第十二話 籠の小鳥たち (二)
「あれ?噂には聞いてたけどホントに太陽が出てるのに出歩いてたんだ、大丈夫なの?」
「うわさ?帽子も外套もあるから平気だけど」
「ああ……そりゃそうか、毎日お日様の下歩いてるテト様も魔女だったね。魔女的にはあのヒトが不健全なんだよね――――で?なにか御用かい?いま春服の仕立てで忙しいんだ」
そう言いつつロラの着ているマントコート、自分の作品をうっとりと見ているその女の名はハニーカムといい、幽居の籠の仕立て屋の一人だった。帽子の裏に内緒で猫ちゃんマークを縫い付けた張本人でもあり、つまり以前身に着けたマントコートや魔女の帽子にブーツ、それらを仕立てた人物だ。制作にあたって何度か顔を合わせてそれなりに話す相手でもあった。
ハニーカムの手前にある足踏み式のミシンには、織りかけの子ども用らしき服が挟まっていた。仕事中だったようだ。
「なにか手伝えることない?」
「手伝うって…………あなたにはヘリトラの代わりに野蛮人と接触するっていう大事な仕事があるじゃない」
「テトが許してくれないと外に出れないの。それでヘリトラが今暇でしょって」
「まあそりゃあ……………………なるほどね、あの子に都合のいいようにパシられたってわけか」
仕立て屋は勝手に独りニヤニヤとしだした。何だか分からないがムッと睨んでみると、ニヤニヤはより深くなった。でも、ふしぎと嫌な気分になるようなものではなかった。
「そういえば、ちょいと猫の手も借りたかったんだよね。…………いや、これはマジね。成長期の子どもが多いから。おいで、手伝ってくれたら、あなたの靴もちょいといじりたかったんだ」
「ほんとぉ~?」
「ほんとほんと、ほらそこの篭に入った生地取って」
言われたとおり生地を手に取り隣の丸椅子に座った。鼻歌を隣に聞きながら、針と糸を用意する。実はロラは手芸の心得が少しあった。乗馬と同様身体に染みついた記憶のようで、それに気が付いたのは比較的最近のことだった。なぜ?という疑問をもう何度も浮かべていて、今はもう謎のままただ受け入れている。分からないものは分からない。そう割り切るしかないのかもしれない。
それから、簡単な補助をロラは言われるままこなしていった。
「懐かしいなぁ~昔母さんがテト様に帽子を仕立ててた時、テト様はちょうど今のあなたみたいにこの丸椅子に座らされてじっとしてたよ。あの頃はあたし含め人間の子どもたちとよく遊んでよく笑ってたけど、今は不愛想な顔を張り付けちゃってねぇ~」
「テトと遊んでたの?」
「そうさぁ~、今よりも小さかったのに外を走り回ってたからね。ふふん、ありえないって顔してるねぇ~」
「だ、だってあのテトだよ」
「あのテト様よ。早くに先代を亡くされて守護者になってから数年かけて今みたいになっちゃったけどね――――っと、まあこんな感じかな」
ロラの前にしゃがみ込んでいたハニーカムはふふん、と鼻を鳴らしてみせた。
本来であれば子ども用の衣服を数枚作らなければいけなかったらしいが、ロラのブーツをいじりたいと突然騒ぎ出し、結局服一枚と他途中で作業を中断し、半ば無理やり靴をはぎ取られて最終的に今に至る。
彼女は靴をいじると言っていたが、実際に行われたのは試着会だった。そして、試着した全てがヒールのある靴だった。
「どう?あなたのビジュアル的には落ち着いた大人な感じがいいと思ったんだけど?」
その質問に対して微妙な顔で応える。
「かわいいけど…………慣れないし、わたし戦うから折れちゃうよ」
「んぐぐ…………なるほどねぇ~。もう少し改良の余地あり、か」
ヒールを履かせることを諦める気はないようだ。
「とりあえず今日はその靴でお願いね、早めに慣れちゃいなさい」
「ええぇ…………いいけどさ、かわいいから」
そのままそこで昼食を食べ、仕事も一段落したところでロラは思い出した。手がいる場所は他にもいくらかあったのだ。
「あれま。まあおかげで仕事も落ち着いたからあたしはいいけど」
「うん、もう少し頑張らないと」
「そっか。手伝ってくれてありがとね、助かったよ。――――それじゃあこれ、ヘリトラに渡しといて」
ハニーカムが取り出したのはかなり生地の厚い半ズボンのような物だった。しかし、本来脚を通すために貫通しているはずの二つの穴は隙間なく閉じられていた。首を傾げていたロラは背中を押されて急かされる。
「ほら行った行った、まだあなたには仕事があるんだから」
疑問を口にする間もなく放り出されてしまった。
まあいっか、と、謎の土産が入れられた袋を持たされたロラは、再び昼の高い日差しの下を歩き出した。
それからロラは転々と人手のいると聞いた場所へ赴いた。ただ、仕立て屋や籠に侵入する危険な野生動物を排除する役割である狩人以外では、正直ロラには手に余るものが多く、あまり力になれなかった。それでも、住民たちは顔色を悪くすることはなく、むしろ手厚くもてなされることが多かった。
そうして籠の住民と接していく中でロラは改めて感じた、幽居の籠と英雄の郷里との差を。同じ人間という種族でも、住む環境が違うだけで価値観が大きく異なるのだ。それを、ロラはその肌で戦士たちから向けられる感情から感じ取っていた。彼らにとって、魔女は駆逐すべき敵だった。
