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80話 女子大生の笑顔

 



 ……暇だな。

 目の前は真っ白な天井。窓から見えるのは隣の棟。

 テレビを見る気にもならない今日この頃。いい歳のおっさんはボーっとベッドの上に居る。


 退院の為のリハビリは午前中に終了。というより、ほぼほぼ退院の目途が立っている以上、もはやリハビリと呼べるものなのかと疑問を感じる。

 しかしまぁ、ここまで元気な事に感謝はしなければいけないだろう。


「ふぅ。生きてるだけで万々歳だよな」


 あの結婚会見後に起こった出来事については、笑美ちゃんから聞いた。

 裏口で対峙してた2人。そして笑美ちゃんの後を追ったあの女に感じた、危ないって予感は正しかったようで、なんと手に持った拳大のコンクリート片で笑美ちゃんを殴ろうとしたらしい。

 ただ、寸での所で俺が間に入って……見事俺に的中。右のこめかみ辺りがパッくり切れたらしい。まさか両方のこめかみ付近に傷が出来る事になるとはね。

 けど問題はそこからで、その衝撃で崩れ落ちた俺は地面に頭を打ったそうだ。


 笑美ちゃんはすぐに俺のそばに寄ってくれたらしい。けど、パニックになってその場で俺の名前を叫ぶ事しか出来なかった。

 あの女はそそくさと逃げて、俺は地面にバタンキュー。実際その場に居たらそうなるだろうな。

 ただ、俺は運が良かった。

 偶然通りかかった姉妹の方が気付いてくれたんだ。お姉さんがあの女を足止め、妹さんが俺の応急処置。

 笑美ちゃんには一旦落ちくように優しく声を掛けてくれて、とりあえずフロントに行って救急車を呼んで欲しいとお願いされたそうだ。


 えっと、日南さんって言ったっけ。なんかもの凄く可愛らしい姉妹だったって笑美ちゃんが言ってた。もちろん社長達総出で感謝を伝えたみたいだし、俺も退院したら絶対にお礼はしたいと思ってる。

 まぁもしニュースになっても、名前だけは公表しないでって釘刺されてたみたいだし、お礼に行くのも慎重にしないと。


 まぁ、そんなこんなで病院に運ばれた訳なんだけど、幸い脳には異常は見当たらなかったらしい。

 けどなかなか目を覚まさない。原因が分からない。

 笑美ちゃんからしてみれば、このまま目を覚まさなかったらどうしよう。また自分のせいで……ってかなり落ち込んでたらしい。自分では言ってなかったけど、烏真社長や井上さんの話だと、想像以上の落ち込みっぷりで……仕事もほぼキャンセルして毎日俺のところに来て手を握ってくれたそうだ。


 目が覚めた時の反応も、そう考えると納得がいく。

 俺としては最初???な状況だったけどさ。笑美ちゃんからしてみたら、そりゃ驚くよ。話を聞いた後だと、逆に笑美ちゃんに迷惑かけた気にさえなってしまうけど……とりあえず、俺も笑美ちゃんも無事でよかった。


 そういえば、ちょっとした問題を起こしたあの女……相島一。お姉さんの日南さんに足止めされ、拘束された後、到着した警察の皆さんのお世話になったらしい。

 そして、井上さんから聞いた話によると……あの女経由で俺達の事を大衆社にタレこんだ人物の正体も判明した。

 まさか……黒滑とは。


 警察が到着した後、あの女はかなり騒いでいたらしい。その時にしきりに、


『あいつもだろ!? アタシだけじゃない!』

『あの男が……あの男にそそのかされなきゃこんな事にはならなかったぁ!!!』


 なんて言ってたそうで、念の為にスマホを確認。すると……なんと電話の録音データがあったらしい。

 警察が教えてくれたのはここまでだったそうだけど、黒滑が張本人だとしたら間違いなく美浜も関わっているに違いない。


 ……まぁ、張本人が黒滑って分かったら、あの女の行動も意味が分かる。

 どこで知り合ったかは分からないけど、黒滑としては週刊誌からのスキャンダルに加えて、実の母からの精神的ストレスを笑美ちゃんに与えるのが目的だったんだろう。そうすれば必然的に俺もダメージを与えられるし、金が取れればラッキー。

