争を、その指一振りで止められると言うのに!何故そうしない!〉


 この世に生まれ出たいなら、

 体一つ乗っ取るだけで、それが出来るなら、

 何故そうしない。

 何故、彼らを選ばない。


〈我らは意志を、力学を、死をかさねて来たぞ!この2000年もの間!ずっとだ!それに一瞥いちべつもくれず、よりによって、10年20年ぽっちのそいつが!お前を“《《所有》》”している!どういう了見だ答えろおおお!!〉


料簡りょうけん…?はて?〉

 

 嘆願とも言える、その号哭を受けて、

 あっけらかんと、彼女は言う。


〈私が面白いと思える、楽しめる、風趣ふうしゅを味わえる——〉


——それが、全てですが?


〈すべ、て……?〉

〈ええ、何か不都合でも?〉

〈そいつが、そんなに、面白いか…?〉

〈ええ…?そうですねぇ………〉

 

 数秒考えた彼女は、ふと悪戯でも思いついたように、()()()と笑い、


〈一説に、或る音楽家は、本物を輩出する事が得意でも、自らが“本物”には成れないと、嘆いていたらしいです〉

〈……?な…にを、言っている……?〉



〈貴方は、“本物”を見分ける才すらも、持っていませんね?〉

〈………そうか〉



 すっ、と、

 熱が冷めたように、

 夢から醒めたように、

 彼は、殺気を取り戻した。

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