第九話 手がかり (三)
「ここ、あの場所だ」
「そのようだな、人気はないのにどこも真新しい。あまり見たことのない魔法の種類だ」
ロラたちは廃村にたどり着いた。目覚めてすぐに死ぬ思いをしたあの恐ろし場所だ。ここにも何か、拍子に落とした物でもないかと見て回る。火の消えた腐った松明が変わらずに出迎えており、迷い込んだ獲物を嘲笑う。
「お前の話ではウイブに見つかってから村の景色が豹変したんだったな」
「うん、すごくびっくりしたし怖かったのを覚えてるよ」
「辛ければ無理に思い出すな。――――この辺りは十数年前ヘリトラの父、クレスがあらかた魔女を倒したはずなんだ。そして少なくとも十年近くはここに魔女やウイブは住み着かなかった。だというのに…………ダルエニたちが言っていた魔女の様子がおかしいというのは気のせいではなさそうだ…………」
ぶつぶつと猫は独り言を言う。また耽り始めてしまったと思いかけたが、意識はまだこちらに向いているようだった。
「わざわざ罠を張り、ウイブを定着させているということは、間違いなく狂い魔女が関与しているだろうな。それも相当悪趣味に違いない。なぜなら狂ってもなお罠を張るなんて、根っからいやらしい欲望を持っているのだろう。――――ロラ、日中とはいえ雲が出ている、ここの魔女とは少なくとも今遭遇しない方が賢明だ、早めにここを立ち去ろう」
基本的に果断なテトの判断に従い、流し目で周りを観察しながら村を縦断していると、道端にごく僅かに光るものが見えた。ロラは馬から降り、疑問を口にするテトの声を聞きつつもそれに近づいた。枯れ果てた生垣の真下に、薄い日光を浴びて微々たる輝きを放つ白くて小さな何かを見つける。それを拾い上げるが、原形から欠けてしまっているようでロラにはそれが何か分からなかった。
「ロラ、遠くから足音が聞こえる。おそらくお前の言うベルを持った骸骨だろう。急いでくれ」
「う、うん」
白い何かをポケットに突っ込み馬に乗った。そのとき、決して勘違いでは済まされない強い既視感がロラの視線を生垣に、そして今自分がいる場所に向けさせた。
(ここ…………もしかして、わたしが殺されかけた場所?)
「ロラ急いでくれ」
「あ……うん」
意識はなぜかそこに釘付けになっていたが、ロラは馬を走らせた。もう自分の耳にも足音が聞こえていたのだ。
逃げ回った廃村の中を馬で一気に駆ける。あれだけ必死に、地獄としか見えなかったここも、馬という動物に跨るだけで瞬く間に過ぎ、恐ろしさも大分薄れる。松明にこびりついた死臭ですら、馬の足には敵わない。ステラが興奮したように嘶き速度を上げた。
そうして幸いにもなんの脅威とも遭遇せずにロラたちは廃村を後にした。
「あの断崖絶壁の上か」
廃村を出てすぐ、切り立った断崖を一人と二匹は見上げていた。ロラは断崖から離れた端、崖が傾斜し、地上に近くなるにつれて緩やかな坂に変化したところを指差した。
「あそこから登れると思うよ」
「記憶は確かか?」
「うん?」
「クレスが遺した記録には、この辺りには遺跡やそれに類似する建造物は存在しないんだ。お前が目覚めた時の話を聴く限りそれなりに大きなもののはずだが、まさかクレスがそれを見落とすとも思えない」
テトの言っていることはつまり、ロラが目覚めたあの死体だらけの場所は本当に存在しているのだろうかという疑問だ。しかしロラには確かにあの惨事の記憶がある。骸の絨毯の上を走った記憶が。それに地面には確固たる証拠もあった。
「テト、下に血の跡がある。たぶんわたしのだと思う」
雑草の中に僅かに赤く色づいた草が混じっていた。一つだけではなく、エサで誘導する幼稚な罠のようにそれが崖の上に向かってまばらに続いている。
