第九話 手がかり (一)
「んあ……」
日課のテトとの添い寝(無断)を終え、静かに部屋を出て自分の部屋に戻ったロラは、身支度を整えると霊猫を連れて灯ひとつない籠の人里へと降りていく。ここに来たばかりの頃は夕方から夜あたりには人々の前に出ていたが、段々と活動時間が後ろにずれていき、今日に至っては真夜中だ。月も隠れた無限に連なる暗闇をランタン一つで進み、少し重い引き戸を開ける。
「おはようさん、今日は遅かったな」
赤いバサバサ髪の鍛治士兼お師匠が金づち片手に手を振って歓迎する。
「なんかテト、椅子に座ったまま寝てたんだ。しかもずっと唸ってて心配だったから、治まるまでぎゅっとしてたの」
「あんた……マジで毎日そんなことしてるって本人にバレたら殺されるぞ……」
呆れながら机に変な形の金属を置くヘリトラにロラは近づく。それは薄い金属板と五首に伸びた薄板に、その先に輪っかがそれぞれついた一見何かわからない物だった。
「指の方はどうだ?」
「まだ無闇に動かさないでって言われてるよ」
ロラの右手の薬指には包帯が厚く巻かれている。服の下にも同様に、いくつも包帯で巻かれたところがあった。
「でももうあんまり痛くないよ」
「テト様がここにいたら『お前が言うな』って言われるかもしれないが、医者の言うことはちゃんと聴いとけよ」
ロラは忠告を聞きながらも机の上の奇妙な金属を手に取り、五つの輪っかに指を通した。それは手の甲と指の背中だけを覆う籠手だった。ロラに憑いた霊猫が机の上で体をひっくり返しながら物珍しそうに見ている。
「かわいそうなくらいスカスカになっちまったが、流石にその重さなら支障はないだろう?」
ネジを回して指を通した輪の円周を狭め、丁度よく調整した後ブンブンと振り回す。多少の重量感は感じるが、今までの試作品たちと比べれば半分程度のものだ。鞭と刺剣に変形できるツヴァイと同じ素材で出来ているため、見た目の割に軽く頑丈なものとなっている。まあ、先の戦いでその素材を存分に使ったそれは半壊してしまったが。
「ついでに、あちらのカワイ子ちゃんももうすぐ完治しそうだ。あんたの怪我が治るころには元気いっぱいだろうよ」
土間の作業台に置かれたツヴァイを指差してヘリトラは言う。その言葉には『また盛大に壊すんだろ』的な言葉が隠れていそうだ、そんな気配を声色から感じる。
「え、えへへ…………ありがと」
「あいよ。それで?次はいつ頃出るんだ?」
「たぶんあと五日か六日くらいかな。テトはわたしが完治してからがいいだったり、でもなんかぶつぶつ独り言言ったりでよく分かんなかったから、わたしから言ったの。バライジおばあちゃんがそれくらいの日まで激しく動かなければ簡単に傷が開いたりすぐまた折れちゃったりしないだろうねって」
ロラがそう言うと、ヘリトラはまた呆れたような、そんな顔をする。
「あー……バライジばあさんの言う激しい動きってのはな、今みたいに腕を振り回すよりほんの少し大げさにやったくらいのことなんだが…………」
ヘリトラはそこで言葉を切った。当事者が新しいおもちゃに夢中で話を聴いていなかったからだ。
曲げて伸ばして、指を動かすたびピタリと滑らかな金属が指に沿って動く。まるで伸縮し変形しているかのようにも見える。手の甲と指の背を包むように形作られたこの小さな防具だが、その中には造り手の何百年と受け継がれてきた血脈が流れているのだろう。
「ふぅ……まあいい、あとはグルーニィだな」
「うん。次出るときついでに返してもらいに行くんだって」
血の魔女グルーニィ、先の大戦の英雄であり、ロラの記憶では面識のあった仲のいいはずの魔女であり、その手で息の根を止めた相手だ。共に戦った英雄の郷里の戦士たちの顔を立てるために、一時グルーニィの魔石を預けている。だがそれも、ひと月以上経ったことで返してもらっても大丈夫だろうとテトは踏んでいるようだ。
籠手の中心は少しだけ分厚くなっており、防御力の面もあるが、そこに魔石を填め込めるための溝も強度に大きな支障がない程度に彫られていた。そこにグルーニィの魔石を填めて新たな武器とする予定だ。
「なるほどねぇ、かの大魔女サマを拝めるってわけだから、あたしも感謝しないとな。…………あたしの知り合いも沢山死んだらしいし、是非とも拝見したいね。――――ついでに親父をやった奴も拝んでやりたいよ」
「ヘリトラ?」
何やら闇を孕んでいそうな暗い声にロラは振り返るが、ヘリトラは既にあっけらかんとした表情で言葉を上書きした。
「なんでもない。さぁ、それよりもお勉強の時間だ。親父の教科書取ってきてくれ」
「はぁ〜〜い」
親父の教科書、正確にはこの籠を創り上げた魔女バァニの部下である使徒ドルーが遺した戦術書を複写した物である。もう何代目になるのかは所有者であるヘリトラですら分からないらしい。それを棚から持ち出して、真夜中の暗い林の無機質な家屋の中で、今日も授業が始まった。




