74.人生二度目の… part1
くれぷすきゅ~るチャンネルの“く~ちゃん”こと詠訵三四は、順調に深層へと進んでいた。
彼女の魔法は、特別な力を持ったリボンを操る、というものである。
攻防両面において活躍し、更に傷の治療まで出来る。
魔力で剣や盾を形成する魔具を使えば、その性能は更に底上げされる。
一人でフルメンバー居るようなものであり、当人の視野の広さ、頭の回転力もあって、浅級ダンジョンではほとんど無敵と言えた。
戦端に魔具を結んだリボンを四本、鎖分銅のように振るい繰り、並み居る骨格を粉砕していく。斬撃も打撃も可能、点への精密な一刺しもお手の物、完全詠唱なら手数が倍以上に。
油断も慢心も無く、堅実に進軍していく彼女に、負ける道理などありはしなかった。
ここに息の合ったパーティーメンバーが居れば、パフォーマンスを挟む余裕さえあっただろう。そう言える程、一方的な戦いだった。
トレードマークの一つである、顔の上半分お完全に覆い、声紋変換機能付きマイクを備えた、狐面型ヘッドセット。その下から見える口は常に規則正しく動き、頬は軽い運動後という風情で、ほんのり淡く色を浮かべる程度。汗一つ、流していない。
そうして彼女の進撃は、瘦せっぽっちの骨ぽっち如きに、止める事など出来なくて、
「こん!こぉぉぉぉおおおん!」
骨の塊、墓の土壌、
人骨タワーたるA型が、
両手にキツネサインを作った、
彼女の前に砕け散る。
縦軸に回っていた彼女は、徐々にその運動を緩め、正面を向いて音も無く止まる。
横を向いた左足が前、右足が後ろ。立ち姿だけでも、シャッターチャンス。
絶好調と言えた。
「うん、良い感じに身体もあったまって来ました!このままZ型、行ってみましょう!」
一人で最深部へと歩を進める、彼女の決断は無謀なのか?
答えは否。
このダンジョンと彼女には、安全マージンを大きく上回る、純粋な力の差が、隔たりがある。
彼女と、彼女を見る者達には、誰一人「撤収」の発想が無かった。
目が肥えた視聴者や、熟練のディーパー。彼らの視点からでも、そこに問題など無かった。
その判断は、ある意味で言えば「正しい」。
乃ち、99.99%以上、彼女の勝利が固まっている、という意味では。
その程度の死の危険なら、ダンジョンに潜らずとも、車が多い表通りを歩けば、転がっているものなのだ。
だから外出するな、なんてことを言う者は、少なくとも多数派ではない。
彼女が進む事を止める理由など、何処にも落ちていなかった。
勘違いしてはいけない。
撮れ高や収益稼ぎの危険行為でなく、自然で当たり前の一コマである。
何が悪かったのか?
運が悪かったのである。
或いは、“彼”の友人になった事が、いけなかったのか。
“梳削墓”第10層。
壁が全て、白茶けた骨で作られている。
あれだけ並べられていた墓石が消え、骸の残り滓と土砂と泥だけ。
遥けき彼方まで続く、骨の籠。
その中央に、丘がある。
手を頭上に伸ばす人骨達が、繊維のように織り交ざり、その凸部を作っている。
掛けるのは、大きな襤褸布を被る死者。
腰が曲がっているのか、単に前傾姿勢なだけか、前に長い体を持つ。
何十何百の人体を使って、複数垂れ下がる腕も、逆関節の脚も、人と比較するまでもなく、大きく、太い。
鋭い骨が指差先に外付けされ、殺傷能力が可能な限り盛られ、
腰から後ろに幾本も、バランスを取る為の尾が伸びる。
頭部は影となって、その詳細をまだ明かさず。
カラカラグネグネ、落ち着きなく変形し、肉を持つ動物めいた、澱み無い動きを見せる。
Z型スケルトン。
成れ果ての、その先まで墜ちた者。
「さ、あ、て、と……」
詠訵三四は、両手のキツネサインを、顔の横に構え、
「こぉん!」
手首をかえしながら、二つを合体。
片方の人差し指を、もう片方の小指に付け、両の中指と薬指の並び、そして親指同士を重ねることで、一つの大きな狐頭を、その口元で模って見せる。
「“九狐旧亙倶苦窮涸”!」
完全詠唱。
己の魔力プールから、必要になるだろう分を推算し、そこに20%程を念の為に割り増して、自らの体内を走る魔法回路へ流す。
奇跡が成立。
彼女の背から、リボンが羽ばたく。
いや、背から出れば、バックパックを貫いてしまう。
正確なところは、背面のより下部、腰回りから。
まるで尻尾。
魔具を持った4本に追加して、5、6、7……9本。
更に半袖丈短スカートにハイソックスの、青地白ライン軽装フリフリドレスが編まれ、手袋とベレー帽も付け足される。
これが彼女の完全体だ。
「よ、ほ、や、う~ンンン」
新体操における、リボン・スティックの螺旋動作をする、その九つの尾の中心で、踊るようなステップの後、身体を伸ばして調子を確認する少女。
Z型ともなれば、当然の権利のように、弱点部位をちょこまか逃がす。
逃げ道をコツコツ削るという選択肢を取ると、最終的に隅から隅まで粉砕して回る破目になる。更に壁や床の骨が、欠損を補うパーツとなる為、再生力も驚くほど高い。
現実的な討伐法ではない。特にソロの彼女には。
ではどうやって、その地竜を滅するのか?
「一呼吸で行くよ」
当然、
大雑把に、
大規模に、
破壊するだけだ。
リボンがいつも通り、意のままに動くことを確認した彼女は、螺旋の一つを自身の前に置き、
突っ込む!
壁や床の骨が礫のように飛ぶのなんて、もう全く気にしていない。
“かくれんぼ”の必勝法は、隠れられる場所全てを焼き払う事だ!
前進あるのみ!
猛打し、撃滅せよ!
「こぉぉぉおおお——」
——明るい?
このダンジョンは、どこも薄暗い。
どこからともなく漏れる微光が、辛うじて星明りの夜くらいには、明度を保ってくれている。足元を疎かにして、転ぶ者も多いと言う。
だから、床に這うZ型の影が見える、なんて事があるわけがない。
——影?
そう、影だ。
影があるということは、その逆には光源があり、
彼女は目線を上に上げ、
あった。
あれだ。
チリチリと、火花を散らす、枯れ葉、だろうか?
それが、舞い降りているところだった。
その中から、一際大きな火種が撥ねて、
雫のように、地竜の背を打った。
ボ、
ボォ、
ゴォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオ!!
明るい。
まるで白昼の陽光が射したように、
そう形容できるくらい激しい炎が、
Z型を呑み、爆発的に瞬いた。
「な、」
何が、起こっているのか。
若輩ながら、既にランク7を踏んでいる彼女は、
混乱の中でも即座に仮の答えを出した。
「イリーガル……!」
illモンスターは、映像記録に残りにくい傾向にある。配信中に出て来るなんて、普通は考えられない。
しかし、何にでも例外はある。
2年前、日魅在進が全国的に名を広げたあの日。
あの時も、実在すると思われていなかったイリーガルが、カメラに収められたのだから。
彼女は吶喊を中断。
反転し、攻撃に備えながらラポルトに戻ろうとして、
地を蹴った
その時
身体中から
マッチを擦ったような音がした。
「……!?」
一瞬。
ただの一瞬で、
彼女は烈火に包まれた。




