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78話 女子大生の背中

 



「はぁ~」


 思わず零れた言葉と一緒に、肩の力が一気に抜ける。

 緊張から解き放たれたという安堵感か。

 途中で盛大に噛んでしまった恥ずかしさか。

 そんな色々な感情が残る中、何とか無事に結婚会見は終了した。


 口の中はパサパサだ。

 目にはまだフラッシュの残像が残っている。

 とはいえ、こうして控室の椅子に座っていると、だんだんと実感が湧いてくる。


 ……やったんだ。ちゃんと伝えたんだ。俺と笑美ちゃんの結婚を。


「お疲れ様でした! 社長、笑美ちゃん、君島さん!」

「お疲れぇ。彩華も色々ありがとね?」

「それが秘書の仕事ですから。笑美ちゃんも、水飲んで飲んで~」

「ありがとう~彩華さんっ!」


 顔を上げると、そこにはいつも以上に賑やかな面々。

 そんな状況に嬉しさがこみ上げた。


「でもでも~最終的に一番しゃべってたの丈助さんだけどね?」

「えっ? いや……だってあれは笑美ちゃんがっ!」

「いやぁ、突然のスルーパスを見事に決めちゃったね? 流石夫婦だよ」


「なっ……そんな事言っても俺は覚えてますからね!? 社長見た瞬間、目キラキラさせて拳突き上げて俺を突き放したことっ!」

「はて?」

「ふふふっ」


 烏真社長の行動には、まだまだ言いたいところではあった。

 ただ、思い出してみると……自分でも結構な話をしたような気はする。


 笑美ちゃんのスルーパスを受けた俺は、とりあえず言ってしまえの精神で昔の……それこそ最初に笑美ちゃんと出会った時や、それからどうしたのかを全て話した。

 聞きやすさとか、要領良くなんて考えもせずに、ただ自分が見た事・した事・周りの人達の助力を思い出せるだけ口にした。


 全部言い終わった後は、結構焦ったよ。だって会場全体が静まり返ってたんだ。

 内心やっちまったか? なんて思ったけど、数秒後に聞こえてきた小さな拍手の音が徐々に大きくなって……いつの間にかそれらに包まれた。


 まぁ、結局和やかな雰囲気で会見が終わったから良かったんだけどね。

 …………ん? あぁ! やばっ! いくら事実とはいえ、笑美ちゃんの保護に協力してもらった青林市の児童相談所の名前出してしまった! やばい! 事実確認みたいな感じで電話とか行くんじゃないか?


「しゃっ、社長! 俺勢い余って、青林市の児童相談所の名前出しちゃいました! すぐに!」

「あぁ! それならさっき佐藤さんに頼んでおいたよ。ついでに私も会見終わってすぐに連絡したよ。いやぁ、所長さん……鯉野所長さんだっけ? 当時から変わってなくて良かったよ。話したら丈助の事バッチリ覚えてた」


「まっ、マジですか。まだ所長さん……変わらず……」

「色々あっても気にするなだってさ?」

「よっ、良かった……」


「それに、別方面からも援軍があったみたいだしね?」

「えっ?」

「鯉野だよ? 鯉野……」


 鯉野? 鯉野所長と別方面からの援軍に何の関係が……


「全く、こういうところ丈助は鈍感だねぇ。まぁいいや、私はここのオーナーさんと話してくるから、皆休んどいて?」


 そう言って控室を後にする社長。結局、その言葉の意味は分からないままだけど、今は無事に会見が終われた余韻に浸ろう。

 そんな俺の気持ちが伝わったのかどうかは分からない。けど、社長が部屋を出てからも控室は結構な盛り上がりだった。

 手伝いできてくれたサンセットプロダクションの社員はもちろん、ホテルのスタッフの皆さんも嬉しそうな雰囲気だった。


 司会を務めてくれた雛森はなぜか感動して泣いていたり、彩花ちゃんはいつも以上に元気で、井上さんはそれを必死に止める素振りは見せていたけど、その表情は笑顔だった。


 会見の成功。

 その嬉しさと達成感。

 それらを俺は全身に感じていた。周りの皆もそうだった。

 だからこそ……気が付くのが遅くなった。


 ……あれ? 笑美ちゃんは?

