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130 論功行賞

 ケルベロス城、謁見の間――――



「これより、先の大戦における論功行賞を執り行います」


 そう宣言したのはロニー・コルラン宰相である。


 リューンとの終戦後も色々とごたついた為、ずっと先延ばしになっていた論功行賞をついに実施する事になった。


 謁見の間には女王アリステア・パラデインを始め、戦場や後方支援、内政などで活躍した者たちが一堂に会していた。



「スズキ子爵、前へ!」


「「「…………」」」


 暫く待つも誰も動こうとしない。


「…………あ、俺か」


 今思い出した。俺、ケルニクス・スズキであった。


 軍議の場では“元帥”呼びが常であったので失念していたが、こういった格式ある場においては未だに貴族の階級や家名で呼ぶ風習があった。


 まぁ、貴族やら平民やらの枠組みが無くなっていけば、その内呼び方も変わるかもしれないな。


 遅れて俺が一歩前に出ると、コルラン宰相が長々と口上を述べ、ステアからお褒めの言葉を頂いた。その後、実用性皆無の装飾が施された剣や大切な書類なども頂き、新たな貴族階級と役職を言い渡されてから俺は元の場所へと戻った。



 辺境伯と大元帥



 それが俺の新たな肩書きであった。



 元々子爵であった俺は順当に上がるのならば伯爵であったのだが、先の大戦での功績があまりにも大き過ぎたようだ。それでは他の陞爵予定者とも釣り合いが取れないという意見から、俺は二段階上がり新たな辺境伯となったのだ。


 なんでも辺境伯は侯爵と同じくらいに偉いらしいが、パラデイン王国では徐々に貴族の特権を減らしていき、将来的には爵位を完全撤廃する予定であった為、その爵位にはあまり意味がないのかもしれない。


 ただし、それはあくまでも遠い未来の話であり、依然として貴族社会が蔓延しているこの世界では、未だに平民は貴族から見下されてしまうのだ。なので、貰える爵位ならば黙って貰っておこう。


 また、爵位に付随して俺が治める土地も頂いた。


 どうやらそちらが本命だったらしく、俺の二段階陞爵はその為の布石だったようだ。その詳細な話はまたにしよう。



 肝心なのは役職である大元帥の方だが、パラデイン王国には元々、大元帥などという役職は存在しなかった。


 ただ、先の大戦では大勝利と言ってもいい戦果を挙げた為、各幹部や末端の兵士たちにも、それなりの褒賞を与える必要があった。褒賞は爵位や土地でも構わないのだが、それらを全ての兵に与えるのは不可能なので、手っ取り早い代用が昇進や金銭なのだ。


 そんな理由で俺は大元帥へと昇進。


 俺の昇進で空いた元帥の席には、これも褒賞として新たな三名を入れる事になっていた。



 まずは第一軍団長のオスカー・ハセガワ。彼は元帥へと昇進の上、爵位も子爵から伯爵へとなった。


 次にハーモン・アッシュ軍団長。彼は元グィース領兵団団長であり、俺たちとは長い間共闘してきた戦友だ。第二軍団長であるハーモンを元帥に置き、彼も子爵へと陞爵した。


 最後の元帥の席にはセイシュウ・アマノが選ばれた。セイシュウの爵位も伯爵から俺と同じ辺境伯となる。ただ、セイシュウの現在の役職は軍務大臣なので、今度はそちらが空席となってしまう。


