124 グーパン
元帥である俺は第一軍団に、敗走したリューン軍本隊の追撃命令を下した。
また、サンハーレにも予備戦力を投じ、袋のネズミ状態となっているリューン軍へ投降を呼びかけた。
サンハーレの方はもっと時間を要すると思っていたら、思いのほか早くにリューン軍が音を上げ、白旗を掲げてきた。やはり海路を封じ込め、相手の物資補給路を完全に断ったのが大きかったのだと思える。
サンハーレに閉じ込められたリューン兵たちは腹を空かせており、彼らの士気は最悪であった。このままだと暴動に発展する恐れもあると判断したのだろう。敵将であるストレーム提督は同じく敵将のケオン・スン将軍を説得し、大人しく投降する事にしたようだ。
どうもケオン将軍は降伏する事に対してかなり渋ったようだが、リューン王国が誇る飛竜騎士団が目の前で返り討ちに遭った光景を目の当たりにさせられ、そこで心が折れたそうだ。
(こりゃあ、ポーラは勲章ものだな)
ほぼ一人だけのドローン軍団操縦で敵の主力部隊を見事に抑え込んでみせたのだ。間違いなく今回の戦、最大の功労者だろう。
これでサンハーレの敵勢力も鎮圧できたので、心置きなく南に出兵できるというものだ。
俺たちは敵の前線基地であるトライセン砦に逃げ込んだリューン軍を蹴散らした。あの砦内の情報は全部こちらに筒抜け状態である。その上、俺たち不滅の勇士団がほぼフルメンバーで砦を攻めたのだ。
結果、僅か20分足らずで砦を攻略した。
「まさか門を破らずに突入するとは……」
味方であるオスカー軍団長が若干引いていた。
「ヨアバルグ要塞も壁から侵入したぞ」
正確には壁にナイフを突き立てて、それを階段代わりにして昇ったのだ。一流の闘気使いならば朝飯前である。
「よし! ここを起点にして、まずはイデール独立国から倒すぞ!」
「「「了解!」」」
既に追撃戦のシミュレーションは済んでいる。
今回、ジオランド農業国の王都方面勢力は一旦無視する予定だ。
まずはすぐ南隣のイデール独立国から。その王都を攻め、その後はジオランド領内を通過し、更にその奥にあるリューン王国へ侵攻する。
この手順で行動するつもりだ。
何故、ジオランド王都方面を無視して突き進むのかというと、近々ジオランド軍がそれどころではなくなるからだ。
レイシス王国の参戦という要因もあるが、そもそもジオランド国民全員がリューン王国からの支配を受け入れている訳では無い。中には快く思っていない者もかなりの数がおり、その反抗組織が国内に潜伏している状態であったのだ。
そんな中でリューン軍が派手に負けて敗走したと知れば、自ずとその反対勢力が台頭してくるだろう。それが作戦指令部の出した予測であった。
(というか、必ず反抗勢力を台頭させて見せるんだけどね)
実は、既にジオランド農業国内には多数のシノビが潜伏中であった。
シノビたちは折を見て民衆を煽り、リューン王国とその犬であるジオランド政府への不満を拡散させる用意をしていた。更には反乱軍幹部とも既に接触しており、本格的な反抗軍結成へのサポートまで手配する予定だ。
今後、ジオランド正規軍は新たに生み出された反乱軍とレイシス軍の対応で忙しくなり、パラデイン軍を相手するどころの話ではなくなるのだ。
(ジオランドを混乱させている間に……リューンの王都フレイムを堕とす!!)
