134 女王の婿候補
南シドー王国の使者を追い出すように命じたステアは深いため息をついた。
「ステア、大丈夫か?」
「平気ですの。さ、会議を続けますの!」
シドー王国の一件はステアの表情を曇らせたが、彼女は彼の国と距離を置くことに決めた。ステア本人がそう決めたのならば、外野の俺たちがとやかく言う事ではない。
その後も細々とした報告や提案などが続いていった。
特に大きな問題などは起こっていないようだが、会議の終了間近になってヴァイセル政務長官からとんでもない提案がなされた。
「アリステア女王陛下は……ご結婚を考えていらっしゃるのでしょうか?」
「ふぇっ!?」
唐突で意外な質問にステアは間抜けな声を上げてしまう。
「王のお世継ぎ問題は何処の国でも一大事でございます。差し出がましい提案かとは思いましたが、王家の家令という立場から提起させていただきます」
「そ、それは……」
ステアはチラチラと俺の方を見ては顔を赤くしていた。その視線とステアの気持ちに気付かないほど、俺は朴念仁ではない。
そしてそれは周囲の者も同じであったようだ。
「ふむ。どうやら女王陛下には既にお考えのお方がいらっしゃるご様子。陛下が選ばれたお方であれば、私からは何も言いますまい」
「で、ですの……」
ステアは顔を真っ赤にしながらも頷いた。
シドー王国の使者への対応時とは違い、場の空気が柔らかくなったが、どちらも王の世継ぎ問題という点においては同じである。
現在の女王は臣下や民たちからの信頼も厚く、それだけに次代の王への期待と不安は大きいものとなるに違いあるまい。今は表面化していないが、今後通らなければならない課題であった。
ただ、女王の王配に関してはデリケートな問題であり、こんな会議の場で長々と語るものでもない。この場は問題提起だけとなり、話し合いはこれにて終了となった。
「ステア……その……」
「あ! で、ですのぉ……っ!!」
俺が声を掛けようとするもステアは恥ずかしさのあまり逃げるように去ってしまった。慌ててエータたち近衛が女王を追いかけていく。
そんな様子を見ていたヴァイセルが俺に話しかけてきた。
「ふぅ。やはり少々無神経な提案でしたかな」
ヴァイセルの呟きに答えたのは俺ではなく、近くに居たロニー宰相であった。
「いえ、私は良い機会だと思いましたよ。シドー王国という反面教師の実例がある以上、我々も無関心ではいられませんからね」
ロニーの言葉にオスカーも賛同した。
「ええ。ピリピリしていた空気の中で場も和み、実に良いタイミングでした。ヴァイセル殿」
「そう言ってもらえると恐縮ですな、オスカー殿」
オスカーとヴァイセルは共にサンハーレ領で働いていた為、二人の付き合いはそれなりに長い。
「あとは女王陛下の婿候補ですが……」
この場にいる者たちの視線が俺の方へと集まるのを感じた。
ステアと仲のいい同世代の異性は……まぁ、真っ先に名が挙がるのは俺なので、候補にされるのは自然の流れではあった。
なんとも言えない空気の中、それを打ち破ったのはセイシュウであった。
「まぁ、まぁ。こういったのは当人同士の気持ちが大切でしょう。王の継承権などはお相手が決まったその後で話し合えばいいと思います」
「……ですな」
ふぅ……セイシュウのフォローで助かった。
(俺とステアとの関係、か……)
少し……改めて真剣に考えてみるか……
とりあえずその場は退散し、王城を出ようとした俺は、先に会議室から出ていたシスターリンナと遭遇した。
「あら、どうも」
「おう。シスターはこれからサンハーレの教会に?」
「ええ、用を済ませてから戻るつもりですが……。ケルニクス様、本日はお暇でしょうか?」
「うん?」
珍しくシスターリンナから呼び止められ、俺は首を傾げた。
「実は今朝、登城する前にゴロー様から相談を受けまして、実はこの後に王都内で会う予定なのです。ケルニクス様もご一緒に如何ですか?」
「ん? 五郎と? 別に構わないぞ」
五郎がシスターに相談? 一体何用だろう?