 そこにはアマノ家家臣団の筆頭であるゴンゾウ・サカモトを置くことにした。


 ゴンゾウも結構な歳なので、現役を引退して後方へと回る事を本人が承諾したのだ。


「最後に面白い戦に恵まれました。拙者は満足です」


 ただ、ゴンゾウは完全に刀を置いた訳では無いらしく、暇な時間に若い剣士の鍛錬に付き合ったり、必要とあらば再び戦場に赴いたりもすると明言していた。


 あの爺さん、未だにシェラミーともガチで決闘しているらしいし……まだまだ元気そうである。



 空席になったのは軍務大臣だけではない。オスカーとハーモン両軍団長が元帥となった為、第一、第二軍団長にも新たな人材を埋める必要があった。



 新たな第一軍団長の座にはオスカーの元腹心であったアミントン大隊長が抜擢された。


 アミントンは元々、大隊長ながら軍団長代理として第四軍団を運営してきた実績がある。それに第一軍団には元サンハーレ領兵団の兵士も多く、アミントンとも当然顔馴染みだ。彼が適任だろう。



 さて、そうなると今度は第四軍団長の席が空いてしまう。人事も中々大変だ。



 新たな第四軍団長にはジェイソン・フリーエンという平民が選ばれた。アミントンの推薦である。


 ジェイソンは旧ティスペル王国騎士団の一員で、彼自身は爵位を持っていなかったが上級貴族家の末裔だ。しかし、ティスペル王国滅亡と共に彼の実家も没落し、今では家族全員が平民階級へと成り下がった状態だ。


 ジェイソン自身は貴族家の出でありながらも、これまで平民に対して平等に接し、剣の腕も達者で任務も忠実に熟す男だと周囲の評価がかなり高かった。


 そこに第四軍団長代理であったアミントンが目を付け、ジェイソンを中隊長兼副官として今まで重宝してきたそうだ。


 そのアミントンの評価をステアも信じ、ジェイソンを叙爵させて男爵にし、新たな第四軍団長を任せる事になった。



 さて、順番が飛んだが、今度は第二軍団長だ。


 第二軍団の長にはブライス・ターナーという男が就いた。


 ブライスは元キンスリー領兵団団長であり、マテル・キンスリー元伯爵の腹心でもあった。ティスペル王国滅亡と共にキンスリー家は二段階降格処分を甘んじて受け入れ、男爵家にまで下がった。マテル自身も当主の座を降りて、今は防衛大臣としてステアに忠義を尽くし励んでいる。


 その折、キンスリー領兵団も解体され、パラデイン王国軍に組み込まれた。当然、ブライスも団長職を解かれ、王国兵士の士官として勤めていた。


 そこからの地道な努力と実績が評価され、ハーモンの後任となった形だ。



 どちらの新軍団長も、実績も勿論なのだが、それよりも人格の方を重要視していた。パラデイン兵士の中には元貴族家の出と平民も混じっており、今後は他種族だけでなく、敵国捕虜などもどんどん組み込まれていくだろう。


 兵の出自にいちいち目くじらを立てるような士官や将校は、パラデイン王国には不要なのだ。



 これで空席だった軍団長は埋められたが、今度は別の問題も生じている。


 支配領域が広くなり、捕虜も積極的に取り入れてきたので、軍事力が拡大していったのだ。従来のままの四軍団だけだとキャパオーバーで、新たな配属先である第五軍団を創設したのだ。


 第五軍団には今後、元帝国領に駐屯してもらう為、それ相応の実力が求められた。


 その軍団の責任者にはイヴレフが選ばれた。


 俺が連れてきた犬族の獣人、金級上位の傭兵団“蒼のハウンド”の団長である。


 イヴレフならば実力もあるし指揮能力にも優れているので、軍団の運営もそつなく熟すだろう。


 唯一の問題点と言えば、イヴレフや一緒に配属となる団員たちは全員獣人であり、同僚となる兵士や元帝国民たちがどう反応するか……ま、そこの統治者がなんとかするだろう。


 なんと、その元帝国領を治める統治者とは他でもない、新たな辺境伯となった俺でした。


「ま、どうとでもなるか」


 問題が起こったら話し合いで解決すればいいじゃない。


 それで無理なら殴り合いに発展するかもだけど……それはそれで良し!