その為の追撃戦……いや、もう既に最終決戦だ。
俺たちはこのまま一気にリューン王国まで攻め入るつもりで進軍し続けた。
「ジオランドのヘルルク丘陵まで後退だと!? そんな話……聞いておらんぞ!!」
リューン軍の陸軍将校、ロクター将軍から新たなる作戦内容を伝えられ、それを聞いたイデール軍総指令官である私は憤慨した。
「ですから、今お伝えしたのですよ。ヨルゲン総司令殿。我々リューン軍は全軍、ヘルルク丘陵まで下がり、そこで反転攻勢に移ります」
「馬鹿な……! それではイデールは!? 我が国の防衛はどうなるのだ!?」
ジオランド領内までリューン軍を撤退されれば、当然パラデイン軍は我が祖国の領地まで攻め入って来るだろう。もはやイデール独立国単体だけでは防衛のしようもない圧倒的兵力差だ。
「我々はあくまでパラデイン王国を攻め滅ぼす為だけの協力関係に過ぎない。貴国の防衛にまで手を回すつもりも、そんな暇もない」
「同盟国を見捨てるというのか!? それが誉れ高いリューン軍のやり方かぁ!?」
私が更に激高するも、ロクター将軍は鼻で笑って応えた。
「ハッ! 弱小国家如きが、我が国と同盟などと……片腹痛いわ!」
「なんだとぉ!? そもそも協力の打診をしてきたのはそちらだろう!? それを……!」
「くどい! もう決定事項だ! 我々は定刻通りにジオランド領内へと後退する。せいぜい、少しでもパラデインの足止めでもしておくのだな!」
そう吐き捨てるとロクター将軍は逃げるように去ってしまった。
「畜生……! リューンの連中め!!」
「あの男……この場で八つ裂きにしてやりたいです!」
顔を真っ赤にして怒りを露わにする部下を私は宥めた。
「…………止めておけ。ここで争いを起こせば、パラデインより先にリューン軍が我らイデールに牙を剥く」
尤も、滅びが早いか遅いかの違いだけで、イデール独立国の落日は秒読み段階に差し掛かっていた。
「思えば、帝国の奸計にまんまと乗ってしまった事が、そもそもの間違いであった……」
憎きティスペル王国を討たんが為に、大国の思惑に乗ってしまい自ら戦端を開いてしまったのが運の尽きだ。
いや……ティスペル王朝が滅び、パラデイン王国に生まれ変わった時点で、我々も矛を収めるべきであったのだ。
だが、先の戦争では得られるものは無く、失ったものがあまりにも多すぎたのだ。それを取り返さぬ内にパラデイン王国と和睦など、国家として敗北に等しい選択だ。それを我々軍人や王政府は許容できなかったのだ。
それから更に泥沼にはまり……今日に至るという訳だ。
「…………全軍に指示を出せ。武器を捨てパラデイン軍に降伏せよ、と」
「指令…………了解です!」
「うううぅ……っ!」
こうしてイデール独立国はあっさりとパラデインの軍門に下った。
「ケルニクス元帥! どうやらイデール軍はこれ以上戦う意思がないようです」
追撃戦の三日目、俺たちはイデール王都に到着する前に、その報せを受けた。
「分かった。無暗な戦闘行為は禁止。略奪や殺害行為は厳罰だ。しっかり全兵士に伝えておいてくれ」
「了解であります!」
これでイデール独立国はクリアか。
「このままリューン軍を追ってジオランド入りを?」
オスカーの問いに俺は頷いた。
「ああ。海上の方も問題なさそうだし、このまま決着するまで攻め続ける!」
「しかし……それでは補給路が伸びすぎやしませんかな?」
別の士官が疑問を投げかけた。
「まぁ、そうなるな。だが、海上が問題ないのなら物資は船で運べる。まずはイデール唯一の軍港を押収して兵站に利用する。その次はジオランドの港町を制圧だ」
木の棒で地図を指しながら俺が作戦内容を伝えていく。
(全部、ネスケラの案だけどね~)
「しかし、連中は恐らく、その手前の地点……多分、この辺りで防衛線を張ってくるでしょう」
オスカーが指差したのは緩やかな丘陵地帯だ。
「ここはどういった場所なんだ?」
エドガーの問いには情報部諜報隊のクロガモ隊長が答えた。
「この辺りは、今はリューン軍とジオランド軍の演習地として度々使われております。その昔はリューン軍がジオランド軍を二度も撃退した戦場であったとか……」
