72話 ある男達
ゴクッ、ゴクッ
「はぁ……」
昼間のテレビに何も感じなくなったのはいつからか。
日中に飲むビールに何も感じなくなったのはいつからか。
どうしてこうなったのか。
考えれば考える程その元凶が頭に過る。間違いない、あのクソ野郎の君島だ。
奴のせいで、俺のエースとしての立場は崩れ去った。尊敬と輝きの眼差しが軽蔑と哀れみにまみれたものになり、挙句の果てに出向だと? 出世なんて出来もしない、んな場所行ってられる訳がねぇ。
当然退職金は頂いた。
だが、この屈辱をいつまで感じれば良い……そうだ、何とかして奴をまた引きずり落としてやろう。
数日前、蘭子が君島と会ったという話を思い出す。大層なオフィス街にいたらしく、再就職も大手に違いない。
料理も出来ない、金遣いも荒い。強いて言うなら胸がでかいだけの虫食い虫がここで役に立つとは思わなかった。
それにあの野郎いつだか可愛い女達と飯食ってやがったな? クソがっ! 全員蘭子じゃ歯が立たねぇレベルで、こっちが恥かいたぞ。しかも受付やってた井上までいたな? 引き抜きか? くそが! 絶対に許さねぇ。
だが、俺一人じゃ時間が掛かる。誰か…………あぁ、良い奴が居た。
頭に浮かんだのは、大学で一緒だった諸見里。何かと気が合う男で今でもちょくちょく飲みに行く奴だが、女癖が悪いのが難点だ。せっかく有名どこの高校の先生になったというのに、生徒との関係がバレてクビになり、今じゃホストで適当に働いている。ただ、話を聞く限りその勤務態度はお世辞にも良いとは言えないようだ。
それに、蘭子にも手伝ってもらえばなんとかなるか。尾行してヘマでもなんでも掴んで、前みたいに辞めさせてやる。
待ってろよ? 君島ぁ!
「……おっ、諸見里。 今ちょっと時間良いか?」
××××××
あれから数か月。
沢山の海産物に肉、酒やらが置かれたテーブルを囲んで、俺達は大いに盛り上がっていた。
「いやぁ、それにしても蘭子と諸見里のおかげだ」
「そんな事ないってぇ」
「まぁ俺的にはその通りだとは思うがな? はっは」
これほど酒が美味いと感じたのはいつぶりだろうか。
まぁそれもそのはず。俺達はあのクソ野郎をもう1度地に落とせるだけの情報を手に入れた。しかもそれはクソ野郎だけじゃなく、とある有名人と事務所にも打撃を与えられるものだった。
あれからすぐ諸見里に連絡すると案の定の話に乗ってくれた。そして、次の日からは尾行開始。
蘭子はキャバでバイトをしていた為、実質は俺と諸見里の2人だったが、休みの日には蘭子も尾行に加わった。
奴の勤務先は数週間で分かった。
蘭子が奴に会った場所周辺で張っていたのが功を奏し、出入りするビルを把握。乗り込んだエレベーターの階数から、そこに入っている企業を特定した。これに関しては一社しか入っていなかった事が功を奏した訳だ。
ただ、それだけだと信憑性に欠ける。何度かその出退勤を確認し、ネームプレートの企業名とも一致させ確証を得た。
まさかサンセットプロダクションなんて事務所で働いているとは、しかも今話題の相島笑美のマネージャーだと? マジで腹が煮えくり返ってぶん殴ってやりたかったね。
ただ、俺の目的はそんなチンケな事じゃない。俺達はずっと尾行した。何か穴はないか、怪しい動きはないか。事務所の経営は? 相島笑美の黒い噂は?
そしてついに掴んだ。
あのクソ野郎と相島笑美が手を繋いでマンションに入っていく姿を。
クソ野郎と相島笑美が同じマンションに住んでいるのは分かっていた。まぁモデルとマネージャーの関係なら変ではないが、あの瞬間あいつらはボロを出しやがった。バッチリ撮ってやったよ。
それにしても、さすが大手の大衆社。電話で相島笑美についての話があると言ったら、速攻で来てくれだと。それに担当の奴目がキラキラしてやがった。
あいつらスクープ本当に大好きだよな。売れるのが第一、他人の不幸は蜜の味ってか。
まぁ、こっちとしては提供料もガッポリで、クソ野郎もろとも人生壊せる。あっちは知名度アップで売上が伸びる。まさにウィンウィンだ。
「ちゃんと取り分よこせよ? 黒滑」
「私もだよ? 颯さんっ!」
「分かってるって」
来週が楽しみだぜ。
「そういえばさぁ? ちょっと面白い人が同じキャバにいるんだ」
「面白い人?」
「うん。なんか自分は相島笑美の母親だって言ってんだよねー」
相島笑美の……母親?
「いやいや。あり得ないっしょ」
「だよねぇ。でもさ前見た雑誌で、相島笑美って施設出身って書いてあったんだよね。その面白い人の出身地、その施設があった隣県だし? なんか色々言ってんのよねぇ、名前の由来とか? それに今は老けてるけど、どことなく相島笑美に似てるっちゃ似てる感じはあるんだけどねぇ。それに本名相島一だってぇ」
それを聞いた瞬間、俺はふと考えた。
普通に考えたら、この東京で蘭子と同じ場所で働いているのが、相島笑美の母親……そんな偶然ありえない。ただ、あいつに復讐を考えてから、今まで上手くいっている。首尾よく順調だ。だとしたら、その女……まじで母親の可能性もある。会って話を聞くだけでも別にいいんじゃないか?
「なんかきな臭くね?」
「やっぱりぃ?」
「いや、待て……」
話聞いて、文字通り虚言癖女なら適当にあしらえばいい。
だが、本物だとしたら……
「なぁ、蘭子? その人に……」
もっとドデカイ復讐ができるじゃんかよぉ。
「会わせてくれないか?」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