 そもそも、黒滑からしてみたら相島一は言うなれば駒に過ぎない。

 実母でも偽物でも自分に損はない。そう考えると、相島一もまた黒滑に騙されたと捉えても間違いはない気がする。

 ただ、同情の余地はない。それまでに自分自身もそれ相応の事をしていたんだから。


 ったく、それにしてもどこまで付きまとってくるんだあの2人。それに俺だけじゃなく、笑美ちゃんまでも巻き込もうとした。

 正直、度を過ぎている。ここまでされて黙っていられるほど俺は……


 コンコン


 その時だった。部屋の扉をノックする音が聞こえた。そして返事をする間もなく聞こえてきたのは、


「丈助さ~ん? 笑美だよ~」


 笑美ちゃんの声。


「笑美ちゃん。どうぞ?」

「失礼ま~す」


 ……まぁ、あとは警察の皆さんにお任せしようか。過去を振り返る必要もない。だって、今の俺には……


「へへっ。丈助さん! メリークリスマスっ!」


 幸せな未来が待っているんだから。


「おぉ~!」


 笑美ちゃんの手には、ケーキの箱が握られていた。

 そこに描かれたメリークリスマスの文字に……もうそんな時期なのかとしみじみ感じる。

 そして改めて、自分が1ヵ月もの間目を覚まさなかったのだと実感する。


 脇のテーブルにケーキを置くと、笑美ちゃんはゆっくりと椅子へと腰掛けた。


 ……ヤバいな。会見の時は11月だったし、クリスマスって実感が湧かないな。けど、まぁ笑美ちゃんが嬉しそうなら問題ないよ。


「丈助さんの快気祝いも込めて、ちょっと豪華なケーキにいたしましたっ!」

「まじか。それは楽しみすぎる」


 ケーキまで用意してもらって、笑美ちゃんに悪いな…………ん? ちょっとまて? クリスマス? ……はっ!! おいおい、俺笑美ちゃんにクリスマスプレゼント用意してない……てか、用意できなかったんですけど!? 

 ヤバいぞ? 笑美ちゃんと再会して……尚且つ付き合って……尚且つ結婚を決めて最初のクリスマスだぞ? そりゃ当初の予定は高級レストランでディーナーを嗜み、結婚指輪を差し出して再プロポーズって予定だったんですけど? そんな予定も全部パーじゃないか!!


「でしょでしょ? じゃあ早速……って丈助さん? どしたの急に……元気なくない?」

「いや……笑美ちゃんごめん。俺、事情が事情とは言えこんな大事な時にその……クリスマスプレゼントを用意できてないんだ」

「プレゼント……って! ふふっ、なに? 丈助さん、それで落ち込んでるの?」

「いや、だって……」


 個人的にはかなり申し訳ない気持ちで一杯だった。けど、そんな俺の言葉を聞いた当の笑顔ちゃんは、滅茶苦茶笑っている。


「もう丈助さんたら。丈助さんへのプレゼントは、退院してから一緒に買いに行こう?」

「あっ、あぁ……」


 これ笑美ちゃん気を使ってくれてるのかな? 優しいもんな。じゃあ俺も退院したあかつきには、笑美ちゃんの欲しい物買ってあげよう。


「じゃっ、じゃあ……その時に笑美ちゃんへのクリスマスプレゼントも買おう」

「ふふっ。それは……いいかな?」


「えっ?」

「あっ、ごめんごめん。正確には要らないかな?」


 ちょっと笑美ちゃん?


「笑美ちゃん! それってどういう……」

「だってね? 私、丈助さんからもうプレゼント貰ってるもん」


「えっ? 貰ってる?」

「うん。だから、プレゼントは要らないから……これからも私を……ううん、私達を愛して欲しいなっ」

「わっ、私達?」


 正直、何を言っているのか意味が分からなかった。私達って誰だ? 

 笑美ちゃんとか烏真社長? でも愛してって……そんな言葉は言わないよな? ん?


 そんな時だった。笑美ちゃんはゆっくりと立ち上がり、


「丈助さん?」


 優しい声で俺の名前を呼んだかと思うと、右手をお腹付近にそっと当てた。

 その瞬間、俺はその行動の意味を……私達という言葉の意味を理解する。


 まさか……


「赤ちゃん……出来ました」


 色々な感情が溢れ出る。

 沢山言いたい事があるのに言葉が出ない。


 けど、これだけはハッキリしている。


「丈助さんと私の赤ちゃんだよ?」


 その言葉を話す笑美ちゃんの顔は、今まで見てきた中で一番……




 幸せと可愛さで溢れた笑顔だった。




次話で本編の方完結となります。宜しくお願い致します<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
>正直、度を過ぎている。ここまでされて黙っていられるほど俺は…… 逆に、ここまでされないと怒らない、のではないかと少し気になってしまいました……。
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