「なるほど。相手にとっては土地勘もあり、更には縁起の良い場所なのか」
見る限り、かなり開けている立地だ。
これまでパラデイン軍は地の利を生かし、人数不利をカバーできるような狭い戦地を選んで防衛し続けてきた。
だが、今度は一転して相手が戦場を選べる番だ。広い戦場なので、当然人数の多いあちらの方が有利となる。
ジオランド従属軍5万が抜けたとはいえ、リューン軍だけでも元々3万相当の兵がいた。
更にあちらは後方部隊とも合流し、着実に兵の数を増やし続けている。逆にこちらは侵攻し続ける度に、要所要所に兵を置く必要があるので、当然戦力も減らし続けていた。
現在の推定兵数はパラデイン軍8,000vsリューン軍40,000となっている。
ただし、その8,000の中に俺が率いる傭兵団、不滅の勇士団のほぼフルメンバーが集結していた。
「問題無い。このまま突撃して蹴散らす。今回はあまり時間を掛けたくない」
ネスケラにも言われたのだが、この作戦の肝は時間だ。
今現在、パラデインの主力部隊の大半がリューンへ出向いており、王都ケルベロスの守りがかなり手薄状態になっている。
トニア参謀長補佐の指揮下にある女王直属軍団の一部とエータ近衛隊長率いる近衛隊はケルベロス城の守りに就かせているが、超エース級の戦士は不在であった。
仮にこのタイミングで敵のS級冒険者パーティや“石持ち”傭兵団といった超戦力が城に直接攻撃を仕掛ければ大変危険な状況である。まだ後継者のいないアリステア女王が殺されれば、それはこの国の死にも直結する程の由々しき事態なのだ。
仮にステアが死んだら新たな王を立てれば解決する、という簡単な話でもない。皆、ステアが女王だからこそ、国の為に命をかけて協力してくれているのだ。
その懸念はネスケラやシノビ衆たちも重々承知しているので、王国の国境周辺には通常より多くの見張りを立てて襲撃に備えている。この状況で寝首を掻こうと目論んでいる輩がいるかもしれない。
(一番怪しいのはジーロだな)
そこは念入りに監視させているのだが……どうも草影の連中が邪魔をしているようで、あちらの動きが不鮮明だ。水面下では北部の方でも裏の稼業同士の紛争が起こっていた。
「最短距離でリューンの王都に殴り込んで王をぶん殴る!」
これが一番簡単で死者も少なく済む戦略だ。
ひどく脳筋な作戦だがネスケラはそれを支持した。他の者も賛同してくれている。
「元帥たちのお力ならば、それも絵空事にはならないでしょう!」
「背後や脇の露払いは我々にお任せを! 元帥たちは、ただひたすら前を突き進んでくだされ!」
「おう! 任せたぞ!」
俺たちはイデールの軍港を制圧後、なんの迷いもなく敵が待ち構えているヘルルク丘陵へと突撃した。
リューン王国、王都フレイム――――
「陛下……悪い報せです。我が艦隊が……全滅しました……」
「…………は?」
ポキッ!
突然のあんまりな報告に、余は握っていた羽ペンを折ってしまった。
「なん……だと? 全滅……? 全滅とは、一体どこの艦隊が全滅した!?」
「……全部です。サンハーレ上陸作戦でストレーム提督が率いていた第一艦隊、パラデイン領リプール港とイデール領に待機していた駐留艦隊、そして海賊の島に派遣した第五艦隊も……」
「~~~~っ!?」
空いた口が塞がらなかった。
リューン海軍には全部で五つの艦隊がある。
その内の半数以上をパラデイン攻略に投入し、残りは重要な軍港の守りに就かせていた。
また、余った軍艦を集結させ、第五艦隊も増設し、マイセルが報告にあげていた例の海賊の島へと向かわせていたのだが……
「どうやら、海賊共のアジトだと思っていた島は、敵の軍港島だったようです。そこでパラデインの主力艦隊と衝突し…………我が艦は全滅です。先ほど、レギンソン団長代理から飛竜騎士による偵察報告がありました」
なんでも、またしても妙な飛行物体の妨害に遭い、飛竜では敵艦隊に近づけなかったのだとか。安全を考慮し、ただ遠くから観測するしかできなかったそうだ。
(迂闊であった! あの馬鹿の報告を鵜吞みにし、大事な残存艦隊を死地に送り込んでしまうとは……!)
