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第十三話 嵐の前 (二)

「ステラ重くない?」

「まだまだ余裕だとさ。長居するわけにもいかないんだ、速く残りも入れてしまおう」

 件の場所でロラはせっせと謎の模様が描かれた帯を馬のバッグに詰めていた。雪は止んだが、降り積もったものはそう簡単に消えるわけもなく、ここに来るまでに時間を取られてしまった。寒さに震える指でなんとかナイフを握り、長すぎる帯を切る。

「一回で回収できるのはこれだけか」

「あと二、三回は必要そうだね。今日中には無理そう」

「まぁ想定済みのことだ。ひとまず帰ろう」

 昼になり、雲が薄くなって陽が射してきたが、それでも身に堪える寒さだった。ロラとしては籠に戻ったら暖炉の前でぬくぬくしたいのが本音だが、そういうわけにもいかないのが現実なのだ。

 籠と目覚めた場所を往復する際、必ず廃村付近を通る。危険はあるが、テト曰く逆に迂回して平原や森に入ると更に厄介な敵がわんさか潜んでいるらしい。結局、どこを通るにしても危険はつきものということのようだ。

「苦労を掛ける。どうしても、猫の集会(イム・アリェス)は負担が大きくてな」

「そんなこと気にしないでいいよ。わたしのことだし、テトに負担掛けたくないし。それよりもわたしのことにいつも協力してくれてありがとね」

「んん…………」

 これは…………照れてる。

 廃村に差し掛かった。中を突っ切るわけではないが、警戒は怠らず時間も掛けたくない。行きよりもロラ半人分ほど重くなっているが、ステラはそれを感じさせずぐんぐんと速度を上げて数体ウイブを轢きつつ、一気に駆け抜け、何事も無く籠に帰った。それをもう一度二度繰り返し、二日目に入る。


「ん?郷里の戦士か?」

 最後の手掛かりを回収し帰路についたとき、遠巻きに廃村を観察していたテトが不意に呟いた。

「…………」

「そう警戒するな。ウイブでもあるまいし、私たちは馬に乗っている。野良魔女と間違われたり、さすがに有無も言わさず攻撃してきたりなんてしないさ。…………たぶん」

 たぶん、という不安を滲ませた言葉を猫が漏らしたその瞬間、ロラは手綱を引いて馬を止めた。十人弱の戦士が馬に跨ったまま一所に集まっていたのだ。向こうも気が付いて近寄って来る。ロラは帽子の笠を摘まんで下げ、目を細めた。猫の項を掴んで肩に乗せる。

 近づいてきたのは二人、そのうちの二十代半ばの若い戦士が口を開いた。

「君は幽居の籠の魔女か?ここで何を?」

「そのいっぱいになった革袋には何が入ってるのかしらね」

 女戦士が続き、鋭い視線をステラの背中に送る。

「ただの調べものだ。それよりも、お前たちはなぜここに?あの廃村には探求者が潜み危険だとダルエニに伝えたはずだが」

 いつの間に。記録館に行ったときだろうか。ダルエニ、あのツルツル頭とテトは認めたくはないが、どこか似たものがあるように思えてしまう。だからといって嫌いなことに変わりはないのだが。

「君たちに伝える義理はないさ」

「つまり、魔女狩りではないと」

 テトが小声で呟いた。探求者、つまり以前廃村で遭遇した頭に杖が刺さった魔女のことなのだろうが、それを倒す以外でここに来た理由とは何なのだろう。ただでさえかなり手強そうな相手だったし、こんな場所でこうして悠長にもしていられないだろに。

「関係ないなら、わたしたち帰ってもいい?」

「いいえ、魔女は信じられないわ。ルフィン、彼女の荷物をこっちに」

 青年が馬を降りようとする。少しいけ好かないが見られて悪い物は特に持っていないし、テトや籠に迷惑も掛けたくないから我慢する。

「馬鹿が、んな所で荷物検査なんざすんじゃねぇ」

「団長でも……」

 また嫌なのが来た。廃村の方から来たけど、何をしていたのだろう。できればそのまま見当たらない探求者と一緒に出てきてほしくなかったけど。

「てめぇら何してた」

「調べものだ」

「内容は」

「ロラの出自」

「大層に詰めた鞄の中身は」

「大戦前後の魔法に関する遺物」

 つるハゲがフンッと鼻を鳴らした。なんだか対抗したくなったのでロラも鼻を鳴らした。すごく厭そうな顔をしてきたのでそれもお返しした。たぶん効いた。少し気分が良くなった。

