表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/32

第十五話 秘め事と珍客 (二)

 言ってしまおう。少しでも楽になろう。結界はもうとっくに寿命を迎えているんだ、私や、母や、その前の、それ以上前の魔女たちが命を削って永らえさせていると。でももう限界なんだと。どうにかして結界の修復法を見つけてきてほしい。過去のことを後に回して、壊れかけた籠のためだけの鳥になってほしいと。

 テトの開けた口は最後の躊躇いをみせる。一度口を噤み、もう一度、としたとき。

「なんで?」

 ロラが不快を露わにした声で呟いた。

「え?」

「ツルツルがいる。馬が怪我してる?」

 ロラの視線は籠の外に向けられていた。抱擁は終わり、帽子を被せられる。そしてロラは結界と外の境目まで行ってしまった。

(…………)

 少し、名残惜しく感じてしまった自分を押し込めてテトは後を追った。

 ツルツルことダルエニが結界の外にいた。隣には娼婦をしていたはずのスーラという女性がおり、二人はそれぞれ馬を連れている。だが、スーラの馬は脚を庇っているようだった。二人の後ろでは銀騎士が暴れている。木が邪魔で見えないが、ウイブと戦っているようだった。銀騎士は魔女とウイブにしか攻撃しない。魔女としては厄介だが、人間からしたら心強い存在になるのだろう。実際見通しの悪い森を二人は進んでこれた訳のようだし。

「止まれ。これ以上進めば結界に触れてしまう」

 テトが静止するよう言うと、外の二人は驚いたように目を丸くした。

「この声、猫魔女か。この先にいるんだな」

「ご、ごめんね!この子が動物にびっくりしちゃって、あたしも上手く落ち着かせてあげられなくて怪我までさせちゃったの。置いていくなんてできないし、せめてこの子だけでも入れてくれないかしら?」

 スーラはこの子だけでもというが、周囲の物音一つ一つに全身で反応して身体を強張らせていた。ダルエニが銀騎士の討ち漏らしたウイブを叩き切った。テトが見たことのないウイブだ。

「ロラ、鍵は?」

「ごめん持ってきてないよ」

「はぁ……霊猫(イム・オス)。頼んだぞ」

「いいの?」

「いつまで無事でいられるか分からないだろう」

 霊猫を憑けたロラが外に出るとまた面白いように二人は独自の反応を示した。向こうから見れば木々以外何も無い空間から突然魔女が現れたようなものだろうし、その反応も仕方がない。

 ロラは二人と馬たちの中心に立って合図を送った。鍵が無いとなれば、魔法で回収するしかない。負担は軽視できないが、見殺しにする選択をすれば、少なくとも今のテトに耐えれるダメージではなかった。

猫の集会(イム・アリェス)



「初めまして、と言うべきか?」

 突然見慣れない場所に移動した。小川の脇というのは変わらないが、傍にこんな大木は見なかった。ダルエニはすぐにここが話にしか聞いたことがない幽居の籠の中なのだと察した。そして、それを理解した直後、大木の木陰で魔女が帽子の笠を上げてそんなことを言った。

 ダルエニは小さな魔女の姿を見ると、正確には魔女を象徴する帽子を見ると反射的に武器を構えた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに武器を下ろした。隣の金髪は刺剣を向けたままだったが。

「私はテト、この幽居の籠の守護者であり、魔女だ。だが心配する必要はない、取って食ったりなんてしな――――!?」

「かわいいいいい!!!!!!!!ちっちゃいねぇぇ!!!やわらかいねぇぇぇ~~!!」

 小動物を愛でるかの如く、猫魔女はスーラに思いっきり抱きしめられた。すごく不快だと鳴き声を上げるが、離れる様子はなく大きな房に窒息させられそうになっている。金髪はそれを羨ましそうに見ていた。

