22話 相島と君島
「ん、んー」
頬に感じる冷たい感覚。上半身に感じる圧迫感。
その違和感に、おぼろげだった意識が次第に鮮明になって行く。
あれ? テーブルに突っ伏して……何で俺、こんな格好で寝ているんだ? やべっ、記憶が……
そんな疑問と同時に、ゆっくりと顔を上げた。するとどうだろう、テーブルの上にはビールの缶や封の開いたお菓子が乱雑に置かれ、このリビングには似つかわしくないほど散らかっていた。
げっ、なんだこれ? 昨日何して……あっ!
まるでパーティーでもしたかのような光景。ただ、空っぽのお皿の数々。テレビに繋がれたゲーム。ビール缶と低アルコール飲料の空き缶を見回す内に、徐々に曖昧だった記憶がハッキリとしていった。
そういえば、あの後……いや、正直思い出したくはないけどさ? まぁ、色々あって……
ふとソファを見ると、
「すやすやー」
気持ち良く寝ている笑美ちゃん。
そうだな。色々と……楽しかった。
再会した当初に比べて、それなりに話しも冗談も言える様にはなっていたけど……いや、問題は俺だったか。あんな事誰にも言える訳がない。そう思い続けて来た過去の後悔。自分の気持ち。口にする事で、ここまでスッキリするとは思いもしなかった。
そしてその機会を与えてくれたのは、まさしく笑美ちゃんだった。
そんなこんなで、お互い変なテンションになっちゃったのかもしれないな。
『君島さん! 今日はそうですね……パーっと行きましょう!』
『パーっとって……』
『ふふっ。だって、今日はお互いの事をちゃんと知れた……そう! 記念日パート3ですよっ!』
『パート3? ちなみに1って……』
『パート1なんて簡単じゃないですかぁ。君島さんに助けてもらった日ですよ』
『じゃあ2は?』
『もちろん! あの公園で再会した日ですっ!』
『なっ、なるほど。んで今日はお互いの事知ったパート3ってか』
『その通りですっ!』
『笑美ちゃん……さっきの醜態を思い出させないでくれよ』
『あれが醜態なら、お互い様じゃないですか? 私だってワンワン泣いちゃいましたし。でも、気持ち良くないですか? スッキリしてないですか?』
『そりゃ……まぁ……』
『だったら……祝いましょ? ねっ? 君島さん!』
それからは、まさしくパーティーの始まりだったな。笑美ちゃんは戸棚からお菓子を引っ張り出し、俺は簡単なおつまみを作る。
しかも笑美ちゃん、用意周到にビールまで買って来てたよ。しかも自分用に低アルコールのお酒って……
『これなら、大丈夫ですっ!』
『ホントかぁ? 二日酔いになっても知らないぞ?』
『そそっ、そんな事無いですもんっ!』
『ははっ。じゃあとりあえず……』
『『かんぱーい』』
ただ……正直、めちゃくちゃ楽しかった。
他愛もない話で盛り上がって、冗談言ってさ? なんか常に笑っていた気がする。
あと、意外と笑美ちゃんについて知らない事もあるって再認識した。通っている大学とか、なんだかんだでちゃんと聞いてなかったし。
それにしても、京南大学とはな。東京じゃ鳳瞭に次ぐ有名大学だ。前に聞いてた部活の事も併せて、とんでもない文武両道だって感心したよ。
あと、地味に登校時間が判明したのもプラスだ。講義の開始に合わせて朝御飯も作れるし、遅刻はないと思うけど、万が一の防波堤になれる。1回の欠席で単位が取れない訳じゃないけど……癖になるのは怖いからな。
……とまぁ、そんな感じで笑って笑って……それこそ今まで生きて来た分以上分笑った気がする。ゲームなんかも、誰かとするなんて久しぶりすぎた。
『ずっ、ずるいですよぉ! 君島さん!』
『ずるくはないだろ』
『ゴール直前でサンダーなんて、鬼の所業ですぅ! 悪魔ぁぁ』
『これも戦略の1つだ』
『女の子いじめて喜ぶなんて、やっぱり悪魔ぁ。ぶー!』
『ふっ。はいはいはい、そうかもな?』
負けた後の不貞腐れた顔も、なぜか癒された。
ふぅ。ぶっちゃけその後の記憶がないんだよな。お菓子は半端なのあるけど、俺が作ったおつまみは綺麗に無くなってるし……辛うじて食べちゃったんだろう。
それにしても、結構食べたし飲んだし散らかってるな。昨日は全然気にしてなかったけど、こうして見ると結構な散らかり具合。笑美ちゃん起きる前に、片付けておくか。
っと、そういやアラーム鳴って無いけど、今何時だ……10時10分? 結構グッスリだったなぁ……あれ? 10時10分?
