77話 女子大生からのスルーパス
心臓の音がはっきり聞こえる。
口が乾き、うまく話せるか不安になる。
会見まで残り数分。会場横の控室で俺達はその出番を待っていた。
「ふふっ、丈助さん? 緊張しすぎ」
新調したスーツが重く感じる。
フォーマルな姿とはいえどこか気品のある姿と、どこからそんな余裕が出るのか分からな笑美ちゃんを前に余計に緊張感が募る。
いや……さっきまでは結構余裕だったんだけど? でも、時間が経つにつれて……
「そっ、そうか?」
「丈助? お前がそんなんじゃ、笑美を任せられないぞ?」
「ちょっと待ってください……ふぅ。大丈夫です」
「しょうがないな。丈助さん?」
その瞬間、背伸びをした笑美ちゃん。突然の行動に驚く間もなく唇に感じる柔らかいもの。
「ふふっ、これで少しはリラックスできたかな?」
目の前に映る笑美ちゃんの顔をまじまじと見つめる。
あの時の……怯え切った女の子。
痩せて、ボロボロの服を着ていた女の子。
そんな子が、ここまで美しく……強くなった。
逆に守られてどうすんだよ、俺。あの時もこれからも……
「ありがとう笑美ちゃん」
「へへっ、これで丈……んっ!」
守るって決めたじゃないか。
「ちょっ! 丈助さん?」
「ははっ、これでおあいこだろ?」
「おいおい~本番これからだぞ? イチャつくんなら終わってから朝までゆっくりやってくれ」
「すいません。でももう大丈夫です」
「うん! 私も準備バッチリ!」
やましい事も何もないんだ。
全部に答えて……堂々と望めばいい。
「社長、時間です」
「じゃあ2人共……行くよっ!」
「「はい!」」
ガチャ
会場に入るなり、目の前が燦燦と光に照らされる。
眩い数のフラッシュと、大勢の人達。
前日に知らせたはずなのに、用意した席は満席。
その瞬間、俺は自分の選んだ選択の重大さを再認識させられる。
ただそれと同時に、互いの気持ちを隠す事なく伝える為には……今しかないと思った。
「それでは、これより相島笑美の結婚会見を行います。それではまず最初に、サンセットプロダクション社長烏真より挨拶がございます。宜しくお願いします」
こうして、運命の会見は幕を開けた。
最初に社長の挨拶が始まり、その後正式に俺達が結婚する事を報告。
そして笑美ちゃんも同様の言葉を口にし、それは報道各社の耳に届いた。
続いては俺の自己紹介。名前や年齢、現在マネージャーを務めている事を伝え、結婚の旨を話した。
席に座る報道陣の方々も多種多様。笑顔を見せる人もいれば、俺達の言葉を一言一句聞き漏らさないように必死な人。それに、何かを企んでいそうな人。
色々な人達の思惑が渦巻いている様子は手に取るように分かるけど、やる事は変わらない。
自分達が決めた会見だからこそ、包み隠さずに望むだけだ。
こうして一般的な会見と同じく挨拶と報告がなされると……次に始まったのは質疑応答。
幸い、そのほとんどが事前に社長達が作ってくれた質問リストに書かれていたものだった。
出会いや、いつごろからの交際なのか。交際期間は? 俺の出身やサンセットプロダクションに入る前の経歴。
その点については、一般企業の営業職とだけ伝えた。旨味のある記事を狙ってるところなら、勝手に調べて取材なりなんなりするはず。わざわざ社名までいう必要はない。
会見の雰囲気は、思いのほか柔らかい様に思えた。
質問を投げかける人達も表情には笑顔が見られて、祝福している様子で和やかな空気感で溢れていた。
この出版社を除いては。
「それでは次……あっ、後ろの方どうぞ」
「こんにちは、大衆社の大岩です。まずはご結婚という事でおめでとうございます。あの、こういう場で聞くのもあれかと思うんですが、相島笑美さんに2、3聞きたいことがありまして」
「なんでしょう?」
「まず、相島さん……プロフィールなんかみると出身は岩手県と書かれていますよね? そして養護施設出身だとも取材で答えてます」
