第十一話 衝突 (三)
「どいつもこいつも大馬鹿ばっかりだ、ったくよぉ」
大男は苛立ちを隠す気も見せずに手についた埃をはたいた。
「どうやらテト様たちは魔法で帰られたようですね、賢明な判断です」
「なぁ〜にが賢明だ、落第点ギリギリだ」
英雄の郷里の大通り、騒ぎを鎮静化したダルエニたちはこれ以上何も起こらないよう遅れてやって来た野次馬たちを突き返していた。
魔女たちが消えた直後、ダルエニはフージアが投げたダイナマイトをなんとかキャッチして導火線をちぎり捨てた。そして、直前で消えた魔女を探していたフージアをとっ捕まえて殴り倒し、騒ぎを聞きつけた看守(警察のような組織)に突き出して今に至る。
寝ぐせの付いた最後の野次馬を追い返し、二人はようやく一息ついて道端の木箱に腰を落ち着けた。
「猫のやろうは狂ってなければ誰でも話が通じるとでも思ってんのか、自分を犠牲にすればどうにかなるとでも」
「それが彼女の人を信じる心の大きさなのでしょう。自分の身を焼かれることも厭わないほど」
「それが火に油を注いでるってことにも気が付かずにな、いい迷惑だ。第一魔法で帰れるんならなぜ初めっからそうしない。魔法には体内の悪魔の血を使うってのは知ってるが、俺の知る限り渋らなきゃいけねぇほど消費が大きいものでもない」
「聡い彼女のことですし、なにか事情があるとみた方がいいでしょう」
「ふんっ、あいつは賢くねぇ、賢いふりが上手いだけだ」
エルが何とも言えない表情で見てくるが、べつに思ったことをそのまま言っただけで、間違ってもいないはずだ。何か言いたげだが、水を渡して黙らせた。
一休みがてら通りを見張っていたが、流石に夜も更けた時間だ、人の通りもほぼなく、もう心配はいらないだろうと立ち上がとうとしたタイミングで白髭を蓄えた老齢の男に声を掛けられた。
「戦士殿、夜分すまないが、少し時間を貰えないか」
七十代の体にはとても見えない胸囲と腕の筋肉量、ピンと伸びた背筋。ダルエニは大男だが、この老人もほぼ変わらない背丈をしている。
「看守長の爺さんか、こんな遅くに起きてっとすぐ病気に罹ってころっと逝っちまうぜ」
「この忙しさから解放されるなら、それもまたいいだろう」
髭を揺らして笑っているが、冗談とも言い切れないのがこの爺さんへの印象だ。
「さて、そんな生き急いでいるじじいに少し時間を分けてもらえるかな」
「勝手に取ってきな」
「はははっ、ではありがたく。――――戦士殿に以前から協力してもらっている行方不明者の捜索の件なのだがね」
それは血の魔女を殺したのとほぼ同時期から発生している事案だった。発生時から今も継続的に、数日の内に一人というときもあれば、一日の内に二人消える日もあった。行方不明者の身元は戦士やその見習いもいれば、農家や職人など区別がなく、また年齢や性別もばらばらだった。無差別といっていいのは確かだろう。
「しかし、聞き込みをした中では行方不明になったはずの者を見たという目撃者もちらほらいる。というのが戦士殿の報告だったね」
「ああ、消えたはずのやつが数日後にひょっこり現れて、その後を追いかけたがパッと消えちまう。中には追いかけたやつが後日行方不明者のリストに載るってこともあったらしい」
「戦士殿はこの一連の事件をどう見る」
「さあな、それはアンタらの分野だろ。俺は鉈を振り回すことが仕事なんでな」
「そう言いながらも議長殿の機嫌を取るためにとこの仕事を申し出たのは戦士殿だろうに。おかげで魔女どもへの借りは返せたのだろう?なら、このままおまけが付くくらいいいではないか」
「生憎必要以上に報酬は受け取らない主義なんでね」
「ふうむ……」
じじいは髭を撫でて考えるふりをする。ふりをするのが下手というより、隠す気がない。
「残念だ。公にはなっていないものの、魔女の一件で戦士殿たちにいい顔をしない者が増えたから、議長殿の後ろ盾を用意して上げられればと思っていたのだが。んんん、実に残念だ」
本当に残念だ。ダルエニははなっからこの仕事を受け入れるしか選択肢がなかったのだ。それを今更悟った自分のことも残念に思う。
「ダルエニ様」
「分かった分かったって!俺は何すりゃいいんだ」
「はははっ、賢明な判断助かるよ。では、まずはさっきの質問に答えてくれるかな。この多発する失踪、戦士殿ならどう見る」
途中でほっぽり捨てることが叶わなくなり、仕方なくどっしりと構えることにしたダルエニは肘をついて掌に顎を乗せた。
「どうもこうも、考えられんの全員裏で繋がってて何か企んでいる。怪しまれないためにバラバラに消えた。とか?それとも愉快なサイコ野郎が本当に無差別に選んで陰で殺してるだとか?俺は探偵じゃねぇんだ、期待すんな」
「んんん、確かに期待できる推理ではなかったね。どれも捜査が始まった最初期に下っ端が出した推理だ」
「そりゃどうも。俺は捜査官の見習いにはなれるらしい」
「ふむ、その気があれば是非ともお願いしたいね。いかんせん、戦士殿のように胆力と実力を揃えた優秀な人材が……っと、いかんいかんすまないね、話を戻そう。…………どこまで話したかな?」