『あぁ~明日、必修の講義あるんですよ―。テスト頑張らないとダメだし、講義も気が抜けないんですよねぇ。欠席も痛いですしぃ』
『ははっ。必修講義の緊張感はどこの大学でも一緒か』
『あぁー他人事だと思ってぇ』
『格好付けさせてもらうと……誰もが通る道だよ。頑張りたまえ? 笑美ちゃん』
『心がこもってなぁぁぁい!』
…………はっ!!! 必修講義!!!
「えっ、笑美ちゃん!」
グッスリと寝ている所を起こすのは、なかなか気の引ける事だった。しかし、寝過ごす危険性のある状態なら仕方がない。俺は心を鬼にして、笑美ちゃんに呼び掛ける。
「おーい! 笑美ちゃん!」
「むにゃむにゃ」
だっ、ダメだ。ビクともしない。えっと……ごめんよ?
「笑美ちゃーん!」
少し申し訳なさを感じつつも、俺は優しく笑美ちゃんの肩に触れ、ゆっくり揺らす。
「んっ……ん~。きーみーしーまーさーんですかー? まだ眠いでふ」
おいおい。そんな悠長な事言ってる場合なのか? 必修の講義が1コマ目だったらアウト。2コマ目からなら、ここから京南大学までの移動時間を考えると結構ギリギリだぞ!
「何言ってんだ! 必修の講義って何コマ目だ? まさか1コマじゃないよな?」
「ふぁぁぁ」
なんて可愛い欠伸をしながら、目をこする笑美ちゃん。何も無ければ癒されるんだろうけど、今は確認が先だった。
「おーい!」
「ちょっと待って下さーい。よいっしょー起きましたよー? ふぁぁぁぁ良く寝ましたぁ」
「なにのんびりしてんだよ! 今日必修の講義あんだろ? 何コマから?」
「講義ですかー? 2コマ目からでーす」
なっ、なっ……2コマ目!? 1コマ目で欠席という事態は免れたけど、ヤバい事実は変わらないぞ!
「なっ! だったらマズイ。早く支度しないとっ!」
「えぇ? そんなに焦って、今何時なんですー?」
「10時10分だっ!」
「えっ?」
「だーかーらー! 10時10分だって!」
「10時…………ヤバっ!!」
それからの笑美ちゃんの反応は、恐ろしいほど素早かった。ソファから飛び起きると洗面台へ直行。今から化粧等々して時間が大丈夫なのか心配しながらも、俺は昨日の後片付けを始める。
すると、ものの数分もしない内に髪の毛を整えた笑美ちゃんが登場。
「ヤバいヤバいヤバイっ!」
なんて呟きながらも、その速さに思わず2度見してしまった。
えっ? 身嗜みOKなの? もはや自分の部屋に行ったんだけど……
なんて呆気にとられていると、またしても1分もしない内に着替え終えた笑美ちゃんが部屋から登場。顔は焦りに焦っていても、それ以外はいつもと変わらない。
えっ?
「ちょっ、笑美ちゃん?」
「何ですかっ!!」
「いや、引き止めてごめん。その……化粧とかは……」
「大学というか、学校行くのに今まで化粧なんてした事無いですっ! 頑張ればこれくらいで準備はOK」
……えぇ!? なに? ノーメイクなの? 確かに昨日と雰囲気は変わって無い。化粧をしてるからだと思ってたけど……言われてみればお風呂上がりでも変わってなかったな。
なにそれコワイ。けど、今はそれどころじゃないな。詳しい話は夜という事で……
「マッ、マジか。恐れ入った」
「アリガトゴザイマスっ! じゃあ行ってきます!」
「気を付けろよ? 事故とかっ!」
「了解っすっ! あっ、君島さん! 今日事務所寄ってから帰って来るので、戻りが7時頃になりそうです。けど、今日の夕ご飯は私が作りますからっ!」
なっ……大学行って仕事場行って晩ご飯って、キツくないか?
「えっ、それだと……」
『ご飯は交代制にしましょ? 私はさっき言った通りワガママなんです。作ってくれた物を食べるのも嬉しいし、作った物を美味しいって言って貰えるのも嬉しいんです』
『助けられる事に戸惑わないでください。辛いなら言ってください。もっと私を頼ってください。君島さんは君島さんなんです。昔とかあの時のとか……関係ない。私は目の前に居る君島さんに会えて良かった。そして恩返しがしたい。それは紛れもなく、相島笑美の本心ですから』
……あっ、そうだ。昨日言われたばっかじゃないか。
「どうしました?」
「なんでもないよ? じゃあ、今日は笑美ちゃんのご飯……楽しみに待ってるよ」
「ふふっ。任せて下さいよぉ~!」
少しずつでも、ちょっとでも……
「お願いしますよ? じゃあ、気を付けて」
「はーい! 行ってきますっ! 君島さん」
頼らせてもらうよ? 笑美ちゃん。
「行ってらっしゃい。笑美ちゃん」
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