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第十一話 衝突 (一)

 地下にある英雄の郷里も、夜になると影に包まれる。十数メートル上の天井に嵌め込まれた光石に毎夜カーテンが掛けられるのだ。そのおかげで太陽の届かない地下世界にも擬似的に昼夜の概念が作り上げられる。人も動物も、こうした稼働時間の目安がなければ心身に支障をきたしてしまうという見解は、人々が経験を長年受け継いできた賜物だろう。

「なんでついてくるの?エルとは一緒にいたいからいいけど」

 背の高いロラはジト目で更に大きい男を睨みながら言った。彼女に大事に抱えられているテトは、つい先ほどまでうたた寝をしてしまっていたという風に周りに認識されていた。突然寝てしまったということに関して、ダルエニが皮肉をふんだんに効かせた嫌味の数々をさっきから吐露している。女々しい奴だとうんざりする。それでも丸まって大人しくしているのは、いろいろと、そこまでではないが、少しだけ、へこんでいるからだった。

「テメェらがおかしな事しないか見張るためだ。それが嫌なら駆け足で帰った帰った」

「やっぱりあなたきらい!言うことなんて聞いてあげない!」

「はっ!だったらここに居座れ。ずーーーっとな」

「やだ!」

「おいおい、そう言うならさっさと駆け足しないとなぁ!」

 二人は幼稚な争いを繰り広げる。その間に挟まれたエルはなだめるでも静観でもなく、なんとも楽しそうに二人を見上げていた。反してテトの耳は自然とそっぽを向く。

「あれ?団長じゃん」

 まだ人の賑わう通りに出た途端女性が声をかけてきた。聞いたことのある声だと分かり、テトは耳を畳んで(ぬく)い隙間に頭を埋める。

「おやスーラ様、こんばんは、お昼ぶりですね」

「こんばんはエル、に団長と…………あっ!見慣れない顔と思ったらこの前あたしを振ったカワイ子ちゃんじゃん!」

 スーラと呼ばれた女性はパッと目を開くや否や、ロラの肩を掴んでブンブンと揺すった。腕の中にいる身としてはほんとうにやめていただきたい。

「うあぁぁぁっ!だ、だ、だ、だれぇぇ??」

「ちょっと覚えてないの!?いや、確かにあたしお酒飲んでちょ~~~と変な絡み方しちゃったけど…………」

「………………あっ!お酒臭いひと!」

「お酒くさ…………い、いや、そうね、そうだわそうよ、あたしはお酒臭い人。前のことはごめんなさいね、少し悪酔いしてて、そのうえあなたの容姿にピンときちゃってね」

 酒に酔っている時と違い、素面(しらふ)のスーラはとてもまともに見える。記録館に行くまでに周りを観察して気づいたが、ロラが魔女であることは、グルーニィを討ち取った報せに付随して郷里内にある程度周知されているようだった。そして、職業柄人付き合いの多いスーラなら知らないなんてことはまずないだろう。しかし、テトの予想に反してスーラは魔女を忌避するような感情を見せていない。まさか単純に、噂の魔女がロラだと気が付いてないのかと、そう疑いかけたとき。

「まぁほら?いつまでも過去に囚われてちゃイイ女が台無しじゃない?だからはい!これでこの話は終わり。――――と、い、う、こ、と、で、改めて聞くけど、あたしの店どう?健全な魔女の裸体なんてきっと郷里の歴史上誰も見たことないはずよ!」

