75話 前夜
ホーリョーソフトウェアカンパニーでの訪問を終え、俺と烏真社長はとあるホテルに来ていた。
そこは明日の記者会見を行う場所、ハイグランド・リーフホテル。
都内でも有数の高級ホテルにも関わらず、良く会場が空いていたと思ったけど、社長曰くここのオーナーさんとは顔見知りらしい。
『無理を承知で聞いたら、あっさり用意してくれてさぁ。ん? なぁに、ちょいと昔の教え子ってだけだよ』
教え子!? いやいや、あの社長? 俺なんかより物凄い経歴なんじゃないですかね? なんて興味津々だったものの……いざ会場に入ると、今はそれ所じゃないと気が引き締まる。
最後の打ち合わせという事もあって、ホテルのスタッフはもちろん、司会を依頼した雛森と井上さんの姿もあった。
雛森については、直近の映画が青空出版という事もあっての依頼だった。依頼当初は、
『私が司会なんて無理ですー!』
なんて言ってたものの、烏真社長と笑美ちゃんの説得で了承してくれた。雛森に関しては、そもそも頭も良いし、仕事の関係で同席した会議の場面でも説明が分かりやすかった。伝える能力が長けているんだろう。そういう点も含めて、ある意味適任だと思う。
「椅子の配置はこんな感じですかね?」
井上さんは本当に何でも出来るな。この件に関して色々な関係各所への連絡やアポ取りをしてくれたにも関わらず、笑美ちゃんへのサポートも完璧。まさに縁の下の力持ちだ。
「当日は一応念入りに身体検査お願いね?」
そして、烏真社長。
そのフットワークの軽さは、ある意味社長とは思えないくらいだ。とはいえ、俺達を守る発言や俺達の味方になってくれる姿勢は感謝しか浮かばない。
「すいませーん! 遅れました」
っと、主役の登場だな。
それじゃあ……最終確認行きますか。
笑美ちゃんが到着し、明日の会見に向けたリハーサルが始まった。
進行表と聞かれるであろう質問リストについては俺も手伝いはしたものの、その大半は社長と井上さんが取りまとめて作成してくれた。
雛森も進行表があるとはいえ、声の大きさやトーン。話すスピードなんかも丁度良い。
まぁとなると、唯一の不安は俺か? 明日は笑美ちゃんの隣に座るとあって、ステージに向けられたライトの眩しさには未だに慣れない。
隣の笑美ちゃんは……堂々としたものだ。
こうして、滞りなくリハーサルは終了。
俺達は休憩しながら、明日に向けて細かい部分について話をしていた。
「さっき、予定通り関係各所・報道機関に明日の会見について連絡しました」
「了解! ありがとうね彩華。とりあえずは、これで準備は完了ってとこかな? 何か不安とか聞きたい事とかある?」
「俺は特に……緊張に耐えれるかどうかですかね?」
「ははっ、そこは気合いだろ丈助。んで? 笑美は?」
「私は特に……うぅん」
その瞬間、俺達は笑美ちゃんへ視線を向ける。そして誰もが感じただろう……何かがあった事に。
「なんかあったのか? 笑美ちゃん」
「あのですね。さっき……母さんに会いました」
母……さん? 母さんって、あっ、あの虐待女かっ!?
「えっ? 笑美?」
「母さんって……」
「はい。私も認めたくはないですけど……母さんですね。いきなり声かけられました」
「ちょっと待ってくれ。それで笑美ちゃん! あいつは……」
「ふふっ、落ち着いてよ丈助さん」
「丈助。お前も無関係って訳じゃないのは分かってるけど、とりあえず落ち着こう」
おっ、落ち着くったって……あの女が……なんで東京に? しかもなんで今更笑美ちゃんの所に?