 纏めるとこんな感じだ。




 大元帥 ケルニクス・スズキ


 元帥 オスカー・ハセガワ

    ハーモン・アッシュ

    セイシュウ・アマノ


 第一軍団長 アミントン・ケネディ(昇格)

 第二軍団長 ブライス・ターナー(昇格)

 第三軍団長 ジール・コルラン(継続)

 第四軍団長 ジェイソン・フリーエン(昇格)

 第五軍団長 イヴレフ・ファング(新規配属)




 ちなみに、軍団長は全員叙爵、或いは陞爵扱いだ。


 アミントンは子爵から男爵となった。


 アミントンは元々平民の出だが、軍団長代理の際に男爵となっていた。


 その際、何処かで噂を聞きつけたのか、俺とネスケラに家名を考えてくれと頼まれたのだが、その時のリクエストが“偉大そうな名前”という事だったので……


「うーん……トクガワ?」

「ケネディ……かな?」


「…………ケネディで」


 ネスケラ案が採用となった。アミントンが暗殺されない事を祈ろう。



 ジール・コルラン第三軍団長だけは現状維持で軍団長のままとなったが、コルラン侯爵家の三男である彼自身には爵位がなかったので、新たに男爵の位を授けた。


 先の戦争ではあまりいい活躍が出来なかったと本人は落ち込んでいたそうだが、グゥからの侵攻を一時的にでも留めてくれたのは正直言って助かった。そこはキチンと評価された形だ。


 本人も爵位を授かって喜んでいた。




 陸軍だけでなく、海軍にも勿論褒賞を与えている。


 ゾッカ提督は海軍司令官という立場になり、子爵へと陞爵した。空いた提督の席にはホセ・アランド副提督がスライドで入る。


 ゾッカも大戦終結前には既に男爵となっていた。アミントンと同じく、俺とネスケラに家名のアイデアを求めてきていた。



「格好いい海の男風に頼む!」


「うーん…………ドレーク!」

「むむぅ…………ロジャー!」


「どっちも良いなぁ……。迷うが……ドレークだ!!」


 今度は俺の案が採用された。あんまりよく覚えていないが、確か前世の有名な海賊の名前だった気がする。ドレークさん。


 ネスケラ案のロジャーさんだと、何処かに全てを置いてきた後に絞首刑にされそうなのでゾッカも良かったね。



 シュオウやハガネも海戦で活躍したのだが、彼らは金銭だけ受け取り、爵位などは全て辞退した。クロガモもそうだが、シノビ衆たちはあまり表舞台に立とうとしないのだ。シュオウも面倒な立場は御免だと言っていた。


 エドガーやシェラミーたち傭兵にソーカやフェルたち冒険者は、金と物は頂いても面倒な役職や爵位は避け続けていた。今の自由な暮らしに満足している様子だ。


(くそぉ! 俺だけ忙しくなって不公平だ!)


 代わりと言ってはなんだが、今回一番の立役者でもあるドローン使いのポーラには、ありったけの褒賞を与えて置いた。


 まず、ポーラは貴族となった。それも、いきなり子爵からである。


「ええーっ!? あ、あたしが子爵ぅ!?」


「はいですの。貴方の功績は素晴らしいですの。今後もパラデイン王国の一員として力を貸して欲しいですの」


 女王に直接言われてしまっては、元平民であるポーラには断れなかった。


 そして例の如く、俺たちに家名を考えてくれと泣きついてきたのである。


「普通の名前で!」


「普通? 普通って……なんだ? ヤマダ? タナカ?」

「うーん、それじゃあ……マシーナリー!」


「あ、それ良いね! マシーナリーで!」


 ネスケラ案が採用となった。マシーナリー……機械とかそんな意味だったか?


