16話 女子大生に見合う男2
さてと。
見上げるは、見慣れたはずの元自宅。二度と戻ってこないと決めた場所への早い戻りに、我ながら溜息が零れる。
とはいえ、奴と会うにはここしかない。元彼女で元同棲相手で裏切り者……美浜蘭子。
平日に休みとは、営業職からしてみると考えられない。まぁ女性に甘いは会社のモットーか。思い起こせば俺って、総務……とりわけ事務職の男性陣からは厳しい目で見られてたな。一応、自称事務のアイドルさんと付き合ってたって事で。女性陣は優しくしてくれたけど……上席が見事に男連中だ。美浜がどんな仮病使ったとしても追及もしないだろうな。
それにしても電話で出社状況が聞けたのは上々だったな。しかも古典的に公衆電話を使うに当たり、探し出す方が時間を取ったよ。あとは対応したのが男ってのも幸いだ。聞いた事が無い声となると新人か……ナンバーディスプレイに公衆電話の文字が出ても怪しまないもんなのか。
『携帯忘れてしまい、公衆電話から失礼します。以前そちらの美浜さんへ見積り等々の依頼をお願いしたのですが……』
名前も聞かないとは……教育の部分も含めて本当に元会社は大丈夫なんだろうか。いやいや、即決入社した自分が言える立場じゃないか。
「ふぅ」
いや、今はそんなことどうでも良い。とにかく中に居る美浜に一泡吹かせる。それだけだ。
鍵は……変わってないな。一応転出まで鍵を持ってて正解だったよ。
ガチャ
部屋を開けると、辺りはまるでデジャブの様に真っ暗だった。そして玄関から見える光景もデジャブそのもの。テーブルに置かれた食べかすやゴミは……身も心もゲンナリさせる。
うおっ、前より汚いじゃねぇか。んで? 肝心のアホ女は……
「すーすー」
ソファでまだ寝てんのか。しかもどんな格好だよ。下着姿って……色々ヤバいぞ? 随分派手派手な奴だな。とりあえず俺は知らないけど……あいつの趣味か? それにお腹に肉こんなにあったっけ?
「うえっ」
ヤバイヤバイ、吐き気がする。とにかく、事を急ごう。
こうして俺は窓に近付くと、思いっきりカーテンを開けた。差し込む大量の光に、流石のアホ女も気づいたらしく慌てて起き上がる。
「なっ、なになになに!? 颯さん!? こっ、これは違うのっ!」
うおっ……気持ち悪い恥じらい表情。これが可愛く見えていた俺はどんな精神状態だったんだよ。
「残念ながら黒滑じゃねぇよ」
「えっ……あっ、丈助っ! あんたっ!」
その変わり身は、見事という言葉しか出てこない。一瞬にして不細工な顔に変貌を遂げる。しかも化粧もしてないのか、いつも以上にひどい顔だった。
「よう。お望み通り来たぞ」
「ふっ、ふざけんな! てかジロジロ見んな変態」
「いや、んな姿で寝てるのが悪いだろ。大体、そんな趣味の悪いもの見てこっちは吐きそうなんだよ。逆に迷惑料が欲しいね」
「なっ……あっ、あんたいつもと違うわね? はっ! やけくそにでもなった? そりゃ私みたいな良い女取られたんだから仕方ないけど?」
一瞬だけ見ると可愛いく見えるこいつが言うと、その言葉も仕方なく聞こえるんだろうけど……今の俺にはまったく意味がないぞ。むしろ、段々と腹が立ってくる。
「だいたい、ヘラヘラしてる性格が嫌だったんだよ! そのくせ、あぁしろこうしろうるさいったらありゃしない! その点? 颯さんは引っ張ってくれて? 優しくて良い人なんだから。気持ち揺らぐのだって必然でしょ!?」
「あぁ……そうかもな。ちなみにいつから?」
「ふふん! 3年前よっ! 出世街道まっしぐらのイケてる颯さん見たら、そそられるに決まってるじゃない」
2年……付き合って3年、同棲して2年目の段階か。あぁ、あの頃俺調子良くて、結構あいつに譲ってたもんな。
それと、何となくコイツの性格がきつくなったのもその辺りじゃね? あとは拒否られるのも露骨に多くなり始めた時期とも大体合っている。まぁここ1年はまるまる無かった事が、ここに来て精神安定剤になるとは思わなかったよ。