 控室全体が楽しい雰囲気に包まれていた時、ふと……一番喜んでいてもおかしくない人物が居ない事に気が付いた。

 椅子の上には笑美ちゃんの鞄は置かれている。けど見渡しても笑美ちゃんの姿はない。


「あの井上さん?」

「なんですか? 君島さん。ちょっ、ちょっと彩花!」


「すいません。あの笑美ちゃん知りません?」

「あぁ! そういえばさっき、お腹すいたからコンビニ行ってくるって言ってましたよ?」

「そうなの?」


 コンビニか。けど鞄持って行ってないよな?


 井上さんの言葉に、俺はもう一度笑美ちゃんの鞄に目を向ける。すると、横になった鞄のファスナーが開いていて、中から笑美ちゃんの財布が顔をのぞかせていた。


 あっ、笑美ちゃん財布忘れてるじゃないか。絶対困ってるだろ。仕方ないなぁ。

 俺はゆっくりと立ち上がると、笑美ちゃんの財布を手に取った。


「井上さん? 笑美ちゃん財布忘れたみたいでさ? 届けてくるよ」

「財布忘れて行っちゃったんですか? もう笑美ちゃんったら……あっ、まだ報道の人居るかもしれないので、非常階段使うように話したんで、君島さんもそっち通って行ってください」

「はいよ」


 全くドジっ子だな。まぁ、普段の仕事モードとは違って抜けてるところが可愛いんだけどさ。

 なんて年柄にもない事を考えながら控室を後にした俺は、突き当りにある非常階段を下っていく。

 とはいえ、今の状況なら多少の気の緩みは仕方ないかも。なんせ一仕事終えて、安心感とこれからの生活に対する嬉しさが勝ってしまう。

 浮かれ気分というやつだろう。正直、こんな気持ちは初めてだった。


 えっと、これを降りたら1階だな。せっかくだし、財布は届けるけど笑美ちゃんの好きな物買ってあげよう。最初は遠慮するだろうな。でも結局カゴいっぱいに好きな物入れるんだよなきっと……って、居た居た。


 1階に降りると、裏口のガラス扉から笑美ちゃんの姿が見えた。細い路地で外灯も薄暗いけど、その後ろ姿は見間違えるはずがない。

 意外とすぐに追いついたなぁなんて思いつつ、俺は扉を開けると笑美ちゃんに声を掛けようとした。


 その瞬間……異変に気が付く。

 俺が見た後ろ姿は笑美ちゃんで間違いはなかった。ただ、近付くにつれて……笑美ちゃんの姿に隠れるように誰かが居る事が分かった。


 ちらりと見える顔に冷や汗を感じる。

 その雰囲気が……過去の記憶を呼び起こす。



『てめぇ! なに人んちに入って来てんだよ!』


『はぁ? 何が虐待だ! てめぇこそ人様の家に入って、犯罪者じゃねぇか!』


『こんのクソガキ!』



 あいつ……笑美ちゃんの……


「ざけんじゃねぇ!!!」


 あの女がいきなり叫ぶ。

 その声が耳を通った途端、笑美ちゃんは体を横を向け、そそくさと歩き始めた。

 するとどうだろう、その様子を見たあの女は……すぐさま笑美ちゃんに向かって走り出す。


 笑美ちゃんが危ない。

 確証はなかった。けど、絶対に笑美ちゃんが危険だと……反射的に体が動いていた。


 あいつ、絶対何かするつもりだ。

 その前に何とかしないと。


 待て待て。お前……その手……

 その右手に何持っている……


 俺の前で、また笑美ちゃんを傷付けるのか?

 俺の前で、もう笑美ちゃんを傷付けるな。

 俺は絶対に……


「クソ女ぁぁぁぁ!」

「笑美ちゃん!!!」




次話は火曜日になります。宜しくお願いします<(_ _)>

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