131 敗軍の将たち
「これはこれは……ようこそ、おいでくださいました。スズキ辺境伯様」
俺が領主館に顔を出すと文官らしき男が笑顔で出迎えてくれた。
「どうも。俺のことはケルニクスと呼んでくれ」
「はい。ケルニクス辺境伯様」
男は恭しく頭を下げた。
俺が訪れたこの地は、新たに誕生したキマイラ州の州都と定められた大きな街だ。元はゴルドア帝国の貴族が治めていた土地の領都である。
ちなみにその元領主はブラッツ侯爵という名らしく、帝国の軍務副大臣を務めていた大貴族だったそうだ。
だが、そのブラッツ侯爵はパラデイン王国との戦争中、何者かの手によって暗殺されてしまったらしい。シノビ衆の調査によると、どうもその暗殺者は“暗影”の手の者だったらしく、ブラッツ侯爵と裏組織である“影”が裏で手を結び、帝国内で色々と暗躍していたそうだ。
贈収賄に詐欺、部下に殺しや盗みもさせ、薬物売買や違法奴隷にも手を染める……とんでもない大悪党であった。
そういった理由から、パラデイン王国は犯罪に関わっていたブラッツ侯爵家とその派閥貴族全員を拘束した。彼らは追放処分または実刑処分とし、領地も全て没収となった。
その為、現在この地の領主が不在である事から、新たな領主改め州知事として、俺に白羽の矢が立ったのだ。
(いきなり領地を治めろって言われてもねぇ)
当然、そんな頭を使うような仕事、俺には無理だ。
そこで代官として有能な文官を付けてくれる事になり、それが目の前の男であった。
「ご挨拶が遅くなりました。私は閣下の代わりに内政を務めさせて頂きますトロム・メービンと申します。至らぬ身ですが、全身全霊務めさせて頂きますので……」
かなりへりくだったトロムの長い挨拶に俺は苦笑いを浮かべた。
「えっと……トロムさん、だったか? そんな肩肘張らないで、もっと気楽にやってくれよ」
「そ、そんな訳には参りません! 大恩ある閣下の代官を任されたというのに、手を抜くなどと……!」
「……恩? 俺、あんたに会った事あったっけ……?」
全然記憶にないのだが……
俺の問いにトロム代官は首を横に振るった。
「いえ、初対面で御座います。ですが、閣下は我が父と一族の命をお救いくださいました」
「父? 一族……?」
「ヨアバルグ要塞の司令官であるメービン元帥です。ダラス・メービンは私の父です」
「ああ……!」
そこまで言われて、何故トロムが俺を慕うのかがようやく分かった。
話は少し前に遡る。
大戦終結後、パラデイン王政府はやる事が山積みであった。
その仕事の一つが捕虜たちの扱いを決める事である。
捕虜の大半は好条件を提示したパラデイン王国の兵士に志願した。また、戦うのが嫌だと言う者にも、パラデイン国民として再起するチャンスを与えた。
だが、一部の者たちは我が国に恭順する事を拒み続けていた。祖国への忠義が高い優秀な将校ほど、特にその傾向にあったのだ。
敵将とはいえ、そんな有能な将校たちを牢の中で死蔵させておくなど、人員不足に陥っているパラデイン王国的にはありえない。なんとかこちら側の陣営に引き込もうと努力するも失敗。
これまでは文官たちに交渉を任せてきたが、あまり色よい返事は貰えなかった。
そこで、こちらもしっかり準備して、交渉に本腰を入れる事にした。
とある日、俺は捕虜となった敵国の将校たちを一つの応接室へと集めた。
「……我々を一堂に集め、一体どういうつもりだ?」
そう疑問を呈したのは元イデール独立国元帥、モルセイ・ベルモントである。
ベルモント元帥はサンハーレの乱直後、俺たちの元へ最初に攻めて来たイデール軍を指揮していた男である。第一次サンハーレ防衛戦では、なかなか肝を冷やされる場面もあり、そこそこ覚えている。
逆に、第二次サンハーレ防衛戦を指揮していたイデール将校は無能であった。その無能将校が敗戦濃厚な味方への撤退指示を出すのが遅すぎて、敵味方に大量の被害を出してしまった。
その点で言うと、同じく敗れたベルモント元帥は引き際を弁えていた。無様な醜態は決して晒していない。敗軍の将ではあるが、兵法をきちんと学んでいるようで、ぜひ軍に欲しい人材だ。
