71話 おっさんがケリをつけたい場所
もう二度と、ここへは来ない。来たくない。そう思っていたはずなのに、まさか三度訪れることになるとは。
ビルを見上げながら、無意識に笑みがこぼれる。
前に来たときは、己ヶ為に一泡吹かせてやった。
内心満足感でいっぱいだったものの、笑美ちゃんとの入籍が決まった今……その状況は変わった。
発表されたら間違いなくターゲットにされるのは俺だ。どういう人物なのか、過去の話等々探るはず。その時に、少なからず取材が来るかもしれないのが、俺の元職場。
静川区家庭総合センター。ホーリョーソフトウェアカンパニー。
午前中に行った静川区家庭総合センターには取材の関係で業務に支障が出る可能性を考慮して、事前の連絡と謝罪をした。とはいえ、所長である先輩が全面的に協力的で肩の荷が下りた。
そしてここ、ホーリョーソフトウェアカンパニー。もちろんそういった意味で挨拶はするつもりだ。ただ、ここに関しては別の事を念押しする為に来たと言った方が正しい。
「さて、行こうか丈助」
烏真社長。本当に頼りになる人だ。
正直、ここに関してはどうでも良かった。ただ、それに待ったをかけたのが社長。
『取材が行く分には良い。ただ、辞めた理由を問われた時、会社側が都合の悪い事実を言うとは限らないでしょ。それこそ、仕事が出来なくて多大なミスをして辞めたってあいつらのウソが、事実として報道される可能性もあるんだ。だからこそ、ホーリョーソフトウェアカンパニーに関しては、その件について念押しする為にも行こうっ!』
そうだ。いくら己ヶ為に圧力をかけても、それが上層部まで届いていているとは限らない。
それに、井上さんも感謝しないといけない。元受付の知り合いに連絡して、社長がいる日を確認。アポが取れるように勧めてくれた。
だからこそ、ここでケリをつけないと。
「はい。行きましょう」
「どうぞ、お掛けください」
「ありがとうございます」
「失礼します」
重厚感の漂う室内に、質感の凄いソファ。
ただの社員が来られる機会なんてほぼない。そんな社長室に俺達はいる。
そして対面に座るのは、大貫社長。採用された時には握手をし、社内で何度すれ違うたびに皆に挨拶を欠かせない。人柄はかなり良い人物だ。
「今日はお忙しいところお時間頂きありがとうございます。サンセットプロダクションの烏真三月と申します」
「いえいえこちらこそ。ホーリョーソフトウェアカンパニーの大貫と申します」
「ありがとうございます。そして……」
「久しぶりだね。君島くん」
「えっ、はい。お久しぶりです。大貫社長」
「うちでマネージャーをしている君島丈助です」
正直、俺の名前を憶えていたことは驚いた。けど、今日はケリをつけに来たんだ。
挨拶もそこそこに、本題を切り出そうとした時だった。
「君島くん。すまなかった」
大貫さんが、頭を下げた。
「えっ……」
「出張から帰ってきてから、君が辞めた事を知ったよ。己ヶ為くんから聞いた話だと、ミスをして自主退職という事だった」
やっぱりか……
「とはいえ、立場上取引先の社長さんらとお会いする機会は多くてね? 君の話も出て来てたんだよ。よく出来た営業の子だって」
「あの大貫社長? でしたら、君島が騙されて辞めることになった事にも気付いたのでは?」
「薄々は……ね。でも君島君はもう辞めていて、これに対してどうこう言える立場ではないと思った。けど、そんな時に君の解雇理由証明書の発行に関する起案が来たんだ」
一応回したんだな、己ヶ為。
「だが、その文書にはミスにより自責の念での自主退職と書かれていたよ。ただね? これは公正な文書だ。つまり認めた時点で会社の出した公式な文書となる。嘘を並べる会社にだけはしたくなくてね……色々と聞き取りをさせてもらったよ」
「聞き取り……」
「まぁ詳細は言えないけど、その結果……君島君が辞めた件に関して大まかに関与してる人物が分かったよ。営業部の己ヶ為くん、黒滑くん、そして事務の美浜さん。違うかな?」
「あっ……」
「その顔は合ってたかな。それで己ヶ為くんはパワハラ及び部下の管理不足。黒滑くんと美浜さんは業務怠慢という事で、北海道の離島にある子会社へ出向してもらう事にしたんだ。己ヶ為くんは2か月前に出発。黒滑くんと美浜さんは辞めてしまったみたいだけど」
北海道の離島? そんなところに子会社なんてあったか? けど、思いの他ちゃんと対応してくれてる点には驚きだ。にしても黒滑のやつ、プライドが許さなかったんだろうな。美浜も同様か。
「とはいえ、君が受けた事は私をはじめ上層部の責任でもある。本当にすまなかった」
そう言うと、大貫社長はまたしても頭を下げる。
ハッキリ言って大貫社長がここまでする必要はないとは思ったが、部下の責任は上司という言葉を体現するならこう言う事になるんだろう。
その気持ちを素直に受け取ると、俺はここへ来た本来の理由について口を開いた。
「頭を上げてください。俺達が今日来たのもある意味その関係なんです」
「その関係?」
「はい。烏真社長?」
「おっけ。あのですね……」
それから烏真社長から大貫社長へ、俺と笑美ちゃんの入籍の話がされた。笑美ちゃんの存在を大貫社長が知っているかという不安はあったが、バッチリと知っていたらしい。なんでも俺の一件以来、若い社員との距離を近づけようと流行やら何やらを積極的に勉強しているらしい。
最初の反応もかなりの驚きようだった。
「なるほど、大体は分かりました。取材については任せてください。君島くんの退職理由についても、正式なものをお伝えします」
「感謝いたします」
「あと、その証拠でもありませんが……君島くん、遅くなってすまない」
「これって……」
大貫社長がさっと机に出した1枚の紙。それは解雇理由証明書だった。
それにその理由欄委は上司のパワハラや先輩による多大な業務処理、事務の手違いによる精神的ストレスなどが書かれており、ほぼほぼ事実と相違はなかった。
「ちゃんと社印もついてるし、これが本当の退職理由だ」
「ありがとうございます」
「烏真社長? これでよろしいですか? 私達は、君島くんと相島さんの結婚を決して邪魔しません」
「はい。ご配慮ありがとうございます」
「いやはや、君島君。本当に私の人を見る目がないせいで迷惑を掛けた」
「そんな事ないです」
……とりあえず、1番の難所は大丈夫かな? これで、思う存分会見に臨める。
「君島くん。私が言うのもあれだけど……結婚おめでとう」
「……ありがとうございます。大貫社長」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