……いや、俺なんかより笑美ちゃんの方が色々しんどいはずだ。冷静になれよ……
「すっ、すいません」
「もう丈助さん? 大丈夫、喫茶店で話しただけだから?」
「話?」
「うん! 最初は許してとかって言ってたけど、信用できなくてね? その後も全然嘘みたいな事言うんだ。幸い私は今まで、本音で話してくれる人や、本音で向き合ってくれた人達が居たし……うぅん、現在進行形で居るから、母……いやあの女の言葉がものすごく軽く感じちゃった」
笑美ちゃん……
「だから言ってやったんだ。思ってもない事口にしないでくれますか? って。そしたら本性登場。丈助さんなら分かるでしょ? あの時の姿そのまんま」
「あの時の……そっ、それで大丈夫だったのか?」
「うん! 最初顔見た時はさ? 多少の老けはあったけど、大体変わってなくて……心臓が締め付けられてパニック寸前だったよ。けど、皆の姿思い出したら頑張れた」
「笑美……」
「笑美ちゃん……」
「あの時とは違う、大事な人が居るんだって思ったら……力が湧いてきた」
「笑美ちゃん」
「だから、面と向かって言ったよ? 今まで言えなかった事、言いたかった事言ったよ? あの……あの女にっ! だから、気にしないで? むしろ、乗り越えた自分を褒めたい気分なんだから」
それは……大きな一歩だった。
俺ですら未だに嫌悪感を抱く。目の前に現れたら冷静でいられるか分からない。
そんな相手、ましてや過去に虐待を受けた母親を目の前に……あの時のトラウマを打ち破って、今の自分を見せつける。それがどんなに勇気が必要で、どんなに難しい事だろう。
それをやり遂げた笑美ちゃんが……一際は輝いて見える。
「そうだな。やったな笑美ちゃん」
「丈助の言う通りだよ笑美。ある意味乗り越えられたって事かな?」
「すごいなぁ……」
皆が居なきゃ、真っ先に頭を撫でてるところだ。けど、家に帰ったら……笑美ちゃんの望む事をしてあげよう。
「ありがとうございます。でも、本題はそこじゃないんですよ?」
「えっ?」
まっ、まじか?
「本題じゃないって、他に何かあるの? 笑美」
「はい! 私が店出ようとした時に、あの女色々言ってたんですよ? その中で気になることが1つありまして。ふざけんな! てめぇ良いのか? 週刊誌載るらしいな? 男が居るって! いい気味だっ! って言ってたんですよ」
……ちょっと待てよ? なんであの女が週刊誌に出るって知ってるんだ? そもそもあの情報は大衆社が持っていたもの。知ってるのは大衆社の社員ぐらいじゃないのか? それかもしくは……
「ちょっと待って? なんでその情報を笑美の元お母さんが知ってるのかしら? もしかして、あの写真を撮って送ったのは元お母さん?」
そうなりますよね。社長。
「私も最初はそう思ったんですけど、だとしたら順番逆だと思うんですよね? あの女、本性出してからはお金の無心してきたんですよ。なんか母親がキャバクラと風俗で働いてるのがバレたら、印象悪くなるだろ? って、でも最初からそれが目的なら……」
「あっ! なるほど。お金の無心が目的なら、最初から大衆社に情報は流さない。流さず、笑美ちゃんとサンセットプロダクションに口止め料を要求し続けた方が得ですよね?」
確かに井上さんの言うとおりだ。順番的に情報提供してから脅迫より、脅迫し続けた方が旨味はあるはず。
「その通りなんですよ。だから、あの写真を撮ったのは大衆社でもあの女でもない……誰か。その誰かは分からないですけど、居る事は確かだと思います。そしてその人とあの女は手を組んでいる……本当にどうしようもない人ですよ」
笑美ちゃんの言葉は、的を射ている気がした。
週刊誌に掲載される情報をあの女は知っていた。
知っていたのにも関わらず、お金の無心にやってきた。
あの女が写真を撮ったなら、大衆社に提供するよりも、最初からその情報を餌に笑美ちゃんに無心に来るはず。
だが違う。掲載が決まってから来た。となれば、写真を撮ったのは別の誰かの可能性が高い
となればその誰かは大衆社に情報を提供した後、あの女の存在を知った? つまり、笑美ちゃんに会いに行くように指示したのも……その誰かの悪知恵か。
「でも、そんな人にガツンと言ってやったんだろ? 大したもんだよ」
「そうだよ? 笑美ちゃん!」
「ほっ、本当? えっへへ。そうかな? 丈助さんっ!」
………………可能性としては十分にあり得る。
「あぁ、冷静に言葉で見せつけたんだ。あっちとしては人間性の違いも見せつけられたんじゃないか? すごいよ。笑美ちゃん」
「やったぁ。褒められたぁ」
どこで出会ったかは分からない。
けど、そこまで見知った仲じゃなければ、あの女が本当に笑美ちゃんの母親であってもなくてもどっちでもいい。
本物なら儲けもの。
偽物でも自分に損はない。
疑問なのは、週刊誌に載るのは知ってるのに、なぜこのタイミングでそんな事をしたのか。
あわよくばお金が手に入る? それとも、笑美ちゃんを……俺達を更に苦しめたいって目的なのか?
……どっちにしろどうしようもない奴だ。あの女も、写真を撮ったやつも。
ただ残念な事に、俺達はお前らの思い通りにはならない。
明日ここで……
全部打ち明けるんだから。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