「は、はだかぁぁッ!!??な、なんで!?やだッ!?」

 どうやらそうでもないらしい。さっき()()()と思ったことも撤回した方がいいようだ。

 取り乱したロラはエルの背後に隠れ、得体の知れないものを見るような目でスーラを窺っている。

「そ、そんな怖がんなくてもいいじゃない。え、えぇ……そんなにいや?」

「一般的にはロラ様の反応の方が妥当かと」

「エ、エルまで…………」

 瞳に失望の色を浮かべたスーラは大袈裟に肩を落とした。大きな果実が揺れる。

「残念無念ってことだ。こいつらはお急ぎで寝床に帰んなきゃなんねぇんだから、おめぇのくだらねぇ商売根性に付き合ってらんねぇのさ」

 くだらないと鼻を鳴らすダルエニの胸板に向かって、頬を膨らませたスーラが何度も殴る。ダメージがあるようには見えない。それどころか、殴られている方は歩き出し、殴っている方は次第に疲れてただ腕を振り回しているだけになっていった。二人の感じとエルの何でもない様子を見る限り、これがここの日常なのかもしれない。

「このハゲェェーー!……はぁ……はぁ…………いつか絶対…………絞り取ってやる…………あ、いや、そうか団長は」

「あ?俺がどうしたんだ?んでエルを見る?――――おい、なんでそんな目で俺を見る。おいいきなり気持ち悪い笑み浮かべて肩つかむな」

「大丈夫、そんなに触れ回るつもりはないから。だからその…………二人で頑張ってね、いつか治るといいね」

「お前、何かしらねぇが勘違いしてんじゃねぇか?」

 そのとき、ダルエニを呼ぶ若い男の声が割って入った。聞き覚えのない声に、テトは腕の中で体の向きを変えると、尻尾の毛を笠に様子を窺い始めた。

「団長」

 哀憫に満ちた目を向けるスーラと訝し気なダルエニの間に入ったのは、十代前半の少年だった。灰色の長い髪を後ろで一つにまとめた髪型をしており、男にしては珍しい髪型が目に新しい。先ほどからする嫌な予感が気がかりだったテトは、突然現れた変数に警戒を強めた。

「フージア、どけ。道を塞ぐなって親父に教わらなかったか」

「教わる前に死んだ。そこの魔女どもに殺された」

 そう言って少年はロラとテトを睨んだ。あからさまで隠す気のない強い敵意と、燃え盛る怨嗟の炎に焼かれた目をしている。嫌な予感が、ただの予感ではなくなり始めている。

「ジャックじじいから訊いた、おやじはそいつらと仲良くしてたって。――――魔女は卑怯で残忍だ。人と偽っておやじたちの仲に入り込んで殺したんだ」

「狂った魔女どもはそうだ。だが後ろにいるこいつらはちょいと違う。こいつらが血の魔女を殺したことはお前にも伝わっているはずだ」

「団長、あんた……そいつらを庇ってんのか?」

 少年はずっと後ろに回していた腕を脱力させた。その手に握られた鋭利な刃物が薄暗い闇に紛れて微かに白銀の筋を地面に映す。

「ロラ」

「…………うん」

 小声で意思を確認し合ったテトたちはダルエニの背中を盾に後ずさりをする。

「あくまで協力者として、だ。人間様に牙を剥いてきた時はお前みてぇに得物を向けるさ」

「ですがどうかご安心を。彼女たちは決して(わたくし)たちを――」

「あんたら狂ってんのか!?そいつらは魔女だぞ!ここに住む人間たちの家族や友人、仲間たちを殺した薄汚い化け物だ!……………………いや、そうか…………そういえばあんたらは外から来た人間だったな。そうだ、そうだそうだそうだ!!あんたたちも魔女に与するクソッたれなんだ!!!!」