「確かに、思い出すとその辺から態度が変だったな」
「負け惜しみ? 全然気が付きもしなかったくせに」
「まぁ、それについてはもうどうでも良いよ。過去の話だし、俺には関係ないからね」
「はっ、はぁ? 情けない自分を私に見せた事に謝罪は無い訳?」
……ヤバい。本格的に頭おかしいぞこいつ。
「いや? なんで俺が謝らないといけない訳? てか、マジで出る言葉が黒滑と一緒でウケるわ。マジでお似合いだな」
「だから言ってるじゃない。私と颯さんは運命の……って! ちょっと待ちなさいよ! あんた颯さんと……」
「あぁ、引き継ぎが上手くいかないから助けてーって泣きつかれた」
「そっ、そんな訳無いでしょ! 颯さんは営業部のエースよ? 契約件数だってあんたの倍以上。今更あんたに泣きつく理由がないわ。なに嘘言ってんのよっ! それより、早く謝りなさいよっ!」
自分の見る目の無さに呆れる。
本当に目の前の奴と5年付き合い、4年も同棲していたのか。挙句の果てにその半分以上を浮気されて、影でバカにされていた。その事実は……怒りを通り越して笑いに変わる。
「はっ……ははは……」
「何笑ってんのよ! 大体、プロポーズだって出来ない貧乏で甲斐性の無い奴なんて、捨てられて当然だっての! 颯さんなんて、課長級になったら結婚してくれるって約束したんだから」
「へぇ……」
「それにタワマンに住んでるし、私には悠々自適な結婚生活が待ってるのよっ! そんな女とあんたは最初から釣り合わない。むしろ付き合えた事に感謝しなさい。そんで謝りなさい」
タワマンね……金持ちねぇ。ふと思ったんだが、
『俺達の関係にも気付いてなかったみたいだしな』
『ねっ? 自分の家に他の男が来てるのも、ベッドで何回もしてるのにも気付いてないんだって』
『『はははははっ』』
金があるなら、なんでわざわざこの部屋で? 会社から近い訳でもないし、なんならホテルの方が近いと思うんだが? あと、なぜご自慢のタワマンの話が出ない?
それに前に来た時、料理の残骸があった。まぁ寝室にも気持ち悪い事後の物体が転がってた訳だけど。
ちなみに今日も同じぐらいの食べかけやゴミだ。1人で食べたとは思えない。つまり、昨日もこの部屋に来た? 寝室に行けばそれも間違いないと思うけど、吐きそうだから止めておこう。
とにかく、晴れて邪魔者が居なくなった記念するべき日に……なぜここ? ホテルや自慢のタワマンでシャンパン飲みながら祝えば良いんじゃないか? あとはゲームの話もだ。さっきの黒滑の反応的に、美浜の言ってたゲーム機のくだりは本当っぽい。となれば……ますます怪しいな。
本当に金持ちなのか? いや? 仮にも契約件数は挙げてるし、給料にプラスされてるはずだから、手取りは多いはず。もしかして、何かに使っているのか? あと、本当にタワマン住みなんだろうか。
まぁいいや……お前は十分話しただろう。今度は、こっちの番だ。
「なぁ、1つ聞いていいか?」
「何よ負け犬」
「そのご自慢のタワマン行った事あんのか?」
「まっ、まだないわ。けど、写真見たもの!」
「2年も浮気してるのに1度もか?」
「なっ、なによ! つい最近引っ越したって言ってたんだから!」
「その割には、ヤル場所は大体ここだって感じだったけど?」
「だっ、だからなによ!」
「金持ってるんならホテルとかじゃないのか? 会社から近い所も、少し離れた所もあるだろう。それこそ自慢のタワマンとかさ?」
「それは結婚に向けての節約でしょ! 颯さん言ってたもん」
まぁ、やるならテーマパーク貸し切りが良いなんて夢を叶えるまでは行かないけど、海外で盛大にしたいって願望を叶えようと努力してきましたけどね……それなりに貯まったつもりだけど、俺よりもらってるやつが更に節約? 自分の部屋には行かずに?
