129 大戦の後……
パラデイン王国とリューン王国を主とした大陸東部の大戦がようやく終結した。
リューン王自らが降伏宣言をし、パラデイン王国側が勝者となったのだ。
降伏宣言に異を唱える者も少なからずいたのだが、表立ってパラデイン王国に反抗できるだけの戦力を保有する勢力は、もうこの周辺には存在しなかった。
「リューン王国はパラデイン王国の同盟国としますの」
パラデイン女王であるステアが正式にそう宣言した。
当初は戦争を吹っ掛けた相手国であるリューンに対して厳しい措置を取る予定であった。
リューン王国を解体しパラデイン王国の占領地にするか、属国化させるかの二択であったが、最終的には多額の賠償金や人材・技術提供に加え、一部の領地を押収するのみで、リューン王国を存続させる運びとなった。
その理由として、リューン軍侵攻によるパラデイン側の被害が主に軍の兵士や建物のみであり、民間人の死傷者がほとんどなかった点が挙げられる。
また、降伏宣言直後、リューン王自らがパラデイン王国の窮地を救う為に協力的であった事も考慮されたのだ。
結果的にはラズメイ大公国の公女であるカロライナ・ラズメイ率いる傭兵団“グローリーブラッド”に助けられ、リューン王の行動は無駄足となってしまったが、その行動自体は評価するべきだというステアの主張を通した形だ。
更にはリューン王の政治能力は非常に高く、軍事国家という脅威だけを排除すれば、彼にそのまま統治を任せた方が無難だろうという政治的観点からも、リューン王国とリューン王家は存続する事が決定された。
勿論、色々と枷は掛けさせてもらうし、賠償もしてもらう。リューン王は当面、戦後処理に追われる事だろう。
また、リューン王国に与した敵対国にも、それなりの対価を支払わせた。
まずは、お隣のイデール独立国
サンハーレの乱から何かと因縁のある国であったが、今回の大戦終結後、独立国と王家は解体され、パラデイン王国が実効支配する事が決定された。
リューン王国より厳しい沙汰となった理由は、彼の国とは既に何度も和解の為の交渉を持ち掛けていたにも関わらず、それに応じず、更には再び戦争を仕掛けてきた為であった。
また、イデール王家の求心力は既に無く、上級貴族たちの腐敗もかなり酷い為、リューン王国のように存続させるメリットをまるで感じなかったからだ。
イデール占領後、王家から王権を取り上げ、貴族たちは三階級以上の降格とし、大半の領地を没収。イデール王家は伯爵に、公爵は子爵へ、侯爵は男爵へと降格させ、その他の貴族たちは全員平民落ちだ。
これにはイデール貴族からかなりの反感を買ったが、武力でもって黙らせた。それでも反抗してきた愚かな元貴族たちは討伐または国外追放処分となった。
次にジオランド農業国である。
リューンの属国であったジオランド農業国にも厳しい措置を講じる……予定であった。
予定とは一体どういうことかというと、今のジオランド農業国は戦後処理の段階にはないからだ。
なんと、ジオランド国内では未だに紛争が続いているのだ。
隣国であるレイシス王国の侵攻と民衆を中心に立ち上げられたレジスタンスによって引き起こされた内戦のダブルパンチである。
それにより既に王都はレジスタンスによって壊滅状態で、王も既に討たれてしまっていた。生き残った王族たちも逃亡中で身を隠したままである。
王が空位の状態で戦後の交渉もへったくれもない。
今のジオランドは複数の上級貴族たちが「自分が新たな王である」と自己主張し、新たな勢力を立ち上げてレジスタンス――――民衆軍と戦っている最中だが、貴族側の纏まりは悪く、かなりの劣勢を強いられている。
最終的には恐らく、領土の南西部をレイシス王国に占領されて、残された領地を防衛している貴族軍も民衆軍によって敗北するだろうというのが、作戦指令部と情報部諜報隊の予測である。
そんな状況下なので、戦後の交渉は当分望めそうになかった。
とりあえずパラデイン王国はジオランド農業国の北部沿岸部を中心に実効支配することにした。支配した領地からジオランド貴族どもを追い出し、民衆に十分な衣食住を提供したら、あっさりとパラデイン軍は受け入れられた。
どうやら目の上のたん瘤であったリューン王国を打ち負かしたという事実が、ジオランドの民たちから高評価に繋がったようだ。
これにより、リューン王国から押収した領地とも陸繋ぎでパラデイン領まで隣接し、バネツェ内海沿岸部のほとんどをパラデイン王国が治める形となった。
そのバネツェ内海沿いにあるもう一つの国、グゥの国だが……
