117 ポーラの転職先
パラデイン王国から東の海上に飛竜騎士の一団が隊列を組んで飛行していた。
「諸君! そろそろ第一目標地点であるサンハーレ港の制圧作戦へと移る! 各員、準備を怠るなよ!」
「「「了解!」」」
副団長である私の命令に飛竜騎士団員たちは一斉に応じた。
(全く……軍務大臣ときたら……!)
ランドナー団長はどうやら捕虜の身に落ちたようで、今はパラデイン王国内にある収容所に収監されているようだ。
栄えあるリューン王国飛竜騎士団の団長が捕虜になるなど前代未聞の失態である。
にも拘わらず、飛竜騎士団長の座は未だランドナーにあり、副団長である私のスライド昇進を軍務大臣が拒んだのだ。
実質、現在の最高責任者は私だというのに……ええい、腹立たしい!
「マイセル副団長! そろそろ目標地点ですが、高度はこのままで?」
「っ!? そんな訳ないだろう! 各員、さっさと第二警戒ラインに高度を落とさんか!」
「…………了解です」
ランドナーを慕っていた騎士の一人が不満そうな表情で高度を下げ始めた。
(全く……私が命令せんと動けんとは……嘆かわしい!)
私も飛竜に命じて、他の騎士たちより遅れて高度を落とした。
私は指揮官故に、他の騎士たちとは距離を取るスタイルだ。あの団長は指揮官の立場だというのに自ら進んで敵へと向かって行ったが、それがこんな事態を招いたのだ。
私は大事を取り、他の騎士たちよりも高い高度を取りつつ、目標である港に向かった。
だが…………
「副団長! まずは何処から攻撃すれば!?」
「ああん!? 貴様……ブリーフィング中に居眠りでもしていたのか!? まずは敵船! その後は対航空火力を持った敵兵だと――――」
「――――ありません! 敵の軍船が一隻も……港におりません!」
「なにぃ!?」
そんな馬鹿な……!
慌てて私は望遠鏡を使い、地上の様子を伺った。
「……無い。本当に船が……無いぞ!?」
そんな話は聞いていない!
出立前の最終報告では、港には複数の船が停泊中だと言っていた筈だが……
「くそぉ! 情報部は何をやっているのか……!」
「マイセル副団長……どうされます?」
「ぐっ!? 船が無いのなら兵士だ! とにかく敵兵を狙え!! 貴様らはそんな事も分からんのか!?」
「……兵士は疎か、人っ子一人、街にはおりませんが……」
「あひゃあ!?」
予期せぬ回答に私は思わず間抜けな声を上げた。
「そ、そんな事があるかぁ!! ここは港町! しかも、敵国の王都なのだぞ!?」
「それはそうですが……見てください! 実際に人は誰もいないんですよ!」
「ぐぅ……っ!」
確かに……望遠鏡で何処を探しても人の姿はまるで見当たらない。
私が部下たちを見ると、連中は「今頃そんな事実に気が付いたのか?」とでも言いたげな表情を私に向けてきた。
(ぐっ! このままでは……私の威厳が……!)