気になった俺はリンナと一緒に待ち合わせ場所へと向かった。
王都ケルベロスは急速に発展し、表通りには様々な飲食店が立ち並んでいた。その店の中にはネスケラたちの入れ知恵で、地球時代にあったようなファストフード店やチェーン店なども建てられていた。その殆どがエビス商会傘下の店である。
その中のカフェが五郎との待ち合わせ場所のようだ。
「あ、リンナさん! っと、ケリーさんも来てくれたんですね!」
「よ!」
「お待たせしました、ゴロー様」
やけに明るい表情で出迎えてくる五郎に俺は違和感を覚えた。
(ん? なんか普段と違うような……)
その違和感はすぐに気が付いた。
「あ! 五郎、隷属の首輪は……」
普段は隠すように首に身に着けていた隷属の首輪。だが、今の彼の首元には何も身に着けていなかった。
「そうなんです! そうなんですよ! 今朝起きたら、何時の間にか外れていたんです!!」
どうりで五郎のテンションが高いわけだ。
俺は五郎に詳細を尋ねた。
「自然に外れたって事か? 何か身体に不調とかはないか?」
「特にないです! サンハーレに対する攻撃衝動も完全になくなって、寧ろ絶好調ですよ!」
今でこそ、そこまでの枷とはならなくなったが、それでも隷属の首輪が付いた状態は五郎自身にとっては苦痛であったのだろう。その首輪から完全に開放された五郎は満面の笑みを浮かべていた。
シスターリンナが自身の推測を口にした。
「恐らく契約期間を満了して自動的に外れたのだと思われますわ。ゴロー様から聞いた大体の隷属開始期間から今日で凡そ一年。ゴロー様を派遣した聖教国はイデールへの派遣を一年間と定めていたのでしょう」
恐らくリンナの推測は当たっているのだろう。最高級の隷属の首輪でさえ、装着者の行動を生涯縛れるほどの効力は無いのだ。
「そういえばロイドの奴隷研修も終わったって聞いたなぁ」
「ロイドさん……ですか?」
聞き覚えの無い人名に五郎が首を傾げた。
「元“グリーンフォース“の傭兵だ。今は” 不滅の勇士団“の新入りだな」
ロイドは神器の槍“無限の鉾”を所持する凄腕の槍使いだ。
ヨアバルグ要塞攻防戦でロイドはエドガーに敗れて降伏した。捕虜となったロイドは俺たちの団に入る事を強く希望したのだ。
ロイドとの戦いの勝者であるエドガー、怪盗バルムント改めシュオウ、“疾風“のフェル、“氷壁”の元冒険者コンビ、ニコラスやレアたちも、かつては俺たちの敵であり、軍門に下る際には隷属の首輪を装着させて様子見をしていたものだ。
ロイドもその例に漏れず隷属状態による研修期間を設け、エドガーたちと適当な依頼をこなしていた。そしてついに先週、副団長エドガーはロイドの性格と実力に問題無し判断して隷属状態から解放させたのだ。
ロイドの隷属期間は三ヵ月ほど。隷属の首輪の性能にもよるが、余程重い罪状をもって対価としない限り、その程度の制約期間が限界だろう。
むしろ、聖教国はどうやって勇者たちを縛り続けているのか、その点が疑問であった。奴隷は一応相手の了承を得ない限りは契約できない仕様だ。しかし、五郎本人には契約を結んだ時の記憶が無いと証言している。
(聖教国……色々と不気味な国だな)
貧困した国を無償で救う事もあれば、お布施だと言って病人たちから大金をせしめる教会もある。危険な思想を持つ国の軍隊や傭兵団を壊滅させることもあれば、勇者を派遣して戦争を早期終結させたりもする。
(ん? その点は若干おじさんと似た思想なのか……?)
偶々か、なにか理由があるのか……聖教国も一枚岩では無いだろうし、その辺りの事情は考えてもよく分からん。
「それで、五郎は今後どうするつもりなんだ?」
「皆さんが宜しければ、このままパラデイン王国で暮らし続けたいと思ってます。これでも一応元勇者ですし、僕も力になれると思うんです!」
「そいつは頼もしいな!」
実際、五郎のスペックはかなり高い。
そこそこ闘気の量もあり、さすがに俺ほどでは無いが頑丈な身体を持つ。そして何より、俺たち天然の転生者とは違って膨大な魔力を保有しているのだ。
五郎は防御に長けた土の神術を得意とするそうで、防衛時には非常に役に立つ存在だ。また、【豊穣】の神術によって畑の収穫量を増やす事さえも出来る。
枷が完全に外れた今、その力は益々強大なものとなるだろう。
五郎はこの後、改めて王城に出向いてこの件を報告するつもりらしい。その際、なにか適当な仕事を貰ってくる考えのようだ。人材不足の我が王国で神術士の価値はかなり高い。きっと優遇してくれることだろう。
俺は五郎たちと別れ、新たに建てられたケルベロス内の住居へと帰宅した。
7月下旬、本日は真夏の晴天であり、ケルベロス郊外の気温は非常に蒸し暑かった。
そんなクソ暑い中、俺はある者と対峙していた。
赤い武装で身を固めた少女。“業火“の二つ名を持つ傭兵公女、カロライナ・ラズメイである。
カロライナは不敵な笑みを浮かべながらも、鋭い視線をこちらに向けていた。
「さぁ、行くわよ……“双鬼”!」
深紅の柄の槍を構えたカロライナがこちらに突撃してきた。
(速い!?)