グゥの国の代表となっているグゥ族。その族長であるナゥゼルも既にパラデインの軍門に下った。
正確には大族長である俺の傘下に加わったという認識だったらしいが、俺の上には女王であるステアがいる。大族長の命令でグゥ族をほぼ強制的にパラデイン王国の一員へと組み込んだ。
ナゥゼル曰く「文句がある奴にはグーパンで返答すればいい」だそうだが……今のところ皆、従順にパラデイン王国民として暮らし始めている。
ただし、それはあくまでグゥ族だけであり、他の部族たちはその限りではない。
仕方が無いので大族長である俺が直々に挨拶回りをしたのだが、“グゥの国”という領土はかなり広大なのだ。各部族の集落を回るだけでかなりの時間を要したが……最終的には領土内の部族全員を舎弟……ごほん! 傘下に引き入れた。
こんな状態でよく他国から侵略されなかったなと思ったが、グゥの国の領土は険しい山々や深い森が多く、人が住むにはあまり適していないのだ。その上、相手は力でねじ伏せないと従いそうにもない蛮族だらけである。
その為、グゥの領土は侵略価値が薄く、周辺国も今まで手を出してこなかったのだとか。
ただ、このままグゥの領土を放置すると、先の大戦時でジーロが悪用したように、他国の武装勢力の暗躍の場や傭兵の隠れ家にでもされかねないので、今後は軍を駐屯させて監視体制を強化するつもりだ。
最後にリューン側に付いた国、ネーレス首長国であるが……
先の大戦では、ネーレス首長国はリューン連合に対し、軍資金や支援物資を提供しただけである……これが首長国側の主張であった。
ネーレス海賊団はあくまで国とは関係の無い武装勢力というスタンスなのだ。
当然、パラデイン側はそれに対して猛抗議したが、連中が国の下部組織だという証拠は一切ない。例え海賊側がそれを証言したとしても、所詮は賊の戯言だろうと反論されてしまえばお終いだ。
そこで、パラデイン王国は新たな海軍組織を立ち上げ、対海賊用の艦隊としてバネツェ内海の海上警備隊を結成した。
海兵隊程の規模では無いが、その代わり機動力重視の船を揃え、バネツェ内海海上を巡回する小艦隊を編成した。
海上警備隊の主な任務は海賊退治だが、パラデイン王国やその同盟国への密輸も取り締まる事となる。禁制品や奴隷などに目を光らせるつもりだ。
だが、その裏の目的は海洋国家ネーレス首長国への牽制である。
当然、ネーレス首長国はそれに猛反発したが、同じ海洋国家であるバネツェ王国は海上警備隊の立ち上げに賛同してくれた。同盟国であるリューン王国も勿論賛同してくれたので、バネツェ内海で反対しているのはネーレス首長国のみとなる。
実はバネツェ王国内の一部貴族たちも反対していたそうだが、そういった連中は後ろ暗い物品を商船で他国に輸送して儲けていた輩であったので、バネツェ王政府はその意見を封殺したらしい。
「これで東部の海は安全ですの」
東部でも北の方の海域はユーラニア共和国の領海なので好き勝手な航海は出来ないが、これで大陸南部への航路が完全に開けた形だ。
ゴルドア帝国領内にある南ユルズ川も支配した事だし、隣接国となったコーデッカ王国で発掘した油田も大量に輸送できるようになる。そうなれば、魔力に代わる新たなエネルギー源として活用し、大型船の航行が随分と楽になる。今後は頻繁に外国と交易できるようになるだろう。
一方で、ジーロ王国領から流れている北ユルズ川は相変わらず封鎖された状態だ。
「むむむーっ! ジーロ……ぶっ潰したいですの!」
ステアも毛嫌いしているジーロ王国だが、パラデイン王国に牙を剥いたという決定的証拠がまだ欠けている為、正面から戦争を吹っ掛ける理由には乏しかった。
なので、せめてもの嫌がらせとして川を封鎖したままだが、これがなかなかジーロには厳しい戒めとなっているらしい。というのも、今のジーロは外国との交易路が次々と絶たれてしまっていたからだ。
結局、先の大戦でジーロ王国はどちら側の陣営にもつかなかった。だが、それが却って元両陣営の勢力からも嫌われる形となってしまったのだ。我がパラデイン王国は当然として、リューン王国、コーデッカ王国、グゥの一族からも距離を置かれ始めている。
特にゴルドア帝国からの心証は最悪であった。
大戦前、ジーロはどさくさに紛れて帝国領の北部とヨアバルグ要塞を占領してしまったのだ。
現在の帝国は周辺国の軍から攻められ、かなりの領土を削り取られてしまっていた。そんな中、ジーロ王国はまともに戦ってもおらず、パラデイン軍が引いた後に帝国領土を掠め取り、それが帝国からの反感を買ったのだ。
