15話 女子大生に見合う男
たった数日目にしなかっただけで、ここまで懐かしいと感じるモノだろうか。
いわいる元職場付近の景色と空気を味わいながら、俺は1人スーツを着込んで、ある場所へ向かって歩いている。
何処に向かっているのかと聞かれれば、以前の俺ならある意味の思い出と憩いの場だと答えていただろう。
しかしながら今となっては、苦い思い出と……うすら笑いの奴の顔が思い浮かぶ最悪な場所だ。
まっ、別にもはやどうでも良い。もはや先輩後輩なんて間柄でもない。エースとクズという身分差でもない。
強いて言うなら、寝取った男と寝取られた男と言った方がしっくりくるだろうか。
『てめぇ、何着信拒否してんだこらっ! まぁ良い。今日の営業にはお前も付いてこい。引継ぎ不足で俺にご迷惑を掛けたと取引先で謝れ。取引先にも謝れ。それをやるまでが後輩の仕事だろう?』
それにしても、思い出せば思い出すほど可笑しな言動だ。
こちらの話も聞かず、有無を言わさずクビにしたのはあの上司。しかも引継ぎも何も、俺契約してる会社の情報は頭の中入ってるんだよね? 誰かさんと違って。なんて言って、聞く耳持たなかったのはお前だろうよ。
しかも昨日の今日でまた連絡してくるとはどういう事だ? 俺の無様な姿が見足りないのか……それとも、早くも窮地に立たされたか。
記憶上では、それなりに外面は良かったはずだし、後者は考えにくいけど……まぁ良いや。
さて、着きました。あいつは先に待ってるって言ってたな。ふぅ……
アウェー上等。
赤の他人に遠慮は無用。
まずは1人目。落とし前付けてもらいますよ?
自動ドアが開くと、俺はサッと店内へと歩みを進める。駆け寄る店員さんに、待ち合わせと伝え……更に奥へ。奴が座る席は、余程混んでいない限り決まっている。奥の角席、外からは見えにくい場所が奴のお気に入り。
「おー、やっと来たか。まぁ座れ」
「ども」
いつ見ても太々しい座り方だな。
「色々言いたい事はあるが、まずは謝れ」
腹はくくったつもりだったけど、実際に口に出すとなると上手くいかない可能性も考え、一応頭の中では様々なシミュレーションをしてきた。しかしながら、その一言は……想像を超えた。いや、逆に笑えるほどの言葉だったが故に、どこか感じていた緊張感も何もかもが吹き飛んだ。
こいつ……何言ってんだ?
「えっと、何をですか?」
「はぁ? 昨日俺の命令無視した事だろ。あと着拒なんてしやがってよ! その件についての謝罪だよ」
……入社時の爽やかイメージはどこに行ったんだろうな。演技だったとはいえ、こうも変わるとは……役者なれんじゃね? とにかく……ふざけんなよクソ先輩。
「はぁ。そもそも俺に電話してる時点でおかしいと思いますけどね?」
「何がだよっ! てめぇのせいで俺は恥かいたんだぞ!」
「レディレディさんとかの話ですか? 昨日言ってた会社の担当者さんたちは皆良い人ですよ?」
「んな訳ねぇ。だったらあの態度はおかしい。大体、お前がちゃんと引き継ぎもしねぇで辞めたからだろうが」
「会社の事は頭の中に入ってるんじゃなかったんですか?」
「そんな事言った覚えねぇよ」
「大体、俺が机やらロッカー片付けてる時居なかったですよね? 何してたんですか」
「そりゃヤボ用で……」
「人が引継ぎの話しても、皆の前だからか要らないと意地を張る。話す時間はあったのに、どっかに行って自らそれを潰す……とんでもなくヤバいですよね?」
「なっ! ふざけんなてめぇ! 大体入社したて、しかも他業種からの再就職で右も左も分からねぇ奴に優しくしてやったのは誰だと思ってんだっ!」
「その恩義を仇で返して、挙句に名義上自分の担当企業への営業も満足にこなせない役立たずは誰なんでしょうね」
「ざけんじゃねぇ!」
余程的を得ていたのか、テーブルを叩くクソ先輩。
おいおい、物に当たらないでくれますかね? 大体ここファミレスですし、お客さんが今少ないとはいえ。迷惑掛けるのは俺だけにしてくれませんか。