 それにしても、どうやら山田さんと田中さんは普通の家名じゃなかったようだ。



 更にポーラは子爵になっただけでなく、新たな空軍の責任者にもなった。


「ポーラ・マシーナリー子爵。貴方は今日からパラデイン空軍の空軍団長ですの」

「は、はいぃぃ……!!」


 ポーラはひれ伏しながら即答した。完全にイエスマンである。子爵になっても頭が低い少女であった。


 ちなみに、空軍は今のところポーラのみである。将来的には飛竜の育成か飛行機開発のどちらかを考案中だが、一朝一夕で立ち上げられるほど空軍は甘くはない。


 現状はドローンによる空の防衛能力のみであった。




 さて、今回戦争に参加した者だけでなく、その他にも様々な者たちが昇格、陞爵をしていた。


 まず、パラデイン王国創設以前から味方してくれていた貴族家も軒並み陞爵扱いだ。


 グィース家、フォー家、オレルド家、ゼレンス家は伯爵家に、ソーホン家、トラインセン家、それにキンスリー家も子爵家となった。


 各大臣たちや宰相、それと戦争には直接参加していなくても、女王の警護という大役を果たした近衛隊(マミー)たちにも褒賞が与えられた。


 ロニー・コルラン宰相は伯爵から侯爵になり、実家のコルラン家と爵位で並んだ。


 エータ・ヤナック近衛隊隊長も伯爵となり、家令であるヴァイセルも叙爵こそ固辞したが、役職の方は政務官から政務長官へと昇格した。


 後は新たな大臣職を設けた。



 まずは開発大臣


 こちらには当初、ネスケラかホムランが推されていたが、ネスケラの方は流石にキャパオーバーで、ホムランは自由を好むのか頑なに拒否し続けていた。


 その代役となって差し出された生贄が、元ドワーフ族長であるゴンゼ氏である。


「な、何故儂が……」


 ドワーフ族は面白い物を作ったりゲームで遊んだりする方に夢中であり、誰も面倒な書類仕事をやりたがらなかったのだ。


 多数決という平和的暴力の結果、族長が貧乏くじを引かされたのだ。


 大臣職であるゴンゼにも男爵が与えられた。



「儂にも、なんかドワーフっぽい名前を付けてくれ」


「「ドワンゴ」」


 俺とネスケラの声がハモった。


「……なんか適当につけてない?」


「「つけてない、つけてない」」


 族長はゴンゼ・ドワンゴとなった。



 次に交通大臣


 各街をつなぐ街道の整備や公的機関の乗り物の運営、それと水路の管理も一任されることになる非常に重要な役職だ。


 こちらには普段から行商で各地を移動し、地理にも明るい元商人、俺の狂信者でもあるテム・ラソーナに決まった。


 テムも男爵となり、ラソーナ一家は男爵家へと生まれ変わった。帝国時代では奴隷となって売られる寸前だったのに、とんでもないシンデレラストーリーである。



「ケルニクス様ぁ!! 私にも! どうか私にも、素敵なお名前を……!!」


「お前はもう家名があるだろうが!?」

「この人……怖い……」


 相変わらずな男である。


 まぁ、今後は交通大臣として方々を巡るだろうし、テムも忙しくて彼と会う機会は減るだろう。


 いやぁ、残念、残念。



 最後に衛生大臣


 こちらは満場一致でヤスミンに決まり、なんと彼女もいきなり子爵からのスタートとなった。戦場各地を回り、治癒神術で死傷者を激減させていた。今回の裏の立役者でもある。


 そこを評価されて叙爵と新たな役職を授けたのだが……



「……本人は来ないですの?」


「ひゃ、ひゃい! 申し訳ありません! 申し訳ありません……!」


 なんと、叙爵式には代理のシスターが寄越されていた。ヤスミンが何処かで拾ってきた治癒術士見習いの少女である。


 彼女の名前はセラといい、ヤスミンの治癒術の腕に惚れて、望んで同行していたようだが……今回の代理出席のように、ヤスミンから色々と無茶ぶりさせられる可哀想な子だ。


(まるで小動物のような子だな……)