俺は先ほどのベルモンド元帥の問いに答えた。
「勿論、交渉をする為だ。あんたらをこのまま牢の中で飼い殺しにするのは非常に勿体ない。今後は是非、パラデイン王国の為に働いてほしい!」
俺がそう告げると一人の男が食って掛かった。
「くどい! その話なら断った筈だ! 我が忠義の向かう先は皇帝一族のみである!」
ハッキリとそう宣言したのは帝国軍の“猛将” ダラス・メービン元帥である。
メービン元帥は俺たち“不滅の勇士団”が陥落させたヨアバルグ要塞の総司令官を務めていた老兵だ。それと同時にティスペル侵攻軍の最高責任者でもあった。
メービンは老獪な戦術を用いる切れ者で、更には彼自身も雷の神術使い兼闘気使いという凄腕の老戦士でもある。これは是が非でも欲しい人材だ。
「……同感だな。そう易々と主君は変えられん。私は王家とリューン王国に忠誠を誓った騎士だ。その誓いを破る訳にはいかん」
今度は飛竜騎士団のランドナー団長が発言した。
ランドナーは実際に剣と槍を交えた経験があるので、戦士としての実力も十分身に染みている。更には空を駆る飛竜騎士の指揮官……それだけでも、彼の存在価値は非常に高い。
ランドナーを口説ければ、同じく捕虜になっている部下の飛竜騎士たちも従えられる筈だ。
「そうだ! 我々は栄えあるリューン王国の将校だ! 敗れたからといって、他国の軍門に下る事は無い!」
「…………」
ランドナーと同じくリューン王国に忠誠を誓った身であるケオン・スン将軍が気炎をあげた。その彼の隣ではリューン艦隊の将であるストレーム提督が難しい表情のまま沈黙を貫いていた。
二人の将校は大戦時、サンハーレ上陸作戦を決行した指揮官だ。だが、ネスケラの悪辣な罠に嵌りサンハーレ内に閉じ込められ、あまり活躍の機会が得られないまま捕虜の身となった可哀想な人らだ。
だが、二人の実力と評判はリューン王国兵の捕虜から聞いていた。
やや脳筋で考え無しの性格であるスン将軍だが、それでも部下の兵士たちからは慕われているようで、闘気使いとしての実力も申し分ないそうだ。
また、降伏する際も引き際だけは見誤らなかったので、完全に猪突猛進な将校という訳でもないようだ。
一方、ストレーム提督はスン将軍とは真逆の冷静沈着な男だ。
これまでリューン海軍を牽引してきたベテラン将校で、華々しい戦果こそ無いが、大きな負け戦はこれまで一度たりともない。
“無敗のストレーム”という異名が付くほどの、地味だが優秀な将校だ。
そんな真逆の性格である二人はセットで欲しい!
他にも味方に引き入れたい捕虜は多数いるが、まずは頭である彼らからアタックだ。
「あ~、まずは一度、俺の話を聞いてくれ。というか、これが最後の交渉になる。これ以降は諸君らと一切交渉をしない予定だ」
「……それは脅しか? なんと言われようと、私は――――」
「――――いや、違う。別に言う事を聞かなければ処刑するぞって話じゃない。だが、俺の最後のスカウトに応じる気が無いようなら、これ以上タダ飯喰らいを養うつもりもない。ここから出て行ってくれ。忠誠を誓った祖国に帰ってくれても別に構わない」
「「「――――っ!?」」」
俺の発言に将校たちは目を見開いて驚いた。
「な、ならば! 即刻、帝国に帰してもらうか!!」
急に立ち上がり興奮しながら要求してくるメービン元帥の姿に俺は苦笑しながらも返答した。
「まぁ、落ち着けよ。言っただろう? まずは俺の話を聞いてくれと……。流石に全く聞かずに帰す訳にはいかないな」
「……いいだろう。無駄だとは思うが……話を聞かせてもらおうか?」
再度椅子に腰をかけるメービン元帥。
俺は頷いてから口を開いた。
「あんたたちには外の情報を大まかにしか与えていなかったと思うが……先の大戦ではリューン王国が降伏し、パラデイン側が勝利した」
俺の発した言葉にリューンの各将校たちは一瞬顔を顰めるも、大人しく座ったまま話を聞いていた。流石にそれくらいの情報は既に耳にしているのだろう。
「それによりイデール独立国、グゥの国の領土は完全にパラデインの支配下となり、リューン王国、ジオランド農業国、ゴルドア帝国領も一部併合している」
