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128 業火のカロライン

 初めての空の旅はとても寒かった。



「さむっ!? 空の上、さむっ!?」


 じょ、上空がこんなに寒い所だったとは……


「我慢しろ! これでも低空を飛んでいるのだ!」


 高度が高いともっと寒くなるらしい。よくそんな場所を飛び続けられるなと飛竜騎士に感心してしまう。



 野良飛竜の操縦はリューン王に任せ、俺は無線を使ってパラデイン王国の今の防衛状況を確認した。


「あれからどうした? 攻めて来た傭兵団の素性は判明したのか?」

『――――先行する二つの傭兵団の方は素性が割れました! “瑪瑙(アゲット)”と“翡翠(ジェード)”です!』


 うん……知らねー…………


 俺が知らないという事は、少なくとも超メジャー級な石持ち傭兵団ではないらしい。


 だが、腐っても傭兵業界最高峰のランクである“石持ち”だ。決して雑魚では無いのだ。パラデインに残された戦力だけでは全く歯が立たないのか、既に王国領の深くまで侵攻を許してしまったらしい。


「なんでまた、そんな連中の侵攻に今まで気付けなかったんだ?」

『申し訳ありません。我らシノビ衆の失態です……』


 どうやら今の通信相手はシノビの一人らしい。


 そのシノビの彼曰く、今回侵攻してきた三つの傭兵団の内、先行している二つの団はグゥの国からジーロ王国領を経由して突如侵攻してきたようだ。


 シノビ衆は狡いジーロ王国を最大限に警戒していたが、謎の敵勢力組織“草影”の諜報員によって活動を妨害されてしまっていた。


 だが、どうやらそれすらもシノビを欺く囮であったようだ。ジーロ王国はシノビたちにマークされている国内ではなく、どうも国外でそれらの傭兵団と直接契約を結んだようなのだ。


 その決定的現場は押さえられなかったそうだが、国外にいた石持ち傭兵団” 瑪瑙(アゲット)“と” 翡翠(ジェード)“がジーロ王国領を堂々と通過しているのが何よりの証明らしい。



「ちっ! またしても証拠なしか!」

「ジーロらしい、卑劣だが実に厭らしい手だな」


 リューン王もジーロ王国の在り方は好かないのか、そう吐き捨てた。


「もう一つの傭兵団は? そっちもグゥの国を経由してジーロ領を通過しているのか?」


“石持ち”傭兵団と思われる勢力は全部で三つ、パラデインのケルベロス方面を目指して侵攻中らしい。


『それが……どうも妙でして、残る後方の傭兵団は……ラズメイ経由からジーロ領に侵入しております』

「なに? ラズメイ? ラズメイ大公国から、だと?」


 聞き耳を立てていたリューン王がそれに反応した。


 シノビは説明を続けた。


『三つ目の傭兵団は、どうやらジーロ側にとっても予期せぬ事態のようです。ジーロ軍はその傭兵団に対して即刻停止するよう呼び掛けておりますが……連中はそれを一切無視し、そのまま南下し続けて、いよいよ我がパラデイン領に侵入してきました』

「え!? ちょっと待って!? まさか……ラズメイも参戦してきたって事!?」



 ラズメイ大公国


 領土の広さだけならリューン王国の三倍ほどもある、東部地方の中でもユーラニア共和国と一、二を争うくらい広大な面積を保有する大国だ。


 当然、軍事力もかなりのもので、ユーラニアが内陸に勢力を伸ばせない原因の一つが、大公国が睨みを聞かせているからだというのが定説であった。


(これ以上は勘弁してくれよぉ……)


 どうしてこう、好戦的な国家が多いのか……


 俺が嘆いている横で、リューン王はなにやら考え込んでいた。


「……そのラズメイから来た傭兵団は“石持ち”だと言ったな? という事は、連中が身に着けている認識票(ドッグタグ)で判断したのであろう?」


 リューン王の言う通りだ。


 石持ち傭兵団か、そうでないかを見分ける方法は至極簡単で、通常のランクである金、銀、鉄以外の色をした認識票(ドッグタグ)を身に着けているかどうかを見ればいいだけだ。