想像以上のスピードに俺は少し反応を遅れ気味に双剣で防御した。地に付けた両の足がほんの僅かだけ後退する。
「私の一撃を正面から受け止めた!? やるわね!」
「そっちもな!」
初動が遅れたとはいえ、俺が押されるとは思わなかった。
だが、こちらはまだまだ様子見の段階だ。
「ふん!」
「っ!?」
両腕に力を込めて双剣で押し返す。
こちらのパワーに警戒したのか、カロライナは咄嗟にバックステップし、一度距離を取る。
「その剣、なかなかの強度ね。私の“神槍ライナグリス”でも貫けないなんて」
「その名……やはり神器か」
どんな性能があるのか知らないが、見た目からしても異質な深紅の槍で、通常の武器とは到底思えない程の煌びやかさを兼ね備えていた。
「安心しなさい。決闘と言ってもここは戦場ではないわ。神槍の能力も神術も使うつもりはないわ」
カロライナは優秀な闘気使いであると同時に火の神術士であった筈だ。神術を封印するという事はカロライナの実力が半減するという意味でもある。
「それはこちらを舐め過ぎじゃあないか?」
「侮るつもりは無いわ。でも今回私は勝利に拘るよりも貴方の実力が知りたいのよ。あの“白獅子”を討った実力……見せてもらうわ!」
そう宣言するとカロライナは深紅の槍を超高速で突いてきた。
双剣の間合い外からの連続刺突攻撃に俺は防御を強いられる。
(この戦い方……あの白獅子の爺さんにそっくりだな)
もしかして同じ流派なのだろうか? だから白獅子を討った俺を意識しているのだろうか?
その答えはカロライナ自身が語ってくれた。
「“白獅子”ヴァン・モルゲンは私の師匠よ。尤も、私が槍を習ったのは幼少期、それも僅かの間だったけれどね」
「つまり……敵討ち、か?」
「そんな気は毛頭ないわ! 貴方は戦場で師と遭遇して敵将を倒しただけ。仮に私が傭兵として戦場で師と出くわしたとしたら、命を懸けて戦う所存よ!」
「なるほど……根っからの傭兵だな、お前は」
会話を繰り広げながらも、俺はカロライナの連撃をさばいていく。力を込めて一撃一撃をさばきながら槍越しにカロライナの腕にも負荷を与え続けていく。
そして徐々に相手の間合いを縮めていった。
「くっ! なんてパワー……!」
「槍使いは俺の天敵なんでね。対策には余念がないんだ」
カロライナほどの上手い槍使いだと、どうやっても初めは守勢に回らざるを得ない。だが、大抵の劣勢はパワーが解決してくれる。
(あまり本気でやると神器を壊しかねないから注意しなきゃな)
流石に神槍とやらを壊したら彼女が可哀想だ。あちらは神器の能力と神術を封印したまま配慮して戦ってくれている。そんな中で神器をぶっ壊したら一生恨まれそうだ。
数分間斬り合い、いよいよ疲労が出たのか、先に音を上げたカロライナが後方へと下がる。
その隙を見逃さず、カロライナが下がる以上の速力でもって、俺は前へと突っ込んでいった。
「そう来ると……思ったわ!」
あちらも俺の行動を読んでいたようで、槍で払おうとしてくる。前傾姿勢中の今の俺では防げないと判断したのだろう。
だが、俺はもとより避けるつもりも防ぐつもりもない。
俺は左手の剣を手放すと、こちらに迫りくる槍の穂先少し下の柄部分を掴み取った。
「なっ!?」
「そりゃあ!」
相手の武器を掴み取り、カロライナごと力任せに引き寄せる。
最後は残った右手の剣で相手の首元に刃を突き付けた。
「これで決着だ」
「くっ……!」
勝利には拘らないと言いつつも悔しそうな表情を浮かべるカロライナ。
「……参ったわ。流石に神術抜きじゃあ分が悪いわね」
「誇っていい。槍だけでも当時のヴァン・モルゲンより確実に強かったぞ」
「それは嬉しい誉め言葉ね。素直に受け取っておくわ」
カロライナは笑顔を見せると俺が手放した剣を拾って返そうとした。
それを見た俺は慌てる。
「待った! その剣に触るな!!」
「え? な、なによ?」
俺の強い剣幕にカロライナは不機嫌になった。
「ちょっと剣を拾って返そうと思っただけじゃない。なにもそんなに声を荒げなくても……」
「いや、その剣……迂闊に刃で手を傷つけると、ちょっと不味いんだよなぁ」