「――――っ!?」
この説明に一番衝撃を受けていたのはベルモント元帥だ。祖国が敗戦したのは知っていても、国が丸ごとパラデイン王国領に飲み込まれた事実までは知らされていなかったようだ。
「ジオランド農業国内ではまだ内戦も続いているが、今のところ大陸東南部の情勢は落ち着きつつある。平和到来ってやつだな。だが、平和になったのはいいが、パラデイン王国の国土が一気に増えた事により、どこもかしこも人手不足なんだ。だからあんたたちの力を貸して欲しい」
人手不足の理由の一つとして、無能な貴族や権力者たちを次々に排除していった事も要因ではあるのだが、それについては黙っていた。彼らの殆どは貴族の出なので、変に突いて藪蛇はご免である。
「ふん! 我らは政治家ではなく軍人だ。平和になったのなら、それこそお役御免であろう?」
メービン元帥が皮肉交じりに尋ねてきた。
「その平和を維持するのにも軍隊は必要だ。領土も広くなったわけだしな。それに……新たに手に入れた領土の民たちからすれば、俺たちは元敵国の軍人……侵略者だ。戦争で家族を失った者にとっては仇そのものだろう? その点、代わりにあんたたちが矢面に立ってくれれば、そこまで目くじらも立てられないと思うんだ」
先の大戦では戦いの規模に対して死傷者は驚くべき程少ない。だが、決してゼロではないのだ。
犠牲者の遺族たちはパラデイン王国やその軍人たちを恨むだろう。捕虜からパラデイン兵に志願した者も、心の中ではどう思っているのか知れたものではない。
そこで元敵対国の将校や士官を軍に取り入れる案が浮上したのだ。
不満を持つ民や兵士たちも、同郷の者が軍の将校や士官になれば、ある程度は鬱憤も晴れるのではないだろうか? その観点からも彼らには是非とも協力して欲しい。
「我らを誘う理由は理解したが、それで我々には一体なんのメリットがあるのだ? 祖国を裏切り、敵に屈した将校として、ただ生き恥を晒せとでも?」
リューン王国の海軍将校、ストレーム提督が質問してきた。
「メリット、と言われると困ってしまうが……報酬はそれなりだし、パラデイン王国将校となれば、今の情勢なら地位も高いと思うが?」
少し前までならば、新興の弱小国家であるパラデイン王国将校と、彼ら大国の将校とでは立場も待遇も違ったが、今は逆転現象が起きている。戦勝国の将校ともなれば、同じ役職でもこちらの方が名実ともに上なのだ。
ストレーム提督に代わり、今度はスン将軍が吠えた。
「損か得かの話では無い!! 私は長年リューン王家に仕えてきた名門スン家の末裔だ! 陛下を裏切り、パラデイン女王に寝返るなどと……!」
「裏切りにならない……としたら?」
「……なに?」
疑問を浮かべるスン将軍に俺は答えず、返答の代わりにすぐ横にある控室の扉を開け、中にいた人物を応接室に招き入れた。
その男が姿を見せるとリューン将校たちは揃って驚愕の表情を見せた。
「ば、馬鹿な!?」
「相変わらず声の大きい男よ。だがスン将軍よ。貴様の忠義、余は嬉しく思う」
「へ……陛下!?」
「何故、陛下がこんな場所に……!?」
俺がゲストとして呼んだのは第十四代リューン国王、ニカ・リューンその人である。その護衛として、飛竜騎士団団長代理のレギンソンも同行していた。
突然の成り行きに他国の将校たちが唖然とする中、リューン将校たちは床に跪き頭を垂れた。
「陛下……。此度は我らが不甲斐ないばかりに……っ!」
ランドナー団長が心底申し訳なさそうに、声を震わせながら謝罪を述べ始めるも、それをリューン王は遮った。
「よせ。今はそういった話し合いをしに来たのではない。戦後処理で余の方もかなり忙しい。なので、簡潔に用件だけ話す。ランドナー団長、ストレーム提督、スン将軍よ。出向という形だが、一時的にパラデイン軍の将校とならんか?」
「「「なっ!?」」」
王の耳を疑う発言に三人の将校たちは動揺した。
「お、お待ちください! 王は……我らを王国に不要だと……そう言われるおつもりですか!? 確かに我らは不覚を取りましたが……それは、あまりにもご無体な――――」