「ええい! きっとそこら辺の建物の中に潜んでいるのだろうよ! 適当に建物を爆撃し、脅かしてやれ!」
「「「了解!」」」
だが、街の各地に神術弾を撃ち落とすも、屋内から誰一人出てこなかった。
「副団長……これはどうやら本当にもぬけの殻のようです…………」
「う、ううむ……。私の活躍を見せられなかったのは残念だが……きっと我々に恐れをなして逃げ出したのだろうな……うん」
「「「…………」」」
「ごほんっ! 我々の役目は果たした! これから上陸作戦に移行する為、ここからは海軍と陸軍の出番となる! 我々は予定通り、艦隊に伝令役を残して帰投するぞ!」
「「「了解!」」」
出鼻を挫かれた感はあるが……脱落者無しで作戦自体は完遂したのだ。私は気持ちを切り替え、伝令の飛竜騎士を一名選んで送り出し、他の騎士たちと共に帰路に就いた。
無人のサンハーレを爆撃しに来た飛竜騎士の動向を複数のドローンが遠くから観測していた。
「…………連中、本当に無人だと知って大人しく帰っていったね」
「ネスケラ殿! 一騎だけ隊列から離脱した飛竜がおります」
「もしかして伝令役かな? その飛竜の後を尾行して!」
「承知!」
ここはケルベロス城内にある監視室である。
この部屋には近隣に設けられた様々な監視カメラやドローンから送られてくる映像をモニターで見る事が出来る。
また、ドローンの操縦もこの場所で行われていた。
当初は遠隔操作の距離や活動時間が短かった地球産のドローンであったが、科学技研所長であるボクが改良に改良を重ね、今では魔力によって動く魔導ドローンへと生まれ変わっていた。
それ故に、活動範囲と距離も格段に向上し、更にはドローンに搭載された秘密兵器も遠隔で射出出来るようになっていた。
(たとえドローン単体を鹵獲されても、この世界の人たちじゃあ再現なんて不可能だろうしね)
動力が魔力とはいえ、ほとんどの箇所は科学的な機械が用いられている為、この世界の人間にとっては理解不能な飛行物体となるだろう。このファンタジー世界ではまさにUFO的立ち位置だ。
「飛竜騎士団が去ったのを海兵隊のゾッカ提督に報告! すぐに艦隊を動かすそうです!」
「OKだよ! これで敵艦隊は面食らうだろうね!」
飛竜騎士団が来る事は事前に察知出来ていた。
情報源はトライセン砦にある敵の副司令部からである。それと同時にサンハーレに残っていた民間人(偽装した軍人)たちは一斉に退避し、同時に船や軍船も全て出向させた。
今のサンハーレは正真正銘、無人となっていた。
船が向かった先はバネツェ内海にある無人島に密かに建造した軍港である。そこには現在、パラデイン王国のほぼ全ての軍船が集結していた。
当初はそこからリューン艦隊の背後を取って襲撃しようと考えていたのだが…………
「ネスケラ殿! 伝令だと思われる飛竜騎士の後を追ったところ、リューン艦隊を発見! 場所は……B4地点です!」
「うん、うん。B4地点だね。前情報通りだね」
作戦指令部の一人であるシノビの報告にボクは予想通りだと頷いた。
だが、その後の報告は予想外であった。
「待ってください! 伝令の飛竜騎士が妙な方向に飛んでいきます!」
「え? そのままリューン王国に帰投するんじゃないの?」
飛竜の活動時間はそこまで長くないと聞いていた。流石の飛竜も長距離飛行は疲れるのか、途中で何処かに休むのだ。
リューン王国からパラデインまでは圏内だが、それが往復ともなると途中で何処か羽を休める場所を必要とする。てっきりその伝令も仲間と合流するか、少し船上で休むのかと思いきや……
「これは……別艦隊です! 飛竜騎士は別艦隊にも伝令に向かったようです!」
「別艦隊!?」
全くの初耳情報に驚いた。
(そんな艦隊の情報……トライセン砦からは聞いてないよ!?)
「この艦隊は……海賊船です! こやつら、ネーレス海賊団です!」
シノビの言葉にボクは舌を巻いた。
「海賊! ここでその手札を切るのかぁ!」
まさか海上戦力も二段構えだとは思わなかった。
リューン王国もこちらの情報部が優秀なのは知っているのか、敢えてその情報を伏せていたのだろう。何も知らずに艦隊戦を仕掛けていたら、リューン艦隊とネーレス海賊団に挟撃されていた恐れもあった。
流石に軍事国家は伊達ではなかったが……情報戦ではこちらが一歩だけ上回った。
「うーん、うーん……よし! ゾッカ提督に打診! 先にネーレス艦隊を討とう!」
「え? リューン艦隊の方は攻撃せずとも宜しいので?」
「うん。責任はボクが持つから、海賊団を優先にね! ただし、伝令が去った後、速やかに殲滅するように伝えてね」
ボクはニヤリと笑みを浮かべてみせた。
「ゾッカ提督! 作戦指令部より作戦変更の打診です! サンハーレには向かわず、至急ネーレス海賊団を討つように……以上です!」
無線からの連絡を受け取った伝令は提督である俺に報告を行った。
「んだよ! 敵艦隊を湾内に入れさせて、背後から叩くんじゃねえのかよ! ネスケラの嬢ちゃんもいきなり無茶な注文してくるぜ!」
俺としては港に閉じ込められ動きにくい敵艦隊を背後から奇襲する方がやり易かったのだが……
(あそこの海域は俺たちのテリトリーだからな)
一方、ネーレスの海賊に関しては戦力が未知数だ。
(俺も海賊を何度か相手した事はあるが……)
ネーレス海賊団はネーレス首長国が肩入れしているというだけあって、海賊団の枠には当てはまらない規模の艦隊だという噂だ。
実質、連中はネーレス海軍なのだが、その戦闘方法はお世辞にも軍属とは呼べない卑劣な戦法のようだ。
(ま、海賊相手ならこっちも遠慮するこたぁねえよな?)