「金髪に猫魔女、一先ず礼を言う」

「まったく、お前がこんな不用心なやつだったとはな」

 猫魔女はスーラに抱えられたまま厳しいことを言ってくれる。絵ずらは間抜けだが、不用心だったのは否定できなかった。

 キャバルリーの隠れ里で影の魔女に遭遇したあと、ダルエニたちは一夜明けてから英雄の郷里へと帰った。ただの死体の回収と調査のはずだっただけに、十分な目的も達成できずに死者まで出したこの件は、郷里を仕切る議会からのダルエニへの信用に重く響いた。あの場にいた者たちは口をそろえて運が悪かっただけでダルエニに落ち度はなかったと証言したが、冬に大きな被害を被った件もあり、お咎めなしとはいかなかった。

「そのお咎めの結果がこのざまと」

「うるせぇ。実質的に団の解散になったんだ、手が回らなくなるのはしゃあないだろ」

「戦士団が解散してもなお、活動を続けているようだが?」

 可愛げが無いとダルエニは思う。身近にこんなのが居たらさぞ面倒くさいだろうなと。

「皮の魔女の被害が大きい。なにより奴は、郷里の中に入り込んでいる可能性がデカい。血の魔女みてぇに大暴れしねぇ代わりに、地面に鼻くっつけて探し回る俺らを弄んでんだろうな。だが、この遊びがいつまで続くか分からねぇ。贖罪者はどいつもドの付いたイカレ野郎で、皮野郎は人を嗤うのが人一倍好きなようだが、いつ飽きて郷里内で死体を量産するかは時間の問題だ」

 被害の進行は未だ止まらず、既に人間の指の数じゃ足りない人数死人が出ていた。郷里内のピリつきも顕著になってきている。

「死人の皮を被っている以上、探し出すには誰が死んでいるかを知る必要がある。早急にな。だから一人でやろうとしたんだが」

「うぅぅ…………ご、ごめんって」

 猫魔女を解放したスーラが縮こまる。事故が探索の帰りで籠の近くだったのが幸いだ。

「迷惑かけたのはその…………ごめん。でも勝手についてきたのはあたしだけじゃないでしょ」

 スーラの言うとおり、単独で行動しようとしたところ、十数人が勝手についてきた。どうしようもない連中だと一蹴できなかったのはダルエニ自身だが。

 それからしばらく、警戒心剥き出しだった金髪はうたた寝を始め、ダルエニたちも昼下がりの風で涼んでいると若い男がやって来た。どうやら猫魔女が呼んだ専門家らしく、スーラの馬を診てから馬二頭を連れて行った。症状は挫跖(ざせき)で、ダルエニの予想どおりだった。川の水で冷やし続けていたし、そこまで深刻にはならないだろうと思うが、数日はここで立ち往生することになるだろう。郷里まではそう遠くないが、スーラを一人にするのはあまりにも不安だった。幸いなことといえば、勝手についてきた者たちはダルエニが居なくとも動ける人間だというところだろう。向こうに戻ったころには何かしら進展があることを期待したい。

「それにしても、静かねぇ〜〜」

「郷里が賑やか過ぎるだけさ」

 猫魔女はダルエニたちが泊まれる場所や食料を手配した。至れり尽くせりでありがたいが、その反面何か裏があるのではと勘繰る。

 だが、それにしてもこののどかさは確かに身に珍しい。春の昼過ぎということもあり、昼寝には丁度いいだろう。いびきをかいてそれを体現している者もいる。ダルエニはふと、エルがいつか原っぱで昼寝がしたいと言っていたことを思い出した。

(あいつは仲間に預けてある。……問題ない)

 親しみという観点ではエルは誰よりも秀でているだろう。何かあれば必ず誰かしら駆けつけるはずだ。それにあの女は馬鹿じゃない。身の危険を感じれば得意の逃げ足で手遅れになる前に安全圏まで身を引くはずだ。