それからしばらく、この癪に障る長話好きの爺さんに付き合わされた。話の内容としては至って簡単なもので、捜索範囲を広げろといったものだった。
「郷里の外を探せってか」
「ああ、その解釈で間違いないよ。生身の、しかも碌に訓練もしてない人間が外界で生きているとは到底思えないのはこちらも重々承知している。しかし、上層部の中にはそれを理解できない、ボケたじじばばもいるのだよ。だから建前だけでも必要なのだ、探したという」
「ご苦労なこったな」
「ああ、苦労するよ、板挟みの立場というのは」
眉をひそめてやれ困ったといった顔をする。どこまでが本音か判断しきれない。
「それで、引き受けてくれるかい?君以外の参加者にも箔をつけると約束しよう」
「…………いいだろう。ただし、その後ろ盾とやらで鬱陶しい馬鹿どもを黙らせられると約束してもらう」
「もちろんだとも、約束しよう。議長殿と看守長のわたしに気に入られた戦士殿は、側の大切な人含め郷里の誰にも害されないと」
老人は両腕を広げて大袈裟に振る舞う。人の神経を逆撫でるのが好きな男だ。
「捜索範囲と期日は追って連絡するとしよう。わたしはそろそろ失礼するよ。何分年寄りなものでね。――――戦士殿、そして麗しき吟遊者殿、夜分遅く、睦まじい時間に失礼したね」
そう言い残して看守長の老人は去って行った。自然とため息が漏れる。
「余計なことしか言わねぇじじいめ」
「ダルエニ様、私のことはお気になさらずともよかったのに。この郷里内でしたら厄介に巻き込まれたとしても、私を助けてくださる方々がいらっしゃいます」
「勘違いするな、馬鹿を相手にするよりかは楽だと判断しただけだ」
ダルエニは立って通りに出た。後ろからエルもついてくる。
「はぁ……」
今度はエルがため息をついた。彼女がそう言ったネガティブなものを吐くのは珍しい。普段は悠々としていて掴めない立ち振る舞いをしているが、今は人も少ないこともあり違うようだ。
「せっかく貴方様が仕事以外で憂愁を忘れていたというのに、こうもまた、貴方様を憂鬱にさせてしまう事柄が舞い込んでしまうのですね」
「はぁ?誰が悲しんでたって?」
「血の魔女を討ち取った、そして多くの戦友を喪ったあの戦いから、貴方様は傷心されていました」
「お前の気のせいだ」
「フフ、貴方様が私の発言を先読みできるのと同じように、私にも貴方様の考えや感情を感じ取ることができます。少なくとも、この大陸で誰よりも。貴方様はテト様たちへの恩を記録館への入館許可として返すために、そして同時に心の傷の痛みを忘れるために奔走しておりましたね」
隣まで追いついてきたエルが横目に大男を見る。この終末的な大陸に無事上陸できてしまってから一日も欠かさずこの薄緑の瞳を見てきた。だから、その瞳が映す感情もなんとなくだが分かってしまう。向こうも大体同じだろう。
「はぁ……、勝手にそう思ってろ」
「いい加減、私の前でくらい気を抜いてもいいではないですか?時には甘えたいと思うでしょうに」
「思わん。お前と一緒にするな」
ダルエニは歩幅を丁度いい大きさに変えた。
「あ、私を置いていく気ですか!?」
後ろで小走りをする音が聞こえる。途中でつまずいたのか、少し音が乱れた。ダルエニはまたため息を吐いた。吐いた息が温かい。
また、歩幅を変えた。
「明日からまた忙しくなるのでしょう?なら、たしか家に燻製肉のおつまみがいくらかありましたし、英気を養いませんか?」
隣で指折りつまみの数を思い出すこの女はまだ絡み足りないらしい。飽きないやつだと危うく感心しそうになる。
居住区に入り人もからっきし見なくなった。一方的に握られた手が温い。払いのけても無駄なのは学習済みだ。
「…………つまみの種類と数は」
いやな予感がした。
「たしか馬肉が八枚でしたね」
「おい、それは俺の家のつまみだ…………!!なんでお前が把握してんだ!」
声を控えた分顔と体で抗議した。こいつにこんなことをしたところで意味がないのは分かっているが、やらなければ後々もっと踏み込んできそうだ。
「ほらここはお前の家だ!さっさと入って鍵閉めて寝ろ!」
もちろん声量は控えている。
「フフ、少しは元気を取り戻してくれたようですね。それでは、おやすみなさいませ」
「ちっ…………、おやすみ」
鍵が閉まるのを背中越しに聞きながら家に向かう。どっと疲れが骨身に染み込んでくる。だが、頭を休ませるわけにはいかない。
(俺の戦士隊はほぼ壊滅したままだったな。明日は人員確保から始めて、明後日以降のなるはやで外に出なきゃならんか。…………いや、心配はいらない。あいつはスーラの子守りだ。その間はスーラが周りに吠えまくるから馬鹿は寄ってこないはずだ。いきなり吟遊者になりたいだのとあいつに縋ってきたときは厄介だと思ったが、いい方に転んだか?)
自宅に帰り綺麗に整頓された部屋に転がる。大鉈を立て掛けてあった壁はあの戦い以降孤独を味わっている。ふとエルの言葉を思い出す。そして頭を抱えた。
「俺は武器を買う気にもなれてなかったってことか…………」
体が温かいうちに布団に入り、さっさと忘れてしまおう。




