第十二話 籠の小鳥たち (三)
「…………???」
「あなたも魔女なんでしょう、なら、あの娘の代わりにこの籠を護って、実質的な統治を代わりに引き受けてほしいの」
言っている意味がよく分からない。代わりに護る?いや、でも、なぜ?理解する以前にいろんな問いが同時に念頭に上がる。
「まだ言っていることが理解できないのかしら?それとも理由?それなら説明してあげるわ」
セントワートと名乗った女性はロラの反応も待たずに話を進めるが、なんとなしに興味を惹かれたので、そのまま大人しく話を聴くことにする。
「理由は簡単よ。あの娘、テトには守護者なんて大層な役柄向いてないのよ。――――幼少期、私はあの娘のことを妹のように可愛がったわ。あの娘も私を姉のように慕って、今よりもずっと小さな体で後ろをくっついてきてた。だから、この籠の中で誰よりもあの娘のことを理解してる」
セントワートはそう言い切ってみせる。しかし、今までも他の住民たちから小さな守護者の昔話は聞いてきているのでそうとは限らない。彼女だけしか知らない特別な理由でもなければ、まだ彼女の歪んだ認識や虚言とも判断しきれなかった。
「あの娘は暇人が書いたくだらない小説を読んで、毎日布団の中でその続きを妄想するような娘なのよ。虫一匹踏み潰せない、喧嘩を仲裁しようとして怖くて結局何もできずに泣き出すような、そんな娘なの。…………私の言いたいことが分からないようね」
(テトの恥ずかしい話……じゃない…………?)
それとも独占欲からくるマウント的なものだろうか。ロラの接してきた籠の人間たちは、違いはあれど一様に友好的だった。しかし、目の前の人物はどうやら違うのかもしれない。それを感じ取ったロラは、すっかり顔に染みついていたのほほんとした雰囲気を内側にしまい込んだ。
「臆病で非現実に夢を見る愚か者、そう言えば分かるかしら」
夕焼けが雲に隠れ、暗がりに黄金の双眸が浮かぶ。
「あの娘は誰に対しても夢を見ているわ。自分をよく思っていない人間にもね。臆病だからそんな人間を切り捨てる判断もできないし、ぶつかってくることもせずに時間と距離を置いて逃げることしかできない。いろんな問題を抱えて、あの長い髪に巻き付けてずるずる引きずってるのよ。ここの能天気な奴らはそのことに誰も気が付かない。問題だらけの不出来なあの娘を妄信して、あの娘自身も自分の不似合いさを忘れて有能な守護者を演じ続けてる。本当は無能なのにね」
「…………どうしてそんなに悪く言うの、いいところもいっぱいあるのに。それに、テトは無能じゃない」
「ふん、無能じゃないにしても不出来よ。少なくとも彼女以前の魔女たちよりもね。それが事実なのはこの二十年の籠で起きた出来事を掘り返せばすぐに分かるわ」
なんなのだろうこのヒトは。テトのことをよく知っているようだが、テトに対しての感情はどれもマイナスに向いているようで、とても歪に思えた。
「あなた、テトに恨みでもあるの…………?」
「…………ええ」
つまり、私怨からこんなことを言っていると。しかし、テトがそう恨まれるようなことをするだろうか?そんな疑問が顔に出ていたらしい、セントワートが重く口を開いた。
「あの娘は……………………私の息子を殺したのよ」
「どう?あなたの言いたいことは分かるわ。けれど、それでもあの娘が選択した結果だもの。私にはあの娘を恨む権利があるわ」
目元の陰りに見え隠れする疲れの正体を知った。それは、どうしようもないもので、他人にどうこうできるものではなかった。ただ、あーだこーだ言っていた彼女自身、十年もずるずると引きずっているものがあるようだった。その錆びついた矛先が、かつて可愛がっていた者にずうっと向き続けているというのがなんともいえなかった。