「ダルエニ、ここは籠に近くとも危険だ」

「言われるまでもねぇ。あと百メートルも平原側に出ればまだ記録にない化け物どもが平然と歩いてやがる。気がつかれたら厄介だ」

「それもあるが、魔女が」

「お前の言っていた探求者はいなかった」

「「いない?」」

 テトと一緒についロラも呟いてしまった。確かに見かけないなとは思っていたけど。

「詳しく聞きてぇならついてこい――――お前ら、村の安全は確保した。これから捜索に入る」

 戦士たちを連れて、団長は廃村の中へと行ってしまった。あとに残されたロラたちは顔を見合わせ、少し話し合った末にその後を追った。


 廃村にはまだ魔法が掛けられていた。しかし、よく見るとところどころ解けているところもあり、片側が廃墟、もう反対側が新居の姿をしたおかしなものもあった。潜む魔女を警戒して離れすぎない程度の距離を高速で駆け抜けていたせいで今まで気づかなかった。

 腐った松明は相変わらずの様子で、ロラや村に入った者たちを無表情に受け入れた。事が起きればまた嘲笑ってくるかもしれないし、魔女に忘れ去られてこのまま朽ち果てるかもしれない。ただ、この松明たちが塵に帰る時が来れば、それは廃村が廃墟、そして名のない石材の廃棄跡になるころなのだろう。

「行方不明者?」

 馬を預け、廃村の中を三人と一匹で歩いていた。ロラ、テト、ハゲ、そして。

「ええ、怖いわよねぇ」

 何故かいる吟遊者見習いのスーラ、あの胸の大きな女性だ。あまりにも輪の中に自然に溶け込んでいたもので、何故転職してこんなところにいるのかなんかは聞きそびれてしまったが、お酒さえ入ってなければ話しやすく、ロラやテトにもとげとげしさを出してこないので、ロラとしては好きな人間だった。どうしてかいないエルの代わりにいてくれるのはありがたい。

「というか団長、皆と離れすぎじゃない?」

「刺激は少ない方がいい」

「ああ、少なくとももうしばらくは他の郷里の者たちとは距離を置いた方がいいだろう」

 団長の意図をテトは理解していたようだ。…………やっぱり、なんか、テトは団長のことを気に食わないとかいいつつも信頼しているのかもしれない。ロラは団長の後頭部を睨んだ。

(やっぱりこのひときらい)

 鬱憤をテトで発散しようとすると今は怒られそうな真剣な雰囲気だったのでスーラに当てた。顎を肩に乗せたり、手を握ったり。経験豊富そうなおねーさんは最初こそ戸惑っていたけど、慣れた手つきでやり返してきた。楽しい。

「皮の剥がされた死体…………」

 肩の上でテトが繰り返した。団長の話によると、英雄の郷里で複数回起きている失踪事件の停滞した捜査を進めるためにダメもとで外を探したところ、郷里から少し離れた洞窟の入り口で見つけたらしい。

「今身元の特定を急いでるところだ。それで、お前らは何か見たりしてないか」

「私たちを頼るなんて、かなり切羽詰まっているようだな。それともそれだけ信頼されたか?」

「寝言は寝て言え。なんも見てないってことでいいな」

「残念ながら見ていない。この村にいた魔女が消えたのと関係はありそうか?」

「分からん」

 団長が人骨のウイブの残骸を道の隅に払いのけた。ウイブの体は自然の摂理に魔法で対抗している。制作者である魔女が死ねば、ウイブも摂理に殺される。ウイブになった年数が長ければ、魔法が解けた瞬間塵に帰ったりもする。ここの人骨たちは戦士に倒され、逆にそれまで動いていた。そして、仮にこの村の住民だったのならかなりの年数が経っているはずだから、魔女が死んでいれば今にも土に還るはずだ。つまり、ここにいた魔女はまだ生きている。村にかけた魔法が解けかかっているのは、単純に力を注がなくなったからなのだろう。

「だが、以前お前らは銀騎士に出くわしたんだろう?」

「まさか、狂い魔女が住処を捨て逃げたと?」

「最近、魔女どもはおかしい。動物以下だった理性が、動物並みにはあるように思えてならねぇ。半年前までは逃げる奴なんて見たことなかった。ただ、欲望のまま、本能のまま暴れる災害だった。だってのに…………」

 団長は苛立たし気に民家の扉を開けて中を覗き込んだ。中を散策して、ロラたちを呼んだ。

「はぁ……ビンゴだ」

「ひぃ!?」

 スーラがロラの背に隠れた。

 民家の片隅、窓辺の椅子に座らされた皮のない死体。ハエが集り、床に溜まった血は黒く変色していた。

(…………?なんか、見覚えある?)

 記憶を手繰る。何かが引っかかる。そういえば、さっきも皮がない死体があったと言っていた。

 皮。皮…………!

「あっ!ディアだ!」

 思い至ったその名は、皮の魔女ディア。戦時の英雄、贖罪者の一人であった。


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