その辺りの対策に抜かりはない。
というか、俺たちの船ならどんな艦隊だろうと負ける気がしなかった。
伝令役となる飛竜騎士からサンハーレの様子を告げられた海賊船長の俺は呆気にとられた。
「はぁ!? 目標地点に軍船が一隻もいねえ、だと?」
「そうだ。恐らく何処かの海域に移動したか、無人島にでも潜伏しているのだろう」
「つまり……何処にいるか分からねえ艦隊を俺たちネーレス船団が探せと?」
俺たちネーレス海賊団は祖国からの後ろ盾もあり、バネツェ周辺海域を好き勝手に暴れまわっていた。
だが、そんな俺たちも軍事国家であるリューン艦隊には太刀打ちできなかった。
せめて一矢報いてやろうとも思っていたが、祖国からリューンに従うようにとの通達があった。どうやらお上の連中はリューンの属国になる選択をしたらしい。
(ちっ! 気に食わねえが……まぁ、尻尾を振る相手が代わっただけかぁ)
祖国と言っても、俺たち海賊の大半は海や島で過ごしている。ネーレス首長国に対しては祖国愛も感じなければ命を賭してまで従う義理もない。今後はリューン専属の海賊として襲う相手を変えればいいだけの話なのだ。
そんな俺たちの新たな標的はパラデイン艦隊だと知らされた。
噂では、連中は今まで見た事もない船を持っているらしい。
(くっくっく……こいつは遅い甲斐があるぜ!)
俺たちの仕事は敵船を沈める事じゃあない……略奪だ! その中には当然、敵船も含まれる。その噂の船を鹵獲できれば俺たち海賊船団もパワーアップするというものだ。
そう意気込んで来てみたら、当初の計画である敵艦隊への挟撃は中止となった。
何故なら、肝心の相手が見つからないから…………
「ふざけんな! てめえらが敵艦隊を引き付けている間に俺たちが背後から強襲……そういう約束だったじゃねえか!」
「戦況が変わったのだ。別に貴様らだけで敵艦隊を潰せとは言っていない。貴様らはサンハーレ港の沿岸付近に待機し、港に近づく不審船を発見したらリューン艦隊に報せるのだ。リューン海軍はこれよりサンハーレ港に入港する」
「……報せるだけでいいんだな?」
「そうだ。どうせ貴様らだけではパラデイン艦隊は手に余るだろうよ」
「けっ! 分かったよ!」
いけ好かない飛竜騎士様は伝える事を伝えるとすぐに船から飛び立った。
「船長……どうしやす?」
「…………仕方ねえ。今は従うしかねえだろう」
予定が狂わされたが、こうなったら俺たちだけでパラデイン艦隊を襲うか? いや……そんなリスクを取る必要はねえ。やはりここは命令通りにリューン艦隊に報せ、連中が潰し合っている横から美味しいところを頂く。
それこそが海賊流ってやつだ!
「さて……また艦隊へと逆戻りか……」
伝令役を任された私はひと先ずの仕事を終えると、飛竜に命令しリューン海軍がいる方向へ向けて飛び立った。
そこに…………
「ん? なんだ……空飛ぶ魔物か?」
それにしては奇妙だ。
羽らしきものは見当たらないが、羽音とは違った異音を放っている。しかも、よく見ると生き物というよりかは人造に近い物体のような物がこちらに飛んで来た。
「まさか……敵の神器や魔道具の類か?」
こちらに近づいて来るので私はあれを敵だと判断し、神術弾で撃ち落とそうとした。
だが、こちらの攻撃を察知したのか、その飛行物体は速度を上げ、更には軌道を変えて神術弾を回避してきた。
「なんだと!? こいつ……!」
この飛竜騎士と空中戦で張り合おうとは生意気な!