「ダルエニ、またずいぶんと私たちに世話になったんじゃないか?」

 エルや仲間の杞憂をしていると、突然猫魔女がふっかけてきた。さすがにここに入ると決めたときから考慮していたが、いざ聞かされるとくるものがある。

(かわいくねぇな〜~~)

 ダルエニは返事を返さず、横目に猫魔女を見ていた。よくよく見ると、ほんとに小さい。

(……ってか)

 ダルエニは猫魔女の目の前まで行くと、両脇を挟むようにして持ち上げた。ようやく猫魔女の貼り付けていた能面が崩れる。

「マジでガキじゃねぇか」

「なっ!!??」

 顔を赤らめて暴れるガキをダルエニは冷めた目で見つめる。蹴られても殴られても痛くない。それは筋力の少ない魔女である以前に、子どもだからだ。百四十もないちっさいガキだ。

(…………この籠ってのは、やっぱり好かねえな)

「おい、いい度胸しているじゃないか」

 ガキ魔女は抵抗をやめた代わりに軽蔑の目を向けていた。ダルエニはその刺すような視線を受けてもびくともしない。

「ガキとか言ったな。だが私は魔女だぞ。お前が想像している以上に私は大人に近い」

「なら、いくつだってんだ?」

 ふんっとガキ魔女は自信ありげに鼻を鳴らした。その仕草が子どもっぽいんだと言おうと思ったが、ぎゃんぎゃん吠えてきそうだと思いやめておいた。

 ガキ魔女は少し迷った目をした後、口を開いた。

「…………今年で二十八になる」

「え゛っ!?」

 驚いた声を上げたのはスーラだ。遠くから猛獣を見るかのように隠れて様子を窺う野次馬から貰ったチーズを落としそうになっていた。

「あたしより上なの!?」

「ああ、十二分に歳をとっているだろう?」

 ガキ魔女は言うが、次はダルエニが鼻で笑う。

「魔女で二十八ってーと、人間に換算すりゃあ大体十三か四くらいだな」

 「ようガキんちょ」とダルエニは笑い、更に追い打ちをかける。

「それに魔女は精神年齢と体の成長速度に大きな差はなかったはずだ。二十何年生きてようが、中身は見た目どおりだろうよ」

「お前っ……そんなに死にたいか」

 そんな文言とともに杖を向けられたダルエニは目を丸くした。空色の右目が濁り血が混じっているのが分かる。魔法を使う気だ。魔女の表情も冷水のように冷たい。……いや、そう見えるようにしている。

「ハッッ!ハッハッハッハッハッハッ!!!」

 ダルエニは大口を開けて哄笑し、やってみろと言わんばかりに杖の先が眉間になるように頭をずらした。

「っ!こんの!!猫だまし(イム・ト)!」

 杖の先が瞬き、光がダルエニの頭を打ち抜いた。一瞬眩しさに目を瞑るが、思ったとおりただの威嚇だとすぐに分かり、ダルエニは自分でも珍しいと思うほどのいやらしい笑みを溢れさせた。

「~~!!!!」

「ここの連中はお前を大事に大事にしているみたいだから、こんな羞恥心は初めてか?無理に体裁を保とうとすると痛い目を見るって、いい経験になったじゃねぇか」

 勝ち誇ったように笑うダルエニは不貞腐れた子どもを下ろした。すると、不貞腐れた子どもは身の丈に合った言動をする。

「ロラ、このハゲ面をぶん殴ってくれ」

「えっ!?いいの!?」

 騒ぎで目を覚ましていた金髪に助けを求めたのだ。求められた方はダルエニに私怨でもあるのか、嬉々として立ち上がり腕を振り回してアップを始めた。

「怪我させない程度なら猫の足取り(イム・イト)を使ってもいい。この不届き者に思い知らせてやれ」

 猫魔女が離れると、金髪とダルエニは向かい合った。なんだかんだこちらとしても鬱憤はある。ダルエニは口角を上げ、飛び掛かってきた長身の魔女を投げ飛ばした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