「はぁ。ちなみにさ? 課長級って……昇進の話出てるの?」
「言ってたわよ? 邪魔者が居なくなって負担が減るからあと少しだって」
邪魔って……まぁ、お前らからしたら間違ってはいないか。
「負担が減るって……あの契約件数とか活躍っぷり、マジで黒滑の力だと思ってる?」
「当たり前でしょ? あんたと違って、行動力もトークも抜群なんだから! いずれ社長にだってなれるわよ!」
社長? ……あいつが? 最初は契約3件で得意げで、何ヶ月か経ってもそれ以上件数が取れなかったあいつが? 外見と口車に騙され過ぎじゃね? そりゃその一端を担いだ俺も悪い。ただ会社の奴らもそうだけど……もっと重症な奴が居るよ。まさか、元彼女とはな。
……いや、ある意味幸運だったのかもしれない。こんな奴に一生を捧げる所だった訳だし、それを阻止してくれた黒滑には少し感謝しないとな。あっ、30件の契約の置き土産してるからチャラか。
とはいえ、こいつはこいつ。今までの態度と浮気の事実……やっぱ無性に腹が立つ。
「へぇ……じゃあ、今まで通りに功績を残せるかもしれないな。近いうちに分かるだろ」
「当たり前でしょ!?」
「ちなみに、黒滑はお前が料理出来ないの知ってるの?」
「りょっ、料理なんて簡単だし!」
「味噌汁も作れないのにか? あと、洗濯干すのもめんどくさがるってのは?」
「はっ、はぁ? それは関係……」
「畳むの下手くそなのは? 掃除出来ないのは? 朝起きれないのは?」
「うっ、うるさーい! 何なのよ! 料理なんて出来あいの奴で十分なのよ! それに外食すれば良いじゃない! 洗濯なんてやろうと思えば出来るっての! 掃除なんて家政婦雇えば良いのよ!」
マジで全部隠してるのか? 黒滑といい、美浜といい……全部が露呈した時どうなるんだろうな?
「そうかそうか。なぁ美浜……俺はお前に謝る気なんて一切ないぞ? そもそもお前が俺に謝れ」
「はっ、はぁ?」
「家事全般やらせて、言われればふてくされ、最後に逆切れ。確かに俺もバカだったよ。見る目が間違ってないって思いたかったからな? お前みたいな女でも」
「なっ!」
「ようやく分かった。俺は自分を信じたかった。最初は頼られてる感覚が嬉しかったけど、結婚を意識するようになって……いつかお前が少しずつでも家事が出来る様になってくれると思った。お前がそういう人物だって、選んだ自分を信じる為にな!」
「そんなのあんたの勝手な……」
「あぁそうだ! 勝手な期待だ。けど、それももう良い。俺は間違っていたんだ。そしてしみじみ後悔してるよ。なんて無駄な5年間だったんだろうってな!」
「無駄って、それはこっちの……」
「もういい。あの時の俺はもう死んだ。信じようともがいて我慢していた君島丈助は居ない。だから、ハッキリ言わせてもらう。体だけの脳なし女がっ! 自分達の本性に気が付くまで、精々猿みたいにヤリまくって、呆けてろ。救いようのない屑共め」
「なっ、なっ……」
はぁ……すっきりした。
俺の言葉に、目を見開いて何か言いたげな美浜。そんな不細工な女の姿を見下ろし、胸につっかえていモノをすべて吐き出して心底スッキリした俺は……満足げに玄関へ向かって歩き出した。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ……」
あっ、そういえば電話で言い忘れてたな。
「あぁ、ちなみにこの部屋1カ月後に解約予定だから」
「はっ、はぁぁ?」
「だからこの荷物、さっさと移動させろよ? 俺の物は全部運んだから」
「ふざけんな! なに勝手に決めてんだよっ!」
「はぁ? タワマンに運べば良いだろ? ちなみに転出の日にこの部屋にあるものは処分してもらう事になってるからな。大体、ここの契約者は俺だぞ? 転がり込んできたのはお前。まさか忘れてないよな?」
「ざけんな……勝手に決めやがって……そんなの許される訳……」
「許されんだよ。本気で忘れてたのか? もしくは覚えてないのか知らないのか、相当なバカなのか」
「なっ、なっ……キー!!!」
「地団駄止めろよ。下の階の人に迷惑だ。それにゴリラが怒ってる姿にしか見えねぇ」
「ぐっ……てめぇ……」
えっと、あと言い忘れた事は……あぁ!
「あとさ? 颯さんに言っといてよ? ゲーム機位で怒んじゃねぇよ。ガキじゃあるまいし……ってな? じゃあ、お前とも金輪際関わる事はないだろう。いや、関わるなよ? それじゃあな」
後ろから、奇声の様な雑音が聞こえた気がしたけど……俺は颯爽とドアを閉めた。
「ふぅ。これで2人」
言いたい事は言えたし、なんか良い気味だったな。あの表情に、あの動き……一応落とし前はついたかもしれない。
とくれば、あと1人。
役職的に厄介かもしれないけど……知り得る限り、法的に穏便にやれる所までやらせてもらうぞ?
……クソ上司!
読んでいただきありがとうございます!
本日はあと1話、投稿予定ですので併せて宜しくお願いしますm(_ _)m