「――――違う! 余を見くびるなよ? 一度敗れた程度で貴様ら有能な軍人を手放す訳なかろうが! 当然、それなりの理由がある」
リューン王はスン将軍の言葉を遮ると、その理由を説明した。
「貴様らも既に知っていようが、我が国は敗北した。それも完全敗北だ。今は同盟国として扱ってもらってはいるが、本来ならば王家を解体され、併合されても文句を言えん程の立場なのだ」
「なぁ!? そ、そこまで……」
「陛下…………」
リューン王の衝撃的な告白にリューン将校たちは目に涙をにじませた。
「我がリューンは敗北の代償という形で、モレア港とその一帯の領地を差し出した。かなりの痛手だが、それでも王国を存続できるのだからマシな部類だ」
これにはリューン将校だけでなく、イデール将校であるベルモント元帥も苦渋の表情を浮かべながら反応した。
何故なら、彼の祖国は完全に無くなってしまったのだから……
「だが……我らリューンは長年、軍事国家として周辺地域一帯を総べてきた国だ。当然ながら、民たちにもプライドがある。そんな土地を国民ごとパラデイン王国に売り渡した愚王……それが余に対する市井の者どもの今の評価だ」
「そんな……馬鹿な!?」
「王は決して、民を見捨てたわけでは……!」
「無論、余もそのつもりはないが……中にはそういった考えの捻くれ者もいる、という話だ。そんな連中が暴走して、統治しているパラデイン軍人や政治家どもに手を上げて見ろ。最悪、再び戦となり、今度こそリューン王国は滅びてしまう。そんな事態は極力避けたいのだ」
リューン王の言葉に将校たちはハッと気付かされた。
「つまり……我らがパラデイン王国とリューン国民との間に入り、民たちのガス抜きをせよ、という事でしょうか?」
「うむ。まぁ、そんなところだ。だが、そんな時間は掛からないだろうよ。パラデイン王国が誠意ある統治を行い続けていれば、だがな」
リューン王はこちらに釘を刺すかのような発言をしながら俺の方を見た。
「任せてくれ。自国や同盟国の民に無体は働かないさ」
「「「…………」」」
リューン王の説得にランドナー団長たちは黙り込んでしまった。
代わりに、今度はベルモント元帥が質問してくる。
「イデール王家は……陛下はどうされたのか?」
「悪いがイデール王家は独立国を併合した際、伯爵家へと降格させた。あんたたちの国がこちらに敵対してきたのはこれで二度目だからな。こちらの和平案も長い間拒み続けてきた。それに……あんたの目の前で言うのもあれだが、イデール上級貴族たちの腐敗はハッキリ言って酷い。犯罪に手を染めていた貴族家は軒並み処分されている」
「そうか…………」
ベルモント元帥は少しの間考えた後、俺にこう言った。
「一度、家族に会いたい。その後、返答をする……それでは駄目だろうか?」
「ああ、構わない。別にこの話を断ったからと言って、あんたやその家族に不利益になるような真似はしないと誓おう」
「……感謝する」
どうやらベルモント元帥は少しだけ前向きに検討してくれるようだ。
さて、最後に残ったのは……
「メービン元帥。あんたにも会わせたい人がいる」
「なに? 私に……? まさか皇帝陛下を拉致した訳ではあるまいな?」
「おい。別に私は拉致されて来たのではないぞ?」
横でリューン王がメービン元帥に苦言を呈していたが、俺はそれを聞き流し、再び隣の控室からゲストを呼んだ。
「貴方……ご無事で!」
「ラナ!? お前が……どうしてここに!?」
それはメービン元帥の妻、ラナ・メービンであった。
「貴様! よもや妻を人質に交渉するつもりだったか!!」
「ちょっ!? そ、それは誤解だ! むしろ逆だよ!」
俺が慌てると、すぐにラナが割って入った。
「そうよ、貴方! 私たち一家はパラデイン王国に助けてもらったのよ!」
「なに? ど……どういう事だ?」
困惑するメービン元帥に俺は事情を説明した。
帝国領へ侵攻後、俺たちパラデイン軍は対リューン戦へとシフトしていたが、その間に帝国内では色々な事が起こっていた。