 そこから先、一体どの鉱石が使われて、どの傭兵団かを判別するのは、遠目から認識票の色だけを見てもなかなか難しいのだが……


「……どうなんだ?」


 俺は無線を使い、リューン王の疑問をそのままシノビへとぶつけてみた。


『おっしゃる通り、認識票(ドッグタグ)で判別しました。第三の傭兵団は全員、薄赤色の認識票(ドッグタグ)を装着しております』


 なるほど、赤色ならば確かに金でも銀でも鉄でもないな。


 しかし、よりにもよって薄赤かぁ……


「薄赤、だと!? ラズメイでその色と言えば……これはもう確定ではないのか?」


 リューン王の言わんとする事は分かっている。



 鉱石で赤っぽい色は結構な数がある。以前、俺たちが戦った“貧者の血盟団”もトレードマークが尖晶石(スピネル)で赤っぽい色の鉱石を認識票に使っていた。


 他にも赤っぽい鉱石を使用している“石持ち”傭兵団はまだまだある。


 だが、ラズメイ大公国で赤色の鉱石を認識票に使用している傭兵団となると……俺でも知っている超メジャー級な傭兵団が真っ先に思い浮かんだのだ。


『恐らく……相手は薔薇輝石(ロードナイト)。ラズメイ大公国公認の大陸トップクラスの大傭兵団です』

「――――っ!」


 まだ断定はしていないが、シノビも俺たちと同意見なのだろう。


『と、とにかく、帰還をお急ぎください! 今の防衛力だけでは不安が――――え? 何だと!?』


 突如、無線越しにシノビが驚きの声を上げてきた。


「ん? どうした? 何があった?」

『あ! い、いえ……それが…………先行していた二つの傭兵団が突如反転し……後方から迫っていた傭兵団の元へ向かったそうです』


 どういうことだ? 三つの団は結託しており、まずは合流してから王都を攻める算段か?



 だが、しばらく経つと、更に驚くべき情報がもたらされた。


『ケルニクス元帥! 後方からやってきた傭兵団が先行していた傭兵団を襲い始めました! 現在、我が領内で両陣営、交戦中です!!』

「はあ!?」

「…………」


 シノビの報告に俺は素っ頓狂な声を上げ、リューン王はそれを黙って聞いていた。


「一体何がどうなっているのやら……」

「傭兵の考える事は余に分からぬが……ラズメイという国は、ジーロとは正反対な考え方をする国家だ。これはもしや……助かったかもしれないぞ?」

「……え? そうなの?」


 ラズメイ大公国のことはあまりよく知らない。


 ただ、前に俺とステアたち一行がサンハーレに辿り着く前、大公国領内を通過した事はあった。


(あの時は潜伏候補地からラズメイを外したんだっけか……)


 ラズメイを避けた正確な理由は覚えていないが、確かイートンさんやエドガー曰く、傭兵には少々住みづらい土地なのだとか……一体どうしてだ?



 考え事をしている内に、飛竜は既にパラデイン上空に入っていた。流石に空だと早い。


「何処に降ろせばいい?」

「現地だ! その傭兵団同士が争っているという戦地に急行してくれ!」

「いいだろう!」


 俺は改めてシノビから詳しい場所を尋ね、パラデイン領北西部、旧王都ティスペルに割かし近い平野部を目指した。








 現地に到着すると、既に戦闘は終わっていた。


 戦場跡には多くの傭兵たちの亡骸が散らばっており、あちこちで残り火と煙が立ち込めていた。どうやらどちらかの傭兵団が火の神術をしこたま撃ち込んだみたいだ。


 唯一残っている傭兵は……その全員が首から薄い赤色の認識票(ドッグタグ)を身に着けていた。



 俺たちを乗せた巨大な野良飛竜が近づくと、地上にいる傭兵たちが警戒し始めた。傭兵たちはすぐさま、弓や神術を撃つ迎撃態勢に入ったが……一人の女がそれを制止した。


「総員、迎撃態勢を解きなさい! 相手はただ様子を窺っているだけよ!」


 どうやらこちらが攻撃態勢に入っていない事を察して、指揮官らしき女が止めてくれたようだ。これは助かる。


(それにしても若いな。俺と同じくらいの年齢か?)


 赤い髪の綺麗な少女である。あの年齢で“石持ち”傭兵団の指揮官なのだろうか?



 野良飛竜を地上に着地させ、俺とリューン王が揃って降りると、背後からパラデイン軍の兵士とシノビたちが走り寄って来た。どうやら彼らも遠くから謎の傭兵団を監視していたようだ。