「ふぅ」
土汚れの付いていない指で懐から紙包みを取り出す。紙にはチーズの欠片が包まれており、それを摘まんで口に放り込んだ。少ししょっぱいが、それがクセになる。
ここは、のどかでゆったりとした匂いがする。
農夫のおじさんは言った。「自分たちが何の危機感も感じずに過ごせるのは魔女のおかげ」だと。
酪農家のおねえさんは言った。「外の連中が言うほど魔女は悪い存在なの?」と。
天気予報士の男の子は言った。「こんな狭い檻に閉じ込めようとするテトが気に食わない」と。
この籠は魔女の結界によって護られている。人間含め、悪意ある存在を拒絶している。
この安全で、一生を暮らすには狭い世界の中で、魔女という存在を指すのはテトであり、住民たちにとって身近な存在でもあった。彼らにとって、魔女はテト個人であり、良くも悪くも頼られる存在だった。
(籠のひとたちにもいろんな考えがあるみたいだけど、魔女そのものを怖がってるひとはいなさそうだったなぁ。みんなが知ってる魔女がテトくらいなのもあるんだろうけど。……………………ここで、今まで魔女はテト一人だったんだよね)
あの小さな魔女のことを思い返した。この籠は走り回るには広大過ぎる。魔法があるにしても、一人で護り抜くのはどれくらい大変なのか想像できない。
狩人や装具職人、医師は言った。「魔女は踵を下ろすことを忘れた」と。
ロラはテトの感情や考えていることを多少読み取れる自信があった。逆に、それ以外の人間たちに対しては自信がなく、それを裏付けるように以前、そのうち小賢しい奴に騙されそうだと装具職人に言われたことがあった。しかし、そんな自他ともに認める鈍感なロラでもなんとなく感じ取れてしまったものがある。魔女を心配する感情の裏面に、楽観に似たものが張り付いていることを。それは信頼かもしれない。それは慢心かもしれない。ロラにはそこまでは判断できなかった。
(今までの守護者がどうしてたかは分からないけど、みんなが助けてくれてるとは思うけど…………一人は大変だよね…………)
最後に残ったチーズの欠片を包みの中で転がした。
(独り…………)
自分と断言できる確かな記憶はまだこの数ヶ月分しか持ち合わせていない。それでも、孤独感に潰されそうになるあの感覚はよく知っている。
籠には慕ってくれる人々がいる。温かで寛大な人々はきっと彼女をたくさん甘やかしてきただろう。願えば家族のように接してくれもするだろう。もしかしたら既に願ったことがあったかもしれない。――――でも、魔女という種族は彼女しか居なかった。
(…………)
もしかしたらそんなことどうと思ってもいないのかもしれない、彼女は生まれてからここの住民なのだから、それが当たり前となって、こんなことを思いつきもしないかもしれない。
労働の疲れなのか、柄にもなく頭を使ったせいか、口から白い息と共に情けない声が漏れる。
(なんにしても、テトはこの籠を護るためにイヤなヒトたちからの攻撃に耐えてた。それは、もう分かった。でも、分かんない。ひとが傷つくのを見たくないって、それって、あのワルイヒトたちも?あの、いじめてくるワルイヒトたちもテトは守りたいの?なんで?邪魔なのはいない方がいいと思うんだけどなぁ〜)
「ん〜〜〜…………あっ」
ザッと音とともに雑草の束が地面と離別した。ロラは立ち上がり、辺りを見回した。
「おわった」
場所は民家群から離れた丘の上、医師バライジの診療所、その東側だった。今日の最後にと寄った診療所で、その周囲の雑草刈りをしていた老女を見かけ、ロラは代わりを名乗り出た。といっても昼前からやっていたようで、ロラが代わった時には残り東側だけ、という状態だったのだが。
最後に根っこを引き抜いて、雑草のたんまり入った袋を仮置き場に持って行こうとした、が。
「重っ」
ということで一旦放置して、手鎌を片手に診療所内に助けを呼びに入った。
「おばあちゃ〜ん?」
木製の清潔な屋内は静まり返っている。民家の三、四倍程度の広さなので適当に呼んでいればそのうち返事が返ってくるだろう。
階段を上り二階の廊下に出ると、一室扉が開きっぱなしの部屋があった。そっと廊下から中を覗くと、窓際に人影があった。人影は窓の外を眺めているようでロラには気づいていないようだ。
ロラの目的は力を貸してもらうことであり、ちょうどいいかと思って部屋に入り人影に声をかけた。
「あなた……見ない顔ね」
一瞬驚いた顔を見せた人影、女性は怪訝そうに目を細めた。見た感じ、おそらく二十代後半から三十代前半辺りだろうか。ただ、その細い目下には化粧で隠し切れないしわが刻まれている。疲れているような、そんな印象を抱いた。
「だれ?」
「私?セントワートよ。そんなどうでもいいことより、あなたって例の外から来たっていう魔女よね」
窓枠に腰かけて腕を組む女性はそう訊いた。籠内にも、まだロラの名前や存在しか知らない者もそれなりにいるので珍しくはなかった。
「そうだよ。わたしはロラ、よろしくね」
「ええよろしく。それじゃあ魔女さん、単刀直入に言うんだけど――――あの娘の代わりに守護者になってくれない?」




