77.それでも俺は、まだ怖いらしい
「ケホッ、ケホッ…!カミザ君…?聞こえる…!?」
「ああ…、なんとか……生きてる…!」
何が起こったのか、よく分からなかった。
結構、思った通りに、ゲームメイク出来てたと、思うんだが…。
噴き上がった土砂や破片が、視野の大半を濛々《もうもう》と占めていた。
「Z型の、弱点が、凄いエネルギーを放ちながら、爆発して…!」
「く~ちゃんの方が近かっただろ…!?怪我は…!?」
「許容範囲、って感じかな…。ガードは、間に合ったから…」
声と、魔力を頼りに、無視界状態の広間を、よろよろと進む。
右のふくらはぎに、何かしらが刺さり込んでいる。
左脚で、発火しないよう、慎重に。
うぐぐうぐ、あちこち痛い。打ったり切れたり、火傷になってる所もあるかも。
「Z型は…!?」
「倒した、んだと思う…!魔力も感知できない…から……」
確かに、ローカルを強いる程の強大な気配が、どこにも居ない。
呼吸が苦しくなるほどの熱波が、今や全くもって凪いでいる。
「イリーガルって、モンスターコアのエネルギーを利用して、自爆する事があるらしいから…!たぶん、それかも…!」
「どんなモンスターだって、コアは残すって言うのに、やりたい放題かよ…!?ちょっと、待ってろ…!」
段々と、目の前が晴れて来る。
く~ちゃんもまた、俺に向かって少しずつ移動していたようだ。
リボンを巻いて、能力をフル稼働させていた為か、合流する頃には、彼女に目立った傷は無かった。
制服まで簡易的に補修されているし、驚異的な汎用性を持つ能力だと舌を巻いてしまう。
「カミザ君…!今治療するね…!」
「魔力量に余裕無いところ、悪い…!」
「ううん、時間さえあれば、浅級の濃度でも、結構回復するから…」
傷口がリボンで覆われている内に、楽になって来た。
骨が抜ける時も割と、結構、バカほど痛かったが、その傷も塞がって行く。
「血を補うのを優先した方が良いかな?どう?クラクラする…?貧血とか…」
「いや、問題無いと、思う…」
数秒で、二足歩行の勘を取り戻せた。
そしたら次は、大事な事を確認だ。
「それじゃあ、行くぞ…?」
「う、うん…!」
リボンを巻いた右手で、身体強化をしながら、
パンチ!
燃え
てない。
「………」
「………お、」
終わったあ~…!
二人の心中は、そうハモッていたように思う。
「ば、万事解決ぅ…いぇーい……」
「みんな、大変ご心配を……あれ?」
「どうした?」
「配信が止まってる…」
「え、まさかガバカメが?」
俺のはさっき、ここに入る直前に自律飛行モードにしてたから、爆発に巻き込まれたとして、
「く~ちゃんのは?多分バックパックの中だろ?」
「そうだね…、えーと、うっわあ、ひっどい状態だね。体の防御優先だったから、全損してないだけマシなんだけど、見事に焼けちゃったな……。カスタマイズカメラも、新しいの用意しなきゃだし、あ~も~幾ら掛かると思ってるのかな~。イリーガルめ~。
ポケットに入れておいたガバカメも…あれ、あるね?特に壊れてないように見えるけど、電波が届いてない?」
「熱にやられて故障したかな?」
「たぶんそうだね。急いで戻ろう。みんなを心配させちゃってるし」
「そうだな……。グズグズしてると、戻った先にA型が来るかもしれないしな……」
ホッとすると同時に、体の力が抜けて行く。
二人とも出口を目指して進むが、その歩みは緩やかだ。
あー……、
つかれたー………。
傷は治ったのだが、体力と精神力を、ゴッソリ持って行かれた気がする。
「く~ちゃん、疲れてない?肩貸そうか?」
「え、だ、だいじょぶ!うん!ぜんぜんいーよ!」
「そ、そうか、なら良かった」
そんなに嫌がらなくても…。
「でも、危なかったあ……。リボン、最終的に、あと3本しか残ってなかった。あともう少しで、ローカルへの防御まで無くなる所だったよ」
「ひぃー……、こんな綱渡りは、もう二度とゴメンだな。賭けるにしても、命をテーブルに載せたくない」
「本当に……あれ?」
く~ちゃんが、前を見て止まってしまう。
「どうした?」
「なんか、誰か倒れてない?」
「え?」
彼女は今少しその場で目を凝らしていたが、すぐに走り出してラポルト近くの地面に駆け寄る。
「やっぱり!人だよ!」
「何っ!?」
確かにボディースーツを着たディーパーらしき男が、意識無く横たわっていた。
「い、息は…!?」
「ちょっと待って……」
引っ繰り返して、彼の口の上に顔を持って行き、呼吸を確認。
「生きてる!まだ治せる筈!大丈夫ですか!聞こえますか!?今治すので——」
(((ススムくん)))
カンナが、目の前に立った。
(((直ぐにこの階層を離れなさい)))
いつものような、遠回しな、含みのある口調でなく、
(((これは警告です。今直ぐに)))
俺はく~ちゃんの体を抱え上げ出口に駆ける!