隣国であるコーデッカ王国、ザラム公国の侵攻、そのどさくさに紛れてジーロ王国の侵攻など……
国外勢力への対処にも追われたが、一番厄介であったのが国内での勢力争いであった。
帝国は皇帝を中心とした絶対支配体制であったが、そのすぐ下になると、誰がNo.2、No.3の席に座るかで揉め、貴族たちは権力闘争に明け暮れていた。
その最たる野心家、ブラッツ侯爵は何者かに暗殺されたが、その空いた席に就こうと色んな貴族たちが更に暗躍し始めた。信じられない事だが、他国から攻められている情勢下での出来事だ。
そのいざこざに代々皇室に仕えてきた軍事貴族の名門、メービン家も巻き込まれてしまった。当主であるメービン元帥が指揮する帝国軍が大敗し、彼自身も捕虜の身となってしまったからだ。
それを理由に他の貴族たちはメービン家を結託して攻め立て、一族を要職から外そうと試みた。
勿論、メービン一族もそれに抵抗し、元帥の兄弟や息子たちも尽力してきたが、業を煮やした貴族たちが実力行使に打って出たのだ。
”メービン元帥はパラデイン王国に内通しており、ヨアバルグ要塞を彼らに明け渡した”
そんなデマを流布し、元帥を断罪するという主張の元、貴族たちは私兵を使ってメービン家を襲撃する計画を企てたのだ。
なんともアホみたいな計画だが、驚いたことにそれは実行され、すんでのところでシノビ衆がメービン一族を保護した形だ。
メービン元帥を捕虜とした時点で、シノビ衆たちはその家族の調査に出ていたのだ。イデールから寝返ったホセ・アランド提督の時のように、元帥の家族も亡命を希望するかもしれないと予測しての行動であったが、それが別の形で功を奏したのだ。
結果、メービン一族はシノビ衆案内の元、パラデイン王国領内にまで避難する事に成功したのだ。
「なんと……! 少しは危惧していたが、まさかそこまでの事態に……!」
どうやらメービン元帥も家の立場が危険な状況である事を薄々ではあるが理解していたようだ。
だからこそ、彼は一刻も早く帰国したがっていたのだ。
「これであんたが帰国を急ぐ理由はなくなった。そして……このままおめおめと帝国に戻っても、やはりパラデイン王国と内通していたかと疑われるだけだろう。実際、帝国側からは捕虜返還の話は出てきていない」
「ぐぅ……そう、であろうな……」
メービン元帥も事ここに至って自らの立場を思い知らされたようだ。
いくら忠誠心があろうとも、彼のそれは一方通行なモノに過ぎない。メービン元帥は敵国に対して大敗を喫した敗軍の将である。今更帝国へと戻っても嘗ての栄光は見る影も無いだろう。
それでも尚、皇室への忠義を全うするのか、はたまた一族の安全を優先するか……
「……少し、考えさせてほしい」
「ああ、ゆっくり考えてくれ」
後日、ベルモント元帥とメービン元帥はこちらのスカウトに応じた。
「そっか。俺の代わりになる代官がメービン元帥の息子さんか」
「はい! ダラス・メービンの次男、トロム・メービンと申します! 浅学にして非才の身ですが、少しでも一族の恩を返したいと思っております」
「しかし……そんな立場の人がここで代官なんて大丈夫なのか?」
この地はまさに、権力闘争が巻き起こった帝国曰く付きの土地でもあった。
「はい! 着任時は周囲に警戒こそしておりましたが……パラデイン女王陛下の御采配で不埒な輩どもは悉く粛清され、今のこの街は以前と比べてだいぶ正常になりつつあります」
パラデイン王国では悪徳貴族に商人といった立場ある者の犯罪は、平民のそれよりも一層厳しく取り締まられている。食うに困っての犯行ならばお目こぼしもあるが、己の欲を満たす為だけの下劣な犯罪行為は、俺もステアも決して見逃しはしないだろう。
「そうか。政治の事は良く分からんから頼む。その代わり、実力行使が必要なら言ってくれ。俺が出るから」
「はい! あ、いえ、それは……兵士の役目では?」
あれ? 俺も一応軍属だけど……大元帥の出る幕ではない? そうですか……
どうやら初日から仕事がないようなので、俺は適当に街中を視察して回った。悪徳センサーを働かせ、数名の悪者を成敗してから俺は王都へと帰還した。