”卑怯者のコソ泥ジーロ”、帝国民からはそう蔑まれていた。
そのゴルドア帝国だが、パラデイン軍は既にこれ以上の帝国領土侵攻を止めているものの、コーデッカ王国とザラム公国との軍とは未だに戦争状態であった。
かつては大国であった帝国も、今では随分と消耗してしまっており、二国同時の相手はかなり厳しい様子だ。
そして、遂に…………帝国は折れた。
なんと、あの帝国がパラデイン王国に泣きついてきたのだ。
これにはこちらも予想外で、どう対応するべきか、かなりの時間協議した。元々この地方の騒乱は、全てはゴルドア帝国が暗躍してティスペル王国を攻め始めた事から起因している。
俺たちパラデイン王国は、その騒乱の最中に誕生した国家だが、帝国にそこまで恨みがあるかと問われれば……当時は兎も角、今となっては正直微妙なところであった。
最終的には帝国をパラデイン王国の保護下に置き、しばらく様子を見る事で意見を一致させ、それを先方にも伝えた。
属国でも同盟国でもなく、あくまで一時的に庇護下に置くというスタンスに帝国側も承諾した。後はコーデッカ王国とザラム公国にお伺いを立てるだけであったが、コーデッカ王国はそれをあっさりと承認した。
コーデッカ王国周辺には帝国だけでなく、ウの国を始めとした敵対国もあるので、そう長々と帝国に構っている余裕はないようだ。領土もある程度確保できたので、戦果としては十分なのだろう。
なによりコーデッカ王国はパラデイン王国をかなり評価しているようだ。その要望を無視できないのだろう。これもイートンさんによる外交努力の賜物だ。
一方、ザラム公国も少ないなりに領土を増やして僅かな戦果を得ていたが、ゴルドア帝国との仲は最悪と言っていい存在である。
最初はこちらの提案にあまり良い顔をされなかったが、ある程度条件を付け加えていくと最終的には折れてくれた。心情的には徹底抗戦したい考えのようだが、ザラム公国単体では今のゴルドア帝国にすら勝ち目は薄く、これ以上の戦争継続はデメリットの方が大きいと判断したようだ。
これでゴルドア帝国との戦争も決着し、大陸南東部にもようやく平穏が訪れた。
「ふぃ~、しんどかったなぁ……」
グゥの国の蛮族たちへの挨拶回り? を終え、俺は久しぶりに王都ケルベロスへと戻った。
大戦の戦勝国となり、今やユーラニア共和国やラズメイ大公国にも匹敵する程の広大な領土を得たパラデイン王国。その王都ケルベロスは今、凄まじい発展速度で進化を遂げていた。
城下町には人や観光客、商人たちがひしめき合い、王都から各町には塗装された立派な街道が増えつつあった。
作戦とはいえ、一時的に占領されたサンハーレは現在復興活動中だが、建物の損害は軽微であった。元の状態に戻るのに、そう時間は掛からないそうだ。
エビス邸は全くの無傷であったが、孤児や人も増え始め、少々手狭になってきたので、これを機に王都に新しい邸宅と孤児院を建造した。
王都の方を本館とし、サンハーレ側は別館として、今後もエビス商会と孤児の為に運用されていく方針だ。
そして俺の闘技二刀流剣術の新道場もケルベロスに建てられていた。
「師匠! 見てください! この立派な道場!!」
「いや、デカすぎだろ……」
前世のスポーツセンター並みの広さがある。模擬試合や訓練を行うスペースだけでなく、休憩所にシャワーも完備され、武器庫までも用意されていた。
その道場に併設する形で幾つかの商店も出店しており、ラルフの新レストラン“懐旧の台所”も隣にリニューアルオープンされていた。
「闘技二刀流をもっと広めて、師匠の名を世界中に轟かせましょう!!」
「うーん、気苦労の方が多い気もするが……」
最初は“自分の流派を立ち上げるなんて格好いいじゃん!”ってノリで始めた道場だが、俺は師範らしい仕事をまだ一度もしたことがない。
冒険者や騎士志望の孤児たちに剣術を教えているのは主にカカンの役目であったが、彼が教えているのは闘技二刀流剣術ではない。
闘技二刀流の道場に正式入門するには、最低でも【風斬り】を会得してからという厳しい条件を提示していたからだ。
流石にまだ孤児の誰一人も【風斬り】を会得していないが、センスのありそうな子は何人かいる。将来的にはその子らが入門しそうなので、彼らに道場を継がせるのも悪くはない。
「む。あれは……」
新道場の中を覗き見ると、孤児たちが先生に剣の稽古をつけてもらっている様子がうかがえた。
この道場は闘技二刀流のものではあるが、別に門下生以外は使ってはいけないというルールは存在しない。偶に孤児や一般人にも道場を開放していた。