「静かにしてくださいよ。店の人の迷惑になりますよ」
「しっ、失礼しますご注文……」
「呼んでねぇよ!!」
「ひっ!」
うわぁ……店員さんにまで迷惑掛けてるじゃないですか。しかも若い女の子相手に……大人げない。
「ぐっ……まぁ良い。とりあえず一緒に来い。んで謝れ。それでこれまでの無礼な行動は許してやる」
……どうしてそうなるんだよ。
「なんで赤の他人の俺が、営業に付いて行かなきゃいけないんですか?」
「はぁぁ? お前が行くって電話で……」
「営業に一緒に行くなんて一言も言ってませんよ。とりあえず、どこ行けばいいですか? って言ったんです。それでここ指定したのはせん……いや、黒滑さんですよ」
「ふっ、ふざけんなっ! あれかお前、蘭子の事根に持ってんだな? ありゃ仕方ねぇだろ、お前より出世の可能性がある俺を選んだんだからな」
ここで蘭……いや、美浜の話か。残念ながら心に微塵も残ってないし、むしろ次のターゲットなんですがね。
「そうですか。それは仕方ないですね」
「だっ、だろうよ! それにしてもあいつ、顔もだけど体も最高だな? 胸もデカいし毎晩お楽しみだ」
「それは良かったです。胸だけは大きいですからね」
「そんなやつ寝取られて残念だったな? そりゃ俺に協力出来ないのも無理はないか。はっはっは」
「まぁある意味お似合いだと思いますよ」
「負け惜しみか? そりゃあんな良い女滅多に居ないわな。お前にはもったいない」
……性格はクソなんですがね。どこで尻尾出し始めるか見物だ。
「言いたい事はこれで終わりですか? じゃあそろそろ帰りますね」
「逃げんのか? まぁいいや。それがお前にはお似合いだわ。取引先にもよぉく言っとくからよ」
「そこまでの信頼関係があればの話ですよね? 業務上の担当者さん」
「なっ、このっ!」
大体言い終えたな……いや、まだだ。
「ちなみに、黒滑さんが担当者になってるの……あと30社はありますよ? 3社でこれなのに、残り27社も回れるんですか? 中には一癖も二癖もある担当の方も居ますし……」
「ぐっ!!」
「あっ、エースさんなら大丈夫ですか。それじゃあ、せいぜい機嫌を損ねないように頑張ってください」
これで良い。これで金輪際……関りは持たない。おそらく勝手に自滅するだろうな。
ある程度の話を終えた俺は、ゆっくりと席を立った。そして、まだ何か言いたげな黒滑を見下ろしながら、最後に一言言い放つ。
「あぁ、これで金輪際俺に近寄らないでくださいね? 連絡もしないでください。社用の携帯だと会社に迷惑でしょう。あと……ゲームがないからって怒らないで下さいよ? ガキじゃあるまいし。それではさようなら」
「てっ、てめぇ君島――――――」
後ろで、何やら聞き取れない言葉を放つクソ野郎を背に、俺は悠々と出口に向かう。入ったものの注文の1つもしないで申し訳ないと思っていると、レジの所でさっき注文に来てくれた店員さんと目が合った。
さっきの子だ。やっぱ見ない顔だな? 最近入ってきたのかな? 若いし学生のバイトさんか……それなのに怖い思いさせちゃったな。
「あっ、ありがとうございました」
「さっきはゴメンね? 怖かったよね」
「そっ、そんな事……」
「あいつ、ちょいちょいここに来ると思うけどさ? 注意してね? 何かされたら容赦なく通報しちゃいな」
「えっ? あのお知り合いの方じゃ……」
「数日前まではね? 今は赤の他人だから。今度、ちゃんとご飯食べに来るからさ? それで許してね?」
「ははっ、はい。お待ちしてます」
「それじゃあね」
「あっ、ありがとうございました!」
これで1人。落とし前としては緩いかもしれないけど、きっちりとプライドは折らせてもらったかな。
となれば、次は……あのアホ女だっ!
読んで頂きありがとうございます!
次話も宜しくお願いします<m(__)m>