これでは新たな補給路の確保どころか、現状の物資供給も疎かになってしまう。
「レギンソン団長代理の【遠視】による調査によると、どうやら海賊船が停泊していたのは本当だったようです。ただし、その全ての船がパラデイン海軍に拿捕された状態だったようですが……どうやらマイセルの奴は、それを海賊のアジトだと勘違いしたのでしょう」
バキッ!
余は怒りに忘れ机をグーパンで叩き割ってしまった。
「へ、陛下……」
「はぁ、はぁ……すまん、大臣。醜態を晒したな……」
「いえ、お気持ちは痛い程……。それで、今後はどうされます?」
「どうもこうも…………全軍を下がらせる他あるまい?」
「実は既に陸軍本隊も撤退しております。ヘルルク丘陵まで下がるとの一報がつい先ほどロクター将軍から届けられました」
そう告げた大臣は余に報告書を手渡してきた。
急いで報告書に目を通す。
「…………撤退は仕方ないにしても、イデールへのフォローはどうにかならなかったのか? これではイデールは降伏するしか手があるまい?」
「お言葉ですが、我が軍にそんな余力はないのでは?」
「それはそうだな。だからあくまで、少数戦力だけを残し、形だけでもイデール防衛に尽力して見せるのだ。結果、それで敗れたとしても、多少の時間稼ぎにはなろう。我が軍が助力している以上、イデールもそう簡単に降りる訳にはいかないからな」
一応は同盟関係にある両国だ。できればこちらから手を切るような行為は避けたかったが……
「これでは逆にイデールからも恨みを買うぞ? パラデインの足止めにならないどころか、下手をするとイデール兵が連中に与してくるやもしれぬ」
「むぅ……ロクター将軍は判断を誤りましたな」
火急な撤退故、こちらの指示を待てなかったのだろうが、それにしても余計な真似を…………
「ええい! マイセルといい、ロクターといい……上級貴族出身の将校は碌な奴がおらんわ!」
愚痴を零していると、タイミング悪く今一番顔を合わせたくない男が執務室にやって来た。
「陛下! 息子マイセルを牢屋送りなど……あんまりです!」
マイセルの父、バリー・ミッテラン侯爵である。どうやら自分の息子の処遇を知り、ここまで抗議しに来たようだ。
「我がミッテラン侯爵家は飛竜育成に尽力してきたのですぞ!? なのに、そのような御無体! 我が家は今後の支援を考えさせて――――」
「そのバカ息子が飛竜騎士団を半壊させたのだろうがああああ!!」
「――――ぷぎゃあああああっ!?」
余はミッテラン侯爵の顔面にグーパンをぶち込んだ。
一応、闘気は抑えたから死んではいない筈だ。
「にゃ、なに"を……!?」
「近衛兵! こいつも牢屋にぶち込んでおけ! 親子共々、余に対する反逆罪である!」
「「「ハッ!」」」
「は、はなせぇえええ!? き、貴様らぁああ! 私を誰だと…………」
顔面血だらけの侯爵は喚き散らしながら兵士たちに連行されていった。
「…………はぁあああああ」
殴ってから余は深いため息をついた。
「陛下……宜しかったので?」
「……宜しくないが……後悔はしていない」
多少は溜飲が下がった。やはりグーパンで殴るなら机より無能貴族だな。
「なら、宜しいのでしょう」
「さあ! 馬鹿どもは全員牢屋にぶち込んで、この先どうやって乗り切るか頭を働かせるぞ!」
「御意!」
余と大臣は夜通しで話し合ったが…………起死回生の策は何も思い浮かばなかった。
ジオランド農業国北部、ヘルルク丘陵――――
「ロクター将軍! 右翼側はかなり押されております! このままだと……持ちそうにありません!」
「だったら予備兵力を回せぇ!」
泣き言をほざく士官に私は怒鳴った。
「もう碌な兵が残っておりませんよ!?」
「まだ後方にいるだろう! 使えない連中を介護している暇な兵士たち全員を前線に投入させろ!」
「正気ですか!? 負傷兵を治療している衛生兵まで前線投入など……とても戦力になりませんよ!? 後で支援部隊からも苦情が……!」
「う、煩い!! 将軍命令だ! さっさと出せ!!」
「くっ…………了解!」
渋々下がった士官に私は悪態をついた。
「全く……将軍の私に意見するなど……!」
今は衛生兵だろうが、それこそ負傷兵だろうとも、全員一丸となって祖国の為に命を捧げる場面であろうが!