だが、今教えている先生役が少し意外な人物であった。
「えい! やー!」
「この……っ!」
「もっと踏み込みなさい。神術士だからと言って近接戦を避けてばかりでは駄目よ」
教わっている子供たちは俺が四年前に違法奴隷商人から助け、サンハーレまで連れてきたエルフ姉妹の孤児たちだ。
姉がテテ、妹の方がトアという。可愛らしいエルフの幼女だ。
他にも何人かの孤児が剣の鍛錬を行っているが、エルフ姉妹に直接剣を指導しているのは、驚いたことに同じエルフであるフィオーネであった。
フィオーネの見た目は、俺とそう変わらない年齢の薄青髪美少女エルフだが、驚いたことに最低でも俺より40才以上は年上なんだそうだ。
元S級冒険者で氷の神術を得意とする事から“氷剣”の二つ名が与えられているそうだが……
(……それにしては剣技の方はいまいちだなぁ)
孤児の指導を任せておいてあれだが、お世辞にも剣術が長けているようには見えない。勿論、一般人よりかは遥かに腕が立つが、剣術のレベルが高いセイシュウやソーカは勿論のこと、荒っぽい戦い方をする俺やエドガーよりも拙い剣の腕前のように見受けられる。
暫く稽古を見学していると、横から男が声を掛けてきた。
「やあ、ケリー君。帰って来ていたんだね」
「あ、おじさんも居たのか。久しぶりだなー」
全く気が付かなかった。
別に気配を感じ取れなかった訳ではない。おじさんは別に闘気使いでも神術使いでもないようで、気配を消す術を持ち合わせていない。
だが、一見平凡な中年男性のおじさんは、注意して観察していなければ、ただの見学者のおっさんと見間違えてしまう。
「この前は本当にお疲れ様だったねぇ。直接、どうしても君にお礼が言いたかったんだけど……ケリー君も随分と忙しそうだったからねぇ」
「お礼?」
「私のお願いを聞いてくれたことだよ。戦争でなるべく死者を出さないでくれっていう無茶な要求」
あー、そういえば、そんなお願いもされていたっけか。
俺自身、無意味な殺生(悪党は除く)は嫌いなので、途中からはあまり意識せずにそれを実行し続けていた。
(ま、悪党は容赦なくぶっ殺しまくったけれど……)
どうやらおじさん的にはセーフ判定だったようだ。
「私が想像していた以上の結果を出してくれた。これなら、まだ当分保てる……。本当に、本当にありがとう!」
「まだ……保てる……?」
謎の台詞に俺が怪訝な表情を浮かべるも、おじさんはそれ以上話す気が無いのか、急に話題を切り替えてきた。
「フィオーネには、何時も私の仕事ばかりだと息が詰まるだろうからね。息抜き代わりに子供たちに剣を教えてみてはどうかと、私がそう提案してみたんだ」
「うーん、それは有難いんだけど……フィオーネは剣を教えるのに向いてないんじゃ?」
「私には剣の腕の良し悪しは分からないけれど、どうやら彼女は神術士の近接戦闘時の距離感を子供らに教えているみたいだよ。多分、剣技の指導の方は二の次なんじゃないのかな?」
「ほう、なるほど……」
確かに……言われてみれば、彼女は剣の捌き方というよりかは、間合いや立ち位置について熱心に指導しているようだ。
もしかしたら“氷剣”フィオーネも、どちらかというと神術士よりの戦士なのかもしれない。
(おじさん、よく見ているなぁ……)
「あ! ケリー! こんな所にいた!」
背後から明るい幼女の声が響き渡った。
ネスケラである。
正確にはラルフの肩の上に乗っているネスケラであった。相変わらず、この幼女は人を乗り物代わりにしているようだ。
「ケリー! お疲れさんだったなあ! お前さんが帰って来たと聞いて、隣で祝賀会の用意をしているぜ! 知り合いで参加したい奴は今から“懐旧の台所”に集合しな! 御馳走してやる!」
それを聞いた孤児たちが剣を放り投げて喜んだ。
「あー! ダンチョーだぁ!!」
「ダンチョー! お帰りー!!」
「ねすけらちゃんもいるー!」
「しゅくかがーい!! わーい!!」
「しゅくかがいってなぁに?」
子供たちが騒ぎ始めてしまい、訓練どころではなくなってしまった。これには剣を教えている最中であったフィオーネもため息をついた。
「はぁ……仕方ない。訓練はここまでとします」
「はいです!」
「ありがとーございまーす!」
エルフ姉妹もペコリとお辞儀した。偉い、偉い。
途中で訓練に横やりを入れられたフィオーネだが、姉妹を見つめる表情は何時もより少しだけ柔らく感じられた。普段はクールな雰囲気だが、どうやら根は優しい女性のようだ。
この後、俺はおじさんたちも誘い、ステアたちとも合流して派手に祝賀会を上げた。