 少年は一人激昂する。なだめようと不用心に近づいたスーラが切っ先を向けられて低く悲鳴を上げた。

「あんたもか!」

「ちがっ……」

「あんたも魔女の味方なんだな!!」

 刃が娼婦に向かってスッと滑らかに押し出され、色のあった顔が一気に青ざめる。しかし、それは鍛え上げられた腕に呆気なく止められた。

「馬鹿野郎が、頭を冷やせ」

 少年の腕を掴んだダルエニは膝蹴りを一つ入れた。少年は短く呻いた後、刃物を落として膝を突いた。

 無力化を確認したダルエニが振り返り、不満げにぼやいた。

「…………んでお前らは逃げてねぇんだ」

「野次馬の中に武器を持った者たちがいる」

「……ッ」

 騒ぎを聞きつけた野次馬にテトたちは包囲されており、その中には、少年と同じ思想の者たちも少なからずいるようだった。状況は芳しくない。穏便に済ませたいのに。

「魔女は卑劣で…………クソ虫なんだ…………!」

 少年がよろよろと立ち上がった。その瞳には依然と怨嗟が渦巻いている。

「金髪の魔女……お前か…………?お前がおやじを誑かして殺したんだろ!」

 ロラは不愉快そうに眉をひそめている。その腕はまだ、テトを抱えている。それだけが幸いのところか。

「さっきから殺したって、誰の事なの?」

「おれのおやじ……ヒーツを忘れたなんて言わせねぇぞ」

(!?…………そうか、彼には子どもがいたと知っていたが、あの子が…………)

「ひーつ…………?…………あ、うん、覚えてるよ。薄く髭を生やしてたひと。一応いいひとだったね」

「お前ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 少年は今にもロラに掴みかかろうともがくが、ダルエニに腕を掴まれているため徒労に終わる。それでも、飢えた獣が獲物を目の前にした時のように、自分の体への負担を度外視して暴れまわる。

 見ていられなくなったテトは腕から飛び降りて少年と目を合わせた。まだ、話せば分かってくれると信じて。

「待て!彼が亡くなったのは果敢に戦ったからだ!魔女に騙されて殺されたなどと、そんな不名誉な、彼の功績を無かったことのようにしないでくれ。――――仲間の死を目にしても君の父親は怯まずに、仇である恐ろしい魔女に単身挑んだんだ。彼の行動のおかげで、ジャックやカトルは魔法への適応を速めることができたと言っていい。――――だから、私を恨むのは好きにして構わない。だが、君の父親の雄姿をその憎悪からくる妄想で塗り替えないでくれ」

 テトにとって、未来や自由のために闘う戦士は敬われるべき存在だと認識していた。たとえ彼らが自分を忌避していたとしても。だから、彼らの内で勇敢に戦って戦死した者に対しての記憶や印象が歪んでしまうことが耐えられなかった。彼らの言う英雄として語り継がれるべきであり、魔女に騙された愚者として誤って記憶されてはならない。それが実子であるなら尚更。記録はエルが残しているのはもちろん理解しているが、それとこれとは別だとテトは思っている。

 テトにとっては決して間違っていない、そうあるべきだと思ったことを言った。それを聞いた少年は瞳孔を開いて固まり、エルや一部の野次馬は賛同を示すように頷いている。しかし、ダルエニはどういうわけか呆れた顔をして首を振っていた。

「……………………そうやって」

「?」

「そうやって、おやじのやさしさに付け込んだのか」

「は?な、なんで」

「猫魔女のお前は昔からこそこそと郷里にやって来ては、人間を見下して無様な死に様を見る薄汚い欲望のためにおやじやその仲間たちに根を張ってたんだな!!」

「何を言って……私はそんなことしていない!そんな欲望もない!」

「魔女が言うことなんて信じられると思ってんのか?いままでお前らがおれたち人間にしてきたことを忘れたのか?お前らは悪だ、絶対悪だ!この世にいちゃいけない異物だ!!」

 半数以上の野次馬が歓声を上げる。少年の熱が観客に伝播し、その熱が盛り上がった観客によって力を増して少年に返される。もう取り返しがつかない程ヒートアップしてしまっていた。

(は、話が通じない…………。いや、そんなの前からじゃないか。なんで私は今更……)

「嘘つきの魔女め。戦場でもその猫越しに、安全な場所から戦士たちが死んでいく様を見て嘲笑っていたんだろ。そうじゃないってんなら、お前が直々にここに来て、おれたちの前で弁明してみろよ。弁明した後で、生きたまま内臓を引きずり出してやる!!手足を捥いで、羽を毟って、ミンチにした後豚の餌にしてやる!!!」