 場違いであるのは本人も自覚しているようで、先ほどから震えながらも、ヤスミンが治癒で忙しくて来られない胸をなんとか女王に告げた。


「……仕方ありませんの。後日、新たな家名を提出するようヤスミンに伝えておくですの。それと、しっかり寝て休むようヤスミンに伝えるですの」


「は、はいぃいいい!!」


 セラはペコペコと何度も頭を下げながら退室していった。そこら辺はポーラと同類である。



 後日、そのセラが俺とネスケラの元へと訪ねた。


「あ、あのぉ……どうかヤスミン様の家名を考えるのを一緒に手伝って頂けないでしょうか?」


 どうやらヤスミンは家名を決める事すらセラに放り投げたようだ。


「……ヤスミン・ヤスメ」

「……ヤスミン・ネロ」


「ちゃ、ちゃんと考えてくださぁい!!」


 どうやらセラのお気に召さなかったようだ。


 しかし、なかなかいい案が浮かばず、結局俺の“ヤスメ”案が採用された。


 それでいいのか? ヤスミン・ヤスメよ……


 誰か彼女の頭を治してあげて……!




 大まかな昇格、人員配置はこんなところだ。


 あとは我がパラデイン王国の領土だが……グゥの国を丸々と、ゴルドア帝国領にジオランド農業国領、リューン王国領の一部を支配下に置いた為、そこを統治する新たな人材も必要であった。


 先にも触れたとおり、新たな辺境伯となった俺の配属先は旧帝国領である王国西部だ。


 領土の増えたパラデイン王国はこの機会に“州”という新たな領地の枠組みを設け、王国を全部で七つの領土へと区分けした。



 まずは王都周辺


 ここは正確には州ではなく、王直轄領となる。王領1の州6という計算だ。


 王領の責任者は当然、女王であるステア本人だ。サンハーレやグィース領も王領に含まれる。



 次に王領から北隣のティスペル州


 その名の通り、ティスペル街周辺地域を差し、州都もティスペルとなる。そこの最高責任者はオラード・コルラン。ロニー・オルラン宰相の兄が州知事として管理する事になる。コルラン領にキンスリー領もティスペル州領土内だ。



 ティスペルから更に北隣にあるグゥ州


 この地は旧グゥの国が丸ごとの範囲となっており、七つの州の中でも最大の領土を誇る。


 ただし、人口は少なく土地も荒れている。更にそこに住んでいる者の半数が蛮族で、弱肉強食の世界が広がっていた。


 そんな場所、誰も統治したがらないだろうと思っていたのだが、なんと名乗り出る者が現れた。


「その役目、私にお任せください」


 セイシュウである。


 武闘派で知られるアマノ家とその家臣団たちならば上手く適応できるのは?


 そういう考えもあり、アマノ家は辺境伯となって北の統治を任されることになった。シノビ衆や一部の人員を除き、アマノ家家臣団は北へと引っ越しだ。



 今度は南側へと移り、イデール州


 イデール独立国の領土を丸ごと州へと変えた。


 王家と国を解体し、パラデイン王国へと組み込んだのはいいが、やはり国民からも少なからず反発があり、統治の方はなかなか難しいと言えるだろう。


 イデール州は現在、代理の者に統治させている。こちらが選んだ元イデール政府の官僚を代行官とした。その代理に今後も統治を任せられるようなら継続するし、無理なようなら新たな人材を送る必要がある。今後も経過観察が必要だろう。



 次にヘルルク州


 旧ジオランド農業国の北沿岸部で、戦場にもなったヘルルク丘陵がある州だ。


 ここもイデール州と同じ状況で、現地の官僚に代理統治をさせている。


 隣接しているジオランド国内では未だに内戦が起こっている状況で、戦況次第では戦禍がヘルルク州にも飛び火しかねない。その為、ヘルルクにはブライス新軍団長の第二軍団を駐屯させていた。