私は謎の飛行物体を撃ち落とそうと躍起になるも、その所為で周囲の警戒を疎かにしてしまった。
「なんだ? 異音が更に大きく…………なぁっ!?」
周囲には、同じような謎の飛行物体が飛んでいた。何時の間にか囲まれてしまったようだ。
「不味い! 逃げるぞ!」
不気味なものを感じた私は咄嗟に飛竜へ逃げるよう指示を出した。
だが一歩遅く、その謎の物体から霧のようなものが噴出された。
「ぐあっ!? な、なんだ……これは……っ!」
目に刺激物をかけられたようで、私の視界が塞がれた。
グルアアア!!
それは飛竜も同じだったらしく、視界を封じられた私たちは空中を落下していった。
「ぐぅ! 飛竜よ! 落ち着くのだ!」
ようやく視界が戻り、なんとか飛竜を宥めようとするも、こちらを取り囲んでいた飛行物体は更に攻撃を畳みかけてきた。
「なにぃ!? 今度は網だとぉ!?」
その物体から射出されたのは、なんと漁師が使うような投げ網であった。その投げ網はそこそこ広く、私ごと飛竜をすっぽり覆ってしまった。
「こんなもの……くそ! 斬れん!」
鉄か何かで出来ているのか、その網は思いのほか頑丈だ。しかも身体が絡まっている為、思うように力を出せずに外せなかった。
飛竜の翼も動かせなくなり、当然我々は海上に落下する。落下した際、強い衝撃を感じたが、闘気使いの私はなんとか耐えられた。飛竜もこれくらいの高度で落下して死ぬような生命力ではないだろう。逃げる際に低い高度を飛んでいたのが幸いしたようだ。
だが、災難は続く。
「くっ! このままでは溺れ死ぬ! 誰か……!」
私も飛竜も網に絡まったまま碌に身動きが取れない状態で海に放り出されたのだ。このままでは溺死確実である。
私の意識が途切れる間際、見た事もない船がこちらに近づいて来るのを見た気がした。
「こちら海兵隊小型12番艇! 伝令役の騎士を飛竜ごと捕獲! 飛竜搬送の為、応援を求む!」
『こちら海兵隊旗艦クラーケン、了解! すぐに中型船を派遣する!』
こうして伝令役である飛竜騎士は捕らえられた。
「やったー! これで相手の目を潰せたね!」
ネスケラは思わず万歳をした。
それを横で見ていた私はネスケラに問いただす。
「これ、そんなに重要だったの?」
「勿論だよ、ポーラ! この飛竜騎士は多分、リューン艦隊と海賊たちに街の状況と新たな作戦内容を伝えたんだろうけれど、その後に伝令役を潰したからね。向こうはお互いに作戦通りに動くものだと認識している。そこを逆につけ込むんだよ!」
「な、なるほど……?」
素人の私には良く分からなかったが、とりあえず頷いておいた。
この幼女は見た目とは裏腹に大人顔負けの頭脳を持っていると聞いていた。私が操縦していた謎の飛行物体――――ドローンというらしいが、これを作ったのも彼女だという。
「それにしても、ポーラの操縦は凄いね! 複数のドローンを自由自在に同時操縦できちゃうんだから!」
「まぁ、そういう神業だからね」
私のスキルはどうやら乗り物だけでなく、ドローンのような遠隔操縦する物体にも適応されるようなのだ。
ドローンとやらには操縦する為のボタンの他に、“熊撃退スプレー”や“特製の投げ網”など、搭載されたモノを射出するボタンも存在した。それらを使って飛竜の動きを封じたのだ。
一時的にでも相手の行動を阻害できれば、後は勝手に落ちてくれる。そう言われて実践してみたものの……まさかここまで上手く嵌るとは……
モニターという遠くの映像を映す魔道具? 越しだったので、あまり戦ったという実感は持てなかったが、操縦しか取り柄の無かった私があの飛竜騎士を討ち取ったのだと思うと徐々に気分が高揚してきた。
「この調子で偵察に来た飛竜騎士はじゃんじゃん撃ち落としてね!」
「分かったよ! ネスケラ!」
私は御者からドローン操縦士にジョブチェンジした。