「わっ!?カミザ君!?」
「く~ちゃん!リボンでその人を持って今すぐ」
「その必要はないな」
ぐんっ、と、
俺の全身が止められた。
引っ張られた。
リボンを、
く~ちゃんが、治療に使っていたそれを、
倒れていた男に。
(((重ねて警告します。今直ぐ離れなさい)))
「く~ちゃん!リボン解除して!そいつ何かおかしい!」
「し、してる…!」
「え!?」
「解除してる!!」
俺は振り向いて、
彼女の体に巻き付く、黒い蔦のような物を見た。
それは、言うまでもなく、
仰向けに転がり、右手だけこちらに向けた、その男から伸びていて、
「貴様を軽蔑するぞ。“授かりし者”よ」
彼は言った。
「貴様が道を踏み外したんだ。貴様がその小娘を巻き込んだ。これから起こる事は、全て貴様のせいだ。貴様が業突く張りだったからだ」
俺に向かって、そう言っていた。
「魂に刻め、貴様の罪を。出来もしない、都合の良い願望、見果てぬ夢。恵まれた己を知らず、差別と迫害の境遇に酔い、ただ何某かの視線に踊る。不快によってしか、記憶にも記録にも、目を向けられない、そう知る者よ」
何を、言っているんだ。
俺は、また、
「歪みが、間違いが、貴様に力だけを与えてしまった。然れど貴様は変わらずに在り、それ故に世の理を乱す」
「正す智慧も、革める先も、持たぬくせして」、
俺は、彼を、怒らせたらしい。
俺は、彼を、呼んだらしい。
俺はまた、誰かを、
「自らの物でない剣を渡され、疑問も持たずに振り回す。貴様のような奴をこそ、害悪と呼ぶのだ」
俺がまた、何かしたのか。
何をしてしまったんだ。
俺は、いつも通り、
結局疫病神なのか。
「この!」
く~ちゃんが蔦を引き千切ろうとするも、びくともしない。
彼女のその右腕に、俺の胴に、いつの間にか新たな一本が絡み付く。
見えなかった。
速すぎるのか?
それとも俺が、精神の均衡を失っているからか?
「こぉん!」
リボンが4本巻き付いて「む?」やっと一本切断できる。
「カミザ君!出口に!」
「俺は、どうすれば…」
「カミザ君!」
(((ススムくん、動きなさい)))
声を聞いて、懊悩が過去に置き去られた。
(((それでは、面白くも何ともありません)))
今は、この階層から、離れないと。
「カミザ君!蔦は私が切るから!」
「うおおおおおお!!」
男を引きずるくらいの気持ちで、身体強化を全開にし、ラポルトへ。
離れるのだ。
何故かは知らない。
正しいかは分からない。
でも、
離れないといけないんだ。
「何故我らが、地を踏むか分かるか?」
男は言った。
「根を張る為だ」
行く手の地面から、何本もの植物が生える。
幹のように黒く太い茎が、俺達の脱出を阻んでしまう。
そこについた鋭利な形状の葉が、それぞれ振られ合い、擦れ合って、
金属を磨くような、硬質な音がした。
バチバチと、赤熱が散る。
風が吹き、煽り、水気を掃き捨て、
獄炎。
さっきまでに劣らず、
いいや、
勝る火力の、
赫。
囲まれた。
触れたら死ぬような、
緋色のカーテン。
そして、
俺達に巻き付いた蔦も、
葉を付けて、
導火線の如く細い火が昇り来て、
「こおおおおん!!」
最後の一本を、ようやく落とす。
なんとか火を付けられるのは、免れた。
その時には、男が立っていた。
体中から、赤らんだ黒色の、葉や茎を生やして、
そこに、植物だけしかなくなる。
〈逃がさぬ〉
分かれた先端が、手や指のように、
ウネウネとぞよめき、結び合う。
〈奇跡を、もしもを、潰すとしよう〉
その背後で、蔦が図形を描く。
六芒星魔法陣。
機械の一部としてならともかく、人の手でそれを作り、発動するなんて、グランドマスター上位か、チャンピオンくらいしか——
——違う
こいつは、人じゃない。
人が異形に変身してるんじゃない。
異形の化けの皮が、剥がれただけだ。
それを俺達は、見ていることしかできない。
炎が近づく物を自動迎撃しており、リボンでの攻撃すら辿り着く前に消し去られる。
こちらからは何も変えられず、これよりの出来事を受け入れるだけ。
やがて、そいつは、
樹木のような姿を成して、
〈辺獄現界〉
秘術を、行使した。
〈“紅洛炎”〉
一際強い熱嵐が通る。
手で庇い、目を守り、猛熱に溺れそうになり、
次に見た物は、黒灰の荒野だ。
どこか鈍った太陽を仰ぐ、
何もかもが、焼けた跡。
ポツポツ残る黒い枯れ木。
乾いた風で、塵が流れる。
「こ、れは……?」
なんだよ。
どこだよ、ここ。
さっきまで、土の下みたいな場所で、そういうダンジョンで、
こんな場所、“梳削墓”には、無かった、
そうだろ…?
〈ようこそ、我が肚の内へ〉
「………!!」
振り返ると、そいつは居た。
〈言うまでも無い事だが、言っておこう〉
地上に唯一、残った息吹。
〈『急いては尽く焼き損じる』〉
草の一本、
されど大木の如き、豪壮さ。
毒々しさすら持つ、赤混じりの黒。
〈理解したか?知恵遅れの少年〉
風でその葉が揺れる度、剣戟のような灯が迸る。
〈私は“火鬼”だが、貴様は忘れてしまっても構わん〉
枝が大きく揺さぶられる度、空洞に響くような声が轟く。
〈どうせ貴様は一足先に、忘却へと落とされる〉
どうやらそいつが言う事では、
俺はこれから死ぬらしい。




