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ゆめうつゝ  作者:
番外編 白波の
6/37

ひろき海

洋成の過去。

洋成(ようぜい)の生まれは顛武(てんぶ)の身内だったことから、幼い頃より顛武(てんぶ)一門に加入していた。


これは、彼が少年だった頃。


次の演目で着る予定だった羽織を、兄弟子が誤って破ってしまった。


「やべっ、羽織破れた!」


「嘘だろ!?うーわ、派手にやったなお前……」


「頭領には言うべきだろうけど、どうするよ……」


兄弟子達は精一杯対処を考えたが、破れた羽織を修復する答えは見つからなかった。


「まぁ、こうなったら崇影(たかかげ)様に借りるしか……」


「……それしかないよな……」


そして、どんどん空気が悪くなるのが分かった。


「俺、崇影(たかかげ)様苦手……」


「実は俺も……いっつも機嫌悪そうだし……」


崇影(たかかげ)は、見かける度に仏頂面だった。

それに、若くして大家の家督を継いだのだ、責任感も我々が思う以上のものであろう。稽古場での彼はいつも殺気立つ様子で、自ら声を掛けに行く弟子など周りにいなかった。


「おい洋成(ようぜい)、お前が崇影(たかかげ)様のとこに行って来いよ」


こういう時はことごとく、自分の運の悪さを思い知るのだった。


「えぇっ!?そんな、兄者……!」


「当たり前だろ、お前が格下なんだから」


「うぅ……」


目の前の兄弟子たちに逆らえず、洋成(ようぜい)は渋々と崇影(たかかげ)の部屋へ向かった。



「と、頭領。失礼致します」


「……あぁ」


低い返事が返ってきた。


洋成(ようぜい)は恐る恐る襖を開けた。崇影(たかかげ)は机に向かい何かを書き込んでいる様子で、此方を見ることはない。


「あっあのっ、申し訳ありません。実は羽織を破ってしまいまして……、次の演目に1枚お借りすることは可能でしょうか……」

(絶対、怒られるよなぁ)


ただでさえ高額な衣装を破り、加えて由緒正しい嫡男の羽織を借りようとするなど、図々しいにも程がある。


むしろ罵言だけで済むならありがたいくらいで、乱暴も覚悟の上である。一門の中で崇影(たかかげ)が喧嘩早いというのは有名であった。これも下っ端の務め、仕方ないとぎゅっと目を瞑った。


「分かった。好きなもの選んでいけ」


はて、なんと言ったか?


「……え?」

拍子抜けした。待ち構えていた言葉はどこにも見当たらない。


洋成(ようぜい)がぽかんとしていると、崇影(たかかげ)はようやく振り返り

「何だ?」

と尋ねた。


「えっ…… あっ、いえ!ありがとうございます!!失礼致しました!」


鬼の居ぬ間に何とやら、そそくさとその場を後にしようとしたが、「おい」と呼び止める声が響いた。


「はいっ!?」


なんとも間抜けな声に自分でびっくりした。


それに構わず崇影(たかかげ)は、

「これ持っていけ。俺、甘いの苦手」

と紙に包まれた砂糖菓子を手渡してきた。


「……あ、ありがとう……ございます……」


洋成(ようぜい)が訳も分からず受け取ると、崇影(たかかげ)は再び机に向かって筆を走らせた。



「どうだった?やっぱり怒られた?」


部屋に戻った途端に兄弟子達は駆け寄り尋ねた。


「……いえ、その、何も言われずお貸しくださいました……」


「ほんとかよ!?お前凄いな!?」


「あ、いえ、私は何も……」


歓喜する兄弟子たちを横に、手に握っていた砂糖菓子を眺めた。



噂ばかりに耳を傾け、実際の人物像を履き違えていたのかもしれないと、気付いたのはこの日だった。


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