イデールの役立たずどもは全く時間稼ぎにもならなかったが、ギリギリ戦場をヘルルク丘陵に定める事が出来た。なんとか布陣を敷くことに成功したのだ。
パラデイン軍が南の森林ルートを抜けてくる可能性もあったが、その位置だとどうしても補給路が遠のいてしまう。
その点、北側のこちらのルートだと港町がある為、侵攻してくるならこちら側だろうと読んでいたのだ。
その読みは見事ドンピシャである。流石は私だ。
だが、相手の動きを読みはしたものの、その強さは想定外過ぎた。
推定戦力比は5:1。当然、我が軍が5倍の数である。
なのに……右翼も左翼も中央さえも、全ての戦場が押されっぱなしだ。
「なにをやっておるか!! ここは広い戦場なのだぞ!? 数で勝っている我らがどうして勝てん!? おかしかろう!?」
「へ、兵のレベルが違いすぎます!?」
「実力差がありすぎて……複数人で囲んでも止められません!」
「遊撃騎馬隊……奇襲に失敗! 全滅です!!」
「神術士部隊、敵弓兵に狙い撃ちにされております! 援護を……!」
「ぐ、ぬぅぬぬぬっ!!」
こいつら……私が素晴らしい作戦を立てたというのに、泣き言ばかり言いやがってぇ……!!
「ちゅ、中央に“不滅の勇士団“一味を発見! ”双鬼“ケルニクスもおります!!」
「そ、そこだぁ!! 敵の司令塔がいるのだぞ!? 集中して攻撃せよ!!」
好機! 調子に乗ったのか、敵軍のトップが前線に出てきよったぞ!!
そう思い、戦力をそこに集中させたのだが、中央に向かわせた我が最強の兵士たちが次々と倒されていった。
よく見れば、あの黒髪……ケルニクスは素手でフル装備の兵士を殴り飛ばしていた。
そんなのが他にも複数人、兵士たちをポンポン弾き飛ばしながらこちらに近づいて来ていた。
「む、無理ですぅ! あいつら全員……A級以上の闘気使いです!?」
「我がA級の戦士たちが……全く歯が立ちませーん!」
「将軍、指示を!」
「ご指示を……!」
「こ、後退ぃいいい!! 全軍、私の部隊が逃げ切るまで、時間を稼ぐのだ! これは戦略的撤退であーる!!」
(一体なんなのだ!? あの化け物は!? あんなの、聞いてない!?)
私は馬に乗り、一目散に撤退を開始したが、どうやらその行動が逆に目立ってしまったのか、黒髪の男が猛スピードでこちらに向かって迫って来た。
背後から追いかけて来るケルニクスが話しかけて来る。
「俺のゼッチューセンサーに引っかかったお前……もしや悪徳貴族だな?」
「ひぃいいいいいい!?」
あの男の目つきはまるで、人ではなくゴミや汚物を見るかのような目であった。
「な、なんでぇ!? 私、馬ぁ! 馬に乗ってんのにぃ!? どうして走って追って来れるわけぇ!?」
完全に私一人が目を付けられてしまっている。黒髪の男は人間離れした超スピードで徐々にこちらとの距離を縮めていた。
「悪徳貴族は…………ゼッチュー!!」
「ぴぎゃあああああああっ!?」
前に回り込まれ、奴はこちらに飛び込んできた。私は顔面をぶん殴られ、馬から放り出されて地面に落とされた。
全身の激痛でもがき苦しんで地に倒れている私に向けて、奴は悪魔めいた台詞を吐き出した。
「うん。やっぱりグーパンでぶっ飛ばすなら、鎧の兵士より悪徳貴族だな!」
それは、それは、満面の笑みを浮かべていた。