第十話 記録館 (一)
城砦都市カトラスの地下にある英雄の郷里は今日も賑やかだ。くすんだ緑色の髪もその賑わいに混じり食材を買い集め、意気揚々と通りを抜ける。まだ昼間ではあるのだが、もう酒を煽った男がふらふらと近づいて来た。
「よぉ〜エル〜いっしょに飲まないか〜」
無遠慮に肩に腕を回して酔っ払いは顔を近づけてくる。苦笑いしつつ、エルは肩に乗った筋肉のある力の強い手をやんわりと外した。
「まだお昼だと言うのに……ふふ、ガラン様とは気が合いそうですね。ですが、申し訳ありませんが遠慮させていただきます」
「んだぁ〜?やっぱりダルエニのやろうとねんごろなのかぁ?やろう……デカいの一つあてたからって調子乗りやがって。そんでもって今度は議長の機嫌を取ろうと行方不明者の捜索だとォ?おいおいエルさんよぉ、あんたを慰めてくれるやろうは少しやんちゃし過ぎなんじゃねえか。血の魔女の件はなにもイイ反応をしてるやつらばかりじゃないぜ、あぶな~いやつに大砲でドカンと風穴あけれれちゃうかもしれねえしさ、今のうちに乗り換えるべきなん――――」
「エルから離れな酒カス野郎!」
酒カス野郎様は体を折り曲げて地面に転がった。見事な蹴りだ。
「団長のブツはあんたのかわいらし~い短刀とは比べもんにならないよ。…………実物を見たことはないけど……でも百戦錬磨の女の勘が絶対デカいって言ってるんだ。ズボンの小さな野営地を見てもエルがなんも言わないのがその最たる証拠さ」
酒カス野郎様は目を見開き何度も自分のモノとエルの何とも言えない微笑みを見比べると、いじめられた犬のような鳴き声を上げて退散した。
「な…………あ、あぅぅぅん」
「あんたくらいの大きさでもうちの女たちはんな気にしないから、溜まったら来なよー!」
エルを助け、自分のいた店の営業も抜け目なくやってみせたのは、見事な二房をもつ女、スーラだった。以前酔ってロラに悪絡みした彼女だが、今回は逆の立場になったようだ。
「ありがとうございます、スーラ様」
「で?どうなの?」
「どう、とは……?」
何のことかとエルは首を傾げてみせる。
「だから、団長のブツの大きさだよ。エルったらたまに団長の家から出てくる時あるじゃん、あたしがどれだけ誘っても見向きもしないのにさぁ!だから一途な団長がご執心のあなたなら、どんな形で大きさか、分かるでしょ。お願い教えて!次のエル先生の授業は絶対寝ないからさ!」
スーラはどこで覚えたのか、頭を下げて両手を頭上で合わせてお願いしてくる。欲の形とは千差万別にあるものだが、こんなことにここまで本気になるのかとエルは内心関心した。関心したが、残念ながらご希望には添えない。
「なにか勘違いをされているようですが、私とダルエニ様にはそういった関係はございません。彼の家から出てくるのも、ただ私が食事を共にしたいだけですので」
スーラの色っぽい顔が絶句の表情に染まる。さも信じられないと。
「う、噂は本当だったのね…………」
「噂?」
「…………い、いえ何でもないわ。あなたたちの協力関係と、涙ぐましい努力を尊敬するわ。――――頑張ってね!」
そう言ってスーラは走り去った。何のことかさっぱりだが、何となく、いや確実に誤解がさらに深まったのだろうとエルは思った。
少し時間を取られてしまったが時間には余裕がある。市から離れ、住宅の多い居住区域に向かうと、その内の一軒の扉の前で立ち止まりノックをする。なんの反応も返ってこない。仕方なくスカートの腰辺りを弄り取り出した簡素な鍵で中に入った。
こじんまりした家の中心には囲炉裏のような、灰が敷き詰められた窪みとその真上に梁から吊り下げられた鍋がある。さらに奥の土間には今朝支給されたばかりの水が入った水瓶が蓋をしてあった。
「さてと」
エルは慣れた手つきで調理を始める。メインの鍋用の食材を切り終え、副菜を用意し、鍋に水を入れ火を焚く。この地下空間を造り上げた大昔の人々は空気の循環にも多くの技術を注いだようで、こうして火を焚いても家自体が密閉されていなければ何の問題もなかった。
(少し作りすぎてしまいましたね……まあ、残さず食べてくれるでしょう)
棚から食器を取り出していると、玄関の方から聞き慣れた声がした。鍵を開けようとしているようだ。エルは食器を持ったまま玄関の前まで行き、扉が開くのと同時に微笑んだ。
「おかえりなさいませ、ダルエニ様」