「元帥、ご注意ください。連中、かなりの実力者です」

「他二つの石持ち傭兵団をいとも容易く撃退しました。彼女らはやはり薔薇輝石(ロードナイト)なのでは……」


 俺は彼らの報告を聞いて頷いてから、ゆっくりと謎の傭兵団の方へと歩いて向かった。


「俺はケルニクス! この国の元帥だ! アンタらは一体何者だ?」


 俺の問いに相手の傭兵たちはざわつき始めた。やはり俺の名はご存じだったようだ。


 代表して先ほどの赤い髪の少女が前に出た。


「貴方が“双鬼”ケルニクス……思っていたより若いわね」


 赤い髪の少女がそう呟いた。


「それはお互い様だろう? アンタも随分と若いようだが……何者だ?」

「それもそうね」


 少女はクスリと笑うと改めて名乗った。


「私はラズメイ大公が一子、カロライナ・ラズメイ! “薔薇輝石(ロードナイト)”級傭兵団“グローリーブラッド”の団長よ!」

「「「――――っ!?」」」


 少女、カロライナ・ラズメイの名乗りに一同は衝撃を受けた。


「カロライナ……ラズメイだと!?」

業火(インフェルノ)のカロライナ……あんな少女が!?」


 俺でも聞いた事がある二つ名だ。



 大陸でもトップクラスの傭兵団“グローリーブラッド”には、火の神術を得意とする女傭兵が所属していると……


「驚いたな。まさかあの業火(インフェルノ)がグローリーブラッドの団長だとまでは知らなかったが……」

「それも無理はないわね。私が団長に就任したのは去年からだもの」


 なるほど。しかし、カロライナ・ラズメイ、ね……


「その名前、アンタ、ラズメイ大公国のお姫様なのか?」

「現大公の長女よ。敬いなさい」


 随分と偉そうな物言いだが、実際に偉い人物なのだから仕方ないか。


 それでも鼻につかないのは彼女の人柄なのか。別にこちらを見下しの発言では無いらしく、単に自分の公女としての立場に誇りと自信を持っているから自然と出た言葉なのだろう。


 それにしても、お姫様が傭兵団の団長だとは知らなかった。


「そうか、公女様。それで……パラデインまで一体何をしに来た?」


 さて、ここからが本題だ。


 返答如何によっては……かの傭兵団と一戦交えなければなるまい。


「用ならたった今終わったわ。崇高なる戦いに横やりを入れようとした不届き者を討ちたかっただけだもの」

「へ?」


 まさかの返答に俺だけでなく、他の者たちも唖然としていた。


「そ……それだけ? そんな理由でジーロ領を突っ切って、パラデイン領まで侵入して石持ち余兵団を二つも壊滅させたのか?」

「そうよ。パラデインとリューンの戦争は当然、我が国も注目していたわ。そんな中、どうにもジーロの動きが怪しくて警戒していたのよ。私、あの国嫌いなのよ」


 絡め手を好むジーロとは正反対の性格であるラズメイ……どうやらリューン王が言っていた事は真実だったようだ。


 それにしても、嫌いだからとお姫様が他国に不法入国までして、傭兵団を動かすか? 人のこと、あまり強くは言えない立場だけれど……


「でも、余計なお世話だったかしら。まさかリューンの飛竜騎士を仲間に引き込んで、ここまで飛んで来るだなんて……実に面白いわね、貴方」


 カロラインは俺を見た後、チラリとリューン王の方も見た。


(……あれ? 飛竜は何処へ行った?)


 姿が見えないぞ。


 俺がキョロキョロ探していると、リューン王が教えてくれた。


「あやつなら我らを降ろした後、隙を見て飛んで逃げて行ったぞ。貴様、相当嫌われているな」

「ええええ!?」


 折角、俺専用の飛竜を得たと思ったのに……何処で教育を間違ったのだろうか?


「ふーん、貴方がここに来たという事は、リューンとの決着がついたようね。信じられない早さね」


 カロラインは俺を見ながらそう呟くと、それを横で聞いていたリューン王が口を挟んできた。


「ふん、そういう事だ。我がリューンはパラデインに降伏した」


 リューン王が表情をしかめながら宣言すると、後ろにいたパラデイン兵とシノビたちは歓声を上げた。


「……貴方は?」

「リューン王国14代国王、ニカ・リューンである」

「……これは失礼致しました。リューン王」


 カロラインは相手が王族だと知るや否や、軽やかなカーテシーでリューン王に敬意を払った。


「アンタ、ニカって名前だったんだな」

「……貴様はもう少し王族に敬意をだな……まぁ、いい」


 何か言いたげであったリューン王改めニカは、そのまま口を閉ざした。


「ま、アンタらが来た理由は分かったよ。正直言って助かった。サンキューな!」

「私自身の欲求の為に行動したまでだけれど……貴方の誠意、受け取っておくわ」


 カロラインは笑みを浮かべると、そのまま踵を返した。


「総員! 目的は果たしたわ! このままジーロ領を堂々と通過して凱旋よ!」

「「「おう!!」」」


 またジーロ領を通過するつもりなのか……


 完全に喧嘩を売る行為だろうが、ジーロ側にラズメイからの喧嘩を買う度胸も実力も無いだろう。実にいい気味である。



 カロラインは馬に乗ると再びこちらに視線を向けた。


「“双鬼”ケルニクス! 今度、貴方に決闘を申し込むわ! その双剣の実力、見させてもらうわよ!」

「げ!? 決闘かぁ……まぁ、一度だけならいいけど……」


 また決闘系ヒロインが増えるのか!? これ以上は勘弁して欲しいのだが?



 カロラインたち“薔薇輝石(ロードナイト)“級傭兵団“グローリーブラッド”が立ち去るのを俺たちは見送った。


「さて、このまま余をケルベロス城まで連れて行ってもらおうか。パラデイン女王と直接、戦後交渉がしたい」

「分かったよ、ニカ」

「ええい、名前で呼ぶでない!」



 遺体の後始末は兵たちに任せ、俺たちは一足先に王都ケルベロスへと向かった。

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