……来たか? こういう場で別の情報を聞き出すことで他の雑誌とは違う記事を書く。必然的に人は同じ記事より違う記事に目が向かう為、注目を浴びやすい。
そういう手法を取る記者や出版社の人の話は耳にしていたけど、大衆社か。記事を潰された恨みもあるだろうし、どこまででも聞いてやろうって魂胆か。
「はい。そうです」
「養護施設にいらっしゃった……ご両親とは小さい頃に離別しているって事ですよね? その、相島さんはモデルとしても有名ですし、親御さんから連絡なんかあるもんでしょうか? それとこの結婚については知ってらっしゃるんですかね?」
どうやら困った顔でも拝みたいようだな。
けど、それも想定済だ。ましてや昨日笑美ちゃんがあの女と会った事を聞いて、更に念には念を込めた。
言ってやれ、笑美ちゃん。
「あぁ、母親の事聞きたいんですね? 大衆社さんは。だったらハッキリ言ってくださいよ。ふふっ」
「えっ? いや別にそんな事は……」
「私には母親は居ます。でも父親については分かりません。顔も名前も知りませんし、現在どうしているのかも分からないんですよね。そして、その母親ですが……つい先日いきなり現れましたね」
ザワザワ
おぉ、予想通りの反応だな。
「えっ、それはなぜ……というか、東京に居るんですか? 現在は何を……」
「なんか東京居るみたいです。あと、仕事ですがキャバクラと風俗勤務だそうですよ? ついでに私に会いに来た理由はおそらく最初からお金の無心でしたね。まぁ、丁重にお断りしましたけど」
ザワザワザワザワ
笑美ちゃん……昨日の今日でキツイはずなのに。いや? 言ってたじゃないか、乗り越えたって。ここは笑美ちゃんに任せよう。烏真社長とも決めたはずだ。
「キャバクラ……風俗……あのそれについてはどうお考えですか?」
とはいえ流石大衆社の社員だ。思いがけない返答にも臆せずに、色々質問してくるな。
「別に何とも思いませんよ? 母親は母親ですし、それに私があれこれ言う必要はないですもん」
「あっ、いやそういう業種というか……」
「あの~それぞれの職種で誇りを持って働いている人達が居ますよ? 働く・給料を頂く。何か変わってる事あります?」
なんかいつにも増してキレキレな様な気がする。
「あの、大衆社さん? もしかして過去の話とか聞きたい感じです? せっかくの機会なんでお話しましょうか?」
……笑美ちゃん?
「いっ、いや私はそこまで……」
「別に隠すつもりもないんで、問題ないですよ? あのですね? 私小さい頃に虐待されてたんですよ」
ザワザワザワザワザワザワ
ちょっ、笑美ちゃん? なんか流れで全部言おうとしてない? 質問あったら答える手筈だったんじゃ? しゃっ、社長? ……だっ、だめだ! 滅茶苦茶笑顔で、イッちゃえ~みたいな仕草してるんですけど!?
「当時は母親に嫌われたくなくて、我慢してたんですけど、相当ひどかったらしいです。でも、そんな私を救ってくれたのが……隣に座る君島丈助さんなんです!」
笑美ちゃんっ!?
途端に一斉に焚かれるフラッシュ。その先に居るのが自分だとハッキリと理解できる。
「じゃあ、その時の話……当事者の人にも聞きましょ。ねっ、丈助さん? お願いしますね?」
はっ、はぁ? ちょい待ち笑美ちゃん? そんな弾けんばかりの笑顔で俺に振らないでもらえます?
しゃっ、社ちょ…………ダメだ! 拳突き上げてイッたれみたいなポーズしてる!!
くっ、仕方がないか。これも笑美ちゃんと正々堂々と結婚する為の通過儀礼だ。
やるしかない。
「えっと……お話に出ました君島です。ご指名との事などで、僭越ながら私が……」
「お話いたします」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