 その東隣にあるモレア州


 ここは旧リューン王国領の北西部である。終戦後、沿岸部にある港町モレアを含んだ一帯をリューン王国が差し出し、パラデイン王国が支配下に置いたのだ。


 敗戦国の領土とあって、この地も難しい統治を求められるが、なんとここを統治したいと名乗り出た者がいた。


 その人物とは驚いたことに、元金級上位傭兵団“ブレイズハート”の団長であり、今は“不滅隊(グール)”の隊長でもあるブレットであった。



「ぜひ、私めにモレアをお任せください」


「……元傭兵である貴方に統治が行えますの?」


 ステアの疑問は尤もだ。


 傭兵に政治は無理なように思えるが……


「私は元々貴族の出です。ラズメイ大公国のハーカー男爵家、そこの四男として生まれました。統治に関する教育も幼少期に多少は受けております」


 ブレットの告白に周囲は少しだけざわつく。


(そういえば、ブレットたちは元々冒険者や貴族の出だって言ってたっけ?)


 しかし、まさかブレットがラズメイ大公国出身だとは思いもしなかった。


「貴族の四男の方が……何故傭兵に?」


 ステアの問いにブレットは答えた。


「ご周知のとおり、ラズメイ大公国は弱肉強食の苛烈な国です。貴族と言えども弱者は要らぬと切り捨てられるのが常。我が家も十年以上も前に、既に没落しております」


 なんと、貴族にとってもあの国には強さが求められるようだ。


(公女様自ら乗り込んでくるような国だしなぁ……)


「もうだいぶ前の話です。私と私の家が弱かっただけ……今はそう割り切っております」


「……貴方が貴族の出で統治に関しても素人ではない事は理解しましたの。でも、何故今になって内政に? 私は貴方たち傭兵団を戦力として非常に高く評価しておりますの」


 ブレット率いる“ブレイズハート”は、女王の護衛が任務の“金盞花(きんせんか)”と同様、パラデイン王国設立前から助力してくれていた傭兵団だ。団長であるブレットとエーディットの両名にも褒賞として貴族の位を授けていた。


「それが私の夢だからです! 傭兵となって実力を身に着け、貴族として返り咲き、新たな領地でハーカー家を再興させる……遂にここまで来たのです。陛下……何卒、私にチャンスを……!」


 なるほど……それがブレットの目標だったのか……


 わざわざ劣勢のサンハーレ勢力に味方したのも、傭兵としてパラデイン王国の力になったのも、全てこの時の為だったようだ。


「……いいですの。ブレット・ハーカー男爵、貴方にモレア州を任せますの。しっかりと統治し、王国とモレアの民に貢献するですの」


「ハッ! ありがとうございます! アリステア女王陛下!」


 ブレットは元貴族らしく、それは見事な臣下の礼でステアに返礼した。



 こうしてモレア州の知事にはブレットが就任する形となった。



 そして最後の州……



 旧帝国領はキマイラ州に改名して俺が統治する事になった。


 お気付きだろうが、キマイラと命名したのは俺である。


 王国民や帝国民、人族に獣人族、ドワーフ族にエルフ族など……平民貴族と関係なく平等に暮らしていけるよう……そんな願いを込めてキマイラと命名したのだ。



 ちなみにこの世界にキマイラなんて生物は存在しないので、聞きなれぬ単語に州民たちも些か困惑していた。




「なぁ? 新たな領主様の話……聞いたか?」

「ああ。あの“双鬼”が来るらしいぞ?」

「え!? 一人で要塞ぶっ潰したっていう、あの“双鬼”ケルニクスか!?」

「いやいや、一人じゃねえよ! 10人くらいはいたらしいぞ」

「それでも大概だろう……」

「そもそも”双鬼”は領主じゃねえべよ。州知事様って役職らしいべ?」

「……領主様とどう違うんだ?」

「…………さぁ?」


 うん、俺も知りたい。


 州民たちの噂話を盗み聞きしながら、俺は州知事の職場であるらしい領主館へと向かった。

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