「ヘムウィック、私の息子が最後じゃないわ。ヘリトラの父親が死んだのもあの娘が選んだ結果だもの。――――未熟で、愚かで、臆病で、魔女は人よりも精神の成長も遅くて、あの娘がまだ幼いのは重々承知しているけれど、それでもあの娘の代になってから問題が起きすぎているのよ。だから大人のあなたが代わりにやって。あの臆病者にこれ以上守護者を務めさせないで」
「…………」
セントワートは影の中で黙り込むロラに苛立ちを覚え始めたようだ。また、それを隠す気もないらしい。
「っ……魔女は魔女同士で結託でもしてるのかしら。それとも、あなたもあの愚か者を信じる馬鹿なの?魔法が使えるだけの無能者を祀り上げるの?」
北風が窓を叩き、崇拝する太陽から邪魔な雲を払いのける。窓枠の僅かな隙間から風が吹き込み、机に置かれていたハーブティーの香りが漂う。
「私の息子を殺した、殺したのに……毎日のように会いに行って…………邪魔でしかたない…………。そう、邪魔、邪魔なのよあの娘。なのに毎日毎日籠を歩き回って、目障りなのよ!」
クレアから聞いたことがある。乱れた心を落ち着かせる効果がある薬草があり、お湯に漉して飲むと良いと。彼女の手元にある物がそれのようだが、あまり効果があるようには見えない。それどころかどんどん情緒不安定になってきている。
「一丁前に振る舞って、臆病者は臆病者らしく縮こまってればいいのよ!……………………いっそのこと、死んでくれたらいいかもね。そうしたらあんな娘を信じてる馬鹿どもも一緒に死んで、清々するわ」
夕陽が室内に差し込んだ。手にした手鎌が夕陽によって紅色に染め上げられる。
魔女は冷えきった目を細め、窓際の女性に近づいていった。
大戦以前の大昔、魔女と人間はこの大陸中で共生していた。未だに時々、その頃の記憶らしきものが蘇るせいで、不自然に知識を得て、それが頭の中で定着してしまう。今自分が当たり前だと思っていることは、この籠の中でも当たり前でいられるのだろうかと時々思い、躊躇う。
魔女は生来傲慢さを持っている。きっと自分にもその気質があるのかもしれない。でも、ロラにとってその感覚は当たり前すぎて、もしあったとしても気が付けないかもしれない。
大昔の魔女は人間たちと共生していた。それは記憶で観た。けれど、どうやってあんなにも上手く共生していたかはまだ分からない。…………反感を抱く人間も多かっただろうに。
「なぁそんなに拗ねんなって。そりゃあパシリ…………おつかいも兼ねてたっていうか…………それがあたしの主な目的だったのを黙ってたのは悪いけどさ。ほら、このとおり謝罪の意も込めてこうしてごちそうしてるしさ」
作業台の上に置かれた小汚い袋には、仕立て屋から受け取った用途不明のズボンのような物や、その他日中ロラが訪れたところから受け取ったヘリトラ宛の荷物が入っていた。見事に上手く使われたわけだ。
「…………ん?ごめん考え事してた」
しかし、別にロラはそんなこと気にしていなかった。贅沢にゴロゴロとした肉の入ったシチューをスプーン片手にぼーっと眺めていただけだ。テトのように難しいことに考えを巡らせるのは得意ではない。考え始めると他の動作を置いてけぼりにしてしまう。
「アンタがそんな考え込む事っていうと、テト様関連か?」
「んーー、ん~~~…………。なんだか、ここも思ってたより難しいんだなって」
「んんん???どゆこと?」
「ふぅぅぅん…………」
目を閉じて首を傾げるロラをヘリトラは怪訝に見ていたが、それ以上触れようとはしてこなかった。
「ん~~……………………。まぁ、テトの言うことはこういうことだよね。大変だなぁ」
適応の速い野生児は、独り言を呟くロラを無視してこっそりと向かいの皿から肉塊を強奪する。
真冬の寒風は木々と土壁に遮られ、彼女たちに届くことはない。
「ヘリトラ」
「ん?まだ相談事か?」
「肉」
渋々と返してもらった肉を熱々のシチューに沈めてスプーンに掬い口に運ぶ。
鼻孔をくすぐる香辛料などの料理の香りに混ざり、手からは微かに残った土の匂いがした。




