プロローグ 『俺は、あたしは、ただ、救いたかっただけ』
※序盤から残酷描写(※特に三話)があります。
(グロ等、刺激に耐性のない方は読書をお控え下さい)
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――沼に堕ちゆき駆け巡る。
――刻まれた鮮烈な追憶は赤に花開き、
――剥き出しになった想いは濃く黒々と、
――あとは毒を撒き散らし枯れゆくだけ。
その繰り返し、だから。
――そう、だから、俺は、
手中に収めた未だ拍動する、
己が心の臓を眼前へと掲げ――
クシャリと、――握り潰すのだった。
――――暗転――――。
……――空の頂点に太陽が昇る時刻、とある世界、ヴァルマニア国、都市部ドラレスト、その近辺、囁きの大森林中枢は今、辺り一帯轟々と燃え盛る真っ白な炎に包まれていた。
ヒリヒリと、身を焦がすような熱さに肌が痛い。
顔にかかった髪が滴った汗で素肌に張り付く。
外周を囲うようにして乱立する木々はその白炎により燃えているのに、燃えていない、文字通り、包まれている。
――そんな現実感の無い空間の中、周囲の白い炎に照らされた銀髪の少女は、数分前にこの身を襲った衝撃、激痛で立ち上がることも出来ないほどに混濁とした意識の中、大木に背からもたれ掛かり、その目に備わった吸い込まれるような銀の双眸で、数メートル先、身体が言うことを聞き、立ち上がることが出来たのなら、直ぐにでも駆け寄ることのできる、そんな、ままならない、手の届かない距離から――
――あたしは、彼の背中を朧気に見ていた。
白髪の入り交じった彼の黒髪が、熱波に揺れる。
両腕を失った彼は、今、必死に戦っている。
この事象を巻き起こした白炎を纏った黒い大きな人型の化け物に馬乗りになって――
その化け物を、ただ必死に、喰らっている。
何かを探し求めるように、何度も何度も。
何もする事の出来なかった無力な誰かの為に。
そんな中、その化け物は目の前の彼の存在に、畏怖を感じ始めているようにみえた。
白く波立つ視界、揺れる彼の背中は、どこか酷く辛そうに見える。
だからあたしはそんな彼をみて、凄く、悲しくなった。胸が強く締め付けられた。
――彼の境遇に?
いや、違う、そんな生ぬるい安い同情では無く、そうではなく――
自分の無力に、この世界に来て、彼に再開し、舞い上がっていた自分の馬鹿さ加減に――……
いっそこのまま死にたくなるほどに、奥底から湧き上がってきた生理によって、――嫌悪していた。
新たに芽生えた醜い心。他者に向く筈のそのどす黒い感情は今は矛先を変え、自らへと向けられていた。
それでも、死ぬ訳にはいかなかった、それは自己満足に、ただのエゴに成りうるから、だから決死に、意識を繋ぎ止めなければならなかった。
彼をひとりにするわけには、彼を孤独にしてしまう事は絶対にあってはならないことだから――
これは自惚れなんかではなく、いつの頃からの、彼女達との約束であり、ただ、まっすぐに、一途で、純粋なおもい。
救うことばかりで、自分を救おうとしない彼の為に、――あたしは、私達は、絶対に生きなければならない。彼をおいて、先に死んでしまうことは赦されない。
……なのに、それなのに、こんなにも、彼を救いたかったのに、あたしは、彼を―――
ひとりぼっちにしてしまった。