「え!? もしかして毒? ……いや、この剣も神器? 触れたら不味い神器……まさか!?」
カロライナがギョッとした表情を浮かべながら俺の剣――“魂魄剣”を凝視した。
「三神剣の生物特効……“魂魄剣”!?」
「知っていたか……」
「詳しい能力までは知らないけれどね。その魔剣の使い手と会ったらすぐに逃げろと、お父様に教わったわ」
流石は傭兵。引き際は弁えているようだ。
俺だって“神器の無効化”という特性がこの身になければ、即ガン逃げするレベルの恐ろしい魔剣だ。
「むしろ、そんな恐ろしい剣で私と斬り合っていたの!?」
カロライナが半眼でこちらに抗議の視線を向けてきた。
「安心しろ。俺が持っている時はただの頑丈な剣だ。ほら」
俺は分かり易く解説する為、魂魄剣を拾って自分の指を軽く切ってアピールしてみせた。
「……どうやら本当のようね」
「ああ。だが、他の者が剣を持って刃で傷つけたら死ぬから注意しろよ」
「もう、それは武器ではなく呪物の類よ。私の神槍も大概だけれど、流石は伝説の三神剣……恐ろしいまでの性能ね」
カロライナはゴクリと唾を飲み込んだ。
「カロライナさん! お見事です! 次は私と決闘してください!」
俺たちの戦いを見学していたソーカが駆け寄ってきた。
今回、わざわざラズメイ公女が手合わせをしにパラデイン王国に来訪すると聞きつけて、ソーカもこの場に居合わせていたのだ。
他にも“不滅の勇士団”の主要メンバーとカロライナのお供で同行していた“薔薇輝石”級傭兵団“グローリーブラッド”の傭兵たちも見学していた。
「まさか……カロライナ様を負かすとは……」
「しかし、カロライナ様は敢えて神術を使われなかった。負けても当然だ!」
「そうだ! その分のハンデがある! 大したことないさ!」
「じゃあ、お前。神術抜きの闘気だけでカロライナ様に勝てるか?」
「「「「…………」」」
今回は親睦を深めるという意味合いもあり、どちらも全力を出さなかったが、それが却って不完全燃焼となり、傭兵たちに不満を与える形になってしまったのだろう。
そこへシェラミーが口を挟んできた。
「見学だけってのもつまらないでしょう? どう? 私と模擬戦でもしてみないかい?」
「……良いだろう! “グローリーブラッド”の実力、お見せしよう!」
シェラミーだけでなく、エドガーやロイドたちも、それぞれ相手を見つけて勝手に模擬戦を始めてしまった。
「やれやれ……これじゃあ収拾がつかないわね」
「なんかスマンな。うちは血の気が多い連中ばかりなんだ」
「それはこっちも同じよ」
カロライナは俺と雑談しながらもソーカとの決闘に向けて準備運動をしていた。
「あ、そうそう。決闘と言えば……。貴方、タオカオ闘技大会に参加するつもりはない?」
「タオカオ闘技大会……?」
何度か耳にしたことがある大会だ。
やれ「俺は大会で入賞したことがある!」だの、なんだの……誰が言っていたっけ?
「三年に一度、カウダン商業国の首都タオカオで開催される武術大会よ。各地から腕自慢や様々な流派の使い手たちがやって来る由緒ある大会よ」
「ほぉ? そんなものがあるんだな」
「あ! 私、知ってます!」
流石はバトルジャンキー。ソーカはその大会を知っていたようだ。
「今年は私も参加しようと思っているの。どう? 貴方も出てみない?」
「うーん……大会かぁ……」
「是非、出ましょうよ! 師匠!」
ソーカはやる気十分のようだが、一方で俺は……どうだろう?
(闘技二刀流剣術の名を売るチャンスか? いや、でもなぁ……)
当時は「俺が興した新流派……カッコいいかも!」といった軽い気持ちで作り上げた闘技二刀流剣術だが、最近は色々と多忙で碌に剣を教えていない。
(いや、元から碌に剣を教えていなかったな)
そんな俺が大会に出て名を売って門下生を集めてもいいものだろうか?
「あー、そうそう。私は興味が無かったから裏取りまではしていないんだけれど……」
カロライナは今思い出したと言わんばかりの表情で俺に語り掛けてきた。
「これはあくまでも噂話なんだけれど、なんでも今年の優勝者の賞品は神器の剣らしく、しかも……三神剣の一振りじゃないかって話よ」
「え!?」
それは聞き捨てならない噂話だ。