「なるほど……実際に見てみなければ分からないか。――――うすうす考えてはいたが、お前が目覚めたことと今の魔女たちの異変には何かしらの因果関係があるのかもしれないな。あまりにもタイミングが合いすぎている。もしかしたら、お前の謎を解くことができれば魔女の問題も解決できるかもしれない」
そう言ってテトは完全に耽り始めてしまった。外界では予断を許さないといつも言っている彼女だが、当の本人は頭の中の世界に入ってしまうことが度々ある。何か重要そうなことが彼女の中で繋がりかけているようだが、時と場所がこれである。流石のロラも苦笑いだ。
頭を巡らす猫の頭を撫でながら、周囲を警戒しつつロラは先を急いだ。貧弱な寝起きの体力でもそう長くはかからなかった道のりだ、そうこうしているうちにすぐ着くだろう。そんなようなことを考え、頭の片隅に目覚めたあの場所を思い描いていたロラだったが、いくら進もうとも一向に人工物らしきものが見当たらない。そうしてついに、血痕が少し濃いめに残った地面を最後に、血の目印が途切れてしまった。
「どうして……でも血の跡が…………」
「慌てるな。お前が魔女の何かしらに関係していると仮定してみれば、眠っていた場所もそもそも魔法で隠されていたという可能性が大いにあり得る。ひとまず周りを見て回ろう」
断崖の上はだだっ広い緩やかな丘であり、木々や背丈の高い雑草の他に小動物の気配があるだけだ。しかし何も痕跡がないというわけでもないようで、逆に周りの情景と比べて遺跡があったであろう所には何もなさ過ぎた。木々も草花も、まるでそこを避けるように育っていたのだ。
日中とはいえ薄雲がかかり気温は低い。魔女は日光に弱いが、だからといって寒さに特段強いというわけでもない。ロラの鼻先や耳は紅く染まり、白い息が口の端から糸を引く。どんなものかもわからない痕跡を探し始めて三十分、特にそれらしきものは見当たらず、ただ時間と体温を失う一方だった。青白い半透明の猫も下に降りてロラの周りをウロチョロと見て回っているが、だんまりしていることからその成果が推し量れる。
(なんにもない…………)
ロラはその場にしゃがみ込みため息を吐いた。髪が草に着いた霜に当たり濡れる。テトも立ち止まり顔を上げた。
「少し休憩するか。周囲にはこれといった脅威もいないようだし」
「…………」
「どうかしたか?」
じっと地面を見つめるロラをテトが見上げた。ロラはおもむろに地面の雑草の中に手を突っ込みまさぐる。そして何かを掴み、立ち上がる勢いと共にそれを引っ張り上げた。
「なっ!?」
ビリビリと音を立てて地面の一部が剥がれる。細長いテープのようなそれは長身のロラの身長よりも長く、端を掴んだ手を上げてもまだ地面に続いていた。
「お前の持ってるそれはいったい…………」
「わかんないけどとりあえず取ってみるね」
そう言って地面に張り付いていたテープをロラは回収していく。テープは大きく円を描くように張られているようで、ぐるりと遺跡のあったであろう空間を一周していた。外周が終わると今度は内側に模様を描いて張られているのを見つけ、それも剥がした。そうして剥がしたテープが山となったころ、ようやくすべてを剝がし終えた。
「これは……なんだ?巨大な円とその内側に描かれた複雑で、しかし均整の取れた模様のようだが」
「わたしもこれは…………わかんないな。これを見て何か思い出したりもしてないし」
「…………ひとまず、その剥がしたやつを少し切り取って戻ろう。詳しく調べてみたい」
「分かった。そしたら次はきょうりだね」
「ああ、郷里までは少しある。もう昼過ぎだし、帰りを考えればもう動き始めた方がいいだろう」
短刀でテープの端を切って鞄に放り込み、残りはテトの指示で地面に魔法で穴を開けそこに埋めた。ずっと地面に張られてたし、分解されることもないだろうとのことだ。