「……っ」

「ロラ落ち着け」

 ロラをなだめなければ本当にまずいことになりかねない。身内の争いほど無益で愚かなことはない。敵は狂った魔女やその奴隷であって、頭の固い人間たちではないのだから。

 テトはロラの前に立ち、どうにかこの状況から切り抜ける方法をひねり出そうと頭を働かせた。体調に問題はないが、できる限り魔法は使いたくない。

「なるほどな、そうやって手駒の魔女に指示を出して、お前は裏でほくそ笑んでるんだな」

「…………あなたテトの言葉が分からないの?」

 ロラの意識が少年の方へ戻ってしまった。ダルエニやエルが止めようとはしているが、野次馬がそれ以上に煽り立てている。だめだ、どうにかしないと。

「魔女は人の形をした化け物だ。言葉も外見もほぼ変わらねぇのに、中身は豚の糞を煮詰めたような文字通りのクソ野郎どもだ!お前が体の中に汚ねぇ欲望を隠してんのと同じように、その猫野郎もお前と一緒か、それ以上の反吐みたいな本性を隠してんだろうな。――――その腐った欲望におやじの仲間も、おやじも殺された!死ね…………死ね!……死ね死ね死ね死ね!!殺す!殺す!殺す!殺す!!」

 ロラが組んでいた腕を解いた。いけない。

「ロラ落ち着け、無理やりにでも人混みに入ってここを出よう」

「猫魔女ぉ!!そうやって人間を真似て、自分の本性を偽ってんのは分かってんだ!違う、お前は人を騙す糞だ!お前の本性は腐った死体以下だ!偽善の皮を被った悪だ!まずは…………お前を消してやる!!!」

 野次馬に押されてダルエニが体勢を崩した隙に少年は拘束から抜け出し、刃物を拾って振りかぶった。その瞬間、テトは酷い寒気を感じた。

「「やめろ!!!」」

 ダルエニとテトの声が同時に響いた。野次馬までもが静まり返る。

「フージア、てめぇは何か成したのか?」

「…………」

「お前がなんと言おうと、あいつらが何者であろうと、あいつらは贖罪者の一人をぶち殺した。戦場にすら出たことのないガキのお前と違ってな。俺にエル、お前が話を訊いたっていうジャックのじじい、その他数人が殺したその現場を目撃している。エルが記録としても残した。てめぇのおやじの死に様と一緒にな。それが事実だ。てめぇのくだらない被害妄想とは乖離したな」

「でも魔女だ!」

「ああ、だから俺が見張ってんだろ」

「っ…………」

 少年は歯ぎしりをして立ちふさがる大男を睨んだ。戦士のたまごである彼であっても、到底敵わない相手だというのは火を見るよりも明らかだった。そうして、振りかぶった武器を下ろそうとしたとき、また一つ怒鳴り声は響いた。

「やめろと言っているんだ!」

 誰でもないテトの声だ。ロラの前に立ちふさがり、毛を逆立てて精一杯の警告をしている。

 ロラの手には刺剣状態のツヴァイが握られていた。彼女の黄金の瞳と刺剣の先が赤く光を帯びている。

「あれは、ワルイやつ」

「本性を現したな魔女!」

 少年が懐から何かを取り出し、飛び出た紐に火をつけてエルの方へと放り投げた。

「なっ!?」

 ダルエニの意識が逸れた。同時に少年がテトたちに向かって飛び掛かってくる。

「しねぇぇぇ!!!」

 嗚呼、郷里に来る度禄でもないことになっている気がする。

「っ……ノスィ――」

 こんなことが続けば胃も、精神もあっという間に擦り切れてしまいそうだ。嗚呼、本当に、疲れるなあぁ。

猫の集会(